ナイジェリアのラゴスを拠点に活動するレーベルで、個人的にもお気に入りの Jazzhole が、昨年9月に初めて LPをリリースした。それら2タイトルを早速イギリスから取り寄せて楽しんでいる(正月なのにロンドンから1週間で届いた。コロナ時代に比べたら英国便も早くなったなぁ)。
・The Faaji Abga Collective "Eroya" (Jazzhole JAH001VL, 2024)
・V.A. "Asiko Tito" (Jazzhole JAH002VL, 2024)
1枚目の “Eroya” は Fatai Rolling Dollar や Ayinde Bakare の息子の Sina Bakare、さらには Fela Kuti & Egypt 80 のキーボード奏者だった Duro Ikujenyo (Durotimi Ikujenyo) などによって結成されたグループ The Faaji Agba Collective のアルバムで、パームワイン・ミュージックやジュジュ・ミュージックからアフロビートまで様々なスタイルのトラックを収録している。もう1枚 “Aiko Tito” は Duro Ikujenyo らによるアフロビートが中心のコンピレーションである。
集ったミュージシャンたち、正直なところ特別歌やギターが上手いワケではない。また、楽曲のスタイルが多彩すぎる分、まとまりに欠けているとも言える。でも朴訥とした歌や昔の仲間たちが集まって賑やかに楽しんでいる雰囲気がいい。そうしたところに魅力を感じるかどうかは人それぞれかと思うのだが、私は枯れたサウンドにモダンさも交わるところに味わい深さを感じて、かなり気に入っている。
これら2枚はイギリスの DJ の Gilles Peterson が LP 制作に協力したとのことで(これらのアルバムは彼の Facebook への投稿を偶然目にして知った)、各限定500枚中の150枚がロンドンの Honest Jons Records の取り扱いとなっているようだ(11月に発売開始している)。ジャケットのイラストやデザインは秀でていて( "Faaji Agba" のダメージ感なんてとても良いセンス)レコードを眺めているだけで嬉しくなってしまうし、カッティングの状態も良好だ。
The Faaji Abga Collective の “Eroya” には、Fatai や Sina Bakare の他に、Alaba Pedro、Dotun 'Oguns' Ogunbiyi、S.F. Olowookere(従来の綴りは Olowo Okere だった)、Seni 'Tejebaby' Tejuoso といった往年のミュージシャンも参加している。彼らは King Sunny Ade や Obenezer Obey よりも一世代前のミュージシャン。そこに数人の若手も加わって Faaji Agba が構成されている。
忘れられたミュージシャンたちを復活させるなんて、なんだか Buena Vista Social Club のナイジェリア版みたいだなと思ったら、このアルバムに先んじてドキュメンタリー映画が制作されていたことを思い出した。60〜80代のヨルバのミュージシャンたちを6年に渡って取材したとのこと。幸いなことにそのドキュメンタリー全編が昨年6月に YouTube にアップされていたので、早速鑑賞した。
テンポ良く進み、興味深いシーンの連続なので 90分を一気に観てしまった。いやー、面白かった! 個人的には近年観た最高の音楽ドキュメンタリーだった! 内容豊富すぎて見所を100個くらい連ねたいくらい(その分、編集は幾分荒いのだけれど)。
90分は長い・・・という方のためには9分半の Promo Version もあり。これだけでも彼らの音楽を十分に楽しめます。
ネタバレないようにいくつか書くと、
・Fatai Rolling Dollar がジュジュ・ドラムやヨルバ音楽の歴史について語る。
・フレームドラムを叩いて通りを歩く盲人。
・Fatai がアギディボ(親指ピアノ)やノコギリ(!)を演奏。コンガやギターも巧みにプレイするマエストロ振り。
・Fatai はその風貌から好好爺かと思っていたら、強烈なキャラだった。
・Sina Ayinde Bakare が父 Ayinde Bakare について語る。
・Tunde Nitingale や J. O. Araba や S.F. Olowo Okere や Sunny Ade や Ebenezer Obey や Victor Uwaifo についても。
・ファンションセンスがいい!
