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カテゴリ:旅 - Abroad( 161 )

パリ滞在記 2015(3)

〈2日目〉4月12日(日)Part 2


■ピカソ美術館が楽し過ぎるー!


「ピカソ美術館が楽し過ぎるー!

 バルセロナのピカソ美術館を訪れて、マドリッドで『ゲルニカ』を見て、5年振りに新装オープンしたパリのピカソ美術館を堪能。もう大満足です!」

(以上、当日の Facebook より)

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 まずこれが見たかった。

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 朝鮮戦争を憂いて描かれた。

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 そして生涯手放さなかったという、これが見たかった。

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 とてもひとりの人間が創造したとは信じがたいくらいに作風が多岐にわたっていて、一個人の美術館ではなくて総合美術館を観てまわったかのような印象を抱いた。当たり前のことだが、バルセロナのピカソ美術館よりは遥かに充実している。



(続く)






by desertjazz | 2015-04-12 23:02 | 旅 - Abroad

パリ滞在記 2015(2)

〈2日目〉4月12日(日)Part 1


■パリの日曜日


 「うーん、やっぱり飲過ぎた。パリに着いた昨夜は深夜25時半までずっと飲みながらメールへの返事を打ち続けていた。酔いが回りやすいので機中ではあまりアルコールは摂らないようにしたのだが。

 8時過ぎに起床。でも今日はこのまま1日寝ていたい気分。折角日曜日にパリにいるのだから、ビオで有名なマルシェ・ラスパイユまででかけてもいいかなと思っていたのだけれど…。

 まずは今回の旅の一番の目的のひとつ、ピカソ美術館を目指す。いつも美術館には平日の朝、開館前に着くように行動しているのだけれど、朝食をとってゆっくりしていたらすでに10時。完全に出遅れた。でもピカソ美術館なら平日でも混むのだろう。どうせ混むなら今日行ってしまえ!と決めて出発。

 10時半過ぎに美術館到着。すると「主人が来られなくなったので、予約チケットを買ってもらえませんか?」と話かけられる。普通のご夫人に見えたので信用して買ってあげ、どこにも並ばずにそのまま入場。これは楽させてもらえた。

 パリのピカソ美術館は2009年から改修工事が続いていたためもあって、ようやく見に来ることができた。4階層の広々とした空間に相当数の作品が展示してあり、来客は多かったもののストレスなく鑑賞できた。もう素晴らしいの一言!

 2時間近くかけてじっくり見終えた後、入場ゲートを見やると、、、長蛇の列が出来て入口で待たされている。どうやら時間帯を区切って入場制限をかけているらしい。先ほどご夫人に声をかけられた偶然はとても幸運だったのかも知れない。

 この後は Les Halles の fnac で買い物するつもりだったのだが、行ってみたら閉まっている!(例の工事のために建物自体も改築中。)日曜日に閉まっていることは知らなかった!シャンゼリゼの店は無休なので当然開いているものと思って疑わなかった。

 このまま帰るのも勿体ないので、急遽予定を変更してポンピドゥーセンターへ。20年振りくらいでここの美術館に入る。しかし、何と常設展コーナーが閉まっている。これじゃあ来た意味なかったなと思いつつ、特別展2つ見てきた。

 やっぱり日曜日は行動範囲が限られるな。すっかり時間が中途半端。でも仕方ないので一度ホテルに戻って休むことに。ところが乗り換え駅のバルベスで周囲を見回すと、どこも開いているじゃないか! マグレブの人たちにとっては日曜日なんて関係ない。そのような基本的なことが頭からすっかり抜け落ちていた。ダメですねぇ。

 そんなワケで、取りあえず毎度訪ねているアラブ系のSHOP3店(Evasion Souss Music、Fassiphone など)で探索。シャービ、レッガーダ、スタイフィー、ライの新譜をひとやま購入。

 この後はホテルまで歩きながら途中にあるライブ会場2カ所を確認。荷物を置いてひと休みし、それからジャンゴ波多野くんのライブへ」

(以上、当日の Facebook から転記・一部修正)




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 日記を読み返すと 8:20 に起きて朝食と書かれている。この朝食で元気が戻った。

