Star Band 研究(10)

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 Star Band de Dakar について、1960年代のメンバー構成の移り変わりがおおよそ明らかになり、Laba Sosseh が 1973年に復帰したらしいことも判明して、長年疑問だった "Vol.3" と "Vol.4" に彼の名前がクレジットされている疑問も溶けた(Laba は 1960年代の終わり頃にコートジボワールのアビジャンに移ったのだが、そこで活動を続けたと書かれたものがあるだけで、1970年代前半の動向が全く不明だった)。これで残る謎は、1976年にリリースされた "Vol.9" (IK 3028) の冒頭トラック "Mariama" のヴォーカリストが Laba Sosseh とクレジットされていることだ。Star Band に復帰した Laba は果たしていつまでバンドに留まっていたのだろうか。

 結論を先に書いてしまうと、、、分からなかった。(*1)


 遅ればせながら、Star Band 最初期のヴォーカリスト Amara Touré の CD "Amara Touré 1973 - 1980" (Analog Africa AACD 078) のことに気がつき、今日取り寄せてライナーを読んでみた。すると、やはり Dexter Johnson と Amara Touré は Guinea Jazz Band から Ibrahim Kasse に引き抜かれたのだが、それは 1958年だと書かれている。Dexter が Star Band に加入したのは、これまで 1957年ないしは1960年だろうと書いてきたが、いよいよ正確な年を確定できなくなってきた(前回書いたように、Star Band の誕生は、メンバーが固まった時だとか、名前が決まった時だとか、解釈次第で変わってくるので、確定させる必要もないだだろう)。

 このライナーには Orchestra Baobab の Issa Cissoko のインタビューも掲載されているのだが、Issa は「1963年に Dexter Johnson の代わりに Star Band に入った」と発言している。Dexter が脱退したのは 1965年(または 64年)のはずなので、これは彼の記憶違いだと思う(Issa がかなり早い時期に Star Band に加入したというのは、これまで知らなかった貴重な情報だ)。また Amara は 1968年頃にアビジャンに行き Dexter Johnson に合流したと前回(第9回)で書いたが、このライナーによると、彼は 1970年にカメルーンのヤウンデのバンド Black and White に誘われて、トラブルを起こしてばかりのリードシンガー Lynx Tall(Star Band などで活動したパーカッション奏者と同名だが、別人?)と交代する形で加入したと書かれている。だとすると彼はアビジャンで短期間過ごした後、再び別の国に移動したということなのだろうか。


 Dexter Johnson と Laba Sosseh の関係について少し遡ると、前回も参照した Richard D. Shain "Roots in Reverse - Senegalese Afro-Cuban Music and Tropical Cosmopolitanism" (Wesleyan, 2018) には、アビジャンへ先に行ったのは Laba ではなく Dexter だったと書かれている。1968年にアビジャンで大成功した彼を見て、Laba もアビジャンに向かったというのだ。

 1960年代後半にアフリカ各地でショービジネスが盛んになる中、アビジャンはコンゴのキンシャサ、南アのジョハネスバーグと肩を並べるエンタテイメント産業の3大拠点のひとつと見做されるようになったらしい。それに対してダカールにはレコード会社が N'Dardisc くらいしかなく、ここで活動していたのではローカルな存在で終わりかねない。より広いマーケットを獲得するためにはアビジャンという別の都市に移動する必要もあるだろう。そのようなビジネスパーソンの思惑と、ミュージシャンの願いが合致した一例が、Dexter Johnson と Laba Sosseh の行動だったと見做せそうだ。

 実際、彼らのアビジャン進出を後押ししたのは、Daniel Cuxac(セネガル人)と Aboudou Lassissi(両親がナイジェリア人とコートジボワール人)というエンターテイメント業界の大物2人だった。後年には Cuxac と Lassissi のそれぞれのレコード会社の助力で、彼らのアルバムもリリースされることになる。

 Dexter が 1968年にアビジャンに移ったという証言は、1969年8月のダカールでのライブ録音(Teranga Beat がリリースした "Live a l'Etoile")が存在することと矛盾するが、おそらく Dexter も Laba も2つの都市を往復していたのではないだろうか。

 グループ名についても整理しておくと、Super Star de Dakar は Star Band を脱退した2人が新しく結成したバンド、Super International Band (of Dakar) は Laba がアビジャンで組んだバンド、Laba Sossseh et son Orchestre Vedettes Band は Laba が単身ダカールに戻って Issa のグループと一緒にレコーディングした時のバンド、そして Laba Sosseh y Su Conjunto は Dexter と完全に袂を分けた後の Laba のバンド、どうやらこのように分けられそうだ。


 さて詳細不明なままの 1970年代に Laba Sosseh が参加した Star Band の録音なのだが、何を読んでもそのようなことにはほぼ全く触れられていない。アビジャン時代の後は、1977年にファースト・アルバムをリリースしたこと、1980年に渡米して人気を博したこと、そして Africando へのゲスト参加を含む晩年のことに話が終始している。(*2)

