読書メモ:鳥海基樹『マルセイユ・ユーロメディテラネ:文化化と享楽の衰退港湾都市再生』

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 鳥海基樹『マルセイユ・ユーロメディテラネ:文化化と享楽の衰退港湾都市再生』(美学出版、2022)読了。陣野俊史『ジダン研究』(カンゼン、2023)で参考文献に挙げられているのを目にして即座に購入し、この年末年始貪るように読んだ。

 南仏マルセイユの近年の都市再開発について詳述した専門書/研究書であり、またかなり厚い本でもあるので、一般人向けの読み物とは言い難い。しかし私はここ約30年の間、ほぼ3〜4年おきに都合8回マルセイユを訪れていることもあって、とても興味深く読んだ(テキスト量も膨大だが、写真や地図、図表もふんだんに掲載されているので、サクサク読み進む)。

 近年マルセイユは「欧州地中海派遣都市建設構想(ユーロメディテラネ)」を掲げて、再開発を大規模に押し進めてきた。旧港南部の商業施設の整備、Fiesta des Suds(南のフェスティバル)の開始、そのフェスの Le Dock から J4 への移転、ショッピングセンター横の地下遺跡の展示、欧州文化都市に選出(2013年)、中央駅(サン=シャルル駅)の整備(その前の巨大な石段の浄化)、駅に隣接するバスターミナルの建設、駅周辺のホテル建設(東横インも!)、マグレブや貧民層が多く暮らすベルザンス地区の再開発、エクス門周辺の整備(高速道路のルート変更)、トラムの整備とそのルート延伸、新港の大規模開発、旧港の観光開発(当初評判の悪かった巨大ミラーの日除け)、欧州地中海文明博物館(MuCEM)と空中回廊と地中海ヴィラの建設(前の2つは美しい建築だがヴィラは醜悪)、等々。この本の中で語られる様子は随時目撃してきたので、ある意味、定点観測してきた立場からマルセイユの近年の歩みを振り返ることができた。

 丘の頂に建つノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院がマルセイユのシンボルとして有名であるのに対して、港の脇にある巨大な大聖堂を気にすることが長年なかった。それがここ最近はマルセイユに行く度に目にとまって、それで自然と足を運ぶようになっている。このようにマルセイユ大聖堂が前景化したのには、その足元に「マジョールのヴォールト」なる広大なブティック街が出来たからで、これもユーロメディテラネがもたらしたものだったのだ(私がこの周辺を歩き回るのには Fiesta des Suds の会場とアーティストが宿泊するホテルが近いこともあるが)。

 そうした近年の大規模開発は、欧州文化都市(2013年の1年限りだが。この時テーマソングを歌った Gari Greu に Fiesta des Suds でインタビューしたことが懐かしい)の役割を果たすべく、マルセイユ自らが積極的に動いて実現させたものだと思っていた。しかし、実際は中央政府の力で動いた部分が多く、そのことが意外だった。マルセイユは長年右派と左派の対立が続き、互いの足のひっぱり合いが繰り返され、何も決められない/何も進められない「マルセイユ病」に陥っているという。マルセイユをそのような状態から救うには、外圧がどうしても必要だったということか。

 マルセイユを訪れても、距離的に近いプロヴァンスの周辺自治体の情報に触れることがほとんどない。例えばエクス=アン=プロヴァンスとも連携関係が全く感じられず不思議に思っていたのだが、それも実際その通りであることを今回知った。同じフランス南部同志で手を繋いで発展するよりも、互いを競争相手と見做し分断と対立が顕在化していたようだ。

 ここ20〜30年のマルセイユの文化面とスポーツ面を象徴するのは、ヒップホップとジダンだろう。この本ではジダンや Massilia Sound System(特に Tatou)をマルセイユの重要なアイコンとして描いている点も読みどころだ。

 繰り返し読んでいる深沢克己『マルセイユの都市空間 幻想と実存のあいだで』(刀水書房、2017)が、紀元前まで遡って語られるマッサリア〜マルセイユの通史であるのに対して、この本は濃密限りない現代史であり、両者を合わせて読むことでマルセイユへの理解が深まる。

 街の見た目は少しずつ綺麗になり、治安も改善してきた一方で、「マルセイユ病」に象徴されるように問題も山積。しかし、私はこの街が恋しくて仕方ない。残念なことに、ベルザンスや旧港エリアにあったお気に入りのクスクス・レストランも、同じくベルザンスに並んでいたカセット/CDショップも全てなくなってしまった。それでも『マルセイユ・ユーロメディテラネ』を読んだがために、無性にまたこの街に戻りたくなっている。







by desertjazz | 2024-03-30 17:03 | 本 - Readings

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