■ Music of Bushman - 17 : Records of Bushman (10) ■
◆ 1970年代のボツワナにおける貴重な録音
・ "Musiques & Traditions du Monde : Pygmées & Bochimans"(CBS 80212、1976)
これまでにリリースされたブッシュマン(サン)のレコードのうち、入手できず長年探していた最後の1枚を遂に手に入れた。これは中村とうよう『アフリカの音が聞こえてくる』(ミュージック・マガジン、1984)の「ピグミーたち」の項で紹介されている(P.170/171)のを目にして以来、40年間一度も見たことがなかったレコードである。それをたまたま見つけることができたのだが、幸運なことに何とジャケットもレコードもピッカピカの超ミント。おそらく数回しかレコードに針を落としていないのではないだろうか?
このレコードは変則的な構成になっている。A面の全部とB面最初の1トラックが、ガボンのバカ・ピグミー Baka Pygmy の録音で、B面の残り6トラックがボツワナのブッシュマンの録音である(だから『アフリカの音が聞こえてくる』のピグミーのところで取り上げられていた)。
困ったことに、録音内容に関する情報が非常に少ない。まず録音年なのだが、バカ・ピグミーの録音が 1973年2月で、レコードのリリースが 1976年であることから、ブッシュマンの録音も 1970年代前半だろうと推測される。次に録音場所についてなのだが、最初の4トラックがクン(!Kung)・ブッシュマンのものと書かれているので、これらはボツワナの北西部、ナミビア国境に近い地域で録られた可能性が高い(クンの多くはボツワナ北西部とナミビア北東部で暮らしている。'Lone Tree' のそばとも書かれているが、オカバンゴ地帯には昔から、ポツンと1本だけ立っているためにそう呼ばれる木がある)。最後の2トラックは Mabebé での録音と記されている。地図でその場所を確認すると、ボツワナ北部のほぼ中央、オカバンゴ・デルタの東の端あたりだったので、これらもクンの音楽だろうと思う。
このアルバムのブッシュマンの録音を行ったのは、フランスの Hubert de Fraysseix という人物。彼は Research director at CNRS and director of the Musiques & Traditions du Mondecollection とのこと(CNRS : The Centre National de la Recherche Scientifique / National Center for Scientific Research)。どうもフランスの公的機関?によるリサーチで録音されたもののようだが、どういった目的でなされたのだろう。
各トラックとも「小さなアンサンブル」「大きなアンサンブル」「男性デュオ」「闘い」「女性の小さなアンサンブル」といった具合に、各パフォーマンスに加わった人たちの規模を示すだけで、具体的な曲名、音楽の主題や内容などには全く触れていない。そのことから想像すると、これは元来レコード化を目的とした録音ではなかったとも考えられる。それでも録音状態はいい。
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収録トラックは次の通り。
Musique Des Bochimans !Kung Du Botswana
B2) Petit Ensemble 3:10
B3) Grand Ensemble 4:30
B4) Duo D'Hommes 1:48
B5) Combat 2:35
Musique Des Bochimans De La Région Mababè
B6) Petit Ensemble De Femmes 3:05
B7) Petit Ensemble De Femmes 3:40
B2 は女性たちによるコーラスとハンドクラップ(手拍子)。参加しているのは4〜5人くらいだろうか。こうした類の音楽は、どのブッシュマンでも女性だけで行われる(男の咳払いが聞こえるが、参加はしていないと思う)。その歌い方は、特に歌詞のないヨーデル風である。ピグミーのポリフォニーコーラスと同様、ユニゾンのコーラスではなく、一人ひとりが異なるメロディーを口ずさむためとても複雑な響きで、それがモワレ状に広がっていくところが魅力的だ。輪唱的な特徴も感じられ、アイヌの女性コーラスのウポポ(あるいはウコウク)を連想させもする。
