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カテゴリ:音 - Africa( 260 )

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 "Early Congo Music 1946-1962 : first rumba, to the real rumba" の全50曲をじっくり聴きながら、解説&歌詞大意の精読2回目。読み返して、論考の細部やミュージシャンたちの動きまでがしっかり頭の中に入ってきた。

 CD1 は「最初のルンバ」の超貴重な録音から「真のルンバ」誕生の直前まで、CD2 は「真のルンバ」初期の名演集といった内容。なので1枚目ではプレルンバ期における様々な創意工夫が楽しく、2枚目はよりコンセプトが明確になったコンゴ・ミュージックを堪能できる。

 違いなく名録音集であり音だけ聴いても十分楽しめるはずだが、やはりこのコンピレーションは長大な解説を読み誘われて聴いてこそその価値を知ることになるだろう。

 私にとって、ナイジェリアもセネガルもそしてコンゴも、大衆音楽がどのようにして生まれ完成したのかについては謎ばかり。なので、「40年代のコンゴ音楽シーンはどのようなものだったのか。実はこれがどうもハッキリしない。」(P.3)「40年代に関しては長い間モヤモヤした気分が晴れる事はなかった。」(P.4)と書かれているのを読んで「深沢さんでも分からないことがあるなら、自分が分からないのは当然だ」となぜだかひと安心? いや、もちろん理解の次元が全然違うのでしょうが。

 大衆音楽の成立過程を謎にしている大きな理由は、その当時の音源が少ないこと(あるいは全くないこと)。このコンピは、そこに挑まれた深沢さんの研究報告でもあると思う。稀少な音源を収集し聴き込み、長年鍛えた耳と蓄えた知識を駆使して、コンゴのルンバがいかにして誕生したのかを解き明かそうとする。解説を読んでいると、まるで推理小説を手にしているかのような気分にすらなる。だから今はまだ CD1枚目の方に惹かれる(完成前の音楽の面白さも感じて)。

 もうひとつ自分にとって有益だったのは、ミュージシャンやレーベル・オーナーについて分かりやすく整理されていること。コンゴは音楽大国だけあって、主要ミュージシャンが多く、また彼らの離合も複雑。結局はフランコなどのビッグネームの経歴を追うことしかできていない。「真のルンバ」誕生のキーパーソン、ジミーに注目する事はなかったし、ウェンドやアンリ・ボワネの経歴ですらすっかり忘れてしまっている。アフリカン・ジャズやOKジャズの主要メンバーに関しても同様。50年代の主要ミュージシャンの経歴と動きについておさらいするのにもとても役に立つ解説になっている。

 そんなことを思いながら、Gary Stewart "rumba on the river" や Graeme Ewens "Congo Colossus : The Life and Legacy of FRANCO & OK JAZZ" などを、ここ数日拾い読みしている。どちらも昔精読したものの、具体的記述をほとんど覚えてない。久しぶりに読み返したくなっているのだが、深沢さんの解説を繰り返し読むだけで十分な気もしている。さてどうしようか?



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 "Early Congo Music 1946-1962 : first rumba, to the real rumba" を聴いて嬉しかったことのひとつは Franco と O. K. Jazz の録音をいくつか新たに聴けたこと。そのうちの1曲 Maska Nzenze (Loningisa 158) は Graeme Ewens "Congo Colossus : The Life and Legacy of FRANCO & OK JAZZ" のディスコグラフィーに載っていないとても珍しいものだ。もちろん初めて知った。

 ところで Franco の SP録音って、一体どれだけあるのだろうか? 例えば私の手元にあるこの SP盤 Mbongo Na Ngai Judas / Ndokoyo (Loningisa 248) も Graeme Ewens のディスコグラフィーから漏れている。調べた限りでは、EP、LP、CD いずれでも復刻されていない。

 ・・・と書きたいところだが、3年前にリリースされたコンピレーション "O. K. Jazz - The Loningisa Years 1956-1961" (Planet Ilunga Pl 03, 2016) で遂に復刻! しかも YouTube にもアップされていて、録音日?は 1959年1月31日だとか。本当か?

 その Planet Ilunga 盤のブックレットを読むと(まだちゃんと読んでいなかった!)Franco の SP 音源はまだまだ未復刻らしい。SP を集めてもいないのに、時々 Franco の SP の山に出くわす夢を時々見る。深層心理として、知られざる彼の音楽をまだまだ聴きたいという願望があるのだろうな。

 昔から言っていることだけれど、Franco のコンプリート・ボックスが発売されたら、迷うことなく買いますよ !!!


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by desertjazz | 2019-07-15 18:00 | 音 - Africa

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 深沢さん、森田さん、吉岡さん、上川大助さん、原田さんらによる労作『アーリー・コンゴ・ミュージック 1946-1962』をいち早く入手! たまたまだけれど、「お買い上げ第1号」だとか。公式には 7月14日発売開始とのこと。

 ブックレットは豪華・充実しているし、デザインも丁寧。とても手間がかかっている。肝心の音楽内容と音処理も、このメンバーなら期待して間違いないでしょう! これからじっくり聴きます!

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(ひとまず1枚目を聴き終えた。この素朴さに惹かれるなぁ。特に大好きな Wendo や Antoine Moundanda がたまらない! クレジット見なくてもそれとわかる音だ。今夜もそろそろ読書タイム。続き(2枚目)は明日以降に。)





(このところ、アフリカに関しても実に興味深い情報を次々と掴んでいて、ブログに書いている暇がない。とりあえずかいつまんで Facebook や Twitter に書き殴っている。)






by desertjazz | 2019-07-09 23:00 | 音 - Africa

 ミュージック・マガジン7月号の特集「アフリカ音楽ベスト・アルバム」選を引き受けるかどうか躊躇した理由のひとつは、アルバム・レビューを2〜3枚書かなくてはならないこと。評価の定まった作品に関しては、下手なことは書けないし、かといって語り尽くされた作品である分、新鮮味を持たせるには字数が足りない。できればレビュー原稿は避けたい。なので、下位のアルバム2枚くらいの担当にならないだろうかと祈っていた。

 ところが意に反して、案の定、上位のアルバム3枚も執筆することに。こうなることは考えていなかったので、さてさて困った。短文レビューはさらっと書き上げた方がいいのかもと思いながらも、結局悪戦苦闘する結果に(どうしても納得が行かず、それぞれ400字書くのに約10時間)。

 ところでこれら3枚の CD を手にして興味深いことに気がついた。いずれにもサインが入っているじゃない! 3枚のアルバムとも、それだけ自分にとっては大切な作品である証拠なのだろう。


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Youssou N'Dour "Set"

 個人選 30枚の1位は、散々迷った末に Youssou Ndour et Le Super Etoile I de Dakar / Vol.12 Jamm - La Paix -(1990年のカセット)にした。しかし、間違いなく死に票になるので、「Set でも可」と添えてリストを提出。しかし、これが敗因に? 避けたかった "Set" のレビューを書くことになってしまった。

 1991年か92年の横浜 WOMAD でユッスーが来日した時、関係者から「ユッスーに会わせてあげるよ」と連絡をいただいた。けれど、その日からバリ島に観光旅行に行く予定だったので、後ろ髪引かれる思いで折角のお誘いをお断り。すると、その時ユッスーと面会した友人(彼女もその「関係者」から誘われた)がわざわざ私のためにサインを貰っておいてくれたのだ。それがこの "Set" の CD。彼ら2人のおかげで、これは私にとって、とても大切な宝物になった。

 その「関係者」とは、その後、東京ジャズを立ち上げられたO氏のこと。彼はユッスーからの信頼がとても厚く、新作が完成する度に真っ先にその音が送られてきたほどと聞いている。

 WOMAD で面会するチャンスを逃してしまったユッスーとは、Oさんが軌道に乗せた 2003年の東京ジャズでついに初めて会って話すことができた(ライナーを執筆した "Nothing's in Vain" の直後で、『ミュージック・マガジン』から依頼されたインタビューだった)。

 この時、東京ジャズは NHK 以外の媒体の取材を許可していなかったらしく、アルバムをリリースしたワーナーでさえアポが取れなくて苦労したと聞いた。バックステージで会ったAさんからは「Dさんだから OK 出した」と言われたけれど、本当かな?

 そしてその後、東京ジャズの総帥Oさんともばったり。事情を話すと「なぜ事前に連絡してこない! それなら許可出したのに!」とお叱り?を受ける。それから話が盛り上がり、VIP ルームで二人きりで語り合いながら、モニターで Joshua Redman の熱いステージを食い入るように観たのが良い思い出だ。そしてその夜のフォナーレ、ユッスーが中心となって繰り広げたスーパー・セッションのすばらしさはマガジン誌上にも書いた通りだ。

 ユッスーのサインを見ているだけで、いろいろ思い出が蘇り、書ききれないなぁ(ユッスーにはさらに3枚サインをいただいている)。特にOさんが私のユッスー愛を理解して下さっていたことが嬉しい。

 しかし、Oさんは既にこの世にはいない。お会いしたのはその東京ジャズが最後になってしまった。彼とはもっと音楽のこと、ユッスーのことを語り合いたかった。


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Orchestra Baobab "Specialist in all Styles"

 これは初公開! パリ公演のバックステージでバオバブのメンバー全員からサインをもらったもの。レコーディングのみで、ツアーには参加しなかった(アフリカンド Africando のメンバーでもあった)メドゥーン・ジャロ Medoune Diallo のサインだけは入っていない。それぞれの字体に個性が感じられる。特に Issa が。Balla Sidibe はなかなかの達筆。Rudy Gomis は日本が懐かしかったんだろうな。

 この中の2人は既にこの世にいない。それを思うと切なくなってしまうのだが。そんなことを抜きにしても、これは自分にとって一番の宝物かも知れないな。


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Tony Allen "HomeCooking"

 これは確か 2004年にロンドンのバービカン Barbican Centre で開催された Fela Kuti Tribute Festival "Black President - The Art & Legacy of Fela Kuti" のバックステージでトニーに会った時にもらったもの。トニーと2人で雑談していたら、イギリスの新聞記者たちから「僕らでさえ会えないのに、なぜ君が会えるんだい?」と驚かれた。

 3週に渡ったこのフェス、さほど迷うことなく2週目に行った。Tony Allen + Damon Albarn + Keziah Jones + TY & Band、Femi Kuti & The Positive Force + Daara J、Soothsayers、JJC & 419 Squad (!) 、Sandra Isaddre (!!) というとんでもないラインナップだったので。(1週目には Roy Ayers、Dele Sosimi、King Was Ayinde、Seun Kuti など、3週目には Manu Dibango + Courtney Pine & Maaba Maal、Yeba Biena、Cheikh Lo、Les Nubians などが出演して "Red Hot & Riot" を再現。正直できれば、3週とも観たかった!)


