最近はCDよりもアナログレコードを買うことの方が多くなっている。その理由はいくつか挙げることができる。
(アナログレコードには7インチ盤や10インチ盤なども含まれますが、ここでは簡略して、基本的にLPと書きます。)
・LPのみ、またはLPとデジタル版だけでリリースされる(CD発売はない)作品が増えた。例えば南アフリカの Mastuli Music やウガンダの Nyege Nyege Tapes からのアルバムなど。
・CDやLPで既に持っているアルバムでも、高音質を謳うLPがリリースされた。
・CDで持っている愛聴作品のLPが、相次いで大幅にディスカウントされた(売れ残りを投げ売りしているのだろうか)。
・昔はジャズをLPで集めていたが、このところ時間を作って、好きなミュージシャンの未聴作や近年の発掘盤をチェックしており、そうした作品はなるべくLPで買うようにしている(同一ミュージシャンの作品はLPで揃えた方が管理しやすいということもある)。
・CDの作りが簡易になり過ぎて、モノとしての魅力が薄れた(安っぽい紙のスリーブやペラペラのジャケットを手にしても楽しくない)。
もう一つ、やや特殊な個人的な理由もある。
・昨年転居して、一階にメインのオーディオシステムとアナログレコード、二階にサブシステムとCDという具合に、オーディオ機器とソフトが分散してしまった。そのため、よく聴く作品はLPで持っていた方が便利である。
さらにまた別の動機も。
・近頃再び「アナログの方が音がいい」という意見をしばしば聞くようになった。ベテランの音楽ファンにもアナログを買い集める人が多いようだ。そこで、今のアナログの音はどれほど良いのか確かめてみたくなった。
私は決してオーディオマニアではなく、特別音にこだわることもない。良い音楽はストリーミングを MacBook の内蔵スピーカーで聴いても十分に楽しめる。それでも、音質の優れたレコードやCDを良い再生環境で聴く時の快感には特別なものがある。好きな音楽はできればそれなりに良い音で聴きたい。
近年のアナログブームに乗せられているかもと思いつつ、こうした幾つもの理由が重なって生じているヴァイナルへの関心。以下は、最近LPレコードを中心にアナログ盤をあれこれ聴いて抱いた雑感です。
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いきなり最初に結論。アナログレコードとCD、果たしてどちらの方が音が良いのか。ざっくり極論すると、私はCDだと思っている。少なくとも今普通に流通している音楽ソフトについて言えば、大半はCD(もしくはサブスク)の方が良い(言い方を変えると、ストレスなく安心して聴ける)。
ただし個別に見ていくと、アナログにもCDにもそれぞれ良さがある。ただしそれは、どのようなものを比較するかによって違ってくる。
まずCDの音の良さから。最近の作品であれば、最初からCDを想定して製作(録音・ミックス・マスタリング)されているので、その特性に合わせた音になっている。低域から高域までバランス良く伸びているし、ノイズもほとんど聴こえず、昔に比べると過度なコンプレッションをかけることも少なくなった。
数年前にCDプレイヤーを中級クラスの Luxman D-03X に買い替えたのだが、プレイヤーのグレードを上げるとCDの音はこれほど良くなるのかと正直驚かされた。その体験から、CDプレイヤーをより良いものにするとCDの音はどうなるかに興味を持ち、適当な機種を新たに探し始めているほどである。
それに対してLPの方は、新譜でもレーベルなどによって品質の差がとても大きいのが現状だと思う。同じ作品をCDと比較しても特に音が良いと思わないものがほとんどだし、マスタリングに難を感じるものも多い。
例えば「内周歪み」が目立つことだけでも、アナログ盤を制作するノウハウが一旦失われたように感じる。LPの外周と内周とで溝をトレースするスピードが異なる(外周の方が情報量が多い)ため、昔はそれに合わせて曲順を決め、マスタリングを施すことが常識だった。だが今はCD用のマスターをそのままLPにも使い回しているものが大半なのではないだろうか。レコードの溝の深さや幅を的確にコントロールできるカッティングエンジニアは、果たして今どれだけいるのだろう。
ある程度古い作品になると、CDマスターの音をただコピーしてLPに作り替えているだけなのではないだろうか。この点で特に問題なのは、CD初期の作品にはデジタルのファイナルマスターしか残っておらず、マルチトラックテープが存在しないものがあること。これではマスターテープからミックスなりマスタリングなりし直することは不可能で、CDの音をLP用にそのままコピーするしかない。つまりLPの音がCDの音を超えることは物理的にありえないのだ。
さらに気になるのは、レコードの溝にゴミが付着しているかのようなノイズの目立つこと。いくらクリーニングしても「チリチリ」「ザラッ」といった耳障りなノイズが消えないLPが余りに多すぎる。近年買ったLPでそのようなノイズが気にならなかった盤はほとんど皆無に等しい。アナログレコードが一度過去のメディアとなったことで、長年培ってきたレコード製作の基本が継承されず、カッティングの技術も相当に落ちてしまったのだろう。