ハンドクラップは基本4拍子だが、全員がジャストなビートを打つのではなく、一人が裏打ちを入れることで複雑なものにしている。最後、全員同じタイミングでハンドクラップを止めて突然終わる。ブッシュマンのコーラスとハンドクラップを聴く度に、どのようなきっかけで息を合わせて終わるのか不思議なのだが、音を聴いただけではその仕組みがよくわからない。
B3 は典型的なヒーリング・ダンスだろう。ブッシュマンの集落では、時々住民が全員参加して夜通しヒーリング・ダンスが行われていた(現在も継承されているかは不明)。ヒーリング・ダンスでもコーラスとハンドクラップは全員女性である。彼女たちは焚き火を囲んで車座になり、手を打ち鳴らして歌い続ける。
これは4拍子のリズムで、B2 よりもテンポがかなり速い。ハンドクラップはほぼ全員同じパターンだが、コーラスは皆バラバラのタイミングで異なるフレーズを口ずさんでいる。また、コーラスとは別に一人の女性が時々全く別の叫び声を上げている。
そうした女性たちの周囲を、男たちが力強くステップを踏みながら回り続ける。一人吠えるような声を発しているのは、病人に対してヒーリングを施すヒーラーである(途中から別の男の叫びも加わって賑やかだ)。テンポは途中から幾分ゆっくりになっていき、最後、ハンドクラップがダブルカウントになってピタリと終わるところが実に見事だ。
ヒーリング・ダンスはブッシュマンたちにとって最高の楽しみだという。数分間コーラスとダンスで盛り上がり、その後ひと休みしながらの賑やかな談笑の時間に。それらを交互に繰り返しながら、ヒーリング・ダンスは明け方まで続けられる。
B4 は男性2人の歌で、互いにほとんど異なるメロディーを別々のタイミングで口ずさんでいる(時々全く同じにもなる)。こうした歌は記憶になく、かなり珍しいのではないだろうか。2人とも「ウォー」「ウェー」などと発声しているが、その言葉には特に意味はなさそう。なんとものどかな雰囲気の歌だ。
B5 は「闘い」と題されており、数人の男たちが短い叫びを交わし合っている。まるで野獣が牙を向いて吠えているようで、これはライオンのような猛獣たちの戦いを模しているのかもしれない。歌というより、武道か何かで気合を入れる声、あるいは狩猟の時に獣を追い立てる声を聞いているようでもある。ハンドクラップが聞こえるので(4拍だが最後の4拍目は休止している)、女性たちも参加しているのだろう。この類の録音も他では聴いた記憶がない。
B6 は、女性たちのコーラスとハンドクラップ。ハンドクラップはハチロクのリズムを生んでおり、全員一緒のタイミングで打っているように聞こえるが、よく聴くと一人が裏打ちを入れており、それが変化を生み出している。
B7 も B6 と同じメンバーによるものだろう。全部で5人くらいだろうか。今度は4拍子のリズムだ。一人が口ずさむフレーズに対して、他の女性たちが同じフレーズを返しており、コール&レスポンスのようになっている。B6 と B7 はステレオ感のある録音のため、各人の歌の特徴が捉えやすい。
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レコードやストリーミングで聴くことのできるブッシュマンの録音は元々少なく、1970年代のものに限れば他にないはず。そうした観点からは、このアルバムの録音は貴重な記録と言えるだろう。短めの録音が6つだけというのは物足りなくもあるが、ブッシュマンのヴォーカル音楽の典型をいくつか紹介しており、それらの多様性も感じられて面白い。
アフリカ狩猟採集民の音楽といえば、まずピグミーのものが有名だが、ブッシュマンの音楽も同様に素晴らしい(両者に共通点の多いことも興味深い)。なので、ブッシュマンの音楽ももっと広く知られてほしい。このレコードの音源はインターネット上で公開されていないだろうか?
なお、アルバムのジャケットは表も裏もブッシュマンのものである。また、ブックレットにもブッシュマンの子供たちを写した写真が1枚大きく掲載されている。
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(ピグミーに関するオフィシャルな音源も多分全て?入手できたはず。ブッシュマンの次にはピグミーの全録音を整理したいと考えているのだけれど、ピグミーはムブティ、エフェ、アカ、バカと4つに分類されるなど種類が多く、またリリースされたレコードも相当数あるので、ブッシュマンと比べるとずっと難しそうだ。)
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