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 誰もの予想をはるかに超えるロングランとなったスプリングスティーン・オン・ブロードウェイ Springsteen On Broadway が 12月15日 12月16日(*2)にいよいよ大団円を迎える。同日 Netflix でその2時間超のステージの完全放映が予定されており、その前の14日にはアルバム "Springsteen On Broadway" のリリースも決まった。CD の日本盤には語りの部分も含めて完全対訳がつくそうだ。これまでスプリングスティーン・オン・ブロードウェイの実際についてはほとんど秘匿扱いで(映像や録音は実質未公開のまま)、実際会場でライブを体験する幸運に恵まれた人だけが知ることのできるものだった。しかしこれで話題のステージの全貌がついに明かされることになる。私が書いたリポートもいよいよ自分の思い出のための記録という役割だけを留めることになるだろう。

Springsteen On Broadway - Part 2b(短縮版)



 私は今年1月にニューヨークで Springsteen On Broadway を観るまでの間、準備作業として、そのステージのベースとなるブルースの自伝 "Born To Run" (2016) を邦訳『ボーン・トゥ・ラン』で2回精読、原書でもブルース自身が吹き込んだ Audio Book を聞きながら通読した。そのことは以前書いた通りだ。

(ちなみに、原書の英文と Audio Book の朗読とでは、2〜3ヶ所ほど食い違っている。例えば、P.314 の 'The hit factory' が朗読では 'The Power Station' に変更されている。ホント、とても細かいことだが、、、。)

 Springsteen On Broadway(以下、「ブロードウェイ」)の放映を前にして、"Born To Run" をもう一度読み返すのも悪くないが、それより Peter Ames Carlin の "Bruce" (2012) を読んでみることにした。この本はブルース・スプリングスティーンに関する最高の伝記という評価を得ているのだから、読んでおくべきだろうし、「ブロードウェイ」を振り返る上で大いに有効でもあるだろう。調べてみると 2013年12月に、ピーター・エイムズ・カーリン『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』という翻訳書が出ていたので、即入手。これで原書は買って無駄になったかと言うと、そうでもない。日本語版では写真は白黒だが、原書ではカラーなので、持っている意味はある。(翻訳書や写真集がもつ宿命だが、訳書はオリジナルと比較してどうしても写真が荒くなってしまうし。余談になるが、日本語版では P.468 の写真のブルースが左利きになっているというミスも犯している。)

 『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』(以下『ブルース』)は約570ページある大著ながら、2週間弱でじっくり精読(その間、クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』など8冊ほどを併読する活字漬け生活になった)。この本は一言で言って、ブルース・スプリングスティーン研究の決定版であり、最高の伝記だ。いや、ブルース本人が書いた「自伝」とはまた別の意味でなのだが。定評高い本なので、今さら語る必要などないのだろう(ホント、徹底的に調べてよく書かれていて、目を見張るような記述の連続で、読み始めると止まらなくなるほど)。

 なので、個人的な感想だけをいくつかメモしておきたい。

 今回『ブルース』を読んで特に感じたのは、ブルース本人による「自伝」との相補性だ。「自伝」を読んで解釈しきれなかったことも、『ブルース』に戻ることでなるほどと頷くことしきり。具体的にいちいち挙げてはいかないが(相補性を感じたのは内容全てとも言えるし、メモは取らずドッグイヤーも折込まなかったので逐一思い出せない)、両者を重ね読むことで気がつくこと理解できることが多いと感じた。もちろんそれは反対方向についても言える。例えば「自伝」で詳らかに書かれ読み手に驚きをもたらした彼の鬱に関しては、『ブルース』でもすでに随所でほのめかされていたが(P.543 には「鬱状態」と明確に書かれている)、どこかぼかしている印象を受けたのだった。

