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 「鞠の中村綾ちゃん」(と自分が勝手に呼んでいる)こと、西アフリカはマリ出身のシンガー、アヤ・ナカムラの第2作目が、本日パリから到着。タイトルはそのものズバリ "NAKAMURA"。しかも漢字でも「中村」と添えている。アヤちゃん、よっぽど日本びいきなんだな。

 昨年リリースされたファースト・アルバム "Journal Intime" は 2017年のベスト・アルバム第2位に選んだほどのお気に入り。なので、このセカンドもリリース直後から Spotify で聴き続けていたのだが、やっと CD でも楽しむことができた。


 ベスト・アルバムのコメントでは「声が特別良かったり、抜群に上手かったりするわけでもないのだが、」とちょっと語弊のある書き方をしてしまったが、その声が彼女の最大の魅力だと思う。軽く歌っているようでも、すっと前に出てくる伸びやかさがいいんだよな。まるでベンツに乗っている時のような「余力」を感じさせる歌声。きっと彼女の立派なボディが、その素晴らしい歌声を産む源になっているんだろう。

 さてセカンド・アルバム "NAKAMURA"。デビュー曲 "Brisé"、Fally Ipupa との "Bad Boy" 、MHD との "Problèmes" に匹敵するような飛び切りの名曲は見当たらないものの、いずれも佳曲揃い。例えば冒頭 "La Dot" や Niska と共演した "Sucette" の小気味良いフレージングからして「アヤ印」の楽しさ。PV を繰り返し観て耳に擦り込まれたシングル曲 "Copines" の軽妙なポップさも万人受けして当然。ダンサブルなトラックに身体が揺さぶられる一方で、切々とした彼女の声に包み込まれた女性らしさや独特な哀感には心が揺れる。全13曲で 38分というコンパクトさもいいな。

 アヤちゃん、この新作を引っさげて来年3月末からフランス・ツアーをスタートする。タイミングが合えば、3/30 のマルセイユ(Espace Julien)か 3/31 のパリ(L'Olympia)あたりを観に行きたいと思っていたのだが、、、各公演とも瞬く間にチケット完売! パリ公演がたったの2時間で捌けたことは、ちょっとしたニュースになっていた。ニューアルバムの曲が軒並みフランスでチャートインしたことも驚きと共に話題に。どうやら今、フランスでもアフリカ諸国でも「アヤ・ナカムラ現象」とでも呼びうることが起こっているようだ。

 2年前には日本ではほとんど誰も知らない存在だったのに、これからは日本でもグングン人気が高まりそうな予感。だけれどこれじゃ来日を期待するどころか、ヨーロッパに行ってもライブを観られそうにない。うーん、でもやっぱりアヤちゃんのステージが観たいぞ!



 (補足)

 「アヤ・ナカムラ」という名前の由来をご存じない方のために。

 アヤ・ナカムラは、アメリカNBCで放送されたテレビドラマシリーズ『ヒーローズ HEROES』の登場人物の一人、中村広(ナカムラ ヒロ)のファンで、そこから名前を取ったそう。そして、「アヤ」という名前は本名だそうです。

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by desertjazz | 2018-11-30 18:00 | 音 - Africa

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 この頃夜になると安東ウメ子さんの『イフンケ Ihunke』をよく聴いている。それもアナログ盤で。これはドイツのクラブ・ミュージック系レーベル PINGIPUNG がプロデューサーの OKI さんに打診して、今年の夏にヴァイナル化が実現した 2LP である。

Umeko Ando "Ihunke" (Pingipung 060, 2018)

 アルバム "Ihunke" は言わずと知れた名盤。2001年にリリースされたオリジナル CD はもちろん持っており(2011年には未発表だった4曲を追加して再発売)、長年愛聴し続けている。しかし、12インチの美しいジャケットを目にした途端、どうしても欲しくなって買ってしまった。これで "Ihunke" は3枚目だ。

