先日、ミシェル・ンデゲオチェロ Meshell Ndegeocello のアルバム” The Omnichord Real Book" (2023) の収録曲 'THA KING' を聴いて、おや?と思ったのは、それがキレイなクリック混じりの無伴奏の歌だったから。そしてもう一つ、サンディスワ・マズワイ Thandiswa Mazwai のこの歌は、クリック3種類を交えていて、まるでクリック発音のプレゼンテーションにようになっていたからだった。
サン(ブッシュマン)とコイコイ(ホッテントット)というアフリカ南部の先住民族コイサンの言語をルーツとするクリック発音には4種類ある。整理すると、
1. 「口蓋音」または「歯茎音」、発音記号は [ ! ]。表記はアルファベットの 'Q' で代用することもある。
「ポン」と弾ける音(舌先を上口蓋に軽く押しつけて、下方へ鋭く離して発音する)。
2. 「歯音」、発音記号は [ / ] [ | ] [ ' ] など。アルファベットの場合は ‘C’ で代用。
前歯を舌で「チッ」と鳴らす舌打ちに似た音(舌先を上の歯と下の歯の間に軽く押しつけ、素早く後方へ離す)。
3. 「硬口蓋音」または「歯茎ー口蓋音」、発音記号は [ ≠ ]。アルファベットの場合は 'X' で代用。
口の脇の方から「ベチャッ」「タン」と鈍く鳴らす音(舌の下側の先端部を上歯茎から上口蓋にかけて強く押しつけ、下方へ鋭く離すときに生じる摩擦のある音)。
4. 「側音」、発音記号は [ // ] または [ || ]。アルファベットは 'G' で代用。
「チャッ」という感じに鳴らすしわがれた喉音(舌の下側の先を広く強く上口蓋に押しつけておいて、下方やや前方へ鋭く離すときに舌の両側面より発する音。[ ≠ ] と似ているが、より鈍い摩擦のある音とのことだが、実は個人的には、これの正しい発音が昔からどうにもわからない)。
こうしたクリックは、コイサンの人々から影響を受けた南アフリカの民族の言語にも入り込んでいるが、クリックを使うのはコーサとズールーだけ、なおかつ [ ! ] [ / ] [ ≠ ] の3種類だけのようだ 。
*このブログ記事を参考にしました。コーサのクリックを英語で解説する動画もわかりやすいです。
ところでクリックを含む歌でよく知られているのはミリアム・マケバ Mriam Makeba だろう。しかし彼女の ‘Pata Pata’ も ‘Click Song’ も、「ポン」と鳴らす口蓋音(歯茎音)しか使っていないように聞こえる(個人的に彼女の録音をそれほど聴いていないので確かなことは言えないのだが)。それに対してサンディスワ・マズワイの 'THA KING' では3種類使っていることがはっきり聴き取れ、これは珍しいと感じたのだった。
そうした違いに興味を覚えて少し調べてみた。2人ともコーサ人だろうと考えていたが、確認するとマケバの父はコーサだが、母はスワジだった。その父は彼女が6歳の時に亡くなっているので、その後マケバはスワジ語の環境で育ち、そのためにあまりクリックを使わなくなったのだろうかとも推測した。
だがこのビデオを観ると、’Qongqothwane (The Click Song)’ の曲紹介の中で、’≠Xhosa is my native language’ と硬口蓋音を明瞭に発音しており、彼女はコーサ・ネイティブであることが確認できる(「コーサ Xhosa」の正しい発音は [≠] を含む)。
ところで、サンディスワ・マズワイは現在ミリアム・マケバと比較されるほど評価の高いこと、 'THA KING' が彼女の愛称?(レーベル名としても使用)であることを今回知った。