 メトロではいつもと同様 10枚綴りのカルネを購入。いや、今はカルネとは呼ばず Ticket++ と名称変更されているらしい。14.10 ユーロ。



(続く)







 
by desertjazz | 2015-04-12 23:01 | 旅 - Abroad

パリ滞在記 2015(1)

〈1日目〉4月11日(土)


■モンマルトルの丘のもとへ


 「デュパン Dupain とクロ・ペルガグ Klo Pelgag のライブを観に来ませんか?」

 甘くて嬉しい誘いに乗せられてパリへ。フランス行きはこれが11回目。パリはずいぶん長いことご無沙汰だなぁ、と思って調べてみたら、わずか2年半振りだった。もっと縁遠くなった印象だったので、これは意外。そして今回の旅行は区切りよい 60回目の海外滞在。

 実は発売即完売になったストロマエ Stromae のオークランド公演(4/10)のチケットを確保してもらっていたので、今年正月に続いてまたサンフランシスコに行くことも考えていた。SFとパリとどちらにするかさんざん迷って、SF - Paris 便も検討(過去3回世界一周旅行をしているので、そういったノウハウは持っている)。しかしそのチケットが高過ぎで、今回はパリ滞在に絞ることにした。



 午前5時半に起床。機内ではしっかり休めないだろうからゆっくり寝ていればいいものの、歳をとったせいか目覚めが早い。今回はインタビュー取材なども入れておらず、滞在先も都市1カ所だけなので、パッキングが楽。土産の品も、ボロくなった下着類も前日までにパッキング済み(穴の空いたTシャツや靴下、裂けかけたパンツなどは、日頃からストックしておいて、滞在日数分持って行って着た順に捨ててくる。これが自分の短期旅行のスタイル。洗濯をしなくて済むし、帰りの荷物も軽くなるので、お薦め!)。読書する時間はあまりないだろうと見越して、持っていく本も最低限に(重い単行本は止めにして文庫4冊)。

 自分が空港に行く日は「特異日」。ほぼ100%の確率で快晴になる。ところが今朝は雨。これは良くないことが起こる予兆なのか?

 10:14 発の成田エキスプレスで渋谷から成田空港へ。NEX 車内は外国人だらけ。スペイン語と英語と中国語が飛び交っていた。車両内にいる日本人は自分だけ? こんなの初めてだ。外国人観光客が増えていることをここでも実感。

 11:24 着。成田第2ターミナル内はガラガラ。これは午後発という中途半端な時刻のフライトだからなのだろうか。チェックインもイミグレも並ばなくていいのは有り難い。しかし、それにしてもフライトまで時間がありすぎる。

 東京ーパリ間のフライトはなるべく JAL のビジネスクラスを利用するようにしている(勿論マイレージ特典の無料航空券でね!)が、今回は空き席なし。かと言ってマイレージでエコノミーに乗る気もしないので、試しにプレミアムエコノミーを初体験してみることにした。

 プレミアムでもサクララウンジが使えるので、ここで時間つぶし。成田のラウンジは久し振りだけれど、こんなにゆったりしていたかな? いや、これもフライト時刻のためだろう。

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 ちっとも幸せな気分にさせてくれない料理を口にいれて、昼食とする。シャンパン好きなので、昼間から飲めるのは嬉しい。生ビールから始めて、ブランデーを飲んでいる頃に搭乗時間に。

 JAL 415 便で一路パリへ。

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 プレミアムエコノミーの食事はエコノミークラスと一緒。最近の JAL のビジネスクラスの食事はかなり満足できるレベルだと思うし(相変らずワインは全然ダメだが)、エコノミーもひと頃に比べるとずいぶん改善されてきた印象だったのだけれど、このフライトの食事は正直美味しくなかった。なので無理に完食はせず。

 機内では映画3本を連続鑑賞。

 (1)『エニグマ』 The Imitation Game
 (2)『バードマン』 Birdman
 (3)『セッション』 Whiplash

 一番楽しめたのは『エニグマ』。理系人間だからだろうか。個々の感想は Twitter などにメモ書きした通り。(『エニグマ』は女優さんも好み! 『バードマン』はワンカメ長回し的に見せようとしたことが敗因と書いたけれど、そこに演劇的に見せる効果があったのかも? 『セッション』は「バカとバカ」の話で残ったのは不快感だけだった。)

