◇ Blue Note - Tone Poet Series の音の魅力
今年は幾分かゆっくり音楽を聴く余裕を作れるようになり、そうした時間にはもっぱらジャズを聴いていた。昔買ってしばらく聴いていなかったレコードを順次聴きなおしたり、読んだジャズ本に刺激を受けてジャズ・ピアノやチャーリー・パーカーを集中的に聴いたり。
それと並行して、聴かずに過ぎていた名盤もチェックしている。まず取り掛かったのはブルーノートの代表作。ジャズの名盤の類は概ね持っているつもりでいたが、Wayne Shorter や Herbie Hancock のブルーノート盤でさえ揃っていなかった。そこで Spotify などで聴いてみて、特に気に入ったものを LP で買い始めた。今ではストリーミングや CD で聴けるものばかりなのだが、自分はジャズ喫茶育ちのためか、どうしてもジャズはヴァイナルで聴きたくなる。
あいにくブルーノートは中古盤でも高いので、最近評判の Tone Poet Series を試しに聴いてみることにした。Andrew Hill "Point of Departure"、Jutta Hipp "At the Hickory House Vol.1" に続いて、Clifford Brown "Memorial Album"、Wayne Shorter "Speak No Evil" を購入。Kevin Grey がマスタリングしたこれらのアルバムのサウンドを一言で表現すると「新鮮な音」。スピード感があって、高域まで伸びていて、静寂からの立ち上がりがとても速い(要するにS/Nが高い)。今まで聴いてきたブルーノートの音は太くて力強い印象だったのだが、それとは結構異なる。半世紀以上昔の録音の復刻というより、最新録音かのような印象さえ受けて、こうした音処理もアリだろうと感じた。自宅のアンプ Octave V80SE とスピーカー B&W 805Dは、解像度もレスポンスもS/Nも恐ろしくハイグレードなので、その影響も多少はあるのかもしれない。そのあたり、同じ作品を新旧両方のレコードで比較していないため、なんとも言えないのだが。

続いて Miles Davis のアルバムもチェック。学生時代に John Coltrane の録音はほぼ全て集めたが、その一方 Miles についてはそうした気持ちにはならなかった。そのため聴かずに過ぎてしまった作品も少なくない(1980年代初頭に復活した以降には全く興味がないので、晩年の作品群は元々聴いていない)。その一つはプレスティッジの "Miles"。Coltrane が参加しているのに、なぜか持っていない(?)。ジャケが平凡なので買う気にならなかったのだろうか。これは適当な中古盤が見当たらなかったので、数年前のリイシュー盤を買ってみた。すると案外眠い音。やはり Tone Poet Series のマスタリングが優れているということなのかもしれない。調べてみると 2024年の最新マスタリングは Kevin Grey によるものとのこと。ならばそちらを選ぶべきだったのだろうが、LP1枚に7000円は出せない。ブルーノートとプレスティッジのリイシュー盤の音の差は、オリジナルマスターの録音クオリティーの差なのか、それとも Kevin Grey の手腕によるのか、少々興味の湧くところではある。
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◇ ECM (Paul Bley / Carla Bley / John Surman / Lucian Ban)
今年は Paul Bley もよく聴いた。John Surman 参加の "Fragments" を今頃聴いたらとても良くて、それで遡って最初期のものから持っていなかった LP をせっせと探して買い揃えている。そのおかげで、1980年くらいまでは大体揃った。
Paul Bley を聴いていると、今度は Carla Bley を聴きたくなる。1980年代までは夢中になって聴いていたのだが、なぜか "Heavy Heart" あたりから興味が薄れてしまっていた。それで彼女の作品もまたコツコツ集め始めたところ。WATT のオリジナル盤を無理してでも全て集めておかなかったことを今頃後悔している。
John Surman は、6年ぶりのリーダー作 "Words Unspoken" が快作だった。個人的には今年の収穫のひとつ。それで彼の未聴盤をチェックして、ルーマニアのピアニスト Lucian Ban との作品 "Transylvanian Folk Songs" に出会ったのだが、これもまた素晴らしい(来春には Alan Skidmore、Ronnie Scott、Mike Osborne、Malcolm Griffiths、Erich Kleinschuster、Kenny Wheeler、Fritz Pauer、Harry Miller、Alan Jackson という錚々たるメンツによる1969年の未発表音源集 "Flashpoints and Undercurrents" も出るので、それも楽しみ)。その流れで Lucian Ban に興味を持って他の作品も聴いてみたら、ソロ・アルバム "Ways of Disappering" で Carla Bley の曲を取り上げていた。色々つながっているのだな。
ここに挙げたミュージシャンたちは、ECM でも数々の作品をリリースしていることも共通点。昨年亡くなった Carla Bley 晩年の ECM3部作を今頃じっくり聴き始めているのだが、感涙しそうなほどの素晴らしさだ。もっと早く聴いておけばよかったと思うし、そうしておけばもう一度彼女のライブに行っただろうと後悔した。何年か前、パリ滞在中に彼女のライブ情報を掴んだものの、Mark Guiliana か Tony Allen か誰かのライブと同じ日だったので、泣く泣く諦めたこともあった。この3部作 "Trios"、"Andando el Tiempo"、"Life Goes On" も LP で揃えたかったのだが、最初の "Trios" だけは CD だけのリリースだった。うーん、残念。LP も出してほしい。
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◇近年のヴァイナル品質について
