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 2018年も残すところあと1ヶ月。振り返ってみると、今年はコーカサス、中でもジョージア(グルジア)とアルメニアが自分にとって大きなテーマとなった1年だった。


 昨年のベスト・ライブに選んだのは、アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアン Tigran Hamasyan のソロ公演(東京)。(→ http://desertjazz.exblog.jp/26352615/)それは繊細で実験性に富み、とてつもない集中力を示すものだった(続いて観に行った屋久島の森での公演は、ティグランの消耗が激しかったようで、時間がやや短かったのは残念だったが)。その余韻が残るうちに、今年の春また彼の新作が届けられた。"For Gyumri" と題されたソロ作で、5トラック収録の10インチEP盤(CD もあり)。夢の世界に誘うような美しく幽玄な調べに(特にA面の短い3曲)、彼のソロ・コンサートの光景をまた思い出す。

 ギュムリ Gyumri はアルメニア北西部の都市で、ティグランの生地である。1988年のアルメニア地震で多数の死者と甚大な被害の出た街としても知られる(当時名はレニナカン)。ティグランの最新作はその故郷を思って演奏されたものだろう。ECM からの近作2タイトル "Luys i Luso" (2015)、"Atmospheres" (2016) も素晴らしかった。そうした彼の音楽にはアルメニアの歴史と情景が刻み込まれている。ティグランが生まれ育ち、そのインスピレーションの源になっているアルメニア、そしてギュムリをいつか訪れたいと思い始めたのだった。


 コーカサス3国の中でアルメニア以上に関心を抱いていたのは、実はジョージアの方(残る一つはアゼルバイジャン)。国内各所の絶景もさることながら、ワイン誕生の国ということにより興味を惹かれた。それでジョージア行きのフライトを時々調べたりしていた。

 そんな折にチャンス到来。今春、カタール航空のキャンペーンを見つけた。ドーハ経由のカタール便を使えば、ジョージアの首都トビリシまで格安料金で往復できる。そのことをパートナーに相談すると、一言。「アルメニアにも行けるんじゃない?」 早速調べるとまさにその通り! 東京ードーハ、ドーハーエレバン、トビリシードーハ、ドーハー東京のビジネスクラス4フライト合わせて、普段の約半額の20万円台。カタール航空は One World グループなので、JALのマイレージを20000マイルほど貯められることを加味すれば実質20万円強だ。カタール航空のビジネスクラスはここ数年ランキングの1位か2位を維持している高評価フライト。これを逃す手はないと思い、コーカサス(ジョージア&アルメニア)旅行を即決した。

 出発までの間は、旅程をじっくり検討しながら、コーカサス関連の図書を手に入る限り読み漁って(島村菜津+合田 泰子+北嶋裕『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化: 母なる大地が育てる世界最古のワイン伝統製法』、木村崇+篠野志郎+鈴木董+早坂眞理『カフカース 二つの文明が交差する境界』、富樫耕介『コーカサス 戦争と平和の狭間にある地域』、廣瀬陽子『コーカサス国際関係の十字路』など硬軟様々に)、コーカサス3国の歴史や風土や建築について学ぶ日々。

 それと平行してコーカサスの様々な音楽を聴き続けた。ロサンゼルス在住アルメニア人たちのジャズ、エレバン在住の若手プレイヤーたちがネット公開する音源、そして多彩なポップスまで。それらの中で、とりわけ味わい深く聴いたのは "Nostalgique Armenie - Chants d'amour, d'espoir, d'exil & improvisation 1942-1952" (Buda Musique) というアルバムだった。大国ロシアやトルコに挟まれ、凄惨なジェノサイドを経験するなど、歴史に翻弄されたアルメニアの民。彼らの多くは世界各地に逃れることとなった。そんなディアスポラたちにはフランス(パリ、マルセイユなど)やアメリカに渡った者も多く、このアルバムにはそうした彼らの心の支えとなった音楽がコンパイルされている。古い録音ながら滋味深く、大変素晴らしい内容で毎日のように聴き入った。


