◇カラハリの音世界とブッシュマンの音楽を紹介する『Kalahari』シリーズ、その2冊目の制作日誌(Facebook より)
2025/07/04
第3稿完成。今日は終日自宅に篭って全文読み直し、論旨の流れを修正して矛盾点を全て潰した。同時にレイアウトを調整し、デザインについてもいろいろ試行。その結果またページが増えてしまった。あれこれやりだすと止まらなくなるのだが、1冊目よりもずっと良い本を作れそうだ。
2025/07/06
今日も原稿の手直し。苦しんでいた結論にはどうにか決着をつけた。1冊目は絵本のような旅日記にしたが、2冊目は文章主体の音楽書。それでも写真や図表は60枚を超えた。一部をプロに委託すると重要な発見が。そこが共同作業のよさ。マスタリングは完了しているが、動画はこれから。なるべく早く世に出し、3冊目以降に本格的に取り組みたい。
2025/0709
2冊目の表紙に使う素材の撮影本番。1冊目もそうだったが、コンデジで色温度は合わせず照明も当てずに仮撮影したものの方がいい。特に何も考えず偶然撮れたものに味がある。1冊目は何度も撮り直したが、最初の雰囲気が再現されない。迷った末に最後の写真に差し替えたが、それで良かったのだろうか。
録音も似ていて、感じた瞬間に迷わず録ったものが一番良い。セッティングし直した後ではマジカルさが消えてしまっている。何事、道具より優先すべきものがある。難しい、、、。
2025/07/10
内容、分量、流れ、表現とも何も問題がなく、日本語としておかしな文章もほぼ見当たらなかった。文字サイズなどもこれで良さそうなので、レイアウトを確定できそう。写真の色補正もこれが限界かな。もう一度一通り事実確認をすれば、完成まであと一息だろうか。
私は文章を書くのが得意ではないので、少しでも読みやすくしようと思って心がけていることがあります。
・同じ文言や言い回しを繰り返さない。
・文末はその都度変える。
・「・・・だ。」は極力使わない。
日頃読書していて読みにくく思うのは、「・・・ます。」「・・・ました。」「・・・です。」のような同じ文末が延々繰り返される文章です。文章にリズムがなくて、本当にイライラします。特に「・・・だ。」を連呼する文章は生理的に受け付けません。言い回しがキツい上に、手抜き文章であることも見て取れ、たいてい途中で読むのをやめてしまいます。
自分の文章については、文言の不統一の有無も確認しています。1冊目で悩んだのは、例えば「ひとつ」「一つ」「1つ」が混在していることでした。バラバラなのは望ましくないですが、かといって無理にどれか一つに揃えると表現に味気がなくなります。
今日も「巡り会う」「巡り合う」「めぐり合う」の3つが混在していることに気がつきました。どれが適切なのか検討するうちに、そもそも同じ言い回しを3回も使っていることはどうなのかと考え始めたり。
最近話題の白石正明『ケアと編集』の中の「接続詞はドアを閉める」(P.185)を読んでなるほどと思い、自分の文章も接続詞の多すぎることに気がついて、今回は一度全ての接続詞を外すことを試みました。ですが、これは難しいですね。必要な接続詞もあります。
そうそう、引用ページをどう書くか、まだ迷っています。(P.185) にするか、(185ページ)にするか(185頁)にするか。一般的には「頁」のようで、「ページ」と打つと勝手に「頁」に変換されますし、文字数も節約できます。ですが「頁」は常用漢字ではないのですよね。
同じ文章をこれだけ繰り返し読むと流石に飽きてきました。今日は合間に(いまごろ)三浦しをんの『船を編む』を読んで、文章を書くこと、本を作ることって大変だなぁと思ったり。気分転換に動画を作ろうかと考えたりも。ですが、WAV File は3冊目(3枚目)まで完成しているものの、どのトラックを使うか若干迷っています。そこで、いろいろ理由もあって、2作目では CD とネット版(YouTube)とで一部異なるファイルを使うつもりでいます。なのでますます手間がかかる。。。
1冊目が足りなくなったので、赤字をギリギリ少なくするには何部増刷すればいいのか決めなくてはいけないし。検討課題はまだまだ山積。文章なんてまず内容が伝われば十分で、細かなことに時間をかけ過ぎるのもよくないことはわかっているのですが。一体私は何をやっているのでしょうねぇ?
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