 しかしアナログ盤の音が期待した以上に良くて、買って正解だった。CD の音と比較すると、ウメ子さんの歌(ウポポ)も OKI さんのトンコリも、響きの細やかなところまでいっそう美しく記録・再生される。そのため、これまで慣れ親しんだ音以上に、空間的な広がりや奥行きを堪能できるのだ。CD の音も決して悪くないのだが、アナログの音に比べたら、幾分かだけ詰まって密室的に聴こえるように感じた。

 この 2LP には OKI さんへのインタビューを掲載したシートが封入されている。これは、アイヌを知らない/詳しくない外国人向けにアイヌやトンコリについて概説し、アルバム制作に至った経緯などについて書かれたものなのだが、日本人にとっても十分有益な内容だ。

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 それにしても、帯広アイヌのウメ子さん、旭川アイヌの OKI さん、樺太アイヌにルーツを持つ楽器トンコリ、これら3者が出会い、歌(ウポポ)とムックリとトンコリの音が織り重なって生み出される響きの何と美しいことか(数曲でウポポで加わっている女性たちはマレウレウの皆さんですね)。傑作という評価にも納得。自分にとっても一生ものだ。

(私は昔、白老町や、二風谷を含む平取町に住んでいたことがあるので、道南のアイヌにはある程度馴染みがある。だが、旭川や道東のアイヌ、またそれらの差異についてはほとんど何も知らない。アイヌのことをもっと知りたいな。)

 思い返すも、一度ウメ子さんの生声を聴いてみたかった。しかし彼女は 2004年に72歳で亡くなられているので、残念ながらそれは叶わない。その分残された録音を慈しみつつ聴き続けることにしよう。

 私の手元にある彼女の CD は以下の4枚。他に『ムックリと安東ウメ子』(1995年)(Wikipedia によると『安東ウメ子・ムックリの世界』1994年)といった作品もあるようなので、それもいつか聴いてみたいな。

・OKI featuring Umeko Ando "Hankapuy" (Chikar Studio CKR-0102, 1999)
・Umeko Ando "Ihunke" (Chikar Studio CKR-0103, 2001)
・Umeko Ando "Upopo Sanke" (Chikar Studio CKR-0106, 2003)
・Umeko Ando "Ihunke" (+4) (Chikar Studio CKR-0119, 2011)

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 最近はニュースに接する度にいよいよ絶望感がつのり怒りが収まらなくなる。そんな時でもウメ子さんの歌声はまるで子守唄のように私の心を鎮めてくれる。アルバム・タイトル「イフンケ」とは子守唄を意味するという。これは彼女の音楽に最も相応しい名前だろうと思う。







by desertjazz | 2018-11-30 14:00 | 音 - Music

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 アミナッタ・フォルナ『シエラレオネの真実 父の物語、私の物語』(原題:"The Devil that Danced on the Water")を読了。ブラックダイヤモンド、少年兵、武装集団による民衆虐待(四肢切断、レイプ、等々)と陰惨な印象の強い西アフリカのシエラレオネの現代史を振り返る意味で読んでみた。

 著者のアミナッタはシエラレオネ人の父とスコットランド人の母の間に生まれた女性で、現在はジャーナリストとして活躍中。その彼女の父モハメドは、かつて財務大臣を務めたものの、首相との意見対立をきっかけに政界を去る。しかしその後、無実の罪で逮捕され処刑されることに。1975年、アミナッタ10歳の時に襲った悲劇だった。

 それから25年、彼女はあらゆる資料に当たり、インタビューを重ねる(父を陥れることに与した者も多い)ことで、自分の半生を振り返り、父の晩年の姿を描き出していく。

 周辺に不穏な動きが起こる度に、イギリスやナイジェリアに逃れるなど、絶えず命の危険に晒されたアミナッタの子供時代はなんとも凄まじい。実母との別れといった辛い出来事も重なる。そして、父が殺されるに至った経緯の真相を知ろうとする彼女の忍耐力、精神力にも想像を超えるものがある。そうして浮かび上がった父モハメドの信念はただただ立派であるとしか言いようがない。単に暗澹たる話で終わらせていないところにも救いが感じられる。