 初めて乗ってみたプレミアムエコノミーのシート、想像していたよりもずっと楽チンだった。シートピッチと幅に余裕があるせいなのかな? リクライニングがもう少し傾いて欲しいとは思ったけれど。自分はエコノミーシートでの長時間フライトも全然苦にしないが(それで何度もアフリカに行っている)、このプレミアムも場合によっては使いようがあるかもしれない。

 ただ今回、最後列の席を選んだことは大失敗。ここ最近、飛行機不慣れな人?に後ろから背を蹴られて気分悪くすることが続いたので、一番後の席にした。ところがシートの背後と頭上が物置にされていて、客室乗務員がフライト中ずっとガサゴソを繰り替えす。席を移ろうにも満席。苦情言っても改善しようがないだろうと思って、ぐっと我慢。




「TGV の車窓から山の頂きに白亜の大聖堂が見えてくるとマルセイユに帰って来たなと思うように、PER B ラインの窓からモンマルトルの丘の上のサクレクール寺院が見えてくるとパリに帰ってきたことを感じる。

 ということでパリに無事に到着しました。実に久し振りだなぁと思って確認するとパリ滞在は2年半振りでした。何だかもっと久しく来ていないような印象だったのだけれど。

 22時にようやくホテルにチェックイン。今夜は Tony Allen のライブも、Thierry Fanfant のライブもあるので、早いフライトに変更できたらどちらかに行きたいと考えていたのだけれど、それどころではなくなってしまった(今日は他に Yael Naïm も Brad Mehldau Trio も Mayra Andrade もパリでライブ。1日早いパリ入りも考えたのだけれど、そうしたところでどの会場に行くか迷ってしまったことだろう)。

 23時を過ぎたのに晩飯はまだ。ホテル周辺の素敵な店々を横目に取りあえずビールとつまみだけ買ってきた。いろいろな人たちからご連絡いただいていますが、返事はしばしお待ちを。

 気がつけばこれが11回目のパリ。これから1週間滞在する予定です。あれこれ盛り沢山ですでにオーバーフロー気味だというのに、明日の具体的な予定は全て未定。まあ、朝起きた時の気分で動こうかな?」(当日夜の Facebook から引用)


 19:20 にパリ到着。外の気温は13℃。1時間かかって CDG を抜け出し、PER 線で北駅 Gare du Nord へ。ここで地下鉄に乗り換えて(北駅からだと Barbes での乗り換えが面倒なので、La Chapelle まで歩いて乗り換え。PER 線のチケットもそのまま使える)Pigalle まで。そして St. Geroge 駅手前までテクテク歩いて Hotel George Opera にチェックイン。(先に書いてしまうと、初めて宿泊したこのホテル、何から何までが最高だった! 今後はここがパリでの常宿になること間違いなし!)

 25:30 にベッドへ。外は小雨が降り止んできたところだ。


(続く)






by desertjazz | 2015-04-11 23:01 | 旅 - Abroad

Ethiopia 1997

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by desertjazz | 2015-01-30 00:00 | 旅 - Abroad

オーロラを見た!?

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 一生に一度でいいからオーロラを観に行こう!ということになり、今年3月再び北欧へ。あれこれ情報収集してみると、世界最高の晴天率を誇るアビスコ Abisko がベストらしい。

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 デンマークのコペンハーゲンから北上しスウェーデン北部の鉱山町キルナ Kiruna へ。

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 キルナ空港から迎えの車に乗って約1時間。さらに北上してアビスコに到着。

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 投宿したのはオーロラ観察とアウトドアの一大拠点 Abisko Touristation。

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 大人気のこの宿に3泊することに(1泊〜2泊ではオーロラを見られないリスクがあると思って)。ギリギリでロッジ最後の1室を予約できたのはラッキー!

