今年1月から2月にかけてインドネシアを1ヶ月弱旅し、今のインドネシアポップの充実振りを知るとともに、ジャワ島のソロやバリ島でヴァイナルブームの盛り上がりを実感した。
そのようなアナログ人気はインドネシアに限ったことではなく、近年アジア各地から日本へも次々と新作・復刻盤が届いている。時折そうした作品を試聴しているのだが、ちょっと面白いと感じたものの一つは、タイ出身のドラム/パーカッション奏者で現在カナダで活動している Salin(サリンと読むのかな?)のセカンドアルバム "Rammana" (2025)。タイの伝統音楽、ファンク、ジャズ、アフロビートなど、様々な音が繰り出される。統一感がないというより、バラエティーに富んでいるといえるだろう。
Salin が書いた曲とギタリストの Lucas Zafiris の曲とが半々で、Lucas が主導したらしきトラックは、ヴォーカルが入らないこともあってフュージョンっぽくスムーズに流れがちで物足りない。こうしたサウンドの方を好む方も多いのだろうが(2021年のファーストも少し聴いたが本来はこうした指向のようだ。アジアとジャズギターの組み合わせという点では、ベトナムの Huong Thanh とNguyên Lê のコンビも連想させるが、Huong Thanh の方がずっと独特な世界観を醸し出している)。それより、タイのパーカッション(多分)とヴォイスが入った Salin 本人のトラックの方が断然興味深く、アルバムカバーのイメージに沿った内容に徹底した方が良かったのではないだろうか。そうした観点では、さらなる可能性を感じさせる作品になっている。
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シンガポールの Dick Lee の大名盤 "The Mad Chinaman" (1989) がリリース35周年にヴァイナル・リイシュー。丁寧なリプロダクションとリマスタリングが施されているということなので聴いてみた。
従来のCDとは音像の明瞭度やバランスに違いがありそうだが、まず耳に留まるのは音の古さだった。電子楽器の音源が安っぽく感じられる。なので、このヴァイナルの音をCDの音と比較して云々してもあまり意味はなさそう。ラップやディスコサウンドも含めて、とにかく時代を感じさせる音なのである。けれども、Dick Lee の幼い頃から周囲にあった曲を素材に、当時においては最先端だった電子楽器や、家族や友人たちの歌声を散りばめてみたら、とんでもなく素晴らしい音楽になってしまったのがこのアルバムなのだろう。
自分は中国人なのかいった迷いやアンビバレントな内心を隠さず、それを一旦ポジティブな方向に昇華させた。その結果、打ち込みの多い音でありながら、ノスタルジックでセンチメンタルなサウンドに仕上がり、それが35年前に多くの日本人の心も奪い夢中にさせたのだった。それは今聴いても変わらず、ワールドミュージックの時代にタイムカプセルの中に封じ込められた美しいサウンドをもう一度解き放つかのような楽しさだった。一つの時代を見事に納めた名盤だと思う。
(Dick Lee のこのレコードを手にした第一印象は軽いということだった。ジャケットもレコード盤もかなり薄い。このシリーズ記事の1回目にも書いたが、最近は重量盤や厚いスリーブを売りにしているLPが多い。だが専門家の話によると、レコードは厚ければ/重ければいいという単純なことでもないそうだ。理由までは聞かなかったが。
確かにレコードが厚すぎると、せっかく合わせたトーンアームの水平が狂う、言い換えればレコード針の角度が狂うなどの弊害も考えられる。
それと、これら2枚のLPとも結構チリチリ鳴続ける。ノイズなのか静電気なのか。どちらもカッティングが不十分なためのように思うのだが、それとも他に原因があるのだろうか。"The Mad Chinaman" はコーラスのみのパートや長い余韻もあるので、若干気になってしまう。)
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Salin はカナダのインディペンデント・レーベルからの限定盤らしく、"The Mad Chinaman" も限定盤(制作側では国外では売らないと言っていたくらいだそう)。なので今しか手に入らないだろうという情報が、購入を後押しした一面がある。
アジア諸国でも新鮮な音楽が相次いで登場し、とても全てをチェックし切れない状況下、世界的なアナログのブームがさらに今しか手に入らないアイテムを増やしている。Faye Wong の一連のアナログ再発も、このブームがあったからこそ実現したのだろう。これらも手にできるのは今だけだろうと思い、持っていなかった(30年昔に中国で買ったCDなどを除くと初めて聴くものが多い)初期の7枚を買ってみた。カバー曲が多くまだまだ未完成。ヘアスタイルもメイクも垢抜けない。そんな大ブレイクするより以前の彼女の素顔を知ることができる作品群である。
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