 詳細な取材の結果だろうか、登場人物は割合多くて、馴染みない名前が覚えきれない。また時制が激しく現在と過去を往復するための読みにくさもある。明らかに日本語としておかしなところなど、校正がやや緩いところも残念。

 それでも、アミナッタの綴る「父の物語」「私の物語」は、シエラレオネの歴史を照射し、シエラレオネの人々にとっての「私たちの物語」を紡ぎ出すことに、ある程度まで成功している。あくまで個人史が主なので、基本知識として巻末の「シエラレオネの歴史的背景」を先に読むことをお勧めする。

(余談になるが、この辺りは、まるでブルース・スプリングスティーンが Springsteen On Broadway で 'I want to know your story, my story' と呼びかけ、「父の物語」を切々と語った情景をまた思い出してしまった。ネタバレになるので、これ以上は書かないが。)

 アフリカの悲惨な歴史、それは日本人にとって他人事に映りがちだ。この本もアフリカに対する個人的興味から読み始めた。しかし、アフリカのことを知るより、今の日本の状態についてもっと考えるべきだという思いが頭から離れなくて、何とも落ち着かなかった。堤未果が『日本が売られる』の中で「今だけカネだけ自分だけ」と表現する、無能な為政者や権力者(そして大企業の経営者も)の姿は世界共通。「口封じ」ひとつを取っても、我が国は「破綻国家」の手法を後追いしているという怖ささえ感じた。







by desertjazz | 2018-11-29 19:00 | 本 - Readings

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 誰もの予想をはるかに超えるロングランとなったスプリングスティーン・オン・ブロードウェイ Springsteen On Broadway が 12月15日 12月16日(*2)にいよいよ大団円を迎える。同日 Netflix でその2時間超のステージの完全放映が予定されており、その前の14日にはアルバム "Springsteen On Broadway" のリリースも決まった。CD の日本盤には語りの部分も含めて完全対訳がつくそうだ。これまでスプリングスティーン・オン・ブロードウェイの実際についてはほとんど秘匿扱いで(映像や録音は実質未公開のまま)、実際会場でライブを体験する幸運に恵まれた人だけが知ることのできるものだった。しかしこれで話題のステージの全貌がついに明かされることになる。私が書いたリポートもいよいよ自分の思い出のための記録という役割だけを留めることになるだろう。

Springsteen On Broadway - Part 2b(短縮版)



 私は今年1月にニューヨークで Springsteen On Broadway を観るまでの間、準備作業として、そのステージのベースとなるブルースの自伝 "Born To Run" (2016) を邦訳『ボーン・トゥ・ラン』で2回精読、原書でもブルース自身が吹き込んだ Audio Book を聞きながら通読した。そのことは以前書いた通りだ。

(ちなみに、原書の英文と Audio Book の朗読とでは、2〜3ヶ所ほど食い違っている。例えば、P.314 の 'The hit factory' が朗読では 'The Power Station' に変更されている。ホント、とても細かいことだが、、、。)

 Springsteen On Broadway(以下、「ブロードウェイ」)の放映を前にして、"Born To Run" をもう一度読み返すのも悪くないが、それより Peter Ames Carlin の "Bruce" (2012) を読んでみることにした。この本はブルース・スプリングスティーンに関する最高の伝記という評価を得ているのだから、読んでおくべきだろうし、「ブロードウェイ」を振り返る上で大いに有効でもあるだろう。調べてみると 2013年12月に、ピーター・エイムズ・カーリン『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』という翻訳書が出ていたので、即入手。これで原書は買って無駄になったかと言うと、そうでもない。日本語版では写真は白黒だが、原書ではカラーなので、持っている意味はある。(翻訳書や写真集がもつ宿命だが、訳書はオリジナルと比較してどうしても写真が荒くなってしまうし。余談になるが、日本語版では P.468 の写真のブルースが左利きになっているというミスも犯している。)