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 ベッドメイキングも掃除も全て自分でするのが北欧スタイル。シーツ、タオル、食材、ワインなどをどっさり持ち込んでの自炊生活がスタート。

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 まずは日本土産に持ってきた八雲もちとお茶で一服。初日の10日は曇り空でオーロラは見られず。




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 3/11 アビスコ2日目。宿の周囲を散策。夏も美しいんだろうなぁ。

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 足下は氷でガッチガチ。

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 ソリをひく犬君たちにも会ってきました。

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 今夜も悪天。山頂 Aurora Station 行きのリフトを予約していたのだけれど、風が強くて運行休止とのこと。頑張って深夜に寒空を見つめ続けたものの、舞い降りる雪が顔に下りてくるだけだった。




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 3/12 アビスコ3日目。この日もまれにしか日が射さず。日中は雪道をトレッキング。白銀の景色はひたすら美しい。だけれど、極寒かと思いきや気温0度とは。来る直前からアビスコらしくない気象になっている。

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 今夜もダメかと思っていたら、リフトは運行するという。がっちり着込んリフト駅へ。

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 びっくりするくらい肉厚の防寒着のレンタル料もリフト代に含まれている(2人で100ユーロ弱だったかな? 後で確認します。)

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 ブーツも。自分は極寒地仕様のブーツを履いて行ったので不要だった。

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 暗闇の中をガタゴト揺られながら1000m?ほど登る。客を乗せる度に止まるものだから時間がかかる。確かにこれじゃ肉団子になるまで着込まなきゃ凍え死んでしまうよ。

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 40分ほどで山頂に到着。雲は厚いままなので、オーロラは早々に諦めた。でも、よく見ると空がうっすらと赤く色づいている。もしやオーロラかと思ったが、街の灯りが雲に反射しているだけだった。

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 肉眼ではこれよりも暗い。

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 それでも、折角なので写真も撮ろうと思って持ってきた撮影機材をセットアップ。自分には高級過ぎる三脚も新調したし、寒冷地だと思ってバッテリーも潤沢に持ってきた。真っ暗闇の中、凍える手でピント合わせに苦労して撮影すると、そこには幻想的な絶景が写っていた。

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 右上に明るく輝いているのは太陽ではなくて月。

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 いくら待っても雲は厚くなるばかり。諦めて下山することにした。

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 目的は果たせなかったけれど、何だか楽しく感動的なひとときだったな。良い思い出になりそう。

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 そんなことを語り合いつつリフトで下りて行ったら、何となく地平線の辺りでうっすらと赤い光が揺らめいて見えるような気がする。慌ててコンパクトカメラで撮影。

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 翌日 Abisko Touristation のスタッフに写真を見てもらって確認すると「これはオーロラですよ」とのこと。

 北欧までやってきて一応オーロラは見た。でも、これって見たうちに入るのだろうか?

 いや、数々の絶景を眺められたし、楽しい数日間を過ごせたのだから、日本からはるばるやってきた価値はあったのだろう。

 これが今年一番の思い出であることだけは間違いない。




 このところ毎度、旅で天気にはツキがない。日光は4日とも雨。石垣は台風。今年も屋久島では出発予定日の10/12にスーパー台風直撃。でも、一昨年にベニスを訪れたのは水没1週間前だったし、モロッコの水害もギリギリ回避し、サハラ砂漠に泊まった夜はこれ以上ないという快晴。屋久島行きも日程を2日ずらせたので、ツーリストが少ない中でトレッキングできたのだった。

 今年3月のアビスコは、ここには珍しいほどに2週間くらい悪天が続いたようで、今回のことは諦めるしかないな。アビスコを離れた10/13の夜には今年最大級のオーロラが出現して世界的なニュースになった。カナダで撮影された写真を見たのだけれど、もう息が止まりそうほどの美しさ。北欧ではなくカナダに行っていたら、とも考えてしまうのだけれど、それは結果論でしかない。

 まあ、リベンジのチャンスを待つことにしよう。

 上手くいかないこともつきものだけれど、やっぱり旅は楽しい。生きている間は旅をとことん楽しむことにしよう!




by desertjazz | 2014-12-27 01:00 | 旅 - Abroad

Traveling Tools (2)

 遂に完成!(ここの続き)

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by desertjazz | 2014-11-03 12:00 | 旅 - Abroad

Michelin - Maps of Africa

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 私がミシュランと聞いて連想するのは、その中心商品であるタイヤでもなく、世界のレストランの格付け本でもない。

 私にとってのミシュランは、断然、地図! アフリカにはだいたい1年おきに出かけて行ったが、その都度一番重要な旅のツールとなったのが、ミシュランのアフリカ地図だった。別にこれほど詳細な地図など必要なかったのかも知れないが、今自分がいる位置と周辺環境を正確に知ることができ、そしてこの地図を眺めていると今旅しているのだという気分も自然と高まる。

