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"Little One" - 1 to 10000

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 先日、入手アルバムの総数が10000に達した。長年音楽を聴いている割には少ない? 本もたくさん読みたいし、美味しい酒も飲みたいし、1年に数回は旅行にも行きたい。なので、レコード買うのも音楽を聴くのもほどほどに抑えている。

 買ったりもらったりしたアルバム(レコード、CD、カセット)は1枚目から、入手日、価格、購入店を記録し続けている。さほど買わないだろうと見越して、10インチ、7インチ、映像作品(ビデオ、LD、DVD、BL、など)については記録していない(が、これらも大量に所有することになるとは!?)。基本的に入手盤は売ったり処分したりせず、2枚組以上やボックスも相当数あるので、LPとCDだけでも1万数千枚手元にある計算だ。

 記念すべき10000点目はシカゴの最新作、ライブ5枚組 "Chicago Live : VI Decades Live - This Is What We Do -"。これを10000点目にしたのには、最初の1枚目がシカゴだったこともある。高校生の時に友人がプレゼントしてくれた "Chicago XI" が自分にとっての1枚目(ハジレコ)。

 さて "VI Decades Live"。さほど期待せずに聴いてみてビックリ! 録音は King Crimson の "Earthbound" 並?に悪いのだが、1978年に事故死したギタリスト、テリー・キャス Terry Kath 在籍時のライブの素晴らしいこと。初期のシカゴはテリーを中心とするインプロビゼーション集団だったのだということを改めて確認した。選ばれた音源はヒット曲を並べるのではなく("Hard To Say I'm Sorry" ですら収録されていない)、彼らのインプロビゼーションにフォーカスすることを狙って制作されたアルバムだと感じた。(組曲も含めると)16分を超えるトラックが4つもあるほど。あるいは初期の代表曲やヒット曲を並べると自然とこうした流れになるという見方もできるかもしれないが。

 ところでハジレコ "Chicago XI" は今でもよく聴く大愛聴盤。テリーが書いた "Mississippi Delta City Blues" や、珍しくトランペッターのリー Lee Loughnane が書いた "This Time"、ゲストの Chaka Khan が強烈なヴォーカルを披露する "Take Me Back To Chicago" もいいが、何と言っても "Little One" の素晴らしさがアルバム最大の聴きどころ。シカゴの長い歴史の中でも恐らく最も美しい曲だろう。

 面白いのは "Little One" の作者がドラム奏者のダニー Danny Seraphine だということ(Rufus の David "Hawk" Wolinski との共作)。シカゴといえば、まずはテリー中心のバンドと見なされ、超名曲を一番書いているのはボビー Robert Lamm であり、初期のヒット曲を数多く書き、ステージの盛り上げ役でもあるトロンボーン担当のジェームス James Pankow が目立っていた。なので地味な印象だったダニーがこんな素敵な曲を書いたのは意外だった。結束力の強さで知られるシカゴというバンドを彼が突然馘になった理由と合わせて、"Little One" が書かれた経緯について知りたいと思い、彼の自伝 "Street Player" (2011) を買ってみた。まだ一部しか読んでいないのだが、"Little One" のこともしっかり書かれているようなので楽しみ。

"Little One" を歌っているのはテリーで、生まれたばかりの彼の娘への呼びかけとなっている。'Ooh my little one, I am sorry for the pain you've felt' なんて歌詞もあるのだけれど、、、まさかそれが現実になるとは。1978年1月、娘が2歳になる前に「拳銃の暴発事故」でテリーは突然亡くなる。

 その娘 Michelle Kath Sinclair は当然父の記憶を持たない。そんな彼女は父の実像に迫ろうとテリーのドキュメンタリー映画の制作を決意し、数年前にクラウドファウンディングで資金を募っていた。そのことをすっかり忘れていたのだが、いつの間にか映画 "The Terry Kath Experience" は完成し、最近 Blu-ray も市販された。


 この映画、テリーの未亡人がプライベート・ムービーをかなり保存していて、ファンにとっては見応えある作品になっている。特にカリブーランチの様子や、最後にギター(テリーの代名詞的存在だったあのギター)を「発見」するシーンはいいな。事故死した経緯についても当然詳しく語られる。興味深かったのは、ジミ・ヘンドリックスとテリー・キャスが一緒にアルバムを制作するアイディアがあったこと、そして死の直前から彼のソロ・アルバムをシカゴの象徴でもあるホーンズ抜きで制作することが具体化していたこと。どちらも聴いてみたかった。

 この映画を通じて感じたのは、やはりシカゴはテリー・キャス中心のバンドだったということ。私の音楽人生最大のアイドルはボビー・ラム(ロバート・ラム)であり、シカゴも彼を中心に聴きがちだが、それとは別に、彼らのサウンドの核はテリーのギターと声だったことは認める。

(1984年にシカゴが来日した際、ボビーに会ってサインもいただけた。それはユッスー・ンドゥールに会った時よりも嬉しかった。私にとっての最大のアイドルは、ユッスーでもなく、スプリングティーンでもなくて、やっぱりボビーなんだと思う。)

 ダニーの自伝 "Street Player" がテリーの事故死の話から始まることからも、シカゴの中心はまずはテリーだったことが窺われるし、"VI Decades Live" を聴いてもテリーのアグレッシブでソウルフルなプレイが強烈で、同じ印象を受ける。Disc 5 はドイツでのライブのDVDなのだが、これを観ても、テリーとダニーを繋ぐラインがライブサウンドの中心であることが伝わってくるなぁ。


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(ライブ盤の写真もテリーがメイン。)


 シカゴは結成50年を超え、来年はレコード・デビュー50周年になる。今でも多くのファンに愛され、コンサートの度に大勢の観客を集めることは良いことだ。けれども、未だにテリーの残した音楽を聴き続けている人間なので、今のシカゴには興味が湧かない。でもデビュー50年を機にもう一度くらいライブを観ておこうかな?




 Quadrophonic Mix (4ch Mix) Box も高いが買って持っている。だけど、どのようなサラウンド・システムを組むか迷い続けており、まだ聴けていない。

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by desertjazz | 2018-04-30 15:00 | 音 - Music

Springsteen On Broadway - Part 1


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2018年2月

 ニューヨークのブロードウェイでブルース・スプリングスティーンのソロステージ Springsteen On Broadway を観てから2週間が過ぎた。しかし、未だに放心状態が続いている。かつてこれほどの音楽体験はあっただろうか。今、これを超えるライブなど想像もつかない。自分はこれから一体何を聴いて生きて行けばいいのだろう。

 これまで40数年間音楽を聴いてきたが、今後、自分の音楽遍歴は「Broadway前」と「Broadway後」に二分されることだろう。今回ニューヨークで観たブルース・スプリングティーンのパフォーマンスは、想像と期待を遥かに超えるものだった。ステージに登場して「DNA, your natural ability, ... 」と放った第一声 、"Growin' Up" をつまびきながら穏やかに語った姿、"Born in the U.S.A." と "Land of Hope and Dreams" で魅せた壮絶なギタープレイ、暖かい日差しを一緒に浴びている気分になった柔らかな語り、醜い対立を避け絆を深めようというメッセージ、アメリカと自分とあなたのヒストリーを知りたいという言葉とそこに込められた意味、"Born To Run" のラストでギターのボディを叩く光景。それら 2時間15分間の全ての瞬間を、自分は生涯忘れることはないだろう。


2017年9月7日

「あーーーっ !? 届いてる !! 」 夜、自宅で大好物のアイリッシュ・ウイスキーを口に運びほろ酔い気分で寛いでいたところに、パートナーの叫び声が響く。何かと思いきや、、、Springsteen On Broadway のチケットを購入するのに必要なコードがメールで送られて来ているというのだ。

 まさか !?

