1960年代後半から70年代初頭にかけての英ロンドンのジャズには、昔から特別強い関心を持っている。スキッフルのブームと、米国のロックンロールやブルースの受容を経た後に開花したロンドンの音楽シーンがとにかく凄い。地元勢に加えて、カンタベリー、さらにはカリブや南アフリカからも優れたミュージシャンたちが集い、アメリカに学んだジャズに止まらず、ロックやプログレなどとも繋がる大きなネットワークが形成されていた。正に黄金時代。この広範で層の厚い人脈が生み出した音楽は、現代再興している英ジャズにまで繋がっており、その基礎を築いたとも見做せるだろう。
このようなシーンの中にいたのは、Mike Westbook、Chris McGregor、Don Rendell、Ian Carr、Harry Becket、Graham Collier、John Taylor、Keith Tippett、Mike Gibbs、Tony Oxley、Dudu Pukwana、Dave Holland、Kenny Wheeler、Mike Osborne、Elton Dean などなど。個人的に好きなミュージシャンの名前を思いつくままに挙げていくだけでもキリがない。彼らの多くはジャズとロックを跨ぐような活動をし、実際ジャズロックと形容される作品も多かった(Soft Machine もそうしたグループの一つと言える)。中でも John Coltrane から多大な影響を受けた John Surman と Alan Skidmore が特に大好きで、彼らの発掘録音や新作が出るといまだに買い続けている。
彼らの演奏は知的でクールで思索的で構築的。それでいて激情にも満ちており、ムードや陽気さに流れることはない。若者たちがアイディアを出し合い、新しい形の音楽を生み出そうという真剣さと熱意に溢れた密度の濃い時代だった。
私はジャズを本格的に聴き始めた20歳の頃(1980年代)、そうした作品をコツコツ集めていたが、当時住んでいた北海道ではレコードを見かけることは滅多になく、音を聴くことにすら限界があった。その後も、稀に市場に出ても特に有名なものだと数万円〜数十万円もして文字通り高嶺の花。たまに復刻CDを見つけて買うことが精々だった。
そうした1960年代後半〜70年代初頭の名盤が近年相次いで初めてヴァイナル・リイシューされていることに今頃気がつき、ここ最近慌てて探している。中でも注目しているのは 'British Jazz Explosion - Original Re-Cut' と銘打たれたシリーズ(以下、BJE と略記)。Columbia や Fontana などの名作を、オリジナルマスターテープから音源復刻/リマスタリングし、ジャケット等もオリジナルを忠実に再現、さらに長文のラーナーノートを新規作成して封入している。アナログ復刻の見本のような作りなのである。
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The Don Rendell / Ian Carr Quintet "Shades of Blue" (Columbia 33SX 1733, 1965 / Jazzman JMANLP 107X, 2019)
The Don Rendell / Ian Carr Quintet "Dusk Fire" (Columbia 33SX 6064, 1966 / Jazzman JMANLP 108X, 2019)
振り返ると、こうした一連の復刻の先駆けとなったのは Don Rendell / Ian Carr Quintet の5枚だったかと思う。最初の2作 "Shades of Blue" と "Dusk Fire" は説明不要な大名盤。その分、オリジナル盤も恐ろしいほどの値段になっている。ひとまずこの2枚だけ買って、2004年の BGO Records盤のCDと聴き比べてみたのだが、CDより特に良いとは感じられなかった。それでもだいぶ経ってから5枚組BOX が意外な値段で売られているのを偶然見つけ、これは出会いかと思い確保した(今はこの 5LP BOX もかなり高価)。この箱はオーディオシステムをグレードアップした頃に開封して聴きたいと考えている。
The Mike Taylor Quartet "Pendulum" (Columbia 4539712, 1966 / Decca 0602445397129, 2025)
Mike Taylor "Trio" (Columbia 4539712, 1967 / Decca 0602445397211, 2025)
最近歓喜して買ったのは、つい先日リリースされた Mike Taylor の2枚。中でも初めて聴くファースト "Pendulum" にはぶっ飛んだ。But Not For Me や A Night in Tunisia のようなスタンダードをやっても、解釈もアレンジも実に新鮮。Mike のピアノと Dave Tomlin のソプラノサックスが、時にユニゾンで、時に対話するように響き合い、独特な世界に誘われる。Pendulum(振り子)を意識したらしきジャケットのイラストも Dave のデザイン。彼はなかなかの才人のようだ。ベースの Tony Reeves とドラムスの John Hiseman は、この後1968年に Colosseum を結成する2人。もう1枚は CD を持っていたが、迷わず購入。Cream の Jack Bruce がベースで参加。トリオ編成なので、Mike Taylor のピアノをじっくり味わえる。彼は1969年に亡くなり、実質これら2枚しかアルバムを残さなかったことが惜しまれる。
