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2020年 09月 04日 ( 1 )

旅の追憶 #4

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 Indonesia / Ubud, Bali 1997

 昨日の「旅の追憶 #3」の続き。

 興味を抱くと誰にでも会いに行くのに、考えてみるとユリアティさんに直接お目にかかった記憶がない。だけれど、聞くところによると、彼女の方では私の存在に気がついていたそうだ。ステージを真正面から食い入るように見つめ、公演の最初に踊るユリアティがステージ裏に去った途端、カメラをバッグに収めてしまう。そんな様子が目立っていたのかも知れない。

 さて、問題?の撮影日について調べてみた。

 私がユリアティを初めて観たのは、多分 1996年6月8日(土)のグヌン・サリ Gunung Sari によるレゴンダンス。オープニングに続く、少女達による 'Gabor / Pendet' のパフォーマンスだったと思う。手帳には踊り子3人の動きを示す図とともに、「(ABC3人のうち)A の少女が大変に美しい」「目の動きが良い。Dancer はいずれも顔立ちが良い」と書かれている。翌日 6月9日(日)にはティルタ・サリ Tirta Sari を観に行っているのだが、そこでもオープニングで同じ少女が登場し、感激した様子が、手帳のメモ書きからうかがえる。グヌン・サリとティルタ・サリというバリの2大グループでメインの踊り手を務めたユリアティは、当時、花形ダンサーとして絶頂にいたのだろう。

 1997年3月の手帳に初めて「ユリアティ」(実際には「ユリヤティ」と誤記)の名が記されているが、観に行った記録が見当たらない。だがその3ヶ月後、1997年6月21日(土)には、日誌にこう書いている。「Gunung Sari 久々、彼女の Dance に接する。たった一年の間におどろくほど背が伸びている。目の迫り方が、それ以上の成長振り。」ということは、この年の 3月には観ていないのかもしれない。何れにしても 96年6月と 97年3月の写真の中にはユリアティの姿はなかった(96年に初めて観たとしたら、彼女を狙って撮ったはずもない)。ならば、これを撮影したのは多分 97年の 6月だろう。

 安いカメラで望遠レンズも使わず、やや離れて撮影するに止まったことは残念だ。しかし、ユリアティの素晴らしい踊りを何度か目撃して、記憶に焼き付けられたのは幸せだったと思う。(グヌン・サリの公演だとすれば、会場はウブドのプリアタン王宮 Dalem Puri Peliatan だったはず。)

 そのユリアティさんは、今もロスメン(宿)を営んでいらっしゃるご様子。また、後進たちへの指導も続けていることだろう。ネットで近影を探すと、すっかり素敵なお母さんになられているようだ。



 話は脱線するが、1991年のバリ島初旅行でのこと。デンパサールでガムランを観終えた後、クタまで帰ろうとバスターミナルまで戻った。しかし、クタ行きの最終バスはもう出発した後だった。まだ午後9時なのに。困った。さてどうする?

 追い詰められて選んだ手段は、何とバスのヒッチハイク。目の前の大型バスに歩み寄り、運転手に声をかけると、偶然にもこれからクタに戻るという。「チャーターできる?」と尋ねたら、「いいよ」。すぐに運転手の横の席に座り出発。その男、よく見るとハリソン・フォードそっくり。バリ人のはずなのに。とにかくゴツい奴だった。

 走り出してしばらくしてから代金を尋ねると「50000ルピア」(だったかな?)。「OK」と答えながらも、頭の中で計算して見たら数千円。それじゃ高いと言うと、即座に「5000ルピア」(だったかな?)に下がった。

 何から何まで冗談のような本当の話。これが、初めてのバリ島で一番記憶に残っていることだ。







by desertjazz | 2020-09-04 00:00 | 旅 - Abroad