読書メモ:マアザ・メンギステ『影の王』

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 マアザ・メンギステ『影の王』読了(訳者は、チゴズィエ・オビオマ『ぼくらが漁師だったころ』『小さきものたちのオーケストラ』と同じ粟飯原文子)。

 1935年に始まるエチオピアとイタリアの戦争。それに翻弄される人々を、エチオピアの少女とイタリア側の従軍カメラマンを主軸にして描く。文章は短く簡潔。なので最初のうちはサクサク進んで読みやすい。だが、昔歩いた岩がちな高原の風景を懐かしく感じながら読んでいるうちに、次第に辛くなってくる。それは「小説の中心人物はいるにせよ、立場の異なる複数の視点が目まぐるしく入れ替わり、交錯し、物語は何層にも折り重なる」(訳者あとがき P.567)からだろう。見た目以上にとても複雑なのだ(加えて、短い名前が多いのにも関わらず、いくつかの理由で意外と覚えづらかった)。

 戦時下、誰もが善人とも悪人とも言い切れず、平常心を失っていき、戦争が終わった後も救われることはない。特に人生をズタズタにされていく女性たちの描写は読んでいて苦しかった。同じく女性兵士を題材とする小説としては、逢坂冬馬の『著同志少女よ、敵を撃て』を連想するが、あちらの描写が割合あっさりしていて、物語に救いもあったのに対して、『影の王』の情景はどこまでも暗くずっしり重い。

 文体は独特。アズマリ(吟遊詩人)、マシンコ(弦楽器)、ウスクスタ(踊り)という言葉が随所に出てきて、エチオピア音楽好きには興味を引かれる。短く簡潔な文章や、時々短く挟まる「合唱(コロス chorus)」は、アズマリの即興歌にヒントを得たようだ(著者は「オマージュ」と語っているとのこと)。そうして連なる文章は突然の転換や省略が多く、微妙なバランスに支えられていて、崩れる一歩手前のような構成になっている。

 また、テーマは著者の生前の戦争。1971年にアジスアベバで生まれたものの、4歳の時に祖国を離れ、7歳で露米した彼女がどうしてこのような、構成的にも題材としても、産みの苦しみばかり伝わってくる小説を長年かけて書いたのか(ビアフラ戦争をテーマにしたチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』も連想)。それだけ戦時下の女性のありように目を向けて欲しかったのだろう。この作品に繋がる前作も読みたくなった。






by desertjazz | 2024-07-01 10:00 | 本 - Readings

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