 旅に出かけられず日本に長く留まっているときにも、この地図を取り出して拡げることがしばしば。大判の地図一杯を埋め尽くす町の名前や川を見つめていると、いつかそれらをひとつひとつ訪れてみたいという感情がふつふつと湧いてくる。ホント、ミシュランの地図を眺めているだけで楽しくてしかたない。

 ここ数日も、#955 の中のコンゴを見てはジュピテルが暮らすキンシャサのことを思い出したり、#954 のエチオピアでミシェル・レリスの旅を辿りながら、自分が歩いたルートと重ね合わせたりしたり。これまでに体験した旅行ルートをミシュランの地図で再確認すると、案外思い違いしていた部分があることに気がついたりもする。そして、次はどこに行こうかと、想像力が逞しくなっていく。

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 ところで、ミシェル・ウェルベックの新作『地図と領土』は、主人公がミシュランの地図にある処理・加工を施したアート作品によって現代美術の大家となることから話が展開していく。確かにミシュランの地図は芸術作品並みに美しい。そして手にした者に想像力を喚起する。『地図と領土』は現時点で今年読んだ中で最も面白かった小説だったと思っている。それには、自分のミシュランに対するそんな心理も働いているのだろうか。




 余談

 拙フェイスブック(とブログ)には時おりミシュランで星付けされた店が登場するが、これはたまたま。たいていの店は、味や雰囲気が気に入って通っていただけのこと。近所にあって値段も手頃なので(一般的な居酒屋で飲むのと大差ない)、晩飯作るのが億劫なときには、サンダルひっかけて出かけたような店が多かった。例外は大阪の実験的3星 Fuuiya 1935 くらいかな。それがいつの間にかミシュランの赤本に掲載されて、おかげで予約を取りにくくなった店もあるくらい。正直迷惑な話だ。海外でごちそうに与ったレストランも、後でネット検索してミシュランで星付きであることを知った店ばかり。もちろんミシュランの本は持っていないし、参考にしたこともない。







by desertjazz | 2014-08-17 00:00 | 旅 - Abroad

CONGO 1996 (Part 3)

 1996年4月14日、午前8時30分、キンシャサの Inter-Continental Hotel にチェックイン。旅行記には「UA か SQ の FFP カードがあれば宿泊料が25ドル、ディスカウントされる」と書かれている。今では全く役に立たない情報。

 当時のインターコンチは西武傘下で、宿泊するとセゾン・ポイントを500ポイント得られた。日本がまだイケイケだった時代の話(遠い過去)。
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 以下、旅行記から。

「空港から街中までは 25km。まさかと思うほどの田舎だ。アビジャンやナイロビのようなビルが林立する首都ではなかろうと思ったが、ここまで整備のされていない都市とは…。450万どころか数万人規模の印象だ。空港の人々も、他の国にくらべれば、皆ひかえめであった。」(日記そのままの引用なので文章が拙い。以下、同じ。)

 例えば南アフリカ共和国のジョハネスバーグやウガンダのカンパラが欧州と変わらない現代的高層ビルの集まりだったのに対して、バマコやキンシャサは正に「巨大な田舎」といった印象だった。今でも思い出すのは、土ぼこりにまみれたどぶ川の姿だ。



 昼食後にまた一眠り。これで少しフライト疲れが落ちただろうか。

 初めて訪れた土地ではいつも、まず周辺を散歩して、空気感を掴み、土地の感覚に合わせるようにしている。しかし、ここはザイール。ホテルの周辺は危ないので、一人歩きはするなとも言われていた。それでも、ホテルのすぐ裏をザイール河が流れているのに気がついた途端、やっぱり我慢ができなくなった。誘惑には勝てず、短パン、Tシャツ、サンダルに着替え、パスポートと現金は部屋の中の分からない場所に隠し、ポケットにコンパクトカメラとわずかな現金だけを入れて外に出た。

「数100m先のザイール川に。ついに、この目で大河ザイール川を目に。川のほとりでしっかり見ることができるとは。夢がかなった思いで、太陽が沈んでいく様子をながめ続ける。すぐ足下では、丸木舟をこぐ男、漁網をたぐる男、唄をくちずさむ男。CONGO側の対岸からは、SOUKOUS が切れ目なく流れてくる。」