 Springsteen On Broadway のチケットは、金さえ出せば買えるとか、タイミング良く販売サイトにアクセスすれば手に入れられるとかいうものではないのが厄介だ。スタジアム・ライブの度に数万人を集めるブルース・スプリングスティーンがキャパ939席(929席、960席、975席など、他の数字の記事もあり、正確な座席数は未確認)のステージに立つと言うのだから、そもそもチケットの絶対数が少ない。

 そこで特別なシステムが組まれた。アメリカの Ticketmaster に事前登録し、(1)ブルース・スプリングスティーンのファンであること、(2)転売する可能性がないこと、この二点を認定された少数にだけチケット購入の権利が与えられ、それに必要なコードが携帯メールに送られて来るシステムらしい。なので、熱心な日本のファンの間では「日本人がチケットを買うのはほぼ不可能」と囁かれてさえいる(この記事を書いている時点でも、日本からチケットを買えたのはわずかに数名?)。

 そんなプレミアチケットをスプリングスティーンの特別なファンでもない自分があっさり買えてしまうのか? 今目の前で起こっていることが俄かには信じがたい。

 昨年夏に Springsteen On Broadway が発表になった時点では全くの他人事だった。何より最高で850ドルという価格設定に呆れてしまった。何がワーキングクラス・ヒーローだ。こんな値段じゃ、彼が歌のテーマとする本当の労働者階級は簡単には買えっこないだろう。

 それでも興味本位で Ticketmaster に登録だけしてみた。昔からクジ運が酷く悪いので、全く期待せずに。しかも、「当選」しても、コードは携帯電話に送られて来るとのこと。自分はケータイを持っていないので、パートナーの番号を借りて登録。

 当初は11月まで39日間組まれていた Springsteen On Broadway。計算するとチケットはトータルでも36000枚程度。待ちかねた結果は見事に空振り。当然だ。ところが会期が翌年2月まで延長され、その分の発表が今日だった。そんなこともすっかり忘れていた。

 パートナーがメールに気がついたのは何と販売開始の1時間半前。突然のことで、さてどうする? ところが酒が進んでいて、とてもじゃないがまともな判断がつかない。だけど、日本人が買えたという話はこれまで一切聞かない。これは宝くじに当選したようなもの(過去 Ticketmaster を利用したのは、2000年のユッスー・ンドゥール、2007年と2016年のスプリングスティーンの3度だけなので、自分が選定されたことが不思議だ)。折角当たったのなら、万難を排してニューヨークにいく行くしかない。そう決意した。

 酒のために冴えない頭で迷ったのは、どの日を選ぶかということ。年末年始は仕事が入って身動きできない可能性が大。そこで、ステージングが固まっているだろうと推測して、最終週にした。恐らく良い席は取れないだろうと思い、さすがに最終日はパスしたが。

 日本時間の22時ジャストに販売開始。早速 1/30 のシートにトライ。即完売かもと恐れていたが、「チケットなし」の表示にはならない。もしかしてチケットが取れた ?? ここで一安心してしまい、数秒遅れたのが命取りになりかけた。先に進まなければ意味がない。BEST AVAILABLE の表示をクリック。よし、あっさりシートを確保できたぞ。買う席を選んで迷っているうちに良い席がどんどんなくなっていくことを恐れて、示された席をそのまま選ぶ。まあ4列目なら大満足じゃないか(なぜか1〜3列目は数席を除いて表示もされない、なので実質最前列だ)。スプリングスティーンを間近で座って聴けることなんてこれが最初で最後だろうと思い、一番高いチケットを買うべく腹をくくる。

 ところが、さて決済しようとすると、、、、、買えない。あれこれ試みるが先に進まない。何をやっても全くダメ。ひたすら焦る。シートはキープできているのにー!

 ここで、2年前サンフランシスコ滞在中にオークランド公演のチケットを決済しようとした時にも、同様なことがあったのを思い出した。その時はクレジットカードを別のに替えて決済できたのだった。そこで今回も同じ手段を試みると、問題解決! カウントダウン・タイマーを見ると、Time Out まで残り2分。どっと冷や汗をかいた。

 Springsteen On Broadway のチケット、一人が買えるのは2枚まで。パートナーに一緒に行かないかと尋ねると「行かない」という。2枚買っても譲る相手はいないから、1枚のみにした。念のためにチケットを PDF 化までできたところで一安心し、また飲み直す。しばらくしてから、ふと思った。待てよ? 一人2枚までと言うことは、もう1枚別の日も買えるのかも? 試してみたら翌日 1/31も6列目の良い席が残っていた。自分は英語が苦手なので、一度観ただけでは聞き取れないだろうと理由を作って、もう1枚買ってしまった。11月からは2週間フランスに音楽取材に行くので、これから半年は節制生活だ。

 Springsteen On Broadway は自伝 "Born To Run" の内容に沿った構成になると噂されていた。そこで、ニューヨークに飛ぶまでの4ヶ月間は、"Born To Run" の日本語版を繰り返し読み、英語版でも読み直し、さらにはスプリングスティーン本人が朗読した Audio Book を聴いて耳慣らしする日々が続いたのだった。


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2018年1月27日

 2000年の秋以来、18年振りのニューヨーク(一昨年2016年にブラジル往復した際、JFKトランジットだったので、久しぶりという感覚はない)。12時にブロードウェイにある Pearl Hotel にチェックイン。まずは公演会場の Walter Kerr Theatre の場所をチェック。会場周辺のホテルの中で、価格がリーズナブルで評判の良いところを適当に選んだだけなのに、そのシアターは通りを挟んだほぼ真向かいだった。これは幸先が良い。入口周辺には年配の男女10人ほどが集まり語らっている。こんな早くからブルースがやって来るのを待っているのだろうか? まさか?(そのまさかだったことを後で知る。)

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 18時過ぎに再び様子を見に行く。なにせホテルから歩いて1分なので。日本語を話すガードマンの Freddy さんちょっと立ち話をすると、「もうすぐ来るよ。見てったら?」と言う。待つこと10分、18時40分にブルースを乗せた車が到着。ファンからのサインの求めに応じたり(Springsteen On Broarway のポスターにもらっている人も数名)、ご婦人たちにキスしたり。記念にその様子をビデオに撮る。


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 思い返すと、今日ここに来るまでの4ヶ月が本当に長かった。9月にチケットを買って以降、心配の尽きることがなかった。何かの理由で公演が中止や延期にはならないだろうか? 実際過去に「前科」が何度もある。2003年にフランスのアングレームで開催されるフェスまでオーケストラ・バオバブを観に行った時には、ステージに組まれた照明のフレームが崩れてコンサートは中止に。2006年に訪れたマルセイユのフェスでは、バックステージでシェブ・マミを待っていたら、何と!彼が逮捕されたと連絡が来た。(彼はそれ以来フランスの地を踏んでいない。)ブルースが病気をしないだろうか(少し前には奥さんのパティがインフルエンザに罹ったばかり)、大きな怪我をしないだろうか、彼の身内に不幸が起こらないだろうか。何より一番の心配は自分が病気をすることだった。周辺ではインフルエンザが流行っていたので、感染しないことに気を配る毎日。とにかく如何なるトラブルも避けることに神経を消耗した。

 長いと感じたもうひとつの理由は、Springsteen On Broadway に関する情報を一切シャットアウトしようとしたから。スプリングスティーン側が情報の漏洩を避けているのだから、自分としても予備知識なしで公演を迎えたい。そこで関連情報は一切見ないと決めた。記事は読まない。写真も見ない。それでも完全に遮断することはさすがに無理だった。セットリストにすら目を閉ざしていたのだが、瞬間一部が目に入ってしまった。クソ、何てこった!