話はヴァイナルの音のことに戻るのだが、ECM は録音もレコードの品質も昔と変わらずいい(Oded Tzur などもヴァイナルで買い続けているが、レコードからはほとんどノイズが出なくストレスを感じない)。Carla Bley の LP に至っては片面最大33分も収録しているのに問題なし。やはりレコードを作る技術力は確かなようだ。Impulse! もまずまず評価できる(Pino Palladino and Blake Mills や Shabaka など)。けれども、他のレーベルの大半が問題だらけだ。
ノイズの出るヴァイナルがあまりに多いことに懲りて(例えば Adriana Calcanhotto の EP "So" は日本でマスタリングし、わざわざクオリティーの高いはずのクリア・ヴァイナルにカットしているのに、ノイズがかなり気になった)、もう買うのをやめようかとも思った。それでも、最近はなんとなく CD を買う気になれないのと、ヴァイナル・オンリーのリリースが多いこととで、LP を選んで買うことが多くなっている。しかし、新品にも関わらずノイズの出るレコードや傷の入ったレコードの多い傾向は全然変わっていない。
特に気になるのはノイズの多さだ。まさかミックスやマスタリングの時点でこれだけ大きなノイズを聴き逃すはずはないので、こうしたノイズはプレスやカッティングの段階で生じたものだろう。とにかく細かなプラスチックゴミが付着しているようなノイズがずっと鳴っていて耳障りで耐え難い。徹底的にクリーニングすればある程度は取れるのかもしれないけれど、昔レコードを買ってこのような経験をした記憶などないので、それだけプレスとカッティングの技術が失われてしまったのだろう。それに対して、ブルーノートや ECM といった老舗は、レコードを製作する全行程の技術を保ち続けているのだと思う。最近だと Shabaka の Native Rebel Recording からリリースされた Ganavya "Like The Sky I've Been Too Quiet" のノイズが夥しかった。残念ならが新興レーベルほどヴァイナルのクオリティーが低いのは致し方ないのか?(ブルーノート盤に全く問題がなかった訳ではなく、Tone Poet の1枚は極端に反っていてギリギリ再生可能な状態だった。これは制作工程ではなく完成品の管理の問題だろうと推測するが。)
傷の多さと酷さについてはもう言葉を失う。例えば、高音質をうたっていた Don Rendell & Ian Carr のリイシュー盤5タイトルでさえ傷盤が混じっていた(それも何と "Shades of Blue" の Side A・・・ガックリ)。2年前に大枚叩いて買った The Velvet Underground の "The Complete Matrix Tapes" 8LP に至っては、信じられないような大きな傷が入っていた。これはレコードをパッケージする最終工程で、レコードに関しては無知な(愛情もない)素人が作業しているとしか思えない。今はどこも人手不足なのだろうか(以前、大型レコード店で買い物をした時、レジカウンターにフリーペーパーを持って行き「一緒に袋に入れてください」とお願いしたら、若いスタッフがいつまでも価格がどこに書かれているか探していたことが2度あった。自分が働いている店が発行しているフリーペーパーすら知らないことに愕然としたのだが、今は音楽に興味のない人間が多く音楽に携わっているのだろうか。レコード製作の現場でも同じようなレベルの事態に陥っているのだろうか。そうだとすれば嘆かわしいことだと思う)。

しっかり梱包されてきても、この傷では。。。
強烈なレコード・コレクターの友人も「3枚に1枚は返品か交換している」と話していたが、自身もほぼ同様な感触だ。本来なら不良品交換レベルなのだけれど、そもそも代替商品のないものが多いし、交換しても不備のないものが手に入る気がしないので、今のレコードはこんなレベルなのだと諦めている(たまたま問題あるレコードばかり買うことになった可能性や、レコード針との相性の有無も考えたのだが、どうやらそうしたことはなさそうだ)。
近年レコードに対する人気と注目度が高まり、新製品として中級〜高級レコードプレイヤーも増えてきた。だけれど、標準的な値段として1枚 4000〜7000円くらいもするのに、見た目ばかり良くて肝心の音に関しては品質の伴わないレコードがなくならない。レコードを売る業界の人たち、アナログの魅力を語る評論家や店の人たち、そしてレコードを聴いて楽しんでいる人たちは、そのあたりについてどう感じているのだろう。意外とそうした声が聞こえてこないのだが、まさか何も感じていないとは思えない。高級なプレイヤーを所有する人は、コンディション極上のヴィンテージ盤ばかり集めているとも思えないし。
アナログのレコード製作に求められるノウハウは奥が深い。最高のクオリティーで溝を刻むためには、レベル調整や曲順など課題は数多い。CD とアナログとでマスタリングが異なるなんてことも常識だったはず。そうした技術は一度途絶えてしまうと、もうそれを取り戻すことはとても難しいだろう。
魅力的な音楽は今も生まれ続けているし、レコード・ブームが高まっていることを考えると、コンディションの不十分なレコードが散見される今の状況は実にもったいない。新品のレコードをターンテーブルに載せる度にストレスを感じているので、これまで幾度が綴った愚痴の繰り返しになってしまった。けれどもレコードは物としても音を楽しむ道具としても魅力が尽きない。現状に耐えてレコードを買い続けていることに自問しつつも、ブルーノートや ECM のようなクオリティーのヴァイナル盤が増えることに期待している。
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(追記)
ジャンルを問わずリイシューが盛んだが、オリジナルマスターや状態良いレコードから丁寧にマスタリングしている物と、出所不明な音源を使用した単なるコピーとが混在しているのが現状。後者の音は鈍く、ジャケ写もボケているので、個人的には所有する価値を感じない。だが多くはどちらなのか判別しにくく、確認するのに手間がかかることも問題だと思う。
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Carla Bley にサインをいただいたレコードは家宝です。
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