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 そして6月、トランジット地のドーハに飛んで短い観光、それからエレバンへ。アルメニアとジョージアを約1週間ずつ周遊して7月に帰国した。(エレバンートビリシ間は車をチャーターして、観光しながら移動。途中ギュムリに立ち寄ることも検討したが、ルート的に無理だった。)初めて訪れるコーカサスへの旅は、美味な酒と料理、歴史深い建築群、さらには絶景の数々を堪能する素晴らしいものとなった。特にアルメニアの古い教会や修道院を訪れる度に、ティグランはこの景色を見つめる中から素晴らしい音楽を生み出したのかと感慨しきり。(その旅行記は未だ手付かずで、結局年内には書けそうにないのだが、、、。)


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 9月には再来日したティグランのコンサートへ。西宮公演のチケットを手配していたものの、関西地区を大型台風が襲い無念の中止。大阪まで来て諦め切れないので、翌日の名古屋公演の当日券を買い、ティグランの音楽をもう一度味わう。今年もギリギリで、彼の生演奏を楽しめて幸いだった。


 このようにアルメニアを追い続けた2018年。その最後に、待望のアルバムが登場した。ヴァルダン・ホヴァニシアン&エムレ・グルテキン Vardan Hovanissian & Emre Gültekin の第2作目 "Karin" (Muziekpublique) だ。

 ヴァルダンは、アルメニアのダブルリードのたて笛ドゥドゥクの奏者。エムレは、トルコのリュート系弦楽器サズの奏者で、歌も担当。この2人が10数年前に出会ってコンビを組み、そして完成させた作品が "Adana" (2015) だった。柔らかくももの哀しいドゥドゥクの音。端正なサズの調べ。両者の静謐な対話ほど心に染み入るものはない。これこそ 2016年に出会った最高のアルバムだった。

 ジェノサイドという歴史的禍根から国境を挟んで今も対立するアルメニアとトルコ。(今夏の旅行に際してはトルコ経由も検討したのだが、イスタンブールーエレバン間にはフライトは飛んでいなかった、、、というのは当然か)だが2つの国にとって、音楽的にはルーツを共通とするところが多いので、当然ながら2人の音の親和性は極めて高い。

 今回の新作のタイトル「カリン Karin」は、トルコ東部に位置するエルズルム Erzurum の街の古のアルメニア名。現在はトルコ領だが、かつてはアルメニアの土地で、ヴァルダンの祖父もここで生まれたという。近くにはアルメニアの人々の心の拠り所であり続ける高峰アララト山もそびえる。そんなことから、この Karin というタイトルは、音楽にとって国境など無意味であることの象徴にも感じられる。

 前作 "Adana" はドゥドゥクとサズを中心に、ダブルベースなど最低限の楽器だけを加えた、静謐で強い統一感を醸した作品だった。それに対して今度の "Karin" は参加ミュージシャンがぐっと増えて総勢13名。女性ヴォーカルもあって、前作の音に囚われない挑戦作となっているが、聴き始めた当初は「少々やりすぎか?」とも感じた。しかし、アレンジ面での工夫も含めて、トラックごとに多様な彩が加えられていても、サウンドの基本線は不変。決して派手さなどなく、優しさ、穏やかさ、美しさは、全く損なわれていない。淡々としたエレムの歌声もこれまで以上に聴き手を慰るようだ。自分にとっては "Karin" は今、荒んだ下界から逃れた後、深夜に心を鎮めるのに最適な音として響いている。


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 ヴァルダンとエレムの音楽は本当に素晴らしい。当然のごとく次は彼らのライブを観たいと思い、時折調べている。(日本に来てくれないだろうか?)そしてアルメニアのことも、この国の音楽についても、まだまだ知らないことばかり。より深く知るために、アルメニアとジョージアを今度はいつ旅しようかとも考えているところだ。







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by desertjazz | 2018-12-02 11:00 | 音 - Music