読書メモ:中原仁 監修『ジョアン・ジルベルト読本』

読書メモ:中原仁 監修『ジョアン・ジルベルト読本』_d0010432_09541182.jpg



 中原仁さん監修の『ジョアン・ジルベルト読本』を読了。

 ジョアンの経歴とディスクガイドに加えて、歌詞、ギター演奏、録音、来日公演の記録など、その音楽に対する多方面からの解析がとても興味深い。また執筆陣の誰もがジョアンに対する愛情に溢れていて、相当な情報量だったがほぼ一気読みしてしまった。伝説や謎の多い人物だったようだが、スキャンダラスな話は避けて、音楽そのものを分析し語ることに徹しているのも良かったと思う。

 私のようにジョアンの音楽について詳しくない者に対しては、聴き方を誘ってくれるような内容だったし、熱烈なファンにとっても奥深く貴重な情報が詰まっているのではないだろうか(私もレアな音源を YouTube で試聴して感心してしまった)。それにしても皆さん、本当にお詳しい。いや、プロ(ブラジル音楽のご専門)なので当たり前か?

 実はこの本が出た時に、買うかどうかしばらく迷った。それは、私はジョアン・ジルベルトには特別な思い入れがなく、彼の音楽を熱心に聴いてこなかったから。ジョアンはブラジル音楽史上最大の人物なのだろうが、私はボサノヴァをあまり聴かず、また彼を変人と語る逸話が多いこともあって敬遠してしまっていた。

 そのような訳で、持っているアナログ盤は、サードアルバム"João Gilberto" (1961年)とメキシコ録音の5作目 "João Gilberto En Mexico"(1970年)の2枚だけだ。これらはニューヨークかブラジルで、たまたま安い中古盤が目に止まったので買っておいたものだったのだろうか? 彼の代表曲の多くは初期3部作に入っているので、それらさえ聴いていれば十分なのだろうと思い、3枚の収録トラックを1枚の CD に詰め込んだ "The Legendary João Gilberto : The Original Bossa Nova Recordings (1958-1961)" (邦題『ジョアン・ジルベルトの伝説』)ばかり聴いていた。

読書メモ:中原仁 監修『ジョアン・ジルベルト読本』_d0010432_09541583.jpg


『ジョアン・ジルベルト読本』を読み始めて最初に感じたのは、スタジオ録音アルバムや生前にリリースされたライブアルバムが少ないということだった。なので、晩年の数作を除くと、スタジオ録音は CD で大体聴いていた(その一方で、彼のライブ録音はいまだに1曲も聴いたことがない)。それでも繰り返し聴くことはなかったので、それらに対する印象はほとんど残っていない。

 どうしてこれほどジョアンを避けていたのだろう。やはり自分はボサノヴァをあまり聴かないのと、ジョアンもボサノヴァの人という観念を頭に植え付けてしまったからだと思う。

 しかし、この本の中でも繰り返し語られるように、ジョアンはボサノヴァというよりはサンバの歌い手でありギター奏者だった。私はサンバは好きで、ドリヴァル・カイーミもシロ・モンテイロもカルトーラもほぼ全てのアルバムを買い集めて楽しんできた。でも、ジョアンはそうならなかった。ブラジル音楽には聴くべきものが多すぎて、その規模はブラジル一国でアフリカ全体に匹敵すると言ってもいいくらいだろう。それでたまたま手が回らなかったのだろうか。あるいは、『伝説』で聴ける曲がどれも素晴らしくて、それだけで満足してしまったようにも思う。

 ところが、高橋健太郎さんの記事「ジョアン・ジルベルトのサウンド・デザイン」(P.147〜157)を読んで、『伝説』の曲順はオリジナル盤に準じたものでないことを思い出し、音質の点でも大きな難点があることを知った。『伝説』では曲順が並べ替えられていることも問題だが、それ以上に気になったのは、ファーストアルバムの音は他の2作の音色と合わせるために加工しているという指摘だった。