一番ガッカリさせられるのは、レコード盤面に大きな傷が入っているときだ。オリジナルマスターから慎重に復元し、丁寧なマスタリングを施し、豪華なボックスに収められた高価な限定盤ですら、こうしたことが度々起きている。レコードの扱い方を知らない素人が最終工程でパッケージ作業を行なっているのではないだろうか。
とにかく、近年新しく作られているLPは、マスタリングも、カッティングも、パッケージングも総じて雑! このような現状に対してどうして反乱が起きないのか不思議でならない。こうしたことは私の買ったレコードだけにたまたま起こったことなのだろうか。それとも、アナログブームに乗じて、本来のアナログの音を知らない若者に高いレコードを買わせ、ジャケットを眺めるだけで満足させているのだろうか?(この点に関する問題は、後で再度取り上げる。)
結局のところ、現状では私はLPよりCDやサブスクを聴く方が普通に良い音を楽しめる。
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ここまで書いたのは、割と新しめの録音作品に関してのことなのだが、古い作品になるとCDとLPの音の比較が途端に難しくなる。
例えば50〜60年代のジャズ。コンディションの良いオリジナル盤を手に入れられたなら、確実にアナログに軍配が上がるだろう。録音当時に生々しく記録された音には敵わない。ヴァイナル・リリースのみを前提としてレコーディングし製作されたものなので当然だ。ただ、オリジナル盤を集めることは理想で、それを実現するにはいくら時間と資金があっても足りない。
一方、半世紀以上前の「傑作」が、丁寧なリプロダクション作業を経て高音質盤と銘打ち3〜10万円くらいで売られているが、果たしてそれらの音はどうなのだろう。まず何よりマスターテープのコンディションが気になる。有名盤ほど復刻が繰り返され、その度にマスターテープが使用されるため、本来の状態を維持することが難しくなっているはずだ。経年劣化によってテープの磁性体が剥がれることは避けられないし、時には傷も生じる。実際「名盤」の類の近年のリイシューの中には、昔から聴き慣れたLPやCDにはなかったノイズが明らかに聴こえることもある。総合的に判断すると、高音質盤も含めた最近のリイシューより、70〜80年代の日本盤(中古盤)の方が値段も手頃で音もいいということが案外多いのではないだろうか。
(Mobile Fidelity や Analogue Productions など、かねてから定評の高いリイシュー・レーベルもあり、もちろん興味はあるけれど、僅かな音質差のためにここまで出費する気にはなれないかなぁ。いや、正直に書くと高すぎて手が出ない。Miles Davis "Kind of Blue" だけは買ってみたものの、他にも数枚ある所有盤との音質差をさほど感じなかった。これは拙宅のオーディオシステムの限界なのだろうか?)
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それでも、リイシューに関しては大手/有名レーベルだとある程度安心して手を出せる。例えばジャズならば、Blue Note、Impulse、ECM などだ。Blue Note の Tone Poet Series は従来盤よりも現代的な若々しい音のように感じられて(オリジナル盤の音を知っている方からの異論も想像しうるが)、これもありかと思った。ただこれらのレーベルのLPにしても完璧ではない。細かなノイズの出る盤が結構あるし(昔はそんなことはなかったよなぁ)、ある1枚は大きく反っていて、針飛びするギリギリで、カートリッジにダメージを与えそうだった。
そうした大手以外のところは(名前すら知らない会社のものも試しに数枚買ってみたが)全てが期待外れ。流行に乗じてヴァイナル・オンリーでリリースにしているようだが、とにかく盤のコンディションがひどい。カラーヴァイナルやクリアヴァイナルを売りにしている傾向も気がかりだ。黒いレコード盤は安い原料に不純物を混ぜ込んでいることを分からなくさせている、透明なクリアヴァイナルはそうした誤魔化しが効かない、などといったことも耳にするが、果たしてどうなのだろう。カラーのヴァイナルやマーブルのプレスは、肝心な音を犠牲にして見た目を優先しているだけで、現状のレコードブームに便乗しているように感じるのだが。
特に問題が大きいのは、高音質を謳わずさほど高額でもないリイシュー専門レーベルの製品だと思う(LP1枚が3000〜4000円程度)。色々買ってみたが、大半は全く良くなかった。リマスターによる高音質化が明確に感じられるレーベルには Music On Vinyl (MOV) など素晴らしいものもあったが、そうしたものはやはりある程度値の張るものに限られる。
再発盤を大量に出している初耳のレーベルのものは、肝心の音はぼんやりしているし、ジャケットの画像やタイポグラフィーがボケボケだ。音源はオリジナルマスターを使用しているとは思えず、ジャケは飾りたくなるレベルにはほど遠い。ジャケも音も従来のレコードから適当にコピーしたような商品ばかりなのだ。これならサブスクで聴いた方がいい(サブスクの音質も様々であることは、ひとまず置いておく)。