 「自伝」を読んで浮かんだ大きな疑問のひとつは、スティール・ミル Steel Mill をなぜ解散させたのかということ。ここ数年、初期のブルースに興味が膨らみ、レコード・デビュー前の音源を聴き続けているのだが、このパワートリオは本当に凄かった。それは "Chapter and Verse" (2016) でようやく正式リリースされた "He's Guilty" 1曲聴いても伝わってくる。1970年頃には一回の公演に4000人を集めるほどの人気を博したという。彼らがこの路線を進んだとしても、歴史に残るバンドに成長したことは間違いないと思えるほどだ。それが1971年を迎えて早々に解散。そして、1973年のレコード・デビューに際して、彼がスティール・ミル時代に獲得した人気は、さしてレコード売上を後押しする役には立たなかったことも解せなかった。

 それらについては、「自伝」よりも『ブルース』をじっくり読んだ方が納得行く答えにたどり着けたように感じた。解散に関しては、ひとつはブルースが内面的葛藤を抱えてしまったこと、また次のステップとして別の音楽スタイルを求めたことがあり、売上の点では、フリーホールド、アズベリーパークの街に不況と荒廃がはびこる時代背景が大きく影響したようだ。

 極めて個人的なことを一つ。自分はダニーを見たのだろうかという疑問が最近再び浮かび上がった。私がブルースのライブを初めて観たのは、2007年11月のワシントン("Magic" ツアー)。翌年4月にダニー・フェデリシは亡くなったので、そのワシントンのステージ上に彼がいたのかどうか、記憶に自信がなくなっていた。今回『ブルース』を読むことで、彼が E Street Band を去るのはその直後だったと確認できた。brucebase wiki をチェックしても確かにその通り。考えてみると、ワシントン初日には(2007年のツアー唯一のパフォーマンスとなった)"Growin' Up" に続いて、大好きな "Kitty's Back" が演奏され狂喜したのだから、ダニーのオルガンが不在だったはずはない。今は亡きクラレンス・クレモンズを含めた E Street Band フルメンバーのステージをギリギリで体験できたのだった。(ブログ等に何度も書いていることだが、この時自分はフランス旅行中で、パリからワシントンまで4日間だけ往復した。全米ツアーではなく、それに続く欧州ツアーを観に行っていたとしたら、ダニーの姿は見られなかったことになり、本当にギリギリのタイミングだった。)

 「ブロードウェイ」では、幼い頃の記憶、デビュー前の出来事、家族たち(そして盟友クラレンス)について、たっぷり時間を割いて語られる。もちろん大成功以後のことについては誰も知っている話だし、それに比べるとデビュー前の逸話や体験談の方が圧倒的に面白い。アメリカについての語りが短く感じられるほどで、911 についても具体的言及は一切ない。

 例えば、父について、母について、それぞれ1曲捧げられている。成功してから祖父母の家のそばに植えられていたブナの木を見に帰ったこと(そして、、、以降省略)も印象深い話だ。そうしたエピソードの数々はすでに『ブルース』の中で取り上げられている。母について語った後に "The Wish" を歌ったことを補足する内容も短く書かれている(P.464)。ブロードウェイでは「自分のストーリーを知りたい。あなたのストーリーを知りたい。」と語りかけていたが、彼が語りたいストーリーは概ね1980年、30歳を過ぎた頃までについてなのだろうということが『ブルース』からも伝わってくる。そうした点について「自伝」と『ブルース』を重ね読むことで、より一層深まったように思うのだ。

 家族や故郷に対する想いが始めから終わりまで一貫して流れている「ブロードウェイ」なのだが、家族との関係性の中で特に重要なのは父親への葛藤と愛だ。そのあたりについても『ブルース』の記述が頭の整理の一助になってくれた。(自分自身も父との関係がうまくいかなかっただけに、『ブルース』と「自伝」を読んでいると、自分自身について二重写しにして考えることはどうしても避けられなかった。これ以上は書かないが、、、。)