 それで慌てて、ファーストのヴァイナル(2019年の最新?リマスター)を取り寄せて聴いてみた。すると確かにリヴァーブの量が全然違う。自分はこれまで一体何を聴いていたのだろう? 初期3部作、オリジナル盤は無理でもヴァイナルで揃えて、本来の曲順で聴きたいと思い、セカンドもヴァイナル盤の新品を海外で見つけて注文した。届くのが楽しみだ。

 その前に、昔買ったブラジル盤のサードアルバムを繰り返し聴いているのだけれど、『ジョアン・ジルベルト読本』を読んで聴きどころを押さえられたため、これまでとは聴こえ方が全く異なる。こうしたことが、良質なディスクガイドの良さであり(自分はディスクガイド本をあまり読まなくなっているのだが)、音楽評論家の力量なのだと思う。
(その第3作目なのだが、『ジョアン・ジルベルト読本』ではA面3曲目 'Bolinha de Papel' の解説を飛ばしてしまっているようで残念。P. 28/29 巻末の「全曲解説」を読めば十分なのだろうけれど。)

 中原仁さんがジョアンの「最高傑作」と断言する『3月の水』(P. 34)も久しぶりに聴いてみた。確かに素晴らしい音楽だ。ここ数年で格段にグレードアップさせた自宅のシステムで聴くと、再発盤 CD でも音の心地よさに浸り、リップノイズまで生々しい録音にゾクゾクしてしまった。

 それと同時に、定位には違和感を抱いた。このことは高橋健太郎さんも指摘していた。60年代ならともかく、70年代の録音において、ヴォーカルとギターを左右に振り分けたことにはどのような意図があったのだろう。少なくともヴォーカルがセンターにないと落ち着かない。
(細かいことだが、記事の中ではジョアンのヴォーカルは右寄り、ギターは左寄りと書かれているが、手元の CD でも Spotify でも、ヴォーカルは右ではなく左寄り、ギターは右寄りだった。このアルバムには定位が左右反対の2パターンがあるということなのだろうか?)

 それと、このアルバムに限らずジョアンの録音は、低域の豊かさが不足気味で、幾分高域に寄っているように感じた。これは低音楽器があまり使われていないためだろうか、再発 CD の音だからだろうか、それとも自宅のオーディオの傾向なのだろうか。それで『3月の水』もヴァイナルを買って聴いてみようと思ったのだが、今手に入るのはフランス Klimt Records からのリイシューのみ。しかし、どうもこれはオフィシャルではないらしく、だとすればオリジナル・マスターからの復刻でなないのだろう。そう考えて、ひとまず購入を留保した。

読書メモ:中原仁 監修『ジョアン・ジルベルト読本』_d0010432_09541893.jpg



 最後に余談を少々。

 私はジョアンの熱心な聴き手ではなかったので、日本でのコンサートも毎回パスしてきた。初来日が絶賛されてからも、空調を切った中で、息を止めて物音立てずに聴くなんて、文字通り息苦しいだろうと思った。

 ところが、ある日、仕事仲間から電話がかかってきた。

「ジョアン・ジルベルトのチケットを買ったのですが、仕事で行けなくなったので、もし興味があれば差し上げます。」
「ありがとうございます。でも、タダでは申し訳ないので、買いますよ。」

 自分もとうとうジョアン・ジルベルトの生演奏を体験することになるのか。
 そう思っていたら、2時間後に再び電話。

「今、中止と発表になりました。」

 結局、私はジョアンとは縁がなかったのだな。
 これは、幻となった4回目の来日公演の時のことでした。

(来日公演の「フリーズ事件」に関しては、あるブラジル音楽のライター氏を通じて、公演の関係者が語ったという真相?を聞かされたことがある。しかし、『ジョアン・ジルベルト読本』の姿勢に倣って、その話はやめておこう。ジョアンの名誉に関わりうる内容だったし、関係者だけの秘密でもあるようだったし、そもそも真実かどうか分からない。中原さんが書いていたことの方が本当らしく感じるし、そちらの方が夢がある。まあ、恐らくこれも確かめようのない、ひとつの「伝説」なのだろう。)


♪♪




by desertjazz | 2024-06-10 10:00 | 本 - Readings

DJ

by desertjazz