・NYC へ行くあたりからは、ナイジェリア版 BVSC 的展開。
・そのツアーで大事件(悲劇)に襲われる。
・Seni 'Tejebaby' Tejuoso の甥であるプロデューサー Kunle Tejuoso (Olkunle Tejuoso) の熱意。次第に彼が Nick Gold や Francis Falceto と二重写しに見えてくる。
・Kunle Tejuoso のコレクションらしきレコードのジャケットを見るだけでも楽しい。
・ブラジルを連想させるカーニバル。
・ニューオーリンズ的なブラスとダンスが陽気な葬式。
・その葬式ではあの名プレイヤーが演奏に参加。
・絶えず揉める人々。その直後には皆笑顔。
・ナイジェリア人はどうしてこれほどアグレッシブなのだろう? レゴスの路上で目撃した血を流して喧嘩していた男たちを思い出す。
・Fela Kuti のバンド Egypt 80 のメンバーや関係者たちも登場。パームワイン・ミュージック、ジュジュ、アパラ、アフロビート、ジャズなどの間に仕切りのないことを感じる。
・貴重な/歴史的映像もたっぷり。
・Fela Kuti のシュラインが襲撃された際に「全てを失った」と語る Fatai。
・そして、Jazzhole という店の楽しさ!
これはナイジェリア音楽の歴史に関心のある方ならば、存分に楽しめること請け合い。解説付きで日本で上映できないだろうか?
♪
Faaji Agba のライナーを読んでいるうちに、Jazzhole の歴史等について分かってきたので、個人的記憶も交えながら、ここで少し整理しておこう。
レゴスのイケジャにある Jazzhole はヨルバ人の Kunle Tejuoso が設立したレコードレーベル/レコードショップである。
私がその Jazzhole に興味を持ったきっかけは、2000年6月2x日に NYC の World Trade Center のほぼ直下にあった Stern's のニューヨーク支店で、独特なセンスのイラストに惹かれて Ede Gidi "U-roo-ba vibe dialectics" というCDをジャケ買いしたことだった。これはそれまでに聴いたアフリカ音楽の中で、衝撃度と面白さが最高の1枚。実はこれこそ Jazzhole が 1997年にリリースした最初の作品だった。
・Ede Gidi "U-roo-ba vibe dialectics" (Jazzhole JAH001D, 1997)
このアルバムに関しては、自身の Website で取り上げたし、雑誌『アンボス・ムンドス』でもレビューした。
その中で、Fela Kuti のサウンドに通じる要素を指摘したが、収録トラックのうちの2つが Egypt 80 の Duro Ikujenyo が提供したものだと知って納得。
この後、Duro Ikujenyo は Jazzhole のプロデューサーとして採用され、Kunle Tejuoso と共にミュージシャンの発掘を始めた。そうした時、公の演奏をやめていた Fatai Rolling Dollar を見つける。Fatai は Kunle Tejuoso が昔の仲間の Seni 'Tejebaby' Tejuoso の甥だと知って意気投合。Jazzhole とレコーディング契約を交わし、2003年に “Returns” をリリースし復活を遂げる。続いて復帰2作目 “Won Kere Is Number“ もリリース。
・Fatai Rolling Dollar “Returns” (Jazzhole JAH006D, 2003)
・Fatai Rolling Dollar “Won Kere Is Number” (Jazzhole JAH009D, 2004)
Ede Gidi "U-roo-ba vibe dialectics" を聴いて Jazzhole に興味を持った私は、2005年にナイジェリアに滞在している間、CD裏に記載されている住所(168 Awolowo Road, Ikoyi, Lagos)を頼りに 4月11日に Jazzhole の店を訪れた。そして大量に並べられた CD と書籍に圧倒されたのだった。初めて目にする CD の山に興奮しつつ、選んだ CD をどっさりレジに持っていった時、「Fatai Rolling Dollar の CD が出たよ」と声をかけられた。J. O. Araba のグループへの参加を契機に長年活躍した Fatai が今頃復帰したなんて全然知らなかったので、その瞬間には全く頭が回らなかったことを憶えている。Jazzhole が彼を復帰させたばかりだったので、これは Kunle Tejuoso たちにとってイチオシのアイテムだったのだろう。私が Jazzhole を訪ねたのは絶妙なタイミングだった。