 トニー・アレンの "HomeCooking" のレビューは、一度マガジンからの依頼をお断りしている。2003年12月号のクロスレビューの執筆依頼を受けたのだが、それら7枚のうちの1枚が "HomeCooking" だった。この時の7枚には David Sylvian "Blemish" や半野 "Lido" も入っていた。毎晩仕事で深夜帰りしている中、数日で7枚もレビュー書くのは無理なのでお断りしたのだが、編集部は結構私の好みを見抜いているのかと驚いたのだった。もし引き受けていたら、Davis Sylvian と半野は10点満点。Tony Allen も9点以上つけただろう。3作品とも今でも良く聴く大の愛聴盤です!


 うーん、いろいろ懐かしいなぁ! Oさんやイッサとはもう会えないことはとてもかなしいけれど。(個人的な思い出話になってしまい、すみません。)




(2019/06/27 修正)





by desertjazz | 2019-06-21 00:00 | 音 - Africa



 雑誌『ミュージック・マガジン』が今年創刊50周年で(おめでとうございます!)、それを記念して毎月ベスト・アルバム選の企画をされているそう。その「オールタイム・アフリカ」の回への参加を打診された。

 時折色々なところから原稿を依頼されるのだが、ここ数年はほぼ全てお断りしている。なので今回も最初は辞退するつもりでいた。ブログなどで何度も書いている通り、ランキングやベスト・アルバムの類にはそれほど意味を感じていないことでもあるので。そもそも順位づけには「正解」などないと思っている。もし本当に正解があるならば、全員が全く同じ結論に達するはずだ。でも実際にはそうならない。だからベスト選は、各人が悩んだ末の答えがバラバラになるところに面白みがあり、それを見てまた自由に意見して楽しむのがいいのだろうとも思う。

 今回の依頼も即座に断ろうと思った別の理由は、私が Ali Farka Toure も Tinariwen も Miriam Makeba も Angelique Kidjo も Manu Dibango も Cesaria Evora もほとんど聴かない(好きじゃない/あまり評価していない)こと。もしオールタイム的にアフリカのベストを選ぶとしたら、かねてから評価も人気も高い彼らさえ私は初めから候補から外す。このような人物がランキング付けに関わっていいのだろうかと考えたのだ。

 しかし、そのように迷っているうちに、少し考えが変わった。マガジン編集部が私にも参加資格ありと判断して下さったことは素直に嬉しいし、長年お世話になったマガジンへ(1969年の創刊号から40年分がほぼ手元に揃っている)ちょっとした恩返しするつもりで、依頼を引き受けてもいいかと思い始めた。

 今回のテーマはアフリカ音楽のオールタイム・ベスト。サハラ以南のアフリカ全域(島国も含む)が対象で、年代の制限なく、フィールド・レコーディングも含む。それらの中から30枚選んで、しかもそれらを順位づけせよと言う。ハッキリ言って無茶な企画だ。これなら投票がかなり分散してしまうだろう。でも別の見方をすると、私の選がランキングに反映されることなどそれほどなく、迷惑をかける心配はあまりなさそうだ。編集部からは「歴史的評価よりも愛聴盤を」「気軽にどうぞ」といった風に声をかけていただいたこともあり、結局、気軽に参加することを決めた。



 ところがいざ選び始めると、とても「気軽に」とはいかなかった。

 オールタイムで30枚選ぶとなると、これまでアフリカのレコードを3000枚聴いているとして 100枚に1枚。それほど熱心に音楽を聴いている訳ではないが、アフリカだけでももっと聴いているかもしれない。

 そこで、最初に(そして選びながら)いくつか方針を定めた。

1. どのアーティスト/グループも1枚だけ。編集部からはそのような制約は受けていないが、この手のランキング選では暗黙の了解事項なので、原則としてそうした。Fela Kuti や Youssou N'Dour だけで10枚選ぶのもありだとも思うのだけれど。

2. ベスト盤や編集盤は除く。そうしないと、70年代までの音源のベスト盤が多くなりすぎて、アルバム単位での評価からはズレてしまいそうだったので。

3. ジャズ、レゲエ、ラップ/ヒップホップ、R&B、民族音楽的なものもは極力外す。

4. 個人的に衝撃を受けた作品を優先する。

5. 現代の視点からの価値や評価には無理にこだわらない。


 はっきり言って、最終的なベスト100を想定し、そこに残りそうなアルバムを30枚選ぶことは割合簡単だ。もしかするとそのような選び方を求められているのかもしれない。でもそれでは自分自身が納得できないし、面白くもない。なので、可能な限り自分の価値判断を優先させることにした。

 愛聴盤の中にも最近聴いていなくて印象が薄れかけているものもあるので、数日間で数百枚聴いてみた(繰り返して通し聴きしたものから、部分チェックで済ませたものまで様々)。その上でピックアップしたのが以下の60数枚など。主にここから30枚を選んだのだが、その30枚は毎日日替わりとなり、最終的に編集部に送ったリストは締切日の気分で並んだ30枚。どのような結果になったかは、本日発売の『ミュージック・マガジン』7月号をご覧ください。



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【 Senegal 】

1. Youssou Ndour et Le Super Etoile I de Dakar / Vol.12 Jamm - La Paix -
2. Youssou Ndour / Set
3. Orchestra Baobab / Specialist in all Styles
4. Baaba Maal & Mansour Seck / Djam Leelii
5. Le Sahel / Bamba
6. L'orchestre N'guewel de Dakar / Xadim
7. Thione Seck / Orientation
8. Coumba Gawlo / Yo Male
9. Coumba Gawlo / Terrou Waar

 Youssou N'Dour はどの1枚にするかかなり迷った。一般的評価だと彼の代表作は "Set" だろうし、今回も上位で選ばれるだろう。でも近年は "Set" よりも "The Lion" の方をよく聴く。その一方で、実は "Immigres" こそが凄くって現在まで生命力を保っているのではないかとも考えている(そのことは近年のライブを観ても感じる)。しかし、個人的に一番好きで、聴く回数も一番多く、最も評価しているのは、1990年にリリースしたライブ・カセット "Vol.12" だ。自分にとっては Miles Davis "Kind of Blue" クラスの大傑作。うーん、Youssou だけでも1枚に絞るのには無理がある。

 "Bamba" と "Xadim" は未復刻の知られざる名盤。ということで、最終段階までリストに残し続けた。

 アフリカの女性シンガーで一番好きなのは Coumba Gawlo Seck。なので、彼女も1枚入れたいと思った。タイトル曲が素晴らしい "Yo Male" にしようかと思ったが、これは欧米ポップのカバーが多いために躊躇。聴き返して最新作こそが彼女の最高作になったのではないかと心変わりした。


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【 Mali 】

10. Salif Keita / Soro
11. Les Ambassadeurs Internationaux / Mandjou (BLP 5040)
12. Rokia Traore / Bowmboi
13. Issa Bagayogo / Tassoumakan
14. Toumani Diabate's Symmetric Orchestra / Boulevard de l'independence
15. Toumani Diabate / The Mande Variataions
16. Kandia Kouyate / Kita Kan
17. Oumou Sangare / Mogoya
18. Khaira Arby / Timbuktu Tarab

 まず迷ったのは Salif Keita をどれにするか。グループ時代にするか、ソロになってからの作品を選ぶか。"M'bemba" (2005年)も名作だけれど、やっぱり "Soro" だよな。10年くらい前までだったら、今回のような企画、迷わず Salif Keita の "Soro" を1位にしていただろう。個人的にはさほど気に入っていない Rail Band は見送るとしても、Les Ambassadeurs も外しにくい。結局、Salif に関してはソロとブループとを別アーティストと見なすことにした。

 Issa Bagayogo、Abdoulaye Diabate、Neba Solo、Khaira Arby を入れるか、入れるならどのアルバムにするかも悩みどころ。マリで一番頭を痛めたのは Toumani Diabate だったかも。彼はオーケストラ・セットもアコースティック・セットも良いアルバムばかりなので。思い切って日本制作のファースト "Shake the Whole World" にしようか、アコースティック・セットなら Ali Farka とのデュオも結構いいがやっぱりソロだよな、等々と思案。でも、その "The Mande Variatiions" より、Baaba Maal & Mansour Seck ”Djam Leelii” の方がずっといいしなぁ。


【 Guinea 】

19. Keletigui et ses Tambourinis / Le Retour (SLP 55)
20. Bembeya Jazz / Bembeya Jazz (SLP 4)
21. Kouyate Sory Kandia (SLP 20)

 ベスト盤を入れないと決めたことで、自分の首を絞めることになったのがギニア。Syliphone 盤アルバム79タイトルの順位づけでさえ無理だ。思案の末、Keletigui と Bembeya を入れることに。Keletigui は後年のアルバムも良かったが、"Le Retour" が一番気持ちいい。Bembeya は世評に反して?個人的にはファーストが最も気に入っている。

 Kante Manfila を入れることも考えてひと通り聴き直したが、30枚に入れるまでではないと判断。


【 Mauritania 】

22. Khalifa Ould Eide & Dimi Mint Abba / Moorish Music from Mauritania

 モーリタニアにも捨てがたい好盤がいくつかあるけれど、個人的には断然このアルバム。一連のデザート・ブルースより好き。


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【 Ghana 】

23. Stargazers of Kumasi / The Best of Adlib Young Anim of Stargazers Fame
24. E. T. Mensah / All For You - Classic Highlife Recordings from the 1950's

