『カラハリ三部作』の第三編『Kalahari / Dance』では、ブッシュマンのリズムについて分析して書いてみました。
音楽で使われるリズムの中で一番多いのはどれでしょう? 考えるまでもなく4拍子ですね。2拍子、4拍子、8拍子などの2拍系と言い換えることもできまず。それはどうしてなのか? これも当たり前すぎて、かえって答えるのが難しかも知れません。人間が二足歩行するそのリズムだからというのが一つの答えになりそうです。
次に多いは3拍子(6拍子も含めた3拍系)。この理由も説明しにくいですが、2や4の次にシンプルな数字だからなのでしょうか。馬の駈歩(かけあし)のリズムとも言われますが、これには異論も多いようです。
こうした4拍系や3拍系のリズムが如何に日本人の生活や文化に刷り込まれているか。それは俳句や短歌からも感じられます。俳句は575、短歌は57577と数えられますが、リズムとしては各行の終わりに休止が含まれるので、音楽的にはそれぞれ686、68688とカウントする方が正しいと思います。「お手を拝借 337拍子」とも言いますが、これも音楽的には正しくなく、448拍子と言う方が正確なのではないでしょうか。
4拍系や3拍系に次いで多いのはいわゆる変拍子です。5拍子、7拍子、9拍子など。ジャズの変拍子でまず思い浮かぶミュージシャンはドン・エリス Don Ellis。例えば、”Live at Monterey!” (1967) では5拍子、9拍子、19拍子の曲を、”Tears of Joy” (1971) では7拍子、9拍子、11拍子、さらには33拍子と36拍子を組み合わせた曲まで演奏しています。
一方でポリリズムと呼ばれるリズムもありますね。これは複数のリズムが同時進行するもので、代表的なのは3拍と4拍の組み合わせ。同じ1小節の中で、一方がビート3つ、もう一方がビート4つを打つものです。ハチロクとも呼ばれ、アフリカ音楽の基本リズムの一つともされます。
小泉今日子の ‘afropia’ がポリリズムの分かりやすい一例かと思います。歌は4拍子と3拍子を行ったり来たりする一方、ドラムだけは歌を無視するかのように4拍子をキープし、時々休符を入れるところが実にクール。当時アフロビートに傾倒していたじゃがたらの OTO、EBBY、篠田昌已らが曲作りの中心にいたから、こうした名曲が生まれのでしょう(個人的にも愛聴曲です)。
もう一つのポリリズム(的なもの)に、異なるリズムが同じパルスに乗って進むものもあります。例えば、ドラムが9拍子、ピアノが8拍子、ただしそれぞれのビート間隔は全く一緒とします。するとお互いのリズムはどんどんズレて行きますが、72拍(9 x 8 = 72)ごとに両者のリズムが合って最初に戻るわけです。最近だとアルメニア出身のジャズピアニストのティグラン・ハマシャン Tigran Hamasyan が時々やっています。
さらには歌い手や演奏者それぞれのスタートポイントが異なることで独特なリズム感を生み出すものもありますね。『かえるのうた』(かえるの合唱)や『静かな湖畔』の輪唱がよく知られていますし、アイヌのウポポもその仲間です。複雑に聴こえるピグミーやブッシュマンのポリフォニー・コーラスも同様な構造を持っています。
さらに複雑なリズムはどのようなものでしょう。この先は、一定のリズムにとらわれない「自由リズム」の世界に入って行きます。
一つは音楽の進行に伴ってリズムが自在に変化していくもの。例えば、最初4拍子で始まって、それが7拍子、9拍子、、、といったように順次移っていく音楽です。
そして最後に行く着くのはリズムなきリズム。特定のリズムが全く失われた完全に自由なリズムです。例えば「江差追分」はもう何拍子と特定することは不可能。リズムのない音楽と言っていいでしょう。
今回『Kalahari / Dance』を制作するに際して、ブッシュマンの録音を可能な限り聴き直したところ、ブッシュマンの女性たちが、5拍子、6拍子、7拍子、8拍子、9拍子、10拍子、12拍子などで普通に歌っていることに驚いてしまいました。
さらには、私が「変速ヘミオラ」と名付けた特殊なリズムも見つけました。これは各小節とも一定のリズムを保っているものの、その構成音素は一定のビート(パルス)には乗っていないのです。無理にカウントすれば11拍子のようにも聞こえなくもないのですが、リズムはずっと揺らぎ続けています。
変拍子やポリリズムと言われるものも一聴複雑なようですが、あくまで一定のビートを保ち続けます。ジャストなタイミングでビートを打ち続けるのです。それに対して「変則ヘミオラ」は、メトロノームやクリック(ドンカマ)のビートには乗らないリズムなのです。こんなリズムは他にあったかと考えてみても、思い浮かびません(これは変拍子と自由リズムの間に位置付けられるものなのかも知れません)。
ブッシュマンのコーラスには、変拍子で、ポリリズムで、ポリフォニーで、輪唱的で、なおかつ一定のビートに乗っていないものもあるのです。なんという複雑さでしょう。
先日再放送された NHK『知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか』を観たら、バカピグミーのコーラスの複雑さを紹介しつつ、リズムが複雑になるのは「単調なリズムだと脳が退屈するからだ」といった学者の知見を紹介していました。確かに私も「変速ヘミオラ」を耳にしてからは、どんなに特別な変拍子やポリリズムを聴いても、あくまで一定のビートに乗り続けているので「普通」に聴こえてしまいます。
もしかすると、ブッシュマンのリズムは脳を退屈させないために生み出された究極のリズムなのかも知れません。
それでは、このような変わったリズムはいかにして生まれたのか? 拙著『Kalahari / Dance』では、そうしたことの謎解きも行い、試論/私論を展開しています。気が付いたらトータル120ページにもなってしまいました。ご興味を持ってご一読いただけたら嬉しいです。
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