 『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』(以下『ブルース』)は約570ページある大著ながら、2週間弱でじっくり精読(その間、クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』など8冊ほどを併読する活字漬け生活になった)。この本は一言で言って、ブルース・スプリングスティーン研究の決定版であり、最高の伝記だ。いや、ブルース本人が書いた「自伝」とはまた別の意味でなのだが。定評高い本なので、今さら語る必要などないのだろう(ホント、徹底的に調べてよく書かれていて、目を見張るような記述の連続で、読み始めると止まらなくなるほど)。

 なので、個人的な感想だけをいくつかメモしておきたい。

 今回『ブルース』を読んで特に感じたのは、ブルース本人による「自伝」との相補性だ。「自伝」を読んで解釈しきれなかったことも、『ブルース』に戻ることでなるほどと頷くことしきり。具体的にいちいち挙げてはいかないが(相補性を感じたのは内容全てとも言えるし、メモは取らずドッグイヤーも折込まなかったので逐一思い出せない)、両者を重ね読むことで気がつくこと理解できることが多いと感じた。もちろんそれは反対方向についても言える。例えば「自伝」で詳らかに書かれ読み手に驚きをもたらした彼の鬱に関しては、『ブルース』でもすでに随所でほのめかされていたが(P.543 には「鬱状態」と明確に書かれている)、どこかぼかしている印象を受けたのだった。

 「自伝」を読んで浮かんだ大きな疑問のひとつは、スティール・ミル Steel Mill をなぜ解散させたのかということ。ここ数年、初期のブルースに興味が膨らみ、レコード・デビュー前の音源を聴き続けているのだが、このパワートリオは本当に凄かった。それは "Chapter and Verse" (2016) でようやく正式リリースされた "He's Guilty" 1曲聴いても伝わってくる。1970年頃には一回の公演に4000人を集めるほどの人気を博したという。彼らがこの路線を進んだとしても、歴史に残るバンドに成長したことは間違いないと思えるほどだ。それが1971年を迎えて早々に解散。そして、1973年のレコード・デビューに際して、彼がスティール・ミル時代に獲得した人気は、さしてレコード売上を後押しする役には立たなかったことも解せなかった。

 それらについては、「自伝」よりも『ブルース』をじっくり読んだ方が納得行く答えにたどり着けたように感じた。解散に関しては、ひとつはブルースが内面的葛藤を抱えてしまったこと、また次のステップとして別の音楽スタイルを求めたことがあり、売上の点では、フリーホールド、アズベリーパークの街に不況と荒廃がはびこる時代背景が大きく影響したようだ。

 極めて個人的なことを一つ。自分はダニーを見たのだろうかという疑問が最近再び浮かび上がった。私がブルースのライブを初めて観たのは、2007年11月のワシントン("Magic" ツアー)。翌年4月にダニー・フェデリシは亡くなったので、そのワシントンのステージ上に彼がいたのかどうか、記憶に自信がなくなっていた。今回『ブルース』を読むことで、彼が E Street Band を去るのはその直後だったと確認できた。brucebase wiki をチェックしても確かにその通り。考えてみると、ワシントン初日には(2007年のツアー唯一のパフォーマンスとなった)"Growin' Up" に続いて、大好きな "Kitty's Back" が演奏され狂喜したのだから、ダニーのオルガンが不在だったはずはない。今は亡きクラレンス・クレモンズを含めた E Street Band フルメンバーのステージをギリギリで体験できたのだった。(ブログ等に何度も書いていることだが、この時自分はフランス旅行中で、パリからワシントンまで4日間だけ往復した。全米ツアーではなく、それに続く欧州ツアーを観に行っていたとしたら、ダニーの姿は見られなかったことになり、本当にギリギリのタイミングだった。)

 「ブロードウェイ」では、幼い頃の記憶、デビュー前の出来事、家族たち(そして盟友クラレンス)について、たっぷり時間を割いて語られる。もちろん大成功以後のことについては誰も知っている話だし、それに比べるとデビュー前の逸話や体験談の方が圧倒的に面白い。アメリカについての語りが短く感じられるほどで、911 についても具体的言及は一切ない。