 とにかく不安だったので、ニューヨークに用事ができてどうしても行かなくてはならなくなったとだけ伝えて、休みを取った。そして、周囲の誰にも理由を隠し続けてアメリカに飛んで来たのだった。

 それにしても、どうして最終週を選んだのだろう。自分を呪いたくなったほどだ。


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2018年1月29日

 公演を明日に控えた日、ワールド・トレード・センター WTC 跡地へ。長年の課題であり、今回の旅の目的の一つでもあることを、今日ようやく果たせた。

 もう何度も語っていて、しつこいのは分かっているが、もう一度。

 前回ニューヨークに来たのは2000年。6月に音楽ドキュメンタリーの制作のために滞在、11月にはユッスー・ンドゥールのライブ The Great African Ball を観るためにもう一度来ている。翌年2001年には別の音楽ドキュメンタリーの取材で、インドネシアのスラバヤ→ジャカルタ→成田→ニューヨーク→ブラジルのサンパウロ→サルバドール(バイーア)という大移動を予定していた。その NYC/JFK トランジットは当初 9月11日の予定だった。

 実際は4日ほど撮影に遅れが生じて、その日はまだスラバヤにいた。夜、撮影中に、ブラジルのコーディネーターから電話。「大変ですよ! ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んで、ビル11本が崩れました。ニューヨークの空港が閉鎖されたので、ブラジルには来られないですよ」(ビル11本と伝えてくるあたり、テロ直後でまだ情報が錯綜していた)。

 その時はスラバヤにいた全員「なに言ってんだ?」と半ば呆れていたのだが、ホテルに戻ってテレビをつけた途端、凍りついた。WTC の2本のビルが崩落する映像が繰り返し放映されている。本当だったのか。いや、世間から遅れて実際に目にした映像が想像を超えていた。

 その映像を観て思ったのは、自分にも事件に遭遇する「可能性」が微かにあった、ということだった。2000年にニューヨークに滞在中、WTC の最上に登り、500m下を見下ろして鳥になったような気分が今でもありありと蘇る。自分が WTC にいた瞬間に飛行機が突っ込んで来た「可能性」はゼロではなかっただろう。テロは人ごとではないという恐怖が湧いて来たのだった。

(2001.9.11 の際には、JFK は閉鎖されたので、チケットをジャカルタ→アムステルダム→サンパウロに変更して、ブラジルに飛んだ。)

 WTC のほぼ直下にはアフリカ音楽のレーベル/レコード店として知られる Sterns の NY店があった。この店にはとてもお世話になった。なので後で連絡すると、店は被害を被ったものの、気の良いセネガル人の店員は無事だと確認が取れて安堵。しかし 9.11 を境に店が再び開くことはなかった(と記憶している)。

 WTC とはそんな奇縁があり、いつかまた訪れようと決め、ずっとその機会を待っていた。実際 WTC の跡地にやって来ても、何か発見がある、あるいは新たな考えがすぐに得られる、などとは全く思っていない。それでも現場の跡を見ておきたかった。WTC にもう一度来ない限り、自分の中で何らかの区切り(決着?)がつかないと感じていたのだ。

 曇天でとても冷え込んだ今日、North Pool と South Pool という WTC 跡に穿かれた2つの巨大な空洞と、そこに流れ落ちる水を見つめ、周囲に刻まれた犠牲者たちの名前をひとつひとつ読んでいく。象徴的なデザインだと思いながらも、特別な感情は湧いて来ない。

 Pool と Pool の間には Museum が建てられ、土産物屋も出ている。涙するご婦人をひとりだけ見かけたが、Pool を背景に笑顔で記念写真に収まる人が多い。どうしてそんな気持ちになれるのか自分は理解できないのだが、まあそんなものなのかも知れない。「観光化」が進んでいるというのは聞いていた通りだった。自分の中でも「風化」が進んでいるのかもしれない。

 17年かかったけれど、とにかく来られて良かった。今日のところはそれだけ。何かが心に浮かんでくるのはこれからなのだろう。

 ワシントンでもオークランドでもシドニーでも聴いた "Rising"。ブルースは明日もきっと歌うだろう。ニューヨークでブルースを聴く前に、どうしても WTC を訪れておきたかった。


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2018年1月30日

 夕方 Walter Kerr Theatre 前の様子を見に行く。今日も冷えて、今夜の気温は氷点下8度の予想。それでも、入出口付近には熱心なファンが集まっている。寒空の下、ブルースと言葉を交わしたりサインをもらったりするために待つまでの元気もないので、一旦ホテルに戻る。

 19時10分、まだ早いと思いながらも落ち着かなくて、会場の雰囲気をゆったり味わいたいし、物販も見ておこうと思って、開演50分前に会場へ。セキュリティーゲートがかなり厳重。カメラや録音機、飲料のチェックというより、銃器類の持ち込みを防止するのが目的らしい(それにしても、28日に観たミュージカル『ハミルトン』ではボディチェックすらなかったのとは大違いだ)。ガードや劇場スタッフたちからかけられる "Please enjoy the show" という言葉が嬉しい。

 シアターの中に入り、まずはステージを見に行く。真っ黒で、何らセットも飾るものもない。左右の隅に機材トランクが数個ずつ積まれているのみ。中央には1本のマイクスタンド。上手には YAMAHA のピアノ。Steinway & Sons でもないし、グランドピアノでもない。そしてセンターと上手それぞれの脇に水の入ったグラスが置かれている。たったそれだけ。チケット代 850ドルにしては何ともそっけない。

 案内の女性に促されて自分の席を確認。そして、、、心臓が止まりそうになった。何だよ、この席は! まっすぐ視線の先にピアノ椅子が垂直の位置に置かれている。その間に遮るものは何もない。まるで手の届きそうな距離だ。BEST AVAILABLE は本当だった。

 その後は物販をチェックし(40ドルするポスターやTシャツが飛ぶように売れて行く)、2階席と3階席からの眺めがどんな様子かも確認。狭い場内で空きスペースを見つけてしばらくまったりした後、開演10分前に席につく。

 さあ、いよいよ待ちに待った瞬間だ!