 ここはキンシャサの中心部からは離れていたようで、本当に静かだった。対岸ブラザビルから流れて来る音楽が聴こえたくらいなのだから。

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 本当に美しい光景だ。川は軍事施設なので写真撮影は禁止なのを知りつつ、周囲を十分に確認した上でポケットからカメラを取り出した。するとどこに潜んでいたのか、銃を肩にかけた軍人が現れて「スパイか」と尋問が始まる。フランス語も英語もまったく分からない素振りで押し通していると、仲間も駆け寄って軍人が3人に。「連行する」と言われたときには、これはまずいことになったと焦る。(しかし日記には「やばいと思い始めるが、平常心。何とかなりそうという気が強くするからだ。」とある。この自信はどこから来たのだろう?)

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 押し問答をしていると、ひとりが突然「シガレット」と口にした。あー、やっぱりそうか。ただの脅しだ。タバコは持っていないことを示す。すると今度は「ビール」と来た。強請られて金を取られるのには納得行かないが、面倒だし、本当に連行されることになっても困る。ザイール初日、ここは妥協、観念してポケットから20ドル札を差し出す。

 ところが、何故か受け取ろうとしない。そこでピン!と来た。

 もう一度、旅日記から引用。
 
「20ドル札の代わりに1ドル札を3枚差し出すと、笑みを浮かべて受け取る。そして、握手までして別れることになった。その別れ際「ミリタリーに金を渡したなどと、絶対に口外するなよ」と、優しい口調の英語で釘を刺された。」

 推測できる可能性は次の3つ。

 ・20ドル札だと3人で分けられない。
 ・20ドル札なんて見たことがなかったので、ビビってしまった。
 ・20ドルも強請り取ったと知られたら、後で受ける処分が怖い。

 当時、軍人や公務員の月給は5ドルほどで、それも滞りがちだと聞いた。軍人3人にとっては20ドルなどという金は夢のような大金で、せいぜい1ドルもらってビールを飲むことくらいしか想像が及ばなかったのだろう。一般人や下級軍人の経済状態は、恐らく今でもそう変わっていないのではないだろうか。

 ザイール滞在の初日からタフな現実に直面。それでも、コンゴ河の夕暮れは美しかった。

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by desertjazz | 2014-08-05 00:00 | 旅 - Abroad

CONGO 1996 (Part 2)

 1996年3月31日に日本を発ち、アメリカ、スイス、フランス経由でベルギーへ。そして、4月13日の深夜、今はなきサベナ Sabena のフライトでブリュッセルからザイールの首都キンシャサへ。
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 以下、旅日記から。

「4月14日(日) Kinshasa 1日目 曇→晴れ

免税品の酒を5本買った後、1時30分過ぎに就寝。4時間ほどでスチュワーデスに起こされる。ベルギー時刻だと6時だが、ザイールだと5時である。朝食。外はまだ暗い。
5時40分頃から朝の光が見え出す。写真を数カット。」

 昔は旅日記を詳細に綴っていた。どうでもいいことから、詩的なことまで。数年振りにページを捲ると、ついつい読みふけってしまう。(それにしても、どうして酒を5本も買ったんだ? 全く記憶がない。)

 サベナの機中で覚えていることは、窓側の席から着陸まで東方向を眺めていたことだけだ。

 機体が高度を下げる中、突然視界に大きな水溜まりが飛び込んできた。コンゴ河(ザイール河)だろうか? それともコンゴ河の支流だろうか?

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 コンゴ河はその下流部、大西洋に向かって流れが急激に速まる少し手前で、大蛇が獲物を呑み込んだ時のように大きく膨らんでいる。ここがマレボ湖(スタンリープール)と呼ばれるポイントで、そこを挟んで、南のキンシャサ(コンゴ民主共和国)と北のブラザヴィル(コンゴ共和国)とが向かい合っている。

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 私が眼下に捉えたのはコンゴ河のマレポプールだったのだろうか? それとも別の川だったのだろうか? 未だに答えを得られないでいる。

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 6時10分、キンシャサ空港に到着。とうとうザイールまで来てしまった!





by desertjazz | 2014-08-04 00:00 | 旅 - Abroad

CONGO 1996 (Part 1)

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 アフリカを愛する人々、とりわけアフリカへの旅に思いを巡らす者にとって、ナイル川、ニジェール川、コンゴ河、ザンベジ川という、大陸の4大河は特別な存在であり、憧れの対象であるに違いない。