The New Jazz Orchestra "Western Reunion London 1965" (Decca LK 4690, 1965 / Mad About MAR 055, 2021)
The New Jazz Orchestra "Le Déjeuner Sur L'herbe" (Verve 781429, 1969 / Verve/Decca 06025077814297, 2021)
The New Jazz Orchestra "Le Déjeuner Sur L'herbe" (Verve VLP9236, 1969 / Aartrud AAR111STEREO, 2025)
ブリティッシュ・ジャズの歴史を語る際に真っ先に取り上げられるのが、Neil Ardley が指揮する The New Jazz Orchestra (NJO) のセカンド。屈指の大名盤と讃えられる『草上の昼食』は、言うまでもなくモネの代表作がタイトルとジャケットのモチーフ。Naima、Nardis などの有名曲もオリジナル曲も、ともにアレンジが隙のない見事さで、Ian Carr や Dick Heckstall-Smith(彼もColosseum の結成メンバー)ら各プレイヤーのソロが流麗に連ねられていく(Jack Bruce、 John Hiseman も参加)。有名盤なので余計なことは書かないが、とにかく隅から隅まで素晴らしい。
このセカンドのリイシューはちょっと曲者。届いたレコードを聴くとどことなくボヤけた音に聴こえる。それで確認してみたら、BJE シリーズとは別で、イタリアのリイシュー専門レーベルがつい最近出したものだった(Discogs に載っていないので気が付かなかった)。この音に納得行かなかったので BJE盤を探して聴き直し。イタリア盤の方はジャケの写真が若干ボケてトリミングしているし、タイポグラフィーも同様。裏ジャケットの解説も活字を並べ直していて、1ヶ所ミスを修正してある。すると、これら2種は同時期に出たプレス違いのレコードを復刻したものなのだろうか。話をもっとややこしくさせるのは、盤面のレーベルはイタリア盤の方だけがオリジナルに準拠しており、ジャケットもこちらの方が金のかかった作りで、尚且つ別仕様のライナーも封入されていること。音は BJE で聴くとトランペットなどの高音が若干線が細く聴こえる一方、イタリア盤の方が自然にも聴こえ始める(こうしたことはリマスタリングの違いに起因するのだろうか)。
ファーストもリイシューされていたので購入。こちらは BJE から出ておらず、リイシュー専門レーベルからのもののよう。残念ながら疑似ライブ?の音は歪みがちで結構悪かった。クレジットにある Barb Thompson って誰かと思ったら、Micheal Gibbs、Colosseum、The United Jazz+Rock Ensemble などでサックスを吹いていた Barbara Thompson のことだった。
Neil Ardley は、これも有名な "A Symphony of Amaranths" (1971) がアナログ・リイシューされたが、オリジナルからの復刻ではなさそうなので無理せず、昨年 BGO から出た CD を選んだ。
Ken Wheeler "Windmill Tilter: The Story of Don Quixote - Told by Ken Wheeler and the John Dankworth Orchestra" (Fontana STL 5494, 1969 / Decca/Fontana 0602507480578, 2021)
カナダ出身のトランペット奏者 Kenny Wheeler といえば、Keith Jarrett らのトリオとの "Gnu High" (1975) の印象が強いが、その彼の初リーダー作がビッグバンドものだったとは知らなかった。ミゲル・デ・セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』に着想を得て書き上げた組曲で、John Dankworth Orchestra によるサウンドが豪華で勢いがあって悪くはないのだが、アイディアが整理しきれていないというか、やや単調に過ぎるのが惜しい。デビュー作としては十分な出来とも思うが。クレジットには名前がないがフリューゲルホルンは Kenny Wheeler 本人の演奏のように聴こえるのだが、実際はどうなのだろう。Mike Gibbs (tb)、Dave Holland (b)、John McLaughlin (g) の参加も聴きどころ。