 E. T. Mensah と Stargazers は絶対外せない。両者とも10インチ盤を入れることも考えたが、それも中途半端。なのでルールを破ってベスト盤を選択。Mensah は最近出た4枚組を選ぶ人が多いのだろうと思いつつも、長年聴き聴き続けた最初のコンピを選んだ。全アフリカで、ナイジェリアの Bobby Benson "Taxi Driver"、ガーナの Stargazers "Masan Makwo"、南アの Solven Whistlers "Something New from Africa" が自分の考える3大名曲。そのため Stargazers を無理してでも入れたかった(Bobby Benson はベスト盤すらないので、選びようなし。自分がナイジェリアで見つけてきた Evergreen 盤のコンピ "Evergreen Hits ..." を入れるのも手前味噌以前の話だしなぁ)。


【 Nigeria 】

25. Fela Ransome Kuti & The Africa '70 / Afrodisiac
26. Fela Kuti / Roforofo Fight
27. King Sunny Ade / Synchro System
28. Tony Allen / HomeCooking
29. Tony Allen / The Source
30. Femi Kuti / Shoki Shoki
31. Musiliu Haruna Ishola / Soyoyo
32. Ebenezer Cultural Band of Kalabari / Vol.10 - Resource Control

 Fela Kuti は間違いなく "Zombi" が全体でも1位になると予測。でも個人的にはこのアルバムはあまり聴かない。最も頻繁に聴いたのは "Roforofo Fight" だ。Fela が後年クラブ・シーンに与えた影響も加味すると、このアルバムの存在感はいまだ大きい。でもここ数年、"Afrodisiac" の1曲目 "Alu Jon Jonki Jon" が頭の中で鳴り続いている。Fela の全録音の中で最もパワフルな曲なのではないだろうか。このアルバムの他のトラックも彼のジャズ出自を反映した優れた曲が揃っている。

 息子 Femi のポップさも捨てがたい。ライブ盤なども良かったが、1枚選ぶとなるとやはり "Shoki Shoki" かなぁ。

 フジ、アパラ、サカラなども入れたいところなのだが、とてもじゃないが絞りきれない。そこでナイジェリアで見つけた強力盤 "Soyoyo" をリストに残すことに。

 Ebenezer Cultural Band of Kalabari / Vol.10 - Resource Control は21世紀に入って最大の衝撃を受けたアルバム。30枚に入れる価値ありと思ったのだが、誰も聴けない現地カセットを選ぶのも罪だろうと最後まで迷う。


【 Cote D'Ivoire 】

33. Tiken Jah Fakoly / Coup de Gueule

 Tiken Jah Fakoly も好盤揃い。でも、レエゲは選ばないことにした。


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Congo 】

34. Franco et Le T. P. O. K. Jazz / Le Grand Maitre (CD 8482, 1991)
35. Franco et Le T. P. O. K. Jazz / Live En Hollande
36. Orchestre African Fiesta / Merveilles du Passe - Docteur Nico 1963-1965 (360.152, 1985)
37. Orchestre Vévé (360.106)
38. Viva La Musica / Papa Wemba et Viva La Musica
39. Papa Wemba / Papa Wemba (1988)
40. v.a. / Zaire: Musiques Urbaines a Kinshasa
41. Konono No.1 / Congotronics
42. Kasai Allstars / in the 7th moon, the chief turned into a swimming fish and ate the head of his enemy by magic
43. Field Recordings / Polyphony of the Deep Rain Forest - Music of the Ituri Pygmies
44. Field Recordings / Kanyok and Luba: Southern Bergian Congo 1952 & 1957

 Franco に至っては一体どの1枚を選べばいいのか。厳密に言えば CD 8482 はコンピなのだが、これ以上に濃密なアルバムを知らない。もしこれが対象外ならば、晩年のオランダ・ライブがいいかな。でもライブ盤ってある種のベスト盤でもあるので、これも反則か?

 ここ最近、Nico の多彩ぶりに惹かれている。彼のLPを片っ端から聴き直してみたら、ハワイアン風トラックも含むこのアルバムが一番良かった。

 Papa Wemba も Salif Keita と同様にグループ時代とソロ時代を別扱いして、Viva La Musica も入れた。スークースのアルバムはとても数が多くて選び切れなくて、Viva だけにした。Vévé がその埋め合わせにもなっている。

 ベスト100の上位には Konono No.1 も入るだろうし、十分それに相応しいと思う。だけれど、昔 "Zaire: Musiques Urbaines a Kinshasa" で電化リケンベを聴いた時の衝撃が忘れがたい。この録音があったからこそ、Konono の再発見が生まれたのだ。

 民族音楽的なものを入れるのはどうかと思いつつも、Hugh Tracey 録音の "Kanyok and Luba" は最初から上位5枚の中に入れていた。そしてそれ以上に、ピグミーだけは絶対入れたかった。一般的には Collin Turnbull の録音盤になるのだろうが、日本制作の King 盤を選択。長時間/高音質録音が実現可能になった時代の記録であり、時間が進むに従っての変化が生々しく伝わってくるのは、古い録音が持ち得なかった良さだ。これはピグミー音楽の録音のベストのひとつだと思う。


【 Somalia 】

45. v.a / Somalia Sings Songs of the New Era

 これ最高です! リイシューして欲しい!


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【 Sudan 】

46. Abdel Aziz El Mubarak / Abdel Aziz El Mubarak
47. Mohammed Wardi / Live in Addis Ababa - 1994


【 Ethiopia 】

48. Mahmoud Ahmed / Ere Mela Mela
49. Mahmoud Ahmed / Live in Paris
50. Abyssinia Infinite featuring Ejigayehu "Gigi" Shibabaw / Zion Roots

 Ethiopiques のシリーズから何枚か選ぼうとも思ったが、コンピレーションがほとんどなので選考外にした。Mahmoud Ahmed は、最初 "Ere Mela Mela" を選んだのだが、考えてみるとこれもベスト盤。そこでライブ盤に逃げた。

 今回数百枚聴き直した中で、一番良かったのが Gigi だった。よって迷いなく上位にランキングさせた。超気持ちいい1枚!


【 Zimbabwe 】

51. Thomas Mapfumo and the Blacks Unlimited / Corruption
52. Oliver Mtukudzi / Tsimba Itsoka
53. Chiwoniso / Ancient Voice


【 South Africa 】

54. v.a. / Kwela with Lemmy and Other Penny Whistlers
55. Chris McGregor & The Castle Lager Big Band / The African Sound
56. Mahlathini and the Mahotella Queens / Thokozile
57. Kabelo / Rebel with a Cause
58. Simmy / Tugela Fairy

 Lemmy のコンピを選んだのは(先に書いたように)"Something New from Africa" が好きだというのも理由の一つ。もし南アから1枚だけ選ぶなら Chris McGregor にするのだけれど、ジャズまで対象にして考え始めるとキリがない。だから Dollar Bland も選考外にした。Penny Whistle もジャズの範疇なのかもしれないけれど。

 Dark City Sisters や Manhattan Brothers も入れたくて迷った。

 Kabelo のサード "Rebel with a Cause" は、中盤からややつまらなくなるけれど、それでもクワイト史上の最高傑作だと今でも思っている。Mafikizolo も考えたが、Kabelo の高揚感には敵わない。


【 Others 】

59. Mokobe / Mon Afrique
60. K'Naan / The Dusty Foot Philosopher
61. Baloji / 137 Avenue Kaniama
62. Aya Nakamura / Journal Intime
63. Michael E. Veal & Auqa Ife / The Afro-Kirlian Eclipse

 どこまでが「アフリカ音楽」なのだろう? 今回の選定に際して、Baloji、Aya Nakamura、Nakhane、M'anifest、Fally Ipupa、Simmy、Sudan Archive、Antibalas、Michael E. Veal & Auqa Ife ... などの名前も頭に浮かんだ。自分にとっては彼らもアフリカ音楽であり、30枚に入れてもおかしくない作品が多い。特に Baloji は対象に含まれるのかどうか迷って、最後までリストに入れたり外したりを繰り返した。




 30枚を選び終えて、、、

 予想したことだが、当然ながら20世紀中頃までの SP、EP、シングル時代のアーティストは選びにくかった。また Grand Kalle、Tabu Ley、Sam Mangwana、Ebenezer Obey などのビッグネームも選べず。Franco などもそうなのだが、彼らの録音で思い浮かべるのは楽曲単位のことの方が多く、またアルバムの数も多くて代表アルバムを絞り切れなかった。ロックやジャズと比較すると、アフリカ音楽の決定的名盤は少ないと普段から感じているのだが、そうしたことも反映したかと思う。

 また新進アーティストも意外と選びにくかった。というのは、彼らの新曲は曲単位でネットに公開されることが多く、アルバムで聴くよりストリーミングで試聴するケースが増えているからだ。そのため、50〜60年代頃に活躍したアーティストとここ最近のアーティストが共に少なくなったのは、ちょっと面白い現象だと思った。70〜00年代の「アルバムの時代」が終わり、再び「シングルの時代」に戻ったとも言えるのかもしれない。

 いや、そんなこと以上に、自分がほとんど音楽を聴かなくなっていることの影響が大きいのかも。アフリカに限らず、名盤の類さえじっくり聴き込む時間がない日々(音楽を聴くより、本を読んでいる方が楽しく、また仕事や旅にかなりの時間を費やしているので)、膨大にリリースされる新曲までチェックしきれない。

 アルバム単位でアフリカ音楽を振り返ると、どうしても 80〜00年代の作品が中心になってしまうのだが、実際この期間が黄金時代だったとも思える。それでも、個人選はベスト100に入りそうにないアルバムがかなり多くなってしまった。まあ、自分としては約一世紀に及ぶアフリカ音楽の録音を大局的に振り返る良い機会にはなったと思う。


 そして、マガジン編集部から送られて来た集計結果を見て、「割合落ち着くところでまとまったな」というのが第一印象。それと同時に、かなり予想が外れた意外なところもあった。実際、ロックやジャズに比べるとアフリカ音楽には決定的名盤は少ないと日頃から考えており、その分選択肢は限られる。ベスト100はその結果を反映したものであろうし、自分自身10枚はすんなり選べたが、残り20枚の選盤が難しかった。

 選ばれた100枚に関する論評はこれ以上はやめておこう。限られたメンバーによる投票の平均値にしか過ぎないので、冒頭に書いたように、アフリカ音楽に詳しい方は各人が自由気儘に感想を述べあって頂いた方がいいと思うし、あまり知らない方にとっては気になるアルバムが並んでワクワクするリストなのではないかと思う(なので、マガジン向けに書いた「総評」でも、ベスト100に対する論評はしなかった)。

 長年、ロックとジャズをメインに聴いてきたけれど、私はアフリカ音楽も大好き。近頃はますます聴く時間がなくなっているのだけれど。だから、いつかじっくり聴く時間が欲しくなった。その時には「私的究極の100枚」を選んでもみたいな!


