今年6月に "Taa! Our Language May Be Dying, But Our Voices Remain" というタイトルのアルバムがリリースされた。これはティナリウェンのアルバム制作でも知られるプロデューサーのイアン・ブレナンが、アフリカ南部のボツワナ共和国で「ター語」という希少な言語を話す人々の音楽を集めたもの。その録音内容やブックレットの写真から、サン(ブッシュマン)のフィールド・レコーディングだろうと推測したのだが、公式ウェブサイトの解説にも、ライナーノートにも、サンあるいはブッシュマンといった用語が全く使われていない。果たしてサンと関係があるのかどうか気になって、少々調べてみた。
ボツワナやナミビアに暮らすコイサン系の人々は、言語的に3系統に分類される。ボツワナ北西部やナミビア北東部などのジュンホアやクンはカー語族。ボツワナ中央部のグイやガナなどはコエ語族。そしてもう一つのトゥ語族にはターも含まれる。やはりターの人々はサン(ブッシュマン)の仲間なのだ。
ターと呼ばれる民族は現在2000人を超える程度で非常に少ない。その大半がボツワナに住んでいるが(ハンシーの南方など国の南西部に多い)、ナミビアにも数百人いるそうだ。そして、ターという言語は発音の種類の多いこと(112種類もあるらしい)と、クリック発音の豊かさで知られているとのことだ。
この CD には16トラック収録されているが、1分に満たない短いものもあって、トータルでもわずかに30分。だが内容はなかなか多彩だ。それらは以下のように、おおむね3種類に分けられる。
(1)親指ピアノの弾き語り、など(トラック1、2、7、10、12、16)
(2)女性の伝統スタイルの歌、など(トラック3、4、6、15)
(3)声/ラップとパーカッション、など(トラック5、8、9、11、13、14)
まず親指ピアノの弾き語りが聴き物だ。Gonxlae、Xhashe という名前の80歳過ぎの老人の演奏に惹かれる。サンの親指ピアノは「デング」や「ドンゴ」などと呼ばれているのだが、彼らの爪弾く音もいかにもデングらしい金属質な音だ。ただしトラック7と16を除くと、デングに特徴的なバズ音(ジャラジャラ鳴るノイズ音)が全く聞こえない澄んだ音である。そのため、トラック7が最もサンらしい音楽に聴こえる。
女性たちによる力強い手拍子を伴った歌は、古くからサンの音楽のうち特徴的なもののひとつだ。特にヒーリング・ダンスの時に唱和されるトランシーな歌と強烈な手拍子には圧倒される。「ポン」「チッ」「べチャッ」といった弾けるようなクリック発音もサンらしい響きである。
ラップのような歌が多いこともこのアルバムの特徴だろう。それらにはヒップホップからの影響が明らかに感じられる。胸?を叩いてビートボックス状の音を出したり(トラック8)、ポリ製の水道管を叩いたり(トラック9)、金属板を擦ったり(トラック11)といったように、廃材を利用したパーカッションも興味深い(トラック6ではプラスチックのコップをパーカッションにしている)。
親指ピアノや女性の歌といった従来からあるスタイルのサンの音楽が聴けるものの、デングにバズ機構がついていなかったり、クリック発音を伴わない歌があったりする。デングは基本的に男性が一人で弾き語るものなのだが、2人組での演奏には時代変化を感じる(Gonxlae は女性?かもしれず、だとすれば結構珍しい)。ラップといった外来ポップの影響も伺われ、アルバムの随所から彼らの音楽が変化し続けている様子が感じ取れる。またブックレットの写真を見ると、老人の顔はいかにもコイサン系だが、若い女性の見た目からはバントゥー系の特徴を強く感じる。
ターも他のサンと同様に、ツワナやカラハリなどの非コイサン系の人々との混血が進んでいることだろう。また外来文化が盛んに流入することで、彼らの音楽も変化し続け、いわゆる「民族音楽」的なイメージからの変貌も大きいと言える。そのような理由から、従来の「ブッシュマン」を連想させるサンなどの名称を使うことは避けたのかもしれない。
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