ニーナ・クラウス『音と脳 あなたの身体・思考・感情を動かす聴覚』読了。これはアメリカで研究を続ける(著名な)神経科学者による一般向けの著書。原題は "Of Sound Mind : How Our Brain Construct a Meaningful Sonic World" で、あとがきによると "Of Sound Mind" は「健全な精神」という意味だというが、確かに音が脳や精神にもたらす影響についてのことを中心に綴られている。
100ページほどの第1部「音の働き」は、耳に届いた音がどのようにして信号として脳に伝わり処理されるか(求心系)、それがどのように耳に戻されるか(遠心系)について、そして著者たちの様々な研究手法について詳述される。FFR(周波数対応反応)なる指標が重視されているのだが、ここまでは教科書的な地味な内容(遠心系の説明もよく分からなかった)でなかなか読み進まなかった。しかしこれらは、本題に進むためには必要な知識なのだろう。
残りの約200ページの第2部「音は私たちを形作る」がその本題。音楽や言語への習熟度と脳の処理能力との関係や、言語障害、発達障害、難聴、脳震盪などと脳の機能との関連性について検討を重ねる。
興味深かったのは、人間が音を聴き取る能力は生来定まったものではなく、子供の頃から(あるいは胎児の時から?)聴いてきた音が脳を育てるのだという。例えば、早くから音楽を続けてきた人(聴くのではなく、楽器演奏や歌唱)は音を聴き分ける能力が高い。またバイリンガルのメリットも挙げられる。
一方で、貧しい家庭に育った子はそうした能力に劣るという研究結果が出ていることも繰り返し語られる(自分のように、経済的に豊かではない家庭で生まれ育ち、楽器も外国語もできない人間には、聴く能力に限界があるのかとも考えてしまうのだが、今さらそのようなことを愚痴っても仕方がない。楽器を始めるのに年齢的に遅すぎることはないという指摘に勇気も得るのだが)。
また、音環境の悪さは脳に悪影響を与えるという。例えば、難聴を招くレベル以下の騒音に晒され続けても、必要な音を聴き分ける力が低減するのだという。現代世界は不要な音が多すぎる、音との付き合い方をもっと考えて生活を豊かにすべきだ、生物たちへの影響も無視してはいけない等々と、サウンドスケープ的観点からも音と脳との関係性について強調していることには正しくその通りであろう。
(補足)
・低い周波数ほど指向性の弱いことの説明がわかりやすい。P.050
・英語はなぜ綴りと文字が対応していないのか?(ギリシャ語、ラテン語、フランス語、ドイツ語などさまざまな言語から単語を借用しているから、など)P.143
・鳥には声帯襞が2組ある。そうなのか!(だからホーミーのような発声が簡単にできてしまう。)P.214
・鳴鳥も(人間と同様に)喃語(ぐずり)の時期を経て歌う能力が完成する。P.225
・機内食が美味しくないのには、ジェットエンジンの大きな音が影響している(旨みはほぼ影響を受けないが、塩みと甘みは感じにくくなる)。P.285
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