 例えば、父について、母について、それぞれ1曲捧げられている。成功してから祖父母の家のそばに植えられていたブナの木を見に帰ったこと(そして、、、以降省略)も印象深い話だ。そうしたエピソードの数々はすでに『ブルース』の中で取り上げられている。母について語った後に "The Wish" を歌ったことを補足する内容も短く書かれている(P.464)。ブロードウェイでは「自分のストーリーを知りたい。あなたのストーリーを知りたい。」と語りかけていたが、彼が語りたいストーリーは概ね1980年、30歳を過ぎた頃までについてなのだろうということが『ブルース』からも伝わってくる。そうした点について「自伝」と『ブルース』を重ね読むことで、より一層深まったように思うのだ。

 家族や故郷に対する想いが始めから終わりまで一貫して流れている「ブロードウェイ」なのだが、家族との関係性の中で特に重要なのは父親への葛藤と愛だ。そのあたりについても『ブルース』の記述が頭の整理の一助になってくれた。(自分自身も父との関係がうまくいかなかっただけに、『ブルース』と「自伝」を読んでいると、自分自身について二重写しにして考えることはどうしても避けられなかった。これ以上は書かないが、、、。)

 若い頃は、ブルースの音楽のカッコ良さ、言い尽くせぬ気持ち良さ、過去の様々な音楽を統合した魅力、ダイナミックなドライブ感、独特な構成美などの虜になっていた。しかし今は、それと同時に彼の音楽の深さに心惹かれている。『ブルース』を読むと、彼の音楽には表面的に感じられる以上のものが埋め込まれていることがよく理解できる。ブルースは曲を書く理由をとことん突き詰め、魂を削るようにしてそこにメッシージを埋め込んでいる。だからこそ、私のような英語を聞き取れない者にさえも彼のサウンドが響き、メロディーの良さ、サウンドの心地よさ以上の、とてつもない懐の深さのような何かが自分の魂を揺さぶるのだ、ということに気がつかされたのだった。



 自分は決して熱心なブルース・スプリングスティーンのファンではない。例えば、『ブルース』を読んでいて、アルビー・テローン Albee Tellone 名前が度々出てくるが、その度に「誰だったかな?」と首を傾げる程度のリスナーだ。2作目 "The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle"、3作目 "Born To Run"、5作目 "The River" は長年愛聴し続けてきたものの、 6作目 "Born In The USA" のポップさに飽きが来て、さらに "Human Touch" と "Lucky Town" が(リリース直後には)退屈に感じられ、そこでブルースからは離れてしまった。その後も彼の作品は買い続けたものの、聴き込むまでには至らず仕舞い。一度くらいはライブを観ておくかという気持ちで赴いた 2007年のワシントン("Magic" ツアー)において "The Rising" で大合唱になった時も、これは聴いたことのある曲だけれど、どうしてこんなに盛り上がるのだろうと疑問に思ったのだから、酷いものだ。2001年の「同時多発テロ」で亡くなった消防士たちへの哀歌とも言える、ブルースの代表曲のひとつなのに。

 心境が変化したのは 2016年にオークランドで "The River" ツアーを観たことがきっかけだった。愛聴する "The River" の全20曲をフルで演奏するなら是が非でも観たいと駆けつけたコンサート。それは9年前に観たステージを遥かに超える感動的なものだった。評論家などがどこかに書いているか、あるいはブルース本人が明かしているかどうか知らないが、アルバム "The River" を核にツアーを行ったのは、1980年頃にある考えにたどり着いたことが、彼にとってとても重要なターニングポイントだった証拠なのではないだろうか。30歳を過ぎて過去を振り返り認識したことの大きさ、それは『ブルース』にも「自伝」にもそして「ブロードウェイ」にも、ほとんど等しく映し出されているように思える。