(続く)







by desertjazz | 2018-02-25 23:01 | 音 - Music

France 2017 - Live Reports

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 今年11月にフランスで観たライブのリポート5本。

   【 Live Report : Youssou N'Dour et Le Super Etoile de Dakar 】


 年内にどうにか間に合った(他に Mark Guiliana Jazz Quartet、Van Morrison、Trombone Shorty も観たけれど、詳しいことは省略)。






by desertjazz | 2017-12-31 14:00 | 音 - Music

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□ 8月30日(水)Sukiyaki Tokyo 2日目(東京・渋谷 WWW X)

 27日(日)ヘリオス(富山県南砺市福野)での演奏時間が80分予定だったのに対して、今夜は65分のセットとやや短め。しかし、本編でカットされたのは "Au Bonheur d'Edelweiss" くらいで、曲順含めて大きな違いはなかった。それより会場の環境や状態から判断したと思われる微調整に気づかされることに。

 彼らの音の秘密を探りたいという考えもあって、この日はサウンドチェック&リハーサルから見せていただいた。14時半から始められたサウンドチェック、驚いたのはモニターバランスの細かな調整まで含めてたっぷり1時間以上かけて丁寧に行われたことだった。反対にリハーサルは軽く数曲やったのみ。個人的には客入れする前の残響長い乾いた音が好きで、時々サウンドチェックを聴きに行くのだけれど、今回はそんな楽しみも短め。意外と多かった彼らの持ち込み機材を見て行くうち、きっかけ音のいくつかはマーク=アンドレが PAD を叩いて出していることにも気がついた。彼のパーカションは手作り感たっぷり(写真は撮り忘れた)。

 さて本番。前半はアンドレ・メマーリ&フアン・キンテーロ Andre Mehmari & Juan Quintero のデュオ(ピアノもギターもいいのだけれど、どうしても歌の伴奏という印象が強くなってしまって、インストのみの演奏をもっと聴きたくなった。アンコールで再び『ふるさと』を挟んだ Milton Nascimento の "Ponta de Areia" を聴けたのは嬉しかったなぁ)。

 続いて、クロ・ペルガグたちが今年のスキヤキの大トリとして登場。個人的関心のひとつは赤鬼のお面を再び被るどうか。ヘリオスでのオープニングではクロ・ペルガグはある演出を用意してきたのだが、正直さほど面白くはなかった。どうせ鬼の面を使うのなら冒頭からの方がいい。

 そう思いながらオープニング "Insomnie" のイントロを浴びていると、弦楽器やシンセ、ドラムの音が次第に盛り上がる中、クロが身を低くしてステージ中央に忍び寄ってきた(場内スタンディングなので、最前方でないと彼女の姿は見えない)。そのクロの顔には鬼の面が。「やっぱりな」と心の中で呟く。そしてクロが立ち上がった瞬間、大歓声!


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 クロはとにかく寝っ転がる。そのことに何か意味があるのかどうか、未だに理解が及ばないのだが。フランスで二度観たライブ会場はどちらも全席椅子席だったで( Paris 2015 / Nantes 2016 )、ステージ上でのたうち回る姿はどこからでも見ることができた。そのことは福野ヘリオスでも同様で、モニターの背後から鬼の面を見せるというような工夫もあった。しかし渋谷ではそうしたパフォーマンスは封印。福野では片足を上げたり揺らしたりしての演奏も集まった人たちの眼を引きつけていたけれど、ここではそれも控えめ。反対にピアノ椅子に立ち上がるなど、ハコに合わせた動きを見せていた。


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 "Insomnie" から6曲目 "J'arrive En Retard" までの構成はヘリオスの時と一緒。5曲目 "Les Instants d'Equilibre" のマリンバ状の音はマーク=アンドレが PAD を叩いて出していた。

 そのマーク=アンドレのドラムを中心とする短い JAM を挟んで、そのままの流れで移って行く "J'arrive En Retard"、今夜は離れた場所で聴いていた分だけ、ストリングスの艶やかな響きを一層味わえた。

(渋谷 WWW X では最初から最後まで DJ ブースから観ていた。クロ・ペルガグのライブは今夜が最後でもあるので、なるべく音の良いところでじっくり楽しみたいと思って。昨年11月にフランスのナントで観た時と同様、カメラのシャッター音が自分自身気になって仕方なく、音圧が上がった時と MC の時しかシャッターを切らなかった。アンドレ・メマーリ&フアン・キンテーロの時には一眼レフでは1枚も撮らなかった。そう考えると、ステージ撮影はすでにミラーレスの時代なんだなと思う。疲労で身体が悲鳴を上げていたため 2kg 近い望遠レンズを持ってこなかったこともあって、撮影エリアからのアップの写真は他の方々にお任せいたしました。)

 もう一つ、おやっ !? と思ったのは "Nicaragua" の演奏に入る直前に学校の始業チャイムを鳴らしたこと。恐らくこれは、ストリングス陣がリコーダーを吹くこの曲で小学校の音楽の授業を連想させる意図があったからだと思う。しかし、そのことに気がついた人はいただろうか。この演出は、もしかしたら福野での私との会話でクロが思いつたのかも知れない(これについても詳細後日)。



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 ラス前の "Taxidermix" では再び赤鬼のお面を被ってのパフォーマンス。この曲、後半のライブ・アレンジはカッコよくて何度聴いてもいいな。圧巻だった!

 そして最後は今夜も "Les Ferrofluides -Fleurs"。この曲でチャランゴを弾くフランソワは、ベース演奏以外に、クロたちが弾くハモンド(Roland VK-8)のセッティングをしたり、数曲でギターをプレイしたりと、結構マルチなプレイヤーだ。

(フランソワは、渋谷までバスで移動する途中「アフリカ音楽のレコードを集めているんだって?」と声をかけて来た。・・・誰がそんなこと話したんだ? それがきっかけで「ああ、アフリカには10回くらい行って、たくさんレコードを買ってきたよ」「ワオ! いつかアフリカに行くのが僕の夢なんだ。レコードをコピーしてくれない?」「今度ウチにおいでよ」などと会話が弾んだ。彼は日本のインダストリアル・ミュージックなどにも興味があってレコードを探していた。今度日本に来た時には一緒にレコ店巡りをしたいな。)


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 アンコールは "Incendies" の1曲のみ。この夜一番驚かされたのは、クロ・ペルガグの代名詞とも言える曲 "La Fievre des Fleurs" を演らなかったことだった。もしかしたらそれを残念に思った人もいたのでは? どうしてなのだろう? でも、最後の最後にこの曲をクロ一人による弾き語りで披露する気がないのなら、しっとり切ない "Incendies" で日本公演の幕を閉じることで、確かにジーンと心に迫って来るものがあった。


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 今回の日本公演の構成は、多分、昨年ナントで観たライブからさほど変化はなかったように思う。勿論、毎度爆笑を誘うクロの MC がなかったという差はあったが。SECURITE と書かれたバンド・メンバーのステージ衣装も基本的に一緒だったし。セカンド・アルバムのリリース後もライブを重ねて、現在はその流れが固まっている段階なのだろう。オフタイムも含めて、チームワークもとても良かった。

 富山県南砺でも東京渋谷でも、クロたちは、珠玉のメロディーを相次いで紡ぎだし、ストリングス3本を含むバンドによって美しい調べを奏で、そして繊細な囁きから爆発するインプロビゼーションまで幅の広いサウンドで私たちを楽しませてくれた。クロ・ペルガグは、詩や瞳からは一人の大人としての意識の強さと深い洞察を感じさせる一方で、少女のような笑顔や小悪魔的な仕草でも楽しませてくれた。

 しかし1時間程度では短すぎる。クロ・ペルガグは何度聴いても新鮮に響くので、全然聴き足りないな。できるだけ早く再来日を、それも単独公演の形で実現させて欲しい!


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♪♪♪


 私の写真はやや遠方からワイドレンズで撮ったのをトリミングしたものばかり。あまり良い写真がなく、同一方向からのためアングルも単調。そこで、音楽評論家の松山晋也さんとスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド実行委員長の橋本正俊さんにお願いして、公演の雰囲気がたっぷり伝わって来るナイスなショットを提供していただきました。どうもありがとうございます !!!