Harry Beckett "Flare Up" (Philips 6308 026, 1970 / Decca 0602445397235, 2022)
Harry Beckett のトランペット/フリューゲルホルンに加えて、John Surman、Mike Osborne、Alan Skidmore の SOSトリオの3管が参加しているだけで期待大。Frank Ricotti のヴィブラフォン、John Taylor のエレピもいい。けれどドラムスが音楽を台無しにしている。アイディアなく、手数・音数が多いだけの演奏で、ソロのバックでもロールを回し続けるので邪魔で仕方ない。ミックスバランスが悪くて音が大きいだけに尚更。時代的にエレクトリック・マイルス("Bitches Brew" など)や Tony Williams などからの影響も感じるが、これに比べると Tony はバッキングも特別上手かったのだなと。
Don Rendell Quintet "Space Walk" (Columbia SCX 6491, 1972 / Decca 0602435687858, 2021)
昔から欲しかったアルバムをやっと入手。ジャケのセンスは悪いが、掛け値なしの名盤。ピアノレスのクインテットで、まずは Don Rendell と Stan Robinson の音色がとても綺麗だ。奏者5人とも全く隙のない創造性に富むインプロビゼーションを展開する。
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BJE の音は、年数が経ってそれなりに傷んだマスターテープを丹念に修復している印象がある。もちろんオリジナルの音との比較などできず、どの程度原音に近い生々しさを再現できているかは不明。それでも CD の音と比べると、ボトムがしっかりした厚みのある中低域と、自然に広がり響きの豊かな高域の音を感じることができた。先日取り上げた Youssou N'Dour "Wommat" や Bruce Springsteen "The Rising" とも共通するアナログの良さがあった。一言で表現するとデジタルより余裕のあるサウンドだ。
残念なのは、どの盤もチリチリノイズが多いこと。はっきりと見える細長い傷の入った盤もあった。今のアナログ盤はこの程度のレベルなのだと、最早諦め気分に。どれもストリーミングなどで気軽に聴けるけれど、ライナーに目を通しながらフィジカルで聴く方が楽しい。これらの歴史的名盤がヴァイナルリイシューされるのはここ50〜60年間で実質初めてのこと。オリジナル盤などとても買えないので、アナログ盤を手にして聴けることには満足しているし、感謝すべきことでもあるだろう。
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最近入手して聴いているアナログ盤(LPレコード)について、音楽そのものよりも録音やマスタリング/カッティング、レコード盤のコンディションに着目して、1日1本、合計10本記事を書いてみました。
近頃感じたことが溜まっている一方、今のレコードの問題点(音の悪さ)について書いて欲しいという要望もあって、駆け足でざっくり書き出してみました。メモというか半ば殴り書きですが、興味を引いたところがあれば、斜め読みでもしていただけたら嬉しいです。
LP と CD のどちらの方が音が良いのか? 音楽の質、記録メディアやそれを製作する環境、再生するシステムが異なるので、結局のところどちらか一方が良いと結論付けるのは難しい。例えば、ノイズの出るアナログ盤であっても、デジタルにはない音の豊かさを感じるものもあります。音に違いがあるのなら、それぞれの良さを楽しめばいいのだと改めて思いました。
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ところで、先に一言触れた Neil Ardley "A Symphony of Amaranths" の CD を聴いたのですが、いやー凄いですね。「傑作」という言葉は自身に禁句と課しているのですが、25分にわたる表題曲は「傑作」としか言いようがありません。Duke Ellington と Gil Evans に捧げられたというこの曲、アレンジが素晴らしく、ストリングの響きやハープとグロッケンスピルの音色が印象的(ここで Gil Evans と Frank Zappa を連想)。終盤、豪放な声色の Dick Heckstall-Smith と端正な Don Rendell がソロを交わし合うのに至っては言葉が出てきません。こんな圧倒的な音楽は、爆音で浴びるように聴きたい!
ですが、、、CD で聴くと何となく音が詰まって聴こえるのです。これは機会があればオリジナル盤の、あるいは良質なヴァイナル・リイシューの音を体験したいです。
・・・まあそれはともかく、至福のひとときでした。1970年前後のロンドン、やっぱり凄い !!!
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