(続く) 







by desertjazz | 2019-06-20 00:00 | 音 - Africa



 Youssou N'Dour の新作 "History" が 4/26 にリリース予定。Spotify、Apple Music、fanc 等でも扱うので、これはインターナショナル盤なのだろう。

 先行シングル2曲がリリース済み。昨年のセネガル盤 "Respect" にも収録されていた "Habib Faye" は、昨年亡くなった Super Etoile de Dakar のサウンドの要/ベース&キーボード奏者 Hahib を悼む曲。今回はわずかにテンポを落としたショート・ヴァージョンになっている。もう1曲 "Confession" は、美しく、壮大なアレンジと歌の力強さが印象的だ。それにしても、ますます喉の調子が良さそうだ。

 これら2曲を聴いた感じでは、今度も "Respect" などの最近のドメスティック盤とは対照的に、ンバラ度の低い、インターナショナル・マーケットを意識したソロ作になっているのだろう。

 ところで、Youssou の Facebook 中の "My Story" を読んで、彼のミドルネームが Madjiguène だと初めて知った。







by desertjazz | 2019-04-17 18:00 | 音 - Africa

Fela Kuti On Vogue

 4/8 のこと、この日 Sandra Izsadore が Facebook に投稿した写真が目にとまった。下の写真がそれ(彼女の Facebook からコピーした)。そしてそこには、'Many thanks to BibiKakare-Yusuf for sharing this with me. Vogue British cover with FELA! 1961' とコメントが添えられている。

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 これは遠藤斗志也さんが、ご自身の音楽データベースの Discography of Fela Anikulapo-Kuti に掲載した写真の別ショットではないか!? Michael E. Veal が発掘したという 1961年のカラー写真を初めて見た時にはさすがに驚いた。1961年といえばフェラ・クティがまだロンドンに留学していた時代。その頃の写真が今回また新たに公になったようだ。


 そこで遠藤さんに連絡したところ、早々に調べてくださり、またいろいろご教示いただいた。以下は、これまでに分かったことのまとめ。

・これらの写真はヴォーグ英国版 "British Vogue" の 1961年10月号のために撮られた写真。その号ではジャズ特集が組まれたらしい。Sandra がアップしたのはその1カットと思われるが、今回どこに掲載されたものなのかは不明。

・1961年のフォト・セッションについては、英国版 Vogue 2018年10月号の"Archive" というページで取り上げられている。それによると、トランペットを構えてポーズをとるフェラの隣で澄まし顔の女性は Judy Dent。当時彼女は Vogue 誌と契約し、毎号の表紙を飾っていたようだ。

・その昨年10月号のページはネット検索すると簡単に見つかる。ところが意外なことに、Sandra の写真は Archeive のページの3枚とは重複しない。つまりは、Sandra の写真が 1961年版に採用されたカットで、2018年の3枚はそれの不採用カットということだろうか。謎だ?

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・これらの写真を撮影したのは Brian Duffy。David Bowie の作品など、ロック方面でも知られたカメラマンだ。

・Vogue 1961年10月号に関しては現物を手にしてみないと明らかにならないことがありそう。そこで Ebay でなどで探したが見つけられず。まあ気長に探し求めならが、情報を待とう。

・せめて 2018年10月号だけでも入手しておこうかと思ったが、これも思いの外高くて躊躇。しかしネットを探ると、全ベージ PDF になっているのを見つけた。(イリーガルなサイトかも知れないのでリンクは貼らないが、簡単に見つけられるはず。上のページもそこからダウンロード。)一応全ページに目を通してみたが、フェラ関連の記事は P.171 のみ。残念。これなら買う必要はないね。

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・遠藤さんは、これら以外のカットもネットで見つけられたとのこと(拝見したが、フェラの顔を一番よく捉えたショットだ)。1961年のフォト・セッションの写真は、一体どこにどれだけ公にされているのだろう?


 フェラ・クティは医学留学のためにナイジェリアからロンドンに飛んだものの、音楽への志を捨てられず、トリニティー・カレッジで音楽を学ぶ。そしてKoola Lobitos を結成。その時点ですでに Vogue や Brian Duffy から注目されるなんて、フェラは若い頃から存在感が絶大だったのだろう。

 1961年、フェラ・クティ 22歳。ジャズとマイルス・デイヴィスに憧れ、トランペットのトレーニングに励んでいた頃の、若きフェラの少年のような面構えがいい。





 ところで Judy Dent は、フェラとの写真では冷たい印象だけれど、他の写真では正統派美人でいいね! 気に入って、フェラよりジュディの方を検索している。

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(参考)https://mepdf.com/british-vogue-october-2018/



(追記 4/15)

 こんな写真もあった。

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'Fela with his mother, Funmilayo Ransome-Kuti in London, 1962.'







by desertjazz | 2019-04-14 00:00 | 音 - Africa



 オーケストラ・バオバブのサックス奏者イッサ・シソッコが、今月24日、日曜日の夜に亡くなった。個人的には特別思入れの強いアーティストだったので、とても哀しい。

 彼のサックスはいつ聴いても最高に気持ち良いし、ステージで見せるパフォーマンスは豪快で楽しい。民族衣装の要素を取り入れた独特なファッションも素敵だ。そしてなにより、彼の人柄にとことん惚れてしまっていた。

 このところ、The Star Band、Laba Sosseh、Orchestre Baobab など、60/70年代のセネガル音楽について徹底研究中で、資料の中に彼の名前が出てくる度に、イッサは今どうしているんだろうと考えていたところだった。メドゥーン・ジャロ、ンデウガ・ディエンが亡くなり、バテレミ(バルテレミ)・アティッソがグループを離れ、そしてイッサがいなくなったバオバブは、もうバオバブではない。実質的にひとつの歴史が閉じたことを感じる。



 振り返ってみると、バオバブ、そしてイッサと触れ合ったここ20年は、自分にとっても想い出深いものだ。(以下の多くはこれまでにも書いたことがある。)

 アフリカ音楽への興味がいよいよ高まった1990年代、ユッスー・ンドゥールとオーケストラ・バオバブのライブを、どうしても彼らの地元ダカールで観たくて、1999年に初めてダカールに飛んだ。
 着いた初日の深夜にチョーン・セックのライブに行き、本人に紹介されてしばらく立ち話。考えてみると、彼も短期間バオバブに在籍したシンガーだった。
 とても幸運なことに、数日後ユッスーが所有するクラブ・チョサンでのそのユッスーのライブも観ることができた(これはこれまでに観たあらゆるライブの中で最高のものである)。
 しかし、もうひとつの目的、バオバブのライブ情報がどうしても得られない。それもそのはず、彼らはとうに解散していたことを後で知ったのだった。それでも、潰れたクラブや民家などを回ってバオバブの全レコードを発掘できたことは、その後バオバブの音楽を理解し、彼らとの関係を産む上で大いに有益だった。

 2002年に World Cuicuit のニック・ゴールド Nick Gold の発案からバオバブが再結成。新作 “Specialist in all Styles“ をリリース。そして、なぜかその日本盤ライナーの原稿をワーナージャパンから依頼される。それも、ユッスー・ンドゥールの新作ライナーと同時に。素人の私に声をかけてくださった、当時担当の中村さんには今でも感謝している。
 そのライナー、集めうる限りの資料を読み漁って2ヶ月かけて書き上げた力作。不正確な記述もあるが、あの時点でよくここまで書けたなと自分でも思う。



 そして翌2003年6月、フランス・アングレームの音楽フェスへ。今では考えられないアフリカ中心の豪華なラインナップに呼び寄せられて。中でも一番のお目当てはもちろんオーケストラ・バオバブ。
 日中のサウンドチェックを観ただけで気分は最高潮。だって、長年憧れだったバオバブが素晴らしいサウンドを響かせているのだから。ところが、この後ステージの照明が崩れたためにこの日のライブは中止に。残念無念。

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(Angouleme, France 2003/06/06)


 翌日はバオバブへのインタビュー。待ち合わせに現れたのは、最初にイッサ、続いてバラ・シディベ、そしてバテレミ・アティッソだった。やっぱりこの3人がグループの中心人物なのだろう。日本公演招聘元から突如依頼されたインタビューで全くの準備不足、しかもインタビューはほぼ初体験。そのため無駄な質問も多くなってしまった。(この記事を書くために録音を聞き直してみた。)
 イッサとは、彼に影響を与えたスターバンドのデクスター・ジョンソンのことや彼が初めてサックスを手にした時の話だけで時間終了。他の2人にもバンド創設時のことをたっぷり訊いている。1967年に結成したバオバブの前身バンド Standard のことにまで話が及んでいて、これは今書き続けているセネガル音楽史にとっても有益な情報だ(2時間を超えるインタビュー。ずっと通訳し続けてくれたスキヤキのニコラさんにとっては、拷問のような時間だったでしょう。ゴメンよ、でも大感謝!)