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(C) Matsuyama Shinya


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(C) Matsuyama Shinya


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(c) Hashimoto Masatoshi




♪♪♪


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(日付間違いは気にせずに、、、。)



(続く)







by desertjazz | 2017-09-04 17:00 | 音 - Music

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 クロ・ペルガグの音楽世界は、とかくシュールだ、奇天烈だ、不思議だと形容され、その歌詞も意味が掴みにくい、危ない、怖いなどと語られがちである。しかし、歌詞をじっくり読みながら音楽を丹念に聴いてみたら、それまでの謎が徐々に溶け始めてきたようにも思う。

 これまでの回に書いてきたことを要約すると、表の顔と裏の顔(奥の姿)、強い面と弱い面、健全な部分と病んでいる部分といったような、人間の二面性、多重性、重層さに、クロはとても興味があって、それが彼女の作品作りの源泉になっているような気がしてきた。ファースト・アルバム "L'archimie des Monstres"(『怪物たちの錬金術』)のジャケットで少女が手にもつ仮面、あるいはバンド・デシネ B.D. (bande dessinée) 作家リュドヴィック・ドブールム Ludovic Debeurme に依頼して描かれたセカンド・アルバム "L'Étoile Thoracique"(『あばら骨の星』)のジャケットで表現された人獣二重性も、そうしたことの象徴に思えてくる。

 美しく魅惑的な音楽が奏でられるライブ・ステージもまた随所にドタバタ混じりで不思議さに満ちている。私が観てきた2回でも、クロは骸骨姿の全身スーツで現れてステージ上を転げ回り、車椅子に座ってピアノを弾き、トランポリンの上でギターを弾き語り、手品を披露したりする(2015年)。あるいは、METALLICA と描かれた馬鹿でかいワッペンを胸に貼り付け、マイケル・ジョーダン人形と巨大な骨を背負って演奏したり(2016年)。バンドメンバーたちも毎回奇抜な格好でパフォーマンスしたりと、正直意味不明な部分が多かった。ステージで繰り広げられる破天荒さには果たして深い意味があるのだろうか? それとも単に自分たちの楽しみとして/オーディエンスを楽しませるためにやっていただけか?

 クロのステージは毎度驚きや笑いがたっぷりだが、過去最大のサプライズは、何と言ってもファースト・アルバムのツアー最終日(2015年12月12日、カナダ、モンレアル)に頭を丸めてしまったことだろう。ステージ上で長い髪をバッサリ切り落とし、スキンヘッドになってパフォーマンスを続けたという。しかしこれには深い理由があった。ガンと闘う子供達のための頭髪ドナーを呼びかける目的でなされたそうだ。元々演劇を志していたクロのこと、意味不明と映るステージ演出の裏には、実はそれぞれきちんとした意味があるのかも知れない。

 それでもやっぱり、彼女の歌内容やパフォーマンスには意味を理解しがたいものが多い。でも、そんなところは自由勝手に解釈して、笑い飛ばして楽しめばいいさ。クロ・ペルガグの音楽とステージは、言葉や意味がわからないくても、ひたすら美しく、とことん楽しい。その素晴らしさは自然と伝わってくるはず。理解を超えた謎の存在もまたクロ・ワールドの魅力なのだから、謎は謎のまま残しておいて楽しんだ方がいい。

 それなのに、、、。

 今度の SUKIYAKI MEETS THE WORLD 2017 において『クロ・ペルガグの美しくも不思議な世界 ~カナダの若き鬼才が語る自身の芸術~ 』と題し、私がクロ・ペルガグ本人に公開インタビューを行うこととなった(3年前のオリバー・ムトゥクジ Oliver Mtukudi、一昨年のジュピテル Jupiter に続いて今年もご指名を頂きました)。フランス語も分からない私が、ましてやインタビュアー泣かせとしても有名な(?)彼女に一体何を訊く? 果たして彼女は何を語ってくれるのか? 彼女の不思議は少しでも解き明かされるのか?

 まあ、クロ・ペルガグを初めて聴く人たちがライブを楽しむのに役に立つ話を少しでも引き出せたら、と考えています。(自分が抱く大きな謎の一つ、なぜクロは広島カープのユニフォームを時々着ているのか? その謎を解くヒントをいくつか見つけることができた。時間が許せばそのあたりのことも訊きたいな。)

 待ちに待ったクロ・ペルガグの来日公演がいよいよ目前に迫った。クロの日本でのライブ・ステージも、抜群に楽しくて素晴らしいものになること間違いない。フランスやカナダとは色々異なる趣向が施されるだろうという情報も伝わってきいる。遂に日本で観ることが叶うクロ・ペルガグ・ワールド、どうぞお見逃しなく!

 8/25〜8/27 & 8/29〜8/30、SUKIYAKI MEETS THE WORLD と SUKIYAKI TOKYO でお会いしましょう!


 ・ SUKIYAKI MEETS THE WORLD 2017
 ・ SUKIYAKI TOKYO 2017







by desertjazz | 2017-08-14 00:00 | 音 - Music

 クロ・ペルガグ本人のリーダー作は、まだ3タイトルのみ(EP1作、アルバム2作)。もっと他に聴けないだろうかと思って探してみたら、ゲスト参加曲/共演曲が7曲ほど見つかった。それらの中で特に気に入った3曲を DL 購入して聴いて楽しんでいる。


 同郷ケベックの男性シンガー VioleTT Pi との共演ナンバー。「迷路」という曲名に似つかわしい重苦しいムードで、映画の予告編のような PV も作られている。クロの切迫感を含んだ哀しい歌声がいい。

 ところでこの VioleTT Pi とは一体誰なのだろう? 本名は Karl Gagnon(らしい)。ということは彼もガニョン一族の一人か? クロの兄弟?従兄弟?それともダンナ?? セカンド・アルバム "L'Etoile Thoracique" で1曲共作しており、ファースト・アルバム関連の授賞式でもクロと同席している。(ネット検索すると、クロ以上に奇天烈な画像や動画ばかりで、結局何者なのかわからないママだ。)

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 おそらく Philippe Brach もケベックのアーティストだろう。ちょっとシュールな雰囲気の PV では、クロの姿に大人の女性らしい美しさが感じられる。

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 これも Philippe Brach との共演曲。とにかく素晴らしくて、愛聴し続けている。クロはピアノも担当しており、歌い手としてもピアノ奏者としても高い資質を示していると思う。なので、今後はより多くのアーティストたちから共演を求められるだろうし、この方向性のアルバムも聴いてみたい。

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by desertjazz | 2017-08-06 00:00 | 音 - Music

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 本日 8/4 リリースの Randy Newman 新作 "Dark Matter" を聴いている。いやぁ〜、いいねぇ〜! 期待以上でビックリ!

 1曲目 The Great Debate がまず凄い。時折ナレーションを挟んで次々曲調が展開して行く。8分9秒って過去最長なのでは? 自然とブックレット5ページに及ぶ歌詞を追って聴くことに。

 その The Great Debate もそうなのだが、過去の楽曲を連想させる旋律やムードが随所に。まんまの引用もある。でも安易な使い回しではなく、同等な深さを感じさせる。

 基本弾き語りの雰囲気を保ちながら、自身がスコアを書いたオーケストレーションが重なり、耳に馴染んだ幸せな音空間が拡がっていく。

 この新作は過去の様々な仕事と結びついた作品だと感じさせる。"Randy Newman / Live" を連想させるタイポグラフィーがそのことを象徴しているようで、そこもいい。







by desertjazz | 2017-08-04 23:00 | 音 - Music

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( Le Trianon, Paris 2015/04/15 : Photo by D )


 FUJI ROCK が終わって8月、いよいよ Sukiyaki Meets the World と Sukiyaki Tokyo の開催が目前に迫ってきた。今年のスキヤキはますます個性豊かなラインナップでとても楽しみなのだが、今自分が世界で一番関心を寄せているアーティストの一人、クロ・ペルガグがやってくるとあって、他のアーティストたちまでにはとても気が回らない。なので、今年は割り切ってクロちゃん一人だけを紹介し続けている。