Jazzhole は Glendra Books の店舗も兼ねていて、この Glendra も Kunle Tejuoso が始たものだ。Grendra の雑誌の Fatai Rolling Dollar の特集号は自分にとって貴重な資料である。
Jazzhole の店では Roy Chicago、Prince Crosdale Juba、Ayinde Bakare、Tunde Nightingale、Akisanya Baba Eto、Orlando Julius、Jimi Solanke、Peter King や、ヒップホップの CD をかき集めたのだけれど、特筆すべきことは The Evergreen Music の CD を見つけたことだ。中でも “Evergreen Hits of 20 Music Masters of Our Country Nigeria” (HRS 005) は極め付きの1枚。CD 未復刻だった Bobby Benson ‘Taxi Driver’ や Fela Kuti などの未復刻音源を収録しているのだから。このアルバムは後日 El Sur Records も入荷させ、この店で最も売れた CD の一つになったと聞いた。
さて、Fatai Rolling Dollar の復帰作2枚は大ヒットし、ラジオでも流れるようになった。それを聴いたベテラン勢が自分たちもかつて人気を極めた音楽のリバイバルに参加したいと言い出して、Jazzhole の店に集まり始めることになる(Jazzhole は実際行ってみても、数々の動画を見ても分かる通り、良い雰囲気の溜まり場だ。In-Store Live や Tiny Desk Concert のような企画も度々行っているようだ)。そのことで Fatai と Duro Ikujenyo のアルバムと同時に Sina Ayinde Bakare と Seni Tejuoso のアルバムもリリースされた。リリース年は記載されていないけれど、これらは 2010年11月にイギリスの Sterns から取り寄せたので、2010年のリリースだろうと思う。
・Duro Ikujenyo and the Age of Aquarius “Ase” (Jazzhole JAH009CD, 2010)
・Sina Ayinde Bakare “Inu Mimo” (Jazzhole JAH010CD, 2010)
・Seni Tejuoso “Easy Motion Tourist” (Jazzhole JAH011CD, 2010)
・Fatai Rolling Dollar “Returns” (Jazzhole JAH012CD, 2010)
今回リリースされた "Asiko Tito" は、Duro Ikujenyo "Ase" に収録されたトラックを中心に、Jazzhole のファースト・アルバム Ede Gidi "U-roo-ba vibe dialectics" の 'Tribute to Haruna Ishola' などを追加して構成されている(Fatai の "Returns" は最初の復帰作とは収録トラックが若干異なる別アルバム。009番が2枚あることになるが、これはミスかな?)。
このような一連の動きが開花した結果が Faaji Agba なのだろう。Faaji Agba のアルバムを聴き、ドキュメンタリーを観て、どうしてこれほど様々な要素が一緒になっているのだろうと思ったのだが、こうした歴史を振り返ると納得するものがある。古のパームワインやジュジュからアフロビート/アフロビーツまで、さらには洗練れたジャズのテイストやサンプリングされた自然音まで混ぜ込んで作られた Jazzhole のサウンドは本当に面白い。
♪
生憎なことに Jazzhole の CD は昔も今も入手が超困難、というか現在はほぼ不可能。ネット検索しても全く引っかから図、聴くこともできない。
Jazzhole が発信する音楽は、自分が好きなだけで万人にお勧めできるものではないのかもしれない。それでも相当に魅力的で面白く聴き応えのある音楽だと思うのだけれど。幸いなことに最近リリースされたコンピレーション2枚だけは Spotify などのストリーニングで聴けるので、Fatai Rolling Dollar などが好きな方には一度聴いてみることをお勧めしたい。
(Faaji Agba のうち6人が既に故人なのですね。)
♪
♪
♪