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(Angouleme, France 2003/06/07)


 2003年8月、いよいよバオバブがスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドなどに出演するため初来日。しかしこのころはまだ、福野のスキヤキに行くという発想がなかった。ところが、日本に着いてこれから富山に飛ぶ彼らと羽田空港でばったり遭遇。これにはお互いビックリ!
 そして続く渋谷クアトロでの公演。ついに観たバオバブのステージは、とにかく最高だった。短いライブ評を雑誌『ミュージック・マガジン』に執筆。私が書いたライナーを公演直前にステージ手前で熱心に読んでいる女性を見かけて嬉しかったことも鮮明に覚えている。

(渋谷公演のステージ写真を探し出して眺めているのだけれど、いずれもイッサが超カッコイイ!! ただし、これらはプロの写真家が撮影した未公開ショットばかりなので、私が勝手に公開することはできません。)

 ライブ終了後、「メンバーたちの夕食の面倒をみてくれる?」と言い残し、スタッフたちが去っていく。みんな相当疲れがたまっていたんだろうな。一人残ってくれたのはWさんだっただろうか? しかたなく、メンバー全員を引き連れて渋谷の街を練り歩くことに。恐らく不思議な光景だったことだろう。どこか美味しい店に連れていこうと考えたのだが、メンバーたちは「安く済ませたいので、ファストフードでいい」とのこと。「フルーツ食べたい」と言われて夜間に売っている店が思いつかず困ったことも覚えている。日本料理を食べたい人はいるかと訊ねて着いて来たのはバテレミとアサンの2人。バテレミは日本酒もこのわたも美味しいと言って味わっていたな。

 彼らと再会したのは 2007年11月のパリ。新作 "Made in Dakar" のお披露目ライブを観に行った時のこと。当時はニック・ゴールドと(彼は自分ではメールを打ったりなどしないそうで、正確には彼のマネージャーと)やり取りしていた関係で、このライブにもインビテーションを出していただけた。
 サウンドチェックの頃を見計らって会場に行ってみると、まさにその真っ最中で、フロアの隅で眺めていた。すると、突然演奏を止めて、イッサがステージから降りて歩み寄って来るではないか。

「なぜここにいる?」(←フランス語なので想像)
「このライブを観るために日本から来たんだよ」(←日本語)

 その瞬間、イッサが満面の笑みで抱きついてきた。私のことを覚えていてくれただけでもビックリなのに! この時頬に押し付けられた無精髭のゴリゴリした感触は一生忘れない。

 足元が怪しかったので、バテレミのギターを運んであげたり、楽屋で70年代の頃のことや新作に関していくつか質問したり(質問のために古いレコードのジャケットをカラーコピーして持って行ったら、見せた途端に皆がそれを欲しがった。自分たちのレコードすら持っていないこと、恐らくは全盛期でも経済的に豊かでなかったことに驚かされたのだった)。ユッスーとある日本人に関する超内輪話を笑いながら明かしてくれたのも、確かイッサだったなぁ。

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(Paris, France 2007/11/08)


 その後、ライブをたっぷり堪能。そして、ホテルに戻って新作 "Made in Dakar" のライナーを仕上げてメールで入稿。


 しかし、まさかこれがイッサと会う最後になってしまうとは。



 こう振り返ってみると、イッサがいたバオバブを好きになったから、ユッスーのライナーを書き、彼に会う機会を得られたのかも知れないし、バオバブを通じてスキヤキとニコラとも縁を持つことができたし、他にも多くのミュージシャンや音楽関係者とも知り合えた。ホント、色々なことが繋がっているのだなぁと改めて思う。



 イッサは1946年生まれなので、まだ72歳か73歳という若さ(Facebook には「先月会ったばかり」といった驚きのコメントや近影が載せられている)。聞くところによると、一昨年に新作 "Tribute To Ndiouga Dieng" をリリースした際には、バオバブ側が来日公演を希望していたそうだ。今年も5月にオスロ公演とパリ公演が予定されている(パリは昨年のうちにチケット完売)など、彼らの人気は絶えていない。

 なので、またいつかイッサに会えるだろうと思っていたのだが、、、。


 オーケストラ・バオバブのレコードは今でもよく聴く。その度に、毎度気持ちが高まる。そして、いつも暖かく迎えてくれたイッサ(会った回数は少ないが)、ファッション・センスに秀でたイッサ、ステージでもオフでも豪快だったイッサを思い出す。彼は良き友人たちに囲まれて、人生を楽しく過ごしたのではないだろうか。自分はこれからもバオバブを聴き続けながら、少しでも彼の生き方を見習えたら良いなと思う。


 イッサ、素晴らしい音楽の数々をありがとう。
 そして、どうぞ安らかに。

 Issa Cissokho (1946-2019) R.I.P.
 






by desertjazz | 2019-03-27 19:00 | 音 - Africa

Nico 中毒

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「ニコ中毒」再発中(ニコチンじゃないよ)。

 最近入手した Alastair Johnston 氏の労作 "Docteur Nico Discography" をパラパラめくっていて、ニコのレコードを結構持っていることを知った。コンゴ音楽はとにかくフランコが大好きな反動からなのか、ニコには特に思い入れはないのだけれど、目にしたシングル、LP、CDは全て買っていたので、相当な数になっているのかも知れない。(大量にあるそうしたレコードを少しずつ聴き直しているのだが、いやはや1曲1曲の素晴らしいこと!)

 そうした所有盤の中でも Ngoma のシングル盤はかなり珍しいらしい。ジョンストン氏のディスコグラフィーで調べてみると、大半が全くリイシューされていない録音だ。いや単にレアなだけじゃなくて、どれも聴き惚れるくらいにいいなぁ。

 ならばと思って、CD-R 化を思い立った。ノイズがひどいので、まずは自分が聴くためのマスタリングを。ニコのディスコ本、エル・スールでも販売していただけることになったなので、せっかくだからこの CD-R を特典盤としてつけてもらおう!

 ところが、トラブル発生! ProTools 用の MacBook が絶不調。ProTools も MBox も起動しない。これでは iZotope でクリックノイズを除去することすらできない。2日間苦闘したが全くダメ。最後は Trigon の Phono EQ Out を ZOOM H6 に直接繋いでレコードを Wav 化。無料の ProTools First を DL してみるが、これも不機嫌。Mac 環境整備が最優先ということか? ギリギリ最低限の編集を施して、どうにか CD-R への書き出しにまでたどり着いた。

 その間に、CD-R のスリーブも試作。ここまでやって、iZotope を使って直接 Wav のノイズリダクションをできる(ProTools なしで)ことに気がつき、やっとバチバチノイズを除去。疲れたー!!

 取り敢えず8曲だけラフにマスタリングしてみたのだが、やっぱりニコは凄い! 名ギタリスト/名バンドリーダーであるのはもちろんのこと、曲ごとに音楽スタイルもギターの音色もガラッと変わり、また曲中でもハッとするようなコードチェンジや曲調の大転換が起こる。繰り返し聴いていても、飽きずに楽しいし、ここ数日の疲れも取れてきた。

 ここまで来て、どうやらやっと CD-R をディスコ本に添付できそうだ。




(追記)Docteur Nico "Ngoma Singles Vol.1" できた。

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by desertjazz | 2019-03-21 22:00 | 音 - Africa

History of Star Band


 スターバンド The Star Band de Dakar は一体いくつあったのだろうか? かねてからそんな疑問を抱いていた。今回、セネガルのこの名門バンドに在籍した歴代メンバーの遷移を辿ることで、その答えを探ってみることにした。

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 一般にスターバンドのアルバムは12枚リリースされたとされている。Ibrahim Kassé Production / Star 盤の IK 3020〜 IK 3031 で、その後、仏 Sonoafrica / Sonodisc によりリイシューされている(ただし後で触れるように12枚全部ではないようだ)。

1) Star Band de Dakar (IK 3020)
2) Star Band de Dakar (IK 3021)
3) Star Band de Dakar (IK 3022)
4) Star Band de Dakar (IK 3023)
5) Star Band de Dakar Volume 5 : Orchestre Laye Thiam (IK 3024)
6) Star Band de Dakar Volume 6 : Orchestre Cheikh Tall et Idrissa Diope (IK 3025 / SAF 3025)
7) Star Band de Dakar Volume 7 : Orchestre Laye Thiam / Orchestre Saf Mounadem (IK 3026 / SAF 3026)
8) Star Band de Dakar (IK 3027)
9) Star Band de Dakar (IK 3028)
10) Star Band de Daka Volume 10 (IK 3029 / SAF 3029)
11) Star Band de Dakar (IK 3030)
12) Star Band de Dakar (IK 3031)

 これらのアルバムに記載されたパーソネルを確認すると、メンバー構成がかなり変化しており、サウンド面でもアルバムによって大きな違いが感じられる。スターバンドはメンバーの入れ替わりが激しかった。もしかすると、ミュージシャンたちが一斉に脱退した直後、その穴埋めに他のバンドを連れてきて、彼らに「スターバンド」と名乗らせたこともあったのではないだろうか? その有無を検証してみたい。加えて、これら12枚は録音年もリリース年もクレジットされていないので、その特定も試みたいと考えた。


 スターバンドはイブラヒム・カッセ Ibra (Ibrahim) Kassé がダカールで結成したバンドである。彼は若い時期にしばらくフランスで過ごし、その後セネガルに帰国、いとこが経営するレストラン Le Bon Coin Parisien のマネージャーに就任した。そして1960年4月4日にセネガルが独立するタイミングで、レストランをクラブ・ミアミ Le Miami に変えるのに合わせて、ハウスバンドを作ることを思いつく。