 クロ・ペルガグというアーティストの魅力は、極めて美しく個性的なメロディー、繊細で優しく時に力強い歌声、自身の奏でるピアノとストリングス中心の多彩なサウンド、変化に富んだダイナミックなアレンジ、不思議な言葉を織り込んだシュールな?歌詞、奇抜で凝った衣装やアートワーク、などなどあらゆる面に渡る。

 そしてもうひとつ見逃せないのが、ライブ・ステージの素晴らしさだ。レコードで聴くのと比べて、切なく優しい調べと歌声はより深く心の奥に入ってくるし、艶やかなサウンドはより大胆に響く。トークを始めると爆笑の渦。奇抜な衣装、取り散らかったステージ、意味不明なパフォーマンスの数々には、果たして意味があるのか全くのナンセンスなのか? 何れにしてもオーディエンスを楽しませたい、自分も楽しんでいるんだという気持ちは伝わってくる。

 自分は幸いファースト・アルバムのツアーとセカンド・アルバムのツアーの両方のステージを楽しむことができた。その時感じたのは、あまり難しい解釈は抜きにして素直にステージの美しさをドタバタ振りを楽しめばいいのだな、ということ。

 ネットを探ると、私が観た 2015年のパリ公演が30分弱、ファースト・アルバムのツアー最終公演のダイジェストが約3分アップされている。彼女のライブに関しては、ここで語るよりは、それらをご覧いただいた方が良いだろう。

 今回のスキヤキ日本公演、さすがにここまでの演出は無理。でもクロは、最高の音楽を聴かせるばかりでなく、何か隠し球を準備して、私たちを心の底から喜ばせてもくれることだろう。

 クロ・ペルガグについて知れば知るほど、彼女は「総合芸術家」なのだと考えるようになった。日本でもそうした一端を披露してくれるに違いない。希代なアーティスト、クロ・ペルガグの初来日公演が本当に楽しみだ!







by desertjazz | 2017-08-01 00:00 | 音 - Music

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Klo Pelgag "L'Étoile Thoracique" (Release Date : 2016.11.04)


 クロ・ペルガグのセカンド・アルバム。邦題『あばら骨の星』

 ジャケット画は前作 "L'archimie des Monstres" のデラックス・エディションにも作品を提供していた(2曲目 La Fièvre Des Fleurs のイメージ画を担当)、バンド・デシネ B.D. (bande dessinée) 作家リュドヴィック・ドブールム Ludovic Debeurme による。『怪物たちの錬金術』が「ナマハゲ」盤ならば、こちらは「二重人格」盤とでも形容できようか。人獣二重性を表現しているものとすれば、人間の多面性/複雑さを歌ってきたこれまでのクロに相応しいジャケットだと言えよう。

 本作の大きな特徴は総勢30名を超えるオーケストラを導入していること。ファースト・アルバムの大ヒットにより潤沢な予算を投じることが可能になったからなのだろう。その成果は1曲目や3曲目に顕著だ。(新作ツアー中も同規模のオーケストラとの共演がケベックで数回?実現したらしい。)

 特別キャッチーなメロディーに満ちているわけではなく、中盤には穏やかな楽曲が続くため、聴き始めた頃にはファースト・アルバムの出来に届かなかったという印象が強かった。しかし、クロの3年間での成長が確実に感じられ、少し大人になったところを感じさせる歌とサウンドはとても好きになった。最近に至っては、完成度では前作以上と評価したくなっているほどだ。



 CDリリース後にLP2枚組も出たが、収録トラックの内容は一緒。ファースト "L'archimie des Monstres" のアナログ盤に関しては不満が大きかったのに対して、今回は CD よりも音が良いと感じる、特に中低音にアナログらしい良さがある。どうせ2枚組にするなら、45回転盤にできなかったのだろうかという贅沢な感想も浮かぶ。

 新作ツアーを観るべく 2016年11月にフランスまで駆けつけたが、カナダ以外ではまだ CD が発売になっておらず、Spotify で予習し、会場でそのカナダ盤をいち早く入手したことも懐かしい。



 以下、収録トラックに関する雑感(後日随時追記するつもり)。


(1) Samedi Soir À La Violence 凶暴サタデーナイト

 最初の曲からクロペル・ワールドが全開! 穏やかな歌とコーラスから始まって、次第に盛り上がる。終盤の壮大なオーケストレーションが圧巻だ。「私を忘れないで」「私を助けて」というリフレインが痛い。(この曲に限らずヴォーカル・トラックをダブルで使っているものが多い。本作はそういったヴォーカル処理も効果的だと思う。)

(2) Les Ferrofluides-Fleurs 磁性流体の花

 ファースト・アルバムと同様、2トラック目は花をテーマにした美しく軽やかな曲。VioleTT Pi こと Karl Gagnon との共作ナンバーだ。チャランゴ(前作でも演奏されていた)によるイントロが印象的。親しみやすいが、ややあっさりしすぎている、というのは贅沢すぎる感想か?

 → この曲はカナダの音楽賞 SOCAN 2017 に選ばれ(賞金 10000ドルを獲得)、クロはその授賞式を終えた後に日本に向かう予定。

(3) Le Sexe Des Étoiles 星々のセックス

 「首にくくりつけたロープ」「アマゾンで酒を求める」「星々のセックスを思う」、、、言葉の断片をそのまま拾っていくと何とも危ない印象だが、歌の意味はまだ理解できていない。後半の長大でダイナミックなオーケストレーションが素晴らしく、本アルバム中最高の聴きどころのひとつ。爆音快楽也! 前回も書いたことだが、「Je... avec toi(私はあなたと共に失いたい)」と行ったフレーズが自然と耳に残る。ここまでの3曲が断然、2作目の白眉。

(4) Les Instants D'équilibre 平衡の瞬間

 バスドラムのシンプルなリズムに乗って進む小品。1曲目の「ノルウェーのフィヨルド」に続いて、「スカンジナビア人の幸福」が歌われる。本作の舞台は北欧か?(そんなワケはない。)

(5) Au Bonheur d'Édelweiss エーデルワイスの幸福

 いかにもクロらしい、もの悲しげなバラッド。感傷的なストリングスも実にいい。本作中、最も美しいナンバーだ。

(6) Incendie 火事

 陶酔を誘うような優しいメロディーの曲が続く。夜のイメージが深い曲。この曲もコーラスと弦の響きがとてもいい。

(7) Les Mains d'Édelweiss エーデルワイスの手

 繊細な歌声(これもダブル、いやトリプル以上のトラックにも聴こえる)とリリカルなピアノを中心とした曲。5曲目と対照関係にあるような曲名なので、ここまでの3曲をセットで捉えられそう。エーデルワイスは一体何を恐れているのだろう?