 そのようにブルースの心の奥で流れ続けていた何かが私に響いたことで、私を再び彼のステージに向かわせる結果となったのかも知れない。そう考えると、"The River" ツアーを観る気になったのには、とても深い必然性を感じる。オークランドのステージでは、お目当てだった強烈なロック・ナンバーではなく、何より "Stolen Car" に言い知れぬ感動を覚えことにも納得がいく。それを追体験したくて、翌2017年にはオーストラリアに飛び、さらには今年1月、万難を排して Springsteen On Broadway まで観に行ってしまったのだろう。きっと何か特別な力が働いたのだ。ピーター・エイムズ・カーリンの『ブルース』を読みながら、ずっとそのことを反芻していた。

 やっぱりブルース・スプリングティーンの音楽には特別なものがある。



 ところで、この本を読み始めて早々に、以前読んだ記憶のある内容や文章の多さに気がついた。ふと書棚に目をやると、同じ本がもう1冊。とっくに読んでいたのだった! あーあ、またまたやってしまった。しかし、完全に忘れ去ったディテールが非常に多かったので、読み直しになったことは全く無駄ではない。それどころか、これからも繰り返し読み返す必要のあることを確認したのだった。



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(追記)

(*1)『ブルース』を読んで、ブルースが直視した弱者を切り捨てるアメリカの実情を、今の日本はそのまま後追いしているようにも感じられた。(11/26 記)

(*2)Netflix の放送は 12月16日と昨日改めて発表があった。変更になったのか? 合わせて Official Trailer も公開。観ると「やっぱりそこを使うよね」っていう思い出深い瞬間ばかり。しんみりしたあそことか、爆笑したあそことか。(11/28 記)







by desertjazz | 2018-11-26 11:00 | 本 - Readings

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 ピーター・エイムズ・カーリンの『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』とクロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』を、2週間かけてじっくり精読。今年の完読 71冊目と72冊目。

 まずはレヴィ=ストロース『野生の思考』。

 レヴィ=ストロースはこれまで『悲しき熱帯』(『悲しき南回帰線』)しか読んだことがなく、彼の代表作『野生の思考』くらいは、いつか読みたいと思い続けてきた。今回まとまった時間が持てたのでようやく挑戦を決意。しかしここまで難解だとは想像外だった。「本書はレヴィ=ストロースの著作の中でも格別に難解なものとして知られている。」(訳者あとがき P.362)のだそう。知らなかった!

 読みにくさの理由としては、覚えのない専門用語(それも一学者個人が定義づけし使用しているものも多い)が頻出していること、個々の単語・用語を厳密に日本語へと変換することがほぼ不可能なこと、文章が冗長で構文的にも分かりにくいことなどが挙げられる。この本は原文のフランス語で読まない限り、十分な理解などできないに違いないと思ったほどだったが、きっとフランス人にとってもこの難解さには大差ないことだろう。

 サルトルの『弁証法的理性批判』を解さず、レヴィ=ストロースの他の著書(研究書)も読まずに、この『野生の思考』に挑むことが、そもそも無謀だったのだろう。おそらく内容の1割も理解できていないに違いない。

 それでも、この書籍が書かれるより以前の「野生(野性)の思考」という捉え方が誤りであって、原生的/後進的に思える人々の多くの方が、名付けに関してははるかに複雑かつ見事な構造(といったもの)を持ち、しかもそれらが遠隔した別民族同士で共通項を有し、さらには現代人の思考との共通点や逆方向に対照する奥行きさえ持っている、等々の、論考の骨子だけはある程度把握できたと(勝手に)思っている。

 また、レヴィ=ストロースの論述を支える北米・南米・オーストラリア・メラネシアなどの文化人類学的なフォールド調査の成果の数々が実に興味深かった。どの民族も現代欧米人との接触・交流・混交が進み、彼らの文化の一部あるいは大部分が失われ、こうしたサンプル収集がもはや未来にわたって不可能であることを思うと尚更である。

 その一方で、何度読み返しても文章が把握できなかったり、本当だとは思えないようなロジックに疑問を抱いたりすることが、ほとんど全てのページにあった。息絶え絶えに読み終えて、こんなことならレヴィ=ストロースや構造主義についての概論書を先に読んでおくべきだったとも考えた。しかし、原典に取り組み、自分の限界を越えようとする中で、作品に味わいを感じることもまた、読書の醍醐味なのだろう。







by desertjazz | 2018-11-25 20:00 | 本 - Readings

 Youssou N'Dour & Le Super Etoile de Dakar のニューアルバム "Respect" が 11/28 にリリース!