 バンド結成に当たってそのメンバーは Guinea Jazz や Tropical Jazz などから呼び寄せたという。(スターバンドの結成を1959年とする資料もある。何れにしても、メンバー集めは1959年頃から始まっていたのだろう。また余談になるが、アフロキューバンを中心にポップス全体を「ジャズ」と称したのは、コンゴやギニア、さらには日本などとも同様な傾向だったことは興味深い。)結成時のリーダー、ナイジェリア生まれのデクスター・ジョンソン Dexter Johnson は Guinea Jazz からスカウトされ、同じく結成メンバーの一人のマディ・コナテ Mady Konaté は Tropical Jazz の中心ミュージシャンでもあった(ただし、Tropical Jazz とい名称は Star Band より後に誕生したというのが私見)。最初期のスターバンドは、英語圏、ポルトガル語圏、フランス語圏のミュージシャンの集まりで、しかもセネガル人はたった一人だったという。これは大変珍しいことで、それもあって彼らはダカールにおいてインターナショナルなグループとしての評判を高めていったのだろう。

 クラブ・ミアミ Le Miami Bar Dancing はメディナの中心エリア Av. El H. Malick SY x Rue 16 にあった。ちなみに、後年スターバンドに加入するユッスー・ンドゥールの家は、ここから数ブロック先だったと伝えられる。

 ところで、オーナーのカッセはとにかく評判が悪い。彼はバンドを我がものとして自由に振る舞い、気に入らないメンバーをクビにすることも厭わなかったという。そのため、メンバーとの対立は絶えず、ギャラの安さもあってバンドを抜けるミュージシャンが多かった(長年ギタリストとして活躍した Yakhya Fall は、最新インタビューで「Tyrant だった」と答えている)。


 各アルバムのクレジット、および様々な資料(書籍やライナーノーツ)を参照して、バンドメンバーの変遷をまとめたのが上の表だ。もちろんこれはまだまだ完全ではないので、随時追記と修正をしていきたい。(とにかく資料を当たる度に食い違いばかりで、この表は様々なデータの最大公約的なものと思ってほしい。)

 ◎はオリジナルメンバー(あるいは最初期のメンバー)。ただし文献によって食い違いがある。◯は在籍したことを意味する。枠内の数字は、そのアルバムでリードシンガーを務めた曲数。


 まずは結成直後の主要メンバーをあげておこう。デクスター・ジョンソンが脱退する 1965年(64年?)頃までの 60年代前半を便宜的に「第1期」とする。先に書いた通り、セネガル人以外のミュージシャンがずらりと並ぶ。

Star Band (Period I) 1960-1965

Dexter Johnson (sax) from Nigeria
Bob Armstrong (tp) from Liberia
Mac Kenzie (tp) from Liberia
José Ramos (g) from Cape Verde
Amara Touré (vo, timbales) from Guinea
Many Konaté (sax) from Guinea
Harrison (b) from Nigeria
Lynx Tall (per) from Senegal

 65年にジョンソンは、自身のグループ Super Star de Dakar を結成するために脱退。彼は最初にスターバンドを抜けた一人だった。同じ頃、ガンビア出身の名ソネーロのラバ・ソッセー Laba Sosseh(64年または65年加入)やパペ・セック Pape Seck(67年加入。64年とする資料もあり)が加わる。彼らが中心的役割を担った 60年代後半を「第2期」とする。ソッセーはカッセとジョンソンがスカウトしたものの、ジョンソンとカッセーの2人がスターバンドで共演した期間はとても短かった。

 この時期のメンバー構成は正確には把握できていない。中心メンバーだったパペ・セックは、ヴォーカル、フルート、サックスをこなすマルチプレイヤー。サバール・ドラムとンバラのリズムをスターバンドに持ち込んだのが彼だとされる。また、67年に彼が作詞作曲した "Mathiaky" がヒット、アフロキューバンとサバールのリズムを結びつけたこのナンバーはウォロフ語とスペイン語で歌われた。68年に脱退してからは西アフリカ諸国を渡り歩き、アビジャンで Negro Star を結成。ここでジョンソンとソセーとも合流したようだ。

 60年代の終盤には、70年にオーケストラ・バオバブ Orchestre Baobab を結成するミュージシャンたちがスターバンドに集まっていたことも注目点だろう。

 次の70年代前半を「第3期」としよう。パペ・セック、ヤヤ・フォール Yakhya Fall (g)、マゲッテ・ンジャイ Maguette N'Diaye (vo)、ドゥドゥ・ソウ Doudou Sow (vo) らが中心的存在だったようだ。しかし彼らもまた新しいグループを結成するために脱退。"Star Band 2" と名乗りたかったが、それをカッセが拒絶したため、Star Number One などの名前を冠することとなった。

 そして70年代後半の「第4期」、1975年(76年?)に若きユッスー・ンドゥール Youssou N'Dour が加入し大人気となる。(ユッスーは12歳の時からスターバンドに出入りしていたとする資料もある。彼は 1959年10月生まれなので、それは1972年頃だ。)ところが、またまた脱出劇が巻き起こる。自分たちのバンドを組みたいと考えたユッスーたちが、77年(78年?)に一斉離脱してしまう。

 これでバンドは消滅・解散と思いきや、1980年に脱退したパペ・フォール Pape Fall が 84年に復帰。イブラ・カッセは 1992年7月12日に死去するが、その後スターバンドは Kasse Star に改名、1993年にはファースト・カセットをリリースしたと伝えられる。


 以下、各アルバムの参加メンバーをざっと見てみよう。

Star Band de Dakar Vol.1 (IK 3020)

José Ramos (g)
Pape Seck or Papa Seck (vo, sax, fl, arr.)
Maguette N'Diaye (vo)
Pape Djiby or Papa Djibril Fall (vo)
Malick Ann (vo, tumba)
Badou Diallo (timbales)
Thierno (alto sax)
Moustapha N'Diaye (b)
M. Casset (arr.)

 アルトサックスの Thierno は、ハラム Xalam などでも活躍し、現在はバオバブに在籍するチエルノ・コワテだと思う。

Star Band de Dakar Vol.2 (IK 3021)

Yakhia Fall (g)
Mansor Diagne (g)
Saliou Dieye (sax, fl)
Maguette N'Diaye (vo)
Doudou Sow (vo)
Malick Ann (vo, tumba)
Badou Diallo (timbales)
Mamané Fall (tama)
Khaly Ndiaye (b)
Mar Seck (vo)
Bala Cidibé (vo)

 Bala Cidibé はバオバブのバラ・シディベ Balla Sidibe だろう。ベースはバオバブのシャーリー Charlie Ndiaye だろうか? Mar Seck と Bala Cidibé は裏ジャケットのパーソネルリストには名前がないが、盤面のレーベルにはリードシンガーとして記録されている。

Star Band de Dakar Vol.3 (IK 3022)

(以下のパーソネルの原典は不明?)

Mar Seck (vo)
Laba Sosseh (vo)
Doudou Sow (vo)
Badou Diallo (timbales)
Malick Ann (vo, tumba)
Amadou Tall (tumba)
Mamané Fall (tama)
Yakya Fall (g)
Nanjane Ndiaye (g)
Idi Kasse (b)
Magatte N'diaye (vo)

 ラバ・ソッセーが4曲、ドゥドゥ・ソウが3曲でリードをとっている。マゲッティも1曲歌っているが、オリジナル盤にはクレジットされていない。

Star Band de Dakar Vol.4 (IK 3023)

Mar Seck (vo)
Laba Sosseh (vo)
Doudou Sow (vo)
Badou Diallo (timbales)
Malick Ann (vo, tumba)
Amadou Tall (tumba)
Mamané Fall (tama)
Yakya Fall (g)
Nanjane Ndiaye (g)
Idi Kasse (b)

 Vol.3 とほぼ同一のメンバー構成だったと思われる。

 次の Vol.5 から Vol.7 の3枚では、メンバーがガラッと代わっている。これが今回解き明かそうとしている謎の発端だ。

Star Band de Dakar Vol.5 : Orchestre Laye Thiam (IK 3024)

Abdoulaye (Laye) Thiam (tp, vo, chef, arr.)
Eddy John (vo)
Yao Kuassi (g)
Amairy Lolo (orgue)
Djinhoué Félix (b)
Djiguv Diakaté (dr)
Emmanuel Sangaré (manacas)

Star Band de Dakar Vol.6 : Orchestre Cheikh Tall et Idrissa Diope (IK 3025 / SAF 3025)

Cheikh Tall (arr.)
Idy Diope (vo)
Seydina Wade (vo)

 彼ら3人以外のパーソネルは不明。

Star Band de Dakar Vol.7 : Orchestre Laye Thiam (IK 3026 / SAF 3026) Side-A

Abdoulaye (Laye) Thiam (tp, vo, chef, arr.)
Eddy John (vo)
Yao Kuassi (g)
Amairy Lolo (orgue)
Djinhoué Félix (b)
Djiguv Diakaté (dr)
Emmanuel Sangaré (manacas)

 Vol.5 と同一メンバー。maracas はマラカスの誤記だろう。

Star Band de Dakar Vol.7 : Orchestre Saf Mounadem (IK 3026 / SAF 3026) Side-B

Barthélémy Attisso (g, chef)
Balla Sidibé (vo)
Médoune Diallo (vo)
Issa Cissoko (sax)

 全員がオーケストラ・バオバブの面々。わずか4人ながら、まぎれもないバオバブ・サウンドを聴かせる。

 続いて第4期のアルバム。ユッスーが在籍したこの時期はパーソネルがほぼ固定している。おそらく短期間で録音されたからなのだろう。

Star Band de Dakar Vol.8 (IK 3027)
Star Band de Dakar Vol.9 (IK 3028)
Star Band de Dakar Vol.10 (IK 3029 / SAF 3029)

Mar Seck (vo)
Papa Fall (vo)
Laba Sosseh (vo)
Seck Diack (vo)
Alla Seck (vo)
Youssou N'Dour (vo)
Laye Thiame (tp)
Idi Kassé (b)
Manjour M'Boup (g)
Salés Thiame (as)
Assane Thiame (tama)
Kanté Alefa Seynl (g)
Abdou Fall (tebale)
Natar Queue (toumba)
Alla Seck (maracas)

Star Band de Dakar Vol.11 (IK 3030)
Star Band de Dakar Vol.12 (IK 3031)