(8) Les Animaux 動物

 暖かい日差しを受けるようなサウンド・アレンジと、シルキーさと棘が混じり合ったようなクロの声が彼女らしい。ここまでの中盤はスローで柔らかな曲が続き、ファースト・アルバムの頃に比べてグッと大人びた印象をもたらしている。

(9) Chorégraphie Des Âmes 魂のコレオグラフィー

 キャッチーで軽やかなフレーズが繰り返されるナンバー。「私の墓の上で踊りたいかい?」 コレオグラフィーは一体どんな振り付けを施したのだろう? オーケストレーションに贅沢感はあるが、コーラスワークがやや単調で(アルバム全般について言える)、そこが今後の課題になって来るかもしれない。

(10) Au Musée Grévin 蝋人形館で

 「蝋人形館は死ぬにはとても美しい場所だ」 そういえばクロは最近ポートレイトに蝋製の物体を使っていたな。情感深いピアノの弾き語り。

(11) Insomnie 不眠症

 エフェクトのかかったヴォイス、ダンスステップのようなリズム、シンセサイザーとオルガンとエレキベース、等々、アコースティック中心のサウンドが多いクロにしては、毛並みがちょっと異なった曲。プログレからの影響も感じられるトラックだ。短い曲中、早い展開で変化していく様も面白い。

(12) J'arrive En Retard 私は遅れて来る

 アルバム作品としては前曲ラストのブレイクで一旦終わっているのだろう。若干長めのインターバルの後に立ち上がるシンセのサウンドもストリングスも、リヴァーブ深めなクロの歌声もたまらなく美しい。まるで夢で浮遊するような心地に誘われる。

(13) Apparition De La Sainte-Étoile Thoracique あばら星聖女の顕現

 最後は10分を超える謎の長尺インスト(少しだけ語りが入るが)。連想するのはフランク・ザッパが晩年熱心に取り組んだシンクラビアの作品だ。こんなところにもザッパからの影響が現れていると言っても良さそうだ。



 ファースト・アルバムでは、楽曲ごとに様々な楽器を組み合わせることによって、カラフルなサウンドを生み出していたのに対して、このセカンドの大きな魅力はやはりオーケストラの導入だ。だとすると、そうした曲を小編成(6〜7人)のバンドのライブでどう聴かせるかが課題となる。

 昨年11月に観たライブは、弦3人とピアノ/キーボードを中心に艶やかで変化に富んだサウンドを聴かせていた。静寂から一気に上昇し炸裂するダイナミックな展開も見事。しかし、幾分単調に過ぎる時間もあって(ツアーのほとんど最初期だったのだから、それは当然だろう)新しいアイディアを盛り込む余地はまだまだあると感じた。数多くのライブを重ねてきた後の今度の来日公演で、クロがどこまで進化/深化させたサウンドと練りこまれたステージを披露してくれることだろう。



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(セカンドの Songbook/楽譜集も最近発売になった。35カナダドルで容易に買える。)


 5曲目 Au Bonheur d'Édelweiss はよっぽどクロのお気に入りなのだろう。これのオルゴールまで作ったほどなのだから。限定50個だったので販売開始直後に買ったが、その後、限定250に変更された。好評で売れ行き良く増産したに違いない。(日本の公演会場でも販売予定とのこと。)

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(続く)





by desertjazz | 2017-07-17 00:00 | 音 - Music

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Klo Pelgag "L'archimie des Monstres" (Release Date : 2013.09.24)


 この作品と出会って、私はクロ・ペルガグにすっかりハマってしまった。独特な美しさを持ったメロディー、聴く人の心を癒すような優しい歌声/エキセントリックに感情を発露するような叫び、多彩なサウンドを混ぜ合わせた絶妙なアレンジと起伏豊かなオーケストレーション、それら全てが好きだ。アルバムの発表からそろそろ4年になろうとしているのに、今でも愛聴し続けている。

 アルバムを手にした誰もの目をまず捉えるのは、赤い岩に腰掛ける怪物の姿だろう。なんだか秋田のナマハゲのような見た目ではないか。だから私はこのアルバムを『ナマハゲ』盤と勝手に呼んでいる。でも怪物と言っても、なんとも可愛らしい顔だ。

 このジャケットをデザインしたのはステイシー・ロジッチ Stacy Rozich。フリート・フォクシーズ Fleet Foxes の PV "The Shrine / An Argument" のキャラクター・デザインなどで知られる画家である。クロ・ペルガグがステイシーの絵を気に入って採用に至ったらしい。

 怪物と向かい合う一人の女性(少女か?)。彼女もお面を支え持っている。ちょうどお面を外したバリのような様子だ。彼女はクロを描いたものなのだろうか。そして『怪物たちの錬金術』とは何を意味するのだろう?

 今回、クロ・ペルガグの作品(ゲスト参加曲も含めて)の全てを繰り返し聴き直している。その間、それぞれの歌詞を日本語に訳しつつ読んでみた。まず気がつくのは、体に障害を抱えた人や心に病を持った人物ばかりが登場すること。身体の一部が失われていたり(そう妄想しているだけの人も)、白血病だったり、不眠症だったり。病名を特定できないケースでも精神の病み方は相当に重症だ。こうした歌詞についての傾向は再三指摘されている通り。

 そのことと表裏をなしているのだろう、彼女の詩には「死」のイメージが絶えずつきまとう。また、夜や星(さらには冬)を歌ったり、想起させたりするフレーズが多い。

 そして実際歌詞を読み込むことで、もうひとつ気がついたことがある。それは、「私 Je... , あなた(の)vous... 」といった関係性で歌われるパターンがとても多いことだ。「私は xxx した。あなたは xxx した。(あなたに/を xxx した。)」というフレーズ展開がかなり定式化しているように思われる。

 恐らくクロ・ペルガグは、自分以外の人間に対して強い関心を持っているのではないだろうか。不十分ながらも歌詞の意味を頭に置きながら聴き始めると、彼女が他者との深い結びつきを求める声、他者との魂の交感を切望している叫びが聞こえてくるかのようになった。

 つまりは、こういうことだ。クロ自身も含めて人間誰しもが不完全な存在である。身体に耐え難い障害を負っていたり、心のバランスを失っていたりする。だから、例えば皮を纏って他の存在に変身したくなったりもする。クロはそうした人の弱さに正面から向き合い、いたわりの心を持っている、そして魂を共振させることで支え合いたいと思っている(と書くと陳腐な助け合い精神に聞こえそうで嫌なのだが)。だからあのような歌詞が書け、それを歌うステージ上でも充実感のある笑顔を見せるのだろう。アルバム・タイトルの謎を解く鍵もそのあたりにありそうだ。

 などなどと考えている最中に、アオラ・コーポレーションから『怪物たちの錬金術』国内盤の歌詞対訳が転送されてきた(翻訳担当は粕谷雄一氏)。「なんだ、これなら無理して自分で訳さなくてもよかったじゃないか」などと独り言ちつつ、拝読してみると、、、クロの歌の意味する世界がますます分からなくなってしまった。

 けれど、意味が理解できなくてもクロ・ペルガグの音楽は最高だ。レコードで聴いてもライブで接しても、自分の心は心底満たされる。もうそれだけで十分。彼女の歌をどう解釈しどう理解するかは、聴き手それぞれの自由だろう。ここまで書いてきたことは当たっていないかもしれないが(全くの的外れとは思いたくないけれど)、それならそれでも構わない。

 フランス語に堪能な方々によると「フランス語としては分かるが、その意味の深いところまでは捉えがたい」とのこと。「歌詞内容にまでは深入りしない方がいい」といった忠告も数人から受けた。

 何れにしても、彼女の歌は、単にシュールだとか不条理だとかナンセンスだとかいった形容だけでは適当ではない。かつて自分も、歌詞とサウンドの関係がアンバランス/不整合だとか、優しく扱わないと壊れてしまいそうな繊細な音楽を自己破壊しているとかいった感想を持った。