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(追記1)11/30 リリースに延期されました。

(追記2)今日アップされたユッスーの最新ビデオクリップを観る限り、新作 "Respect" には、今年4月25日に突然亡くなった Super Etoile de Dakar のベース/キーボード奏者 Habib Faye を悼む曲が収録されているようだ。(12/2 記)







by desertjazz | 2018-11-24 10:00 | 音 - Africa

Retirement of Salif Keita ?

 サリフ・ケイタ Salif Keita が音楽界からの引退を表明 !?


 10月にリリースした “Un Autre Blanc” がサリフ・ケイタのラスト・アルバムになるようだ(CD発売は11月下旬の予定)。Another White というタイトルに象徴されるのはアルビノの権利保護というテーマ。サリフの声がとても良いなど、充実した内容なので、個人的には今年のベスト・アルバム候補に挙げていたところだった。


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by desertjazz | 2018-11-19 15:00 | 音 - Africa

 ウアムリア奈津江さんが、ベルベル系シャウイの伝説的歌手アイッサ・ジェルムーニ Aissa Djermouni と彼のアルジェリア盤CDを紹介され話題になった。それ以来、私も彼直系の音楽により注目するようになっている。マルセイユのベルザンスでは、そうしたシャウイ系のCDが色々手に入る。情報が乏しくて、ベルベルの中でも誰がシャウイ系なのか判断がつかない面もあるのだが、ライのルーツとも繋がるようなベルベルの土着的な伝統音楽をいくつか取り上げてみたい。

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 1995年にリリースされた "Anthologie Du Rai" は充実したコンピレーションだった。その中でライのオリジネーターとして紹介された、リミティ Rimitti とシェイク・エル・ハマダ Cheikh El Hamada に次いで取り上げられていたのが、シェイク・エル・ママチ Cheikh El Mamachi だった(Vol.1 のジャケットには彼の顔写真?)。葦笛ガスバとフレームドラム(ベンディール?)だけを伴奏にコブシたっぷりに歌われる、アクの強さやアーシーな感覚は一緒なのだが、アイッサの方が遥かに荒々しい歌だ。恐らくママチの方が随分後年の録音なのだろうと推測されるのだが、いかんせん全く関連資料が見つからない("Anthologie Du Rai" の解説にもフランス語への歌詞抄訳があるのみ)。呪術的でありながら、実に味があって、今度のマルセイユ探索の大きな収穫となった。

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・Cheikh Mohamed El Mamachi "Fi Had Majlisse" (Edition Fraternelle no number)
・Cheikh El Mamachi "Vol.1" (Edition Fraternelle No.369)
Cheikh El Mamachi "Vol.3" (Edition Fraternelle No.06)
・Cheikh Mohamed El Mamachi "Vol.4" (Edition Fraternelle No.430)
・Cheikh Mohamed El Mamachi "Vol.7" (Edition Fraternelle No.402)
・Cheikh Mohamed El Mamachi "Tayara" (Edition Fraternelle No.410)
・Cheikh Mohamed El Mamachi "Vol.12" (Edition Fraternelle No.420)
・Cheikh Mohamed Mamachi "Krim El Glaub Wajbi" (Edition Fraternelle No.432)


 シェイク・エル・ママチの CD がこれだけ出ているのなら、シェイク・エル・ハマダもあるはずで探してくるべきだったと、帰国後に気がついた。ハマダの録音は"Anthologie Du Rai" 以外にもいくつかのコンピレーションに1〜2曲ずつ収録されているが、まとめて聴きたい歌い手だ。Spotify で検索してみると6タイトルあり、どれもいい。これらの CD