Youssouf N'Dour (vo)
Papa Fall (vo)
Alla Seck (vo)
Ibra Kassé (p)
Cante Alfa Seyni (g)
Nabe Baba (g)
Matar Gueye (toumba)
Rabé Fall (toumba)
Idi Kassé (b)
Abdou Fall (timbales)
Assane Thiam (tama)

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 以上のようにスターバンドのメンバー構成は激しく変わり続けてきた。それでも、改めてメンバーの変遷表をじっくり見直すと、やはりスターバンドというユニットはずっと存在し続けていたのだろうと思える。デクスター・ジョンソンの脱退、ラバ・ソッセーの一時離脱、バオバブ、ナンバー・ワン、エトワール・ド・ダカールの結成を目的とする中心メンバーの退団といったように、スターバンドは少なくとも5度にわたって大きな危機に直面した。その一方で、ホセ・ラモス José Ramos 、パペ・フォール、マー・セックのように、期間をまたいで長年活動したメンバーもいたからだ。

 バンドがずっと続いていたと考える大きな理由は他にもある。スターバンドはダカールのトップバンドであったため、ミュージシャンたちの憧れの的であり、有望なミュージシャンを採用するのに苦労はしなかったからだ。スターバンドは若手たちにとって学校のような役割も果たしたというから、若いミュージシャンたちにとってはスターバンドで鍛えられることは絶対的に有利だった。そのために、多少メンバーが逃げて行ったところでさほど痛くはなかったことだろう。

 もう一つの理由は「スターバンド」というステイタスの大きさだ。新バンドの結成を目指した誰もが、スターバンドを名乗ろうとした。自分たちこそがスターバンドなのだという自負がよっぽど大きかったのだろう。しかし「スターバンド」の命名にはカッセが絶対的権利を主張したため、それは叶えられなかった。結果、新バンドの名前に Super Star や Star Number One のように Star を残したり、Etoile de Dakar のようにフランス語表記にされたりすることとなった。

 ただし、70年にバオバブを結成するため、バルテレミ・アティッソやバラ・シディベが突然いなくなったことは、カッセにとってよっぽどショックだったらしく、クラブ・ミアミを数週間閉めたほどだったという。

 そうしたことを考えると、スターバンドは長年にわたって安泰であったと言い切れない可能性もある。表を見て一番謎なのは Vol.5〜7の3枚の内容だ。他の時期のスターバンドとはメンバーがほとんど重ならない。サウンドも、スターバンドの売りだったアフロキューバン・スタイルからかけ離れている。これらはスターバンドが活動停止していた期間を一時凌ぎするための代替バンドだったのだろうか?


 そうした疑問を解くべく、各アルバムの録音年ないしリリース年の特定を試みた。

 まず、Vol.8〜12 はユッスー・ンドゥールが参加しているので、76〜77年頃の録音であるのは明らかだ。しかし、他のアルバムがさっぱり分からない。

 最初にヒントにしたのは、Vol.7 のB面。オーケストラ・バオバブのメンバーだけなので、Orchestre Saf Mounadem はバオバブの前身バンドだったのと考えてみた。だとすると、これは彼らがスターバンドを抜ける直前、69年または70年の録音となる(ただし、サックスのイッサ・シソッコはスターバンド自体には在籍しなかったとされている)。よって、録音順にアルバムが制作されたとすると、この Vol.7 までは70年までの録音となる。

 もう一つのヒントは、Vol.1 に 1972年に加入したパペ・フォールがクレジットされていること。しかしこれは上の仮定とは矛盾する。Vol.2〜4 には 76年に脱退する Number One 組が多いことからも、Vol.4 までは70年代前半の録音と考えた方が自然だ。

 ラバ・ソッセーの経歴がよくわからないことも話をややこしくさせた。60年代後半にアビジャンなどに滞在した後については、何を読んでもニューヨークでの活動に話が飛ぶ。しかし色々調べたところ、どうやら彼は70年代初頭にダカールに戻っていたらしいことが掴めてきた(それでも、彼が率いた Super International Band や Vedettes Band の N'Dardisc 盤がいつどこで録音されたかなどについては未だに不明)。彼は Vol.3 と Vol.4 でそれぞれ4曲リードシンガーを務めているが、これらを60年代前半の録音とするには無理があるので、73年以後としか考えられないだろう。逆に彼の名前がクレジットされていない最初の2枚はそれ以前の録音、つまりは 72年頃である可能性が高い。いや、そもそも60年代にセネガルでLPは作られたのだろうか?

 以上を総合すると、Vol.5〜7 は70年代中頃、74年か75年のアルバムと考えた方が辻褄が合う。

 Vol.1〜4 も実は75年にかなり近い年に発売されたのではないだろうか。それを示す根拠がいくつかある。1999年と2002年にダカールで入手した中古盤の多くには、購入日または入手日と思われるメモがある。これが案外貴重な情報なのだ。私が大量に集めたスターバンドのレコードのうち、Vol.1 と Vol.2 の1枚ずつに ’1975’ と書かれている。レコードの元の所有者の買った日付だとすると、レコードの発売年は74年か75年だったと推測される。

 この Vol.1 と Vol.2 のファーストプレスは、一辺約32cmのやや大判ジャケットとともに、重量盤(測ってみたら 180g前後あった)なのが特徴だ。しかし Vol.3 以降については、どれも薄いレコードばかりで重量盤は全く確認されていない(Vol.4 についてはその可能性が若干あるのだが)。ところが、なぜか Vol.12 だけは全てが重量盤。しかも、レーベルは Vol.1 などとそっくりのデザインなのだ。このことは12枚のアルバムが割合短期間に制作されたことを示唆しないだろうか。

(また余談になるが、確か Bar Bossa の林さんがどこかにお書きになった文章によると、ブラジルのレコード面に名前書きなどがあるのは、レコードを持ち寄った際にそれが誰のものか分からなくなるのを防ぐためだったからなんだとか。当時はそれだけレコードが貴重だったのだろう。ダカールで入手したレコードの大部分にも名前などがはっきり書き込まれている。そのことで思い出したのは、"Roots in Reverse" で描かれたレコード・クラブ・パーティーの様子。ブラジルとまるでそっくりな光景が頭に浮かぶ。)

 今回データを整理していて、オリジナル盤には 'Vol.' といった表記が一切なく(訂正:Volume 4 にはあった)、また Vol.5, 6, 7 には Star Band の表記もないことに、今更ながら気がついた(フランスプレスの Vol.5 だけが例外)。また 'Vol.' 表記のあるリイシューにしても見つけられたのは SAF 3025, 3026, 3029 の3タイトルだけだった。他についてはいくら探しても見当たらないので、" Star Band Vol.1" 等々と題されたレコードは果たして存在したのだろうか? こうしたリイシュー盤の表記を鵜呑みにしたことで、12枚全てがスターバンドのアルバムなのだという刷り込みが強くなってしまったのかも知れない。

 そう考えるに至って、Vol.7 が 1975年頃のリリースだと確信が持てるようになってきた。と、ここまで書いたところで、Orchestre Laye Thiam や Orchestre Saf Mounadem がカッセのセカンドバンド的な存在だっとする記述に出会った(そういえば、そんなことを昔にも読んだ記憶がある)。そう考えると、いよいよ頭の中がスッキリしてきた。

 70年の脱退劇でカッセを激怒させたはずのバオバブのメンバーたちが、なぜカッセと和解できたのか、なぜカッセが彼らを録音する気になったのか、やっぱり不思議だ。1975年のアルバム5枚分の録音というマラソン・セッションを行ったバオバブが同時期、カッセのもとでも録音を行った理由がわからない。だが、カッセにとっては、相次ぐ大量脱退への対応策としてバックアップ・バンドを用意しておきたかったのだろうか。あるいは、スターバンドへの人気の高さもあって、連日クラブを営業するためにはバンド一つでは足りず、第2グループを持つ必要もあったのだろうか。考えるほどに、色々なケースが想像される。

 バオバブにしても、クラブ・バオバブでの仕事を得て、さらにはメンバーが固定化させることで、一見安定期を迎えたようだが、実際にはどうもそうではなかったようだ。(2007年のパリ公演でのこと、バオバブの楽屋でインタビューした時に、1975年の一連のアルバムをメンバーの誰もが持っていないことを知って驚いたのだった。自分たちのレコードすら買えないほど経済的余裕などなかったのだろうか?)75年に名盤 "Bamba" を完成させる Le Sahel の3人、Cheikh Tall、Idy Diope、Seydina Wade らにとっても、そうした事情は似通っていたはずだ。(この3人が揃っていることも、Vol.6 が 75年頃に録音された可能性を高める。)


 以上の分析から得られる結論。

1. スターバンドは30年を超える長き期間にわたって存続し続けた。
2. Vol.5, 6, 7 の3つのバンドはスターバンドではなく、カッセによるサブグループだった。
3. Vol.1, 2 の録音/リリースは 72年か73年、Vol.3, 4 は 73年か74年、Vol.5, 6, 7 は74年か75年、Vol.8, 9, 10 は76年頃、Vol.11, 12 は77年頃と推測する。


 こうしたことは、セネガル音楽の研究家、あるいはバルテレミやイッサなどバオバブの誰かに訊ねた方が早かったのかもしれない。でも、イッサに再会できたとしても、2003年にインタビューした時と同様、「そんなこと、もういいだろう」とばかり、またさっさと席を立ってしまうんだろうなぁ。


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References

・Discography


・Books

Richard M. Shain "roots in reverse: Senegalese Afro-cuban Music and Tropical Cosmopolitanism" (2018)
Florent Mazzoleni "Afro Pop: L'age D'or des Grands Orchestres Africains" (2011)

・Linernotes

"Star Band de Dakar" (Bellot Records, 2010)
Etoile de Dakar featuring Youssou N'Sour "Once Upon A Time in Senegal - The Birth of Mbalax 1979-1981" (Sterns, 2010)
Pape Fall and African Salsa "Artisanat" (Sterns, 2002)