 まあそれも当然だろう。Star Band と Super Star を経た後の Laba Sosseh の経歴に関しては、Star Band への復帰等々といったダカールでの細かな動きよりも、ニューヨークに飛んでからの活躍や、Orquesta Aragón と共演したことなどの方がずっと重要だからだ。

 アビジャン時代、ニューヨーク時代ことは Richard D. Shain "Roots in Reverse" を筆頭に様々なところで詳しく書かれており、Star Band とは無関係なので省略。以降は Star Band と関わることだけを、想像も交えながら少々書いてみよう。

 まず 1976年頃にも Star Band で歌っていたとしても、そうした機会は少なかったのではないだろうか。1976年といえば、それまで人気の高かったアフロキューバン音楽に代わって、新しい音楽スタイルであるンバラの勢いが増した時期である。Youssou N'Dour が Star Band に加入したことなど時代の変化を感じ取り、Mar Seck は Star Number One へ、そして Laba も Star Band での役割は少なくなったと考えてバンドを離れたのではないか。

 実際 Laba は、彼の歌声と音楽をより求める声に応じて、翌年 1977年にアビジャンでアルバムを制作し、1980年にはニューヨークへ渡る。そして拠点を移したことで、世界的にも評価を高め、新たな人気をより広く得ることになった。(*3)


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 しかし 1980年代も終盤に差し掛かると、ニューヨークでの彼の人気も下り始める。SAR Records からリリースしたアルバムは、自作曲が多いこともあってかノリが悪く聴こえる。それで彼はニューヨークに見切りをつけて、ダカールとバンジュルに戻ることになった。その頃ダカールでは、Pape Fall の活躍もあって少しばかりラテン人気が戻っていたようだ。


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 そして Laba は、20世紀の終わりに "El Maestro" (1999) と "El Maestro 2 - 40 Ans de Salsa" (2000) という2本のカセットを発表する。これらを基に "40 Ans de Salsa..." (2002) という CD もリリースされた。フルートやヴァイオリン、ストリングス風のシンセが入るなど、Orquesta Aragón を意識したようなサウンドにもなっている。何より参加しているミュージシャンがいい。サックスは Orchestra Baobab の Thierno Koite、タマは Super Etoile de Dakar の Assane Thiam といったように Star Band でも活躍した面々を含めてダカールのミュージシャンたちがずらりと並ぶ。このアルバムはタイトル通り、Laba Sosseh の40年に及ぶキャリアを総括する作品であると評価する声もある。


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 2001年には、いずれも Star Band 出身の Pape Fall、Mar Seck、Yahya Fall、Issa Cissoko らとキューバ遠征し、アルバム "Los Afro-Salseros de Senegal en La Habana" (Popular African Music PAM 407, 2001) も制作。さらに翌 2002年には、かつて Star Band の名ヴォーカリストだった Pape Seck や Medoune Diallo が結成したスーパーユニット Africando(プロデューサーはかつてアビジャンで一緒に多くの仕事をした? Boncana Maiga だ)から声をかけられ、彼らの4作目 "Balona!" に参加。


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 Laba Sosseh は、盟友 Dexter Johnson たちを裏切りもした、ちょっと嫌な奴だったのかも知れないとも思った。しかし 2007年9月20日亡くなるまでの間は、Star Band 時代からの仲間たちに囲まれて音楽活動をできたようだ。セネガンビアあるいはアフリカ最高のサルセーロトして、きっと幸せな晩年だったことだろう。


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(*1)発掘復刻アルバム "Amara Touré 1973 - 1980" (Analog Africa AACD 078) のライナーノートの中で Jennie Loiseau と Samy Ben Redjeb は、相当な人数のセネガルのジャーナリスト、プロデューサー、ミュージシャンたちに取材した上で、1970年代の Star Band については良く分からないと書いている。

(*2)1970年代前半?に N'Dardisc から1枚、1970年代後半か 80年代初頭に Disques から3枚アルバムが出ているが、いずれも Super Star や Laba Sosseh y Su Conjunto のシングル集である。この記事の一番上の写真が、それらのうちの2枚のジャケット。

(*3)個人的には、アフリカのアーティストがストレートにサルサを歌う作品にはあまり興味がないため、Laba Sosseh のレコードは特に集めていない。それでも所有している中では、アビジャンで出会ったキューバ出身のミュージシャン Monguito(Orquesta Broadway や Johnny Pacheco のバンドにも在籍した)と一緒に制作したサルサ・アルバム Salsa Africana Vol.1" (Sacodis LS-26, 1980) などは、なかなか聴き応えがある。






by desertjazz | 2023-09-24 20:00 | 音 - Africa

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