 若い頃は、ブルースの音楽のカッコ良さ、言い尽くせぬ気持ち良さ、過去の様々な音楽を統合した魅力、ダイナミックなドライブ感、独特な構成美などの虜になっていた。しかし今は、それと同時に彼の音楽の深さに心惹かれている。『ブルース』を読むと、彼の音楽には表面的に感じられる以上のものが埋め込まれていることがよく理解できる。ブルースは曲を書く理由をとことん突き詰め、魂を削るようにしてそこにメッシージを埋め込んでいる。だからこそ、私のような英語を聞き取れない者にさえも彼のサウンドが響き、メロディーの良さ、サウンドの心地よさ以上の、とてつもない懐の深さのような何かが自分の魂を揺さぶるのだ、ということに気がつかされたのだった。



 自分は決して熱心なブルース・スプリングスティーンのファンではない。例えば、『ブルース』を読んでいて、アルビー・テローン Albee Tellone 名前が度々出てくるが、その度に「誰だったかな?」と首を傾げる程度のリスナーだ。2作目 "The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle"、3作目 "Born To Run"、5作目 "The River" は長年愛聴し続けてきたものの、 6作目 "Born In The USA" のポップさに飽きが来て、さらに "Human Touch" と "Lucky Town" が(リリース直後には)退屈に感じられ、そこでブルースからは離れてしまった。その後も彼の作品は買い続けたものの、聴き込むまでには至らず仕舞い。一度くらいはライブを観ておくかという気持ちで赴いた 2007年のワシントン("Magic" ツアー)において "The Rising" で大合唱になった時も、これは聴いたことのある曲だけれど、どうしてこんなに盛り上がるのだろうと疑問に思ったのだから、酷いものだ。2001年の「同時多発テロ」で亡くなった消防士たちへの哀歌とも言える、ブルースの代表曲のひとつなのに。

 心境が変化したのは 2016年にオークランドで "The River" ツアーを観たことがきっかけだった。愛聴する "The River" の全20曲をフルで演奏するなら是が非でも観たいと駆けつけたコンサート。それは9年前に観たステージを遥かに超える感動的なものだった。評論家などがどこかに書いているか、あるいはブルース本人が明かしているかどうか知らないが、アルバム "The River" を核にツアーを行ったのは、1980年頃にある考えにたどり着いたことが、彼にとってとても重要なターニングポイントだった証拠なのではないだろうか。30歳を過ぎて過去を振り返り認識したことの大きさ、それは『ブルース』にも「自伝」にもそして「ブロードウェイ」にも、ほとんど等しく映し出されているように思える。

 そのようにブルースの心の奥で流れ続けていた何かが私に響いたことで、私を再び彼のステージに向かわせる結果となったのかも知れない。そう考えると、"The River" ツアーを観る気になったのには、とても深い必然性を感じる。オークランドのステージでは、お目当てだった強烈なロック・ナンバーではなく、何より "Stolen Car" に言い知れぬ感動を覚えことにも納得がいく。それを追体験したくて、翌2017年にはオーストラリアに飛び、さらには今年1月、万難を排して Springsteen On Broadway まで観に行ってしまったのだろう。きっと何か特別な力が働いたのだ。ピーター・エイムズ・カーリンの『ブルース』を読みながら、ずっとそのことを反芻していた。

 やっぱりブルース・スプリングティーンの音楽には特別なものがある。



 ところで、この本を読み始めて早々に、以前読んだ記憶のある内容や文章の多さに気がついた。ふと書棚に目をやると、同じ本がもう1冊。とっくに読んでいたのだった! あーあ、またまたやってしまった。しかし、完全に忘れ去ったディテールが非常に多かったので、読み直しになったことは全く無駄ではない。それどころか、これからも繰り返し読み返す必要のあることを確認したのだった。



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(追記)

(*1)『ブルース』を読んで、ブルースが直視した弱者を切り捨てるアメリカの実情を、今の日本はそのまま後追いしているようにも感じられた。(11/26 記)

(*2)Netflix の放送は 12月16日と昨日改めて発表があった。変更になったのか? 合わせて Official Trailer も公開。観ると「やっぱりそこを使うよね」っていう思い出深い瞬間ばかり。しんみりしたあそことか、爆笑したあそことか。(11/28 記)







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by desertjazz | 2018-11-26 11:00 | 本 - Readings