気になるのは、販売する側がこうしたアイテムを「カラー盤」だとか「重量盤」だとか余計な情報を前面に出して宣伝するばかりで、肝心の音のクオリティーに関しては書かない(書けない)ことだ。こうしたレーベルについて調べてみると、例えば Discogs では「権利を取らずに作っているブートレッグ」といったコメントさえ並んでいる。Discogs が海賊盤を掲載しない方針に転じているので、これらのレーベルは50年ないし70年の隣接著作権の保護期間をクリアした作品をリイシューしているのかも知れないが。
オリジナル盤どころか、一時期リイシューされていたLPやCDでさえ今は入手困難なものも多く、そうした作品を再び世に出している点では評価すべきなのかもしれない。若い音楽愛好家にとっては、LPジャケットを手にすることの喜びもあるだろう。それでも、様々なクオリティーの再発盤を全て横並びに紹介して売られている現状には違和感を抱く。
批判ばかりになってしまったが、レコードを作る側もわざわざ粗悪品にするつもりなどないだろうし、できる限り良い音のものを世に出したいはずだ。しかし残念ながら、現状ではそれがとても難しい。これは実際、友人のプロデューサーなどから度々聞かされることなのだが、「CDはもう売れないのでヴァイナルを作るしかない」とのこと。今は過渡期であり、もうしばらくは我慢のし時なのだと思う。
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このような状況を危惧しながらも、高音質盤のリイシューを専門とするレーベルの素晴らしい仕事が目に留まる。例えば先に例を挙げた MOV はとてもいい。Youssou N'Dour、Weather Report、Thierno Koite、Jaco Pastrious などの音の良さには歓喜させられた。アナログ復刻にはまだまだ可能性がある。
冒頭でCDの方が音が良いと書いたけれど、そうした比較には、メディアそのものに加えてそれ以外にも諸々の条件がつく。条件次第ではアナログの良さもCDの良さもより伝わってくることを最近痛感している。
CDとLPの音を比較する時、条件の一つとして再生機器のグレードも加味して考える必要がある。難しいのはアナログの方だろう。多くの方が体験しているように、カートリッジがMMかMCかによって(さらにはステレオ用、モノラル用、SP用の違いによっても)音は大きく変わる。
私自身もアナログの音はカートリッジとトーンアームでほぼ決まると思っていた。ところが、先日あるイベントで同一ブランド LINN の70万円、200万円、500万円、800万円のプレイヤーの聴き比べをして、カートリッジやトーンアームよりも、ターンテーブルのボディの違いによる音の変化に腰を抜かしてしまった(ついでに書くと、ハードなロックの音はMMカートリッジをつけた最低価格のプレイヤーの方が楽しかった。ホント、アナログの音は難しい)。
拙宅のシステムは、CDプレイヤーがほぼ最新機種なのに対して、アナログプレイヤーは30年以上使っているもの。そのため、そろそろターンテーブルからカートリッジまで全て一新させ、フレッシュなコンディションの機器でCDの音との比較をしないと、正しい評価を下せない可能性があると考えている。もしかするとその結果は、ここまで書いてきた印象を左右することになるのかもしれない。
もう一つ、様々な音楽を聴いていくと、アナログが向いているものと、デジタルが向いているものの、両方があることに気付かされる。そうなると、単純に音の特性(周波数特性、SN比、立ち上がり速度、等々)などだけでは優劣を判断することは難しい。
CDの方が安心して良い音を聴くことができると書いたが、音楽のタイプによっては、どちらかの再生メディアの方がより素晴らしい音で聴くことが可能になる場合もある。そうなると一概にどちらか一方が良いとは言い切れない。そうした点についてももう少し検討してみたい。
ダラダラ綴ったけれど、アナログの新譜のリリースが増え、中古レコードが大量に出回り、それに合わせて様々な価格帯のレコードプレイヤーの新製品が相次いでいる。今アナログが盛り上がっている。ならば、これを楽しもう! それがもう一つの結論です。
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掲載した写真は、最近相次いでヴァイナル・リイシューされた The New Jazz Orchestra のファーストとセカンド。ワケあって大名盤とされるセカンドは2種買ったが、聴き比べると音は相当に違う(1枚はオリジナル・レーベルから、もう1枚はリイシュー専門のレーベルから)。
1960年代後半から1970年代初頭にかけての英ジャズは本当に充実していて、正に黄金期だと思う。この時代の名盤が次々リイシューされることは大歓迎。今アナログ・リイシューが最も充実していて買って聴いて一番楽しいのは、南アものとこうした英ジャズだと思う。今は聴くことに忙しいけれど、そうした情報まで整理して書いておけるといいな。
(続く)