 しかしその解釈は全く正反対だったと考えを改めつつある。重い傷を負った/治癒し難い病気に苦しむ/心に深い病を持った、そんな弱者たちとの一体化を、クロは求めている。だからこそそこから生まれる、一見不条理で不思議なクロの歌世界。それは慈愛があってのシュールさなのではないだろうか? 無慈悲と捉えられることさえあるが、あるインタビューで本人が語ったように、彼女の歌は誰かに向けたラブソングのようにも聴こえ始めている。

 ただ、本当の意味をクロ本人に問うても決して答えてくれないだろう。クロ・ペルガグの音楽には解釈の自由さが残っていた方がいいのかも知れない。



 通常盤/初期盤CD(11トラック)、曲追加盤/後発盤CD(13トラック)、LP盤(13トラック)、デラックス盤CD "Edition de luxe"(16トラック)の4種/3ヴァージョンがある。本日7月16日に発売される国内盤、邦題『怪物たちの錬金術』で、通常盤に準じた仕様のようだ。

 (一時は不可能と諦めかけられた)歌詞全訳がついているので、これから購入する方には国内盤がオススメ。それが気に入ったら、デラックス・エディションも手に入れて欲しい。追加曲はどれもが捨てがたいし、クロ本人が気に入ったアーティスト16名に依頼して、それぞれの歌をイメージして描いてもらった作品がブックレットに収まっていて、これがまたいい。アート全般に造詣の深いクロらしいアイテムになっている。なので、熱心なクロのファンなら皆さん、とうに入手済みかな?


 以下、収録トラックの簡単な紹介。

(★ : 13トラック盤とデラックス盤に収録、☆ : デラックス盤のみに収録)


(1) Le dermatologue 皮膚科のお医者さん

 幾分重苦しいムードの曲でアルバムは始まる。こんな不協和音を頭に持ってくるのは、挑戦なのか自信なのか、それとも主題のプレゼンなのか? 歌詞も「あなたの皮膚で私を覆わせて」「私をあなたで変装させて」と自己否定/自己からの逃避を求めるかのような内容。トロンボーンやクラリネット?、オーボエ?、ストリングスの細やかなアレンジが施されている。

(2) La Fièvre Des Fleurs 花々の熱

 この曲を聴いた瞬間、一発でクロ・ペルガグが気に入ってしまった。これをライブで聴きたくてパリまで飛んでいったほど。前曲から一転、楽しく弾けるような曲調がいい。しかし、こんな歌詞だったとは! 白血病の彼女(友人だろうか?)が、化学療法を受けるためにそれまでの病院を去る話(か?) 死の気配さえも漂っている。ほぼクロのエレピ弾き語りの曲。コーラスもクロひとりで重ねているようだ。PV(広島カープ・ヴァージョン)のコルセット姿も印象的。

(3) Les Corbeaux カラスたち

 とにかくメロディーもアレンジも素晴らしい。わずか3分半弱の間にメロディーもムードも演奏もどんどん激しく変化していく様が見事。最初は暗く、時に軽やかに、時にダイナミックに高みへと上り詰め、クロも力強く叫ぶ。月、睡眠薬、怪物たちが歌われる、夜のイメージの強い曲。

(4) Comme Des Rames 櫂のように

 "EP" 収録曲の再演。若干テンポを早め、ストリングの音に繊細さが増した印象。でも、最初のヴァージョンもいいな。

(5) Tunnel トンネル

 トンネルからの出口を見出せないまま、血の苦しみ、死の苦しみをストレートに絶叫し続けるような歌。声の力強さが一番の魅力。しかし、楽しさや喜びが微かながら次第に漂い浮かんでくるような不気味な不思議さもある。

(6) Le Silence Épouvantail 脅しの沈黙

 これもクロのピアノ弾き語りに近い曲。「棺にするには小さすぎる脅しの木」とは? 静かな悲しみに満ちたピアノの調べと可憐な歌にただただ聴き入るのみ。

(7) Le soleil incontinent ★

 (抑えの効かない?)太陽のことを歌いながら、悲しみが深まっていくような雰囲気に包まれる。ギター/アレンジ担当の Sylvain Deschamps と二人で作りあけげた曲。ヴォーカルはクロのダブル・トラック。古典的手法だが、効果的だ。

(8) Rayon X エックス線

 暗いムードを断ち切るかのように、早口言葉っぽい歌い回しで始まる。スピード感溢れる爽快なメロディーが最高で、これはクロの代表曲と言っていいだろう。後半テンポが落ちて、10名ほどによる怪しげなコーラス(+インタールード)が重なり、まるで別の曲を繋いだかのようだ。

(9) Nicaragua ニカラグア

 これもメロディーがとても美しく、歌い口は切ない。途中から加わるリコーダー3本の音も心地良さも大きな魅力だ。しかしなぜにニカラグア?

(10) Taxidermie 剥製術

 ハルモニウム、ピアノ、鉄琴(かな?)などの折り重なり合いが美しい。獣の皮を剥ぐと「あなた」だったり、「私を剥製にして」だとかして、皮膚をテーマにしているのは冒頭曲のリフレインかのようだ。このヴォーカルもダブル・トラック。

(11) Les mariages d'oiseaux 鳥たちの結婚

 憂と悲しみに満ちたような歌声と、楽器群のアンサンブルが絶品。ピアノはなぜか兄のマチューが弾いている。

(12) Le tronc トランク ★

 「足を折ったので足はありません。家に火を放ったので家はありません。髪はありません。目は見えません。、、、」この喪失感はなんなのだろう。そして終盤に向かって明るくなっていく、ほのかな怪しさ。この曲でもクロは歌だけに集中している。

(13) Pégase 天馬 ☆

 パリのシンガー、トマ・フェルセン Thomas Fersen の曲のカバー。クロのヴァージョンも楽しげで大好き!

(14) Maladies de cœur ☆

 "EP" 収録曲の再演。La Fièvre Des Fleurs などと並ぶクロの書いた名曲のひとつだと思う。

(15) Tremblements ☆

 "EP" 収録曲の再演。先のヴァージョンはアコースティック・ギターのバッキングだったが、今回はクロのエレキギターを楽しめる。

(16) La neige tombe sans se faire mal 痛みをおぼえず雪は降る

 クロによる全くのピアノ弾き語り。アルバムの幕を閉じるのに相応しい、美しく優しい調べのナンバーだ。



 兄マチューら仲間たちの力添えもあったにせよ、こんな作品を23歳にして完成させるとは。クロ自身が今後これを超えられるのかと思わせるほどの快作(傑作という褒め言葉は、これからの成長に期待して残しておこう)。

 このデビュー・アルバムは、カナダ、フランスなど各国で大絶賛された。そしてその後のツアーも公演を重ねるごとに内容を深めて行ったと伝え聞く。自分も一度だけだがパリで観ることができ、アフターパーティーにも招かれてクロとたっぷり話しをできたことはとても幸せだった。(コンサート・リポート → パリ滞在記2015 (14) )

 驚きの連続だった『怪物たちの錬金術』ツアー、その最大のサプライズは最終公演で行った断髪式だろう。なんとクロはステージ上で長い髪をバッサリ切り落とし、スキンヘッドにしてしまった。そこには病に苦しむ弱者への暖かい気持ちが込められていたのだと、後日で知ることに。やはり他者を思いやる視線と共感こそが、クロ・ペルガグのアーティスト活動の基盤にあるのだと確信したのだった。(この話、続く。)




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(クロちゃんに会った時、発売になったばかりのデラックス盤にサインをいただいた。読むと「日本に行って刺身を食べたい」と書いているような気がするなぁ?)







by desertjazz | 2017-07-16 00:00 | 音 - Music
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