 他、多数。自分がまとめたディスコグラフィーも整理し直したい。データを整理して、スターバンドのきちんとして通史を書いてみたいとも思う。(今バオバブの歴史についても調べ直しているところなのだが、両者は深く関係し合っていて面白い。)





(続く)


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追記1 (2019/03/13)

1) スターバンド在籍ミュージシャンに関して新たな情報が多数得られたので、メンバー遷移表を更新。Ver. 20190313。

2) "roots in reverse" の著者 Richard M. Shain さんから連絡。Vol.1 のパーソネルに関して「アルトサックスの Thierno は、ハラム Xalam などでも活躍し、現在はバオバブに在籍するチエルノ・コワテだと思う。」と推測したのは、その通りだとのこと。

3) "Senegal 70" (Analog Africa AACD 079) のライナーを読んでみたら、Analog Africa の Samy Ben Redjeb さんと Teranga Beat の Adamantios Kafetzis さんによる貴重な情報が満載。スターバンド関連では:

・Ibra Kassé が生まれたのは 1927年。生誕地はカオラック Kaolack。10代の時にフランスに渡り(密航し?)様々な職につく。その経歴が興味深い。彼は若い頃から相当なヤリ手だったようだ。フランス人女性を結婚し、セネガルに帰国。そして Le Bon Coin Parisien を開店(ここではいとこ云々という話は出てこない)。

・スターバンドを出入りしたミュージシャンの経歴についても多く書かれている。ただし、Aly Penda が「1971年から1975年の間、スターバンドなどで演奏した」とインタビューに答えている(P.21)一方で、1969年にスターバンドを脱退して Tropical Jazz に合流したとも書かれている(P.35)。どちらが正しいのだろう? こんな矛盾ばかりだ。

・その Tropical Jazz de Dakar はやはりスターバンドの後、1969年の結成だった。Mady Konaté のもとに、スターバンドから Sidat Ly、Aly Penda、Lynx Tall、Birame Yacine が集まったとのこと。

・Laba Sosseh は 1968年まで Super Star に在籍。その後アビジャンで Dexter Johnson とグループ名で問題を起こした逸話は面白い。

・チョーン・セック Thione Seck も 1973年に短期間スターバンドにいたらしい。

・一番重要なのは Orchestre Laye Thiam に関する Pape Diallo へのインタビュー。彼らのファーストLP(つまり IK 3024)は 1971 年か72年に録音され、セカンド(IK 3026)は 1974年頃にリリースされたと書かれている。

・もうひとつ見逃せないのは、カオラックでのコンサート後に起こった事件。演奏が良くなかったことに怒ったカッセとバンドのベテラン組とが衝突。カッセは彼らを全員クビにしたという。そこで急遽、先に加入していたメドゥーン・ジャロの他に、Standard というバンドにいたバラ・シディベ、バルテレミ・アティッソ、ルディ・ゴミスらを集めて、新たなスターバンドを組んだということ。これがオーケストラ・バオバブの出発点のひとつと考えて良いだろう。

4) スターバンドは基本的に絶えず続いていたとする推測には変わりはない。しかし、バオバブたちが1970年代半ばの録音したものを、カッセのレーベルからリリースしたとするのは、やはり不自然。"Senegal 70" のライナーを読んで、バオバブの録音(IK 3026 のB面)は1969年か70年の録音なのではと、考えが後戻りし始めた。もうひとつの可能性として例えば、LP を作るのには Orchestre Laye Thiam の録音だけでは足りないので、その穴埋めにバオバブの古い録音を持ち出した可能性も考えられるのではないだろうか?


追記2 (2019/03/13)

5) Idrissa Diop & Cheikh Tidiane Tall "Diamonoye Tiopité: L'époque de L'évolution" (Teranga Beat TBCD 013, 2010) のライナーにも重要な情報が。

・"Orchestre Cheikh Tall et Idrissa Diope" (IK 3025) が制作されたのは 1975年だったと、イドリッサが答えている。イドリッサたちは Le Sahel とはまた別のグループを組んでいて、、2年間ミアミで演奏していた。それで、彼らの方からカッセにレコーディングを持ちかけたらしい。

・これで次の "Vol.7" (IK 3026) がリリースされたのも 1975年だったと考えて良さそうだ。

(イドリッサのファースト・アルバム "Dioubo" が N'dardisc からリリースされたのは 1969年、彼が19歳の時だった、等々、このライナーを改めて読むと、他にも興味深い記述がいくつもある。そのあたりについては後日書いてみたい。)


追記3 (2019/03/14)

6) Mar Seck "Vagabonde" (Teranga Beat TBCD 018) のライナーにも情報数多。それらに基づいて「メンバー遷移表」を更新。このライナーには60年代末のスターバンドのパーソネルが記載されていて、結成時のメンバーのホセ、ハリソン、アームストロングが残っていることがわかった。このライナーによると、イッサ・シソッコも短期間スターバンドの一員だったようだ。マー、ヤヤ、マゲッテが参加した経緯についても明かされている。
 そして、さらに有益な資料が見つかった。

(それらから得られた情報については次回に。)



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by desertjazz | 2019-03-12 00:00 | 音 - Africa

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 "Roots in Reverse" を読み終えてのメモ、今回はセネガルのレコード・レーベル、ンダールディスク N'dardisc に関する話。

 このレーベルは、1960年代後半、スターバンド脱退後の Dexter Johnson や Laba Sosseh のレコードをいつくかリリースしているので、セネガルのアフロキューバン音楽について調べるとき、自然とそれらを聴きながらの作業になる。その過程で、このレーベルは彼ら以外のレコードもいろいろ出しており、またある程度の数、自分の手元にあることにも(最近になって)気がついた。それでも、ンダールディスクは所詮はダカールの弱小レーベルに過ぎないと思っていた。

 ところが、昨日、深沢美樹さんが Facebook に投稿された記事を読んで驚いてしまった。



 ンダールディスクは、サン=ルイにあったレーベルのソポフォンを興りとし、多数のSPを制作してきたと言う。そして「ソポフォン~ンダールディスクこそセネガル音楽の老舗レーベル、名門レーベルとの感を強くしたのでした。」と結ばれている。見事な分析で、拝読して思わず唸ってしまった。しかも Radio Africa のサイトにンダールディスクのディスコグラフィーがあると書かれているではないか。早速チェックしてみると、「西アフリカを対象とした最初の業録音レーベルのひとつ」といったことさえ書かれている。このレーベルがそれほど重要視されていたとは知らなかった。



 このディスコグラフィーを見て「これもンダールディスク盤だったのか!」と知ったレコードが数枚。そうしたことにも今まで全く気がつかなかった。

 ところで、ンダールディスクの7インチとLP盤は何タイトルあるのだろう。そのような興味は以前から持っていて、今回このディスコグラフィーと自分の所有盤とを照合してみた。手元にあるLPは Idy Diop の 33-15 までで、7インチは 45.08 から 45.26 までほぼ揃っている。Radio Africa のディスコグラフィーもそれぞれ 33-15 と 45.26 で終わっており、Discogs でも同様。よって、12インチの最終番号は 33-15、7インチの最後は 45.26 だった可能性が高い。また 45.07 より前の7インチはどこにも記載されていないので、存在するとすれば相当なレア盤なのだろう。

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 このディスコグラフィーをじっと見て気づいたことがもうひとつ。前々回の記事で紹介した Sexteto Habanero と同じEPが載っている。そのレコードを見直すと 'DISTRIBUTOR EXCLUSIVO - L. FOURMENT - B. P. 2477 DAKAR' と記載されているではないか。L. Fourment はンダールディスクのオーナーで、アドレスもンダールのものだ。と言うことは、この BEFOR はンダールディスクのサブレーベルということか?(No 17.01 というナンバーは 17センチ盤の1枚目を表していると推測。)

 ンダールディスク盤に限らずセネガルのレコードには LA RADIO AFRICAINE とスタンプが押されたものがとても多い。多分70年代頃の有名なレコード店だったのだろうと想像していたが、今回の深沢さんの文章を読んで、その点に関しても合点が行ったのだった。Dexter Johnson & Le Super Star de Dakar "Live a l'Etoile" (Teranga Beat TBLP 019, 2014) のライナーの Djibril Gaby Gaye の文章にも、同様な興味深いことが書かれている。

'At the time Dexter was in Senegal, we did not have a vinyl pressing plant. We had very few record shops, for example the RADIO AFRICAINE of Bernardot in Avenue Jean Jars, close to the "a l'toile" where Dexter was playing. He did manage to record a few 45s here, but the fabrication was done in France - we never had a pressing plant here, never. N'Dardisc was doing the recordings, which were sent to France for production.'


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 ンダールディスク盤について調べていて、最近知ったことが他にもいくつか。

 45.10 は Laba Sosseh et son Orchestre Vedettes Band の7インチ。Vedettes Band はラバ・ソッセーが International Band の次に組んだバンドなのだが(数ヶ月で解散したらしい)、このクレジットを見ると何とオーケストラ・バオバブのイッサ・シソッコが参加しており、1曲ではアレンジも担当している。1967年の録音なので、もしかするとイッサの初録音だったのでは?と想像したりして。

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 "Roots in Reverse" を読んでいると、イディ(イドリッサ)Idrissa Diop (Idy Diop) のことについても書きたくなった。しかし、彼に関してはとっくに書き上げていたことを思い出したのだった。今はもうこれほど詳しくは、とても書けない。




 これらを読み直すと、彼の極初期の録音に Rio Band de Dakar がある。聴いてみたいなと思っていたら、そのンダールディスク盤が7インチ箱から出て来て、自分でもびっくり。

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 その Idrissa の最新アルバムは、昨年リリースした "L'aventurier" だ。アフロキューバンではなく、Youssou N'Dour、Kine Lam、Omar Pene、Ismael Lo などのンバラ・カバー集で、今でも元気な歌声を聴かせている。

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(続く)







by desertjazz | 2019-02-27 12:00 | 音 - Africa
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