 私について振り返ってみると、ナイルはいまだに我が目で見たことはない(ウガンダに発する白ナイルの源の近くまでは行った。ビクトリア湖の勇姿は目に焼き付けて来たが、この巨大な湖はナイルと繋がっていたのだったろうか?)。いつかエジプトかスーダンでナイルの流れを眺めてみたいものだ。

 ニジェール川はロビ・トラオレのライブを聴きたくて、そして古いレコード盤を探しに行ったマリのバマコで、その上流を見た。しかし幅も狭いただの川。とても大河と呼べるものではなかった。それに対して、ナイジェリアのポートハーコート周辺でどこまでも扇状に広がってゆく河口の印象は強烈だった。マングローブが夥しく生い茂るニジェール・デルタをボートで巡ったのは最高の体験だった。

 ザンベジはジンバブウェとザンビアの国境に位置するヴィクトリア・フォールズで、その瀑水と轟音を実体験した。100mを超える落差、圧倒的水量。その勇姿が余りに素晴らしくて、周辺のチョベ国立公園(ボツワナ)とワンゲ国立公園も含めて、1週間キャンプ/ロッジ生活をした。

 残るはコンゴ河。この大河も1996年に訪れたコンゴ(当時の国名はザイール)で、いくつかの支流と合わせて目にしている。いや、目にしたと言うより、川岸に立って感動に浸り食い入るように見つめていたのだった。



 私がアフリカに初めて行ったのは1993年。その年の秋、マーク&ディーリア・オーエンズの『カラハリ アフリカ最後の野生に暮らす』(早川書房)を読んでいたときのこと。この本の舞台となっているボツワナ共和国の中央に広がる Central Karahari Game Reserve の西北部、ディセプション・ヴァレー Deception Valley という平原の描写に魅入られた。ここは現実離れした地球の果ての果てという印象が強く、「たとえ月や火星に行くことはあっても、ディセプション・ヴァレーに行くことは絶対ないだろう」と思ったほどだった。ところが、正に読んでいる最中に「ボツワナ出張」を命じられ、1ヶ月後にはディセプション・ヴァレーでテント生活をしていた。これほどの偶然が起こりうるものだろうか。

 不思議な偶然は繰り返す。1995年6月、今度はピーター・フォーバスの『コンゴ河 その発見、探検、開発の物語』(草思社)を読み終えて、コンゴへの憧れが一気に膨らんだ。いつかコンゴ河を訪ねてみたい、そう強く思った。そして再びまさかの展開。翌年の春、気がつけば毎日コンゴ河を見つめて過ごしていたのだった。

 人間、思えば叶うのだろうか。それとも、日々「知識の抽き出し」を増やして準備をしていたからこそ、偶然とも言えるような巡り会いが起こるのだろうか。



 1996年にコンゴ(ザイール)に行けたのは、その前年にエボラ出血熱が発生したから。コンゴ訪問の目的はその取材だった。今そのエボラが今度は西アフリカで初めて発症し、過去最高レベルで猛威を奮っている。熱帯病には昔から強い興味を持っているので、当時集めた文献などを取り出して読んだりもしているところだ。

 最近は Los Barbados の店主、ダイスケさんの選曲からも刺激を受けて、フランコ Franco やヴェルキス Verckys などコンゴの古いレコードを聴くことが多くなっている。そのコンゴからはジュピテル Jupiter & Okwess International 御一行がまのなく来日して富山と東京でコンサートを行う予定だ。

 2週間ほど前には、旅行家/作家の田中真知さんとお会いした。真知さんは、最近2度目のコンゴ河下りを実現され、その顛末に関する本を間もなく出版される予定だと言う。軽く酒を飲みながら、そのお話を伺ったり、コンゴに関する貴重な本を見せていただいたりしたばかりだった。

 そのようなことが重なって、最近はすっかりコンゴのことに心が奪われている。96年に一緒にアフリカに行った仲間たちからも最近連絡があって、その当時の資料を見始めると、懐かしい思い出が次々と蘇り、書きたいことがどんどん浮かんでくる。

 コンゴに関する話、しばらく続けるかも知れない。






by desertjazz | 2014-08-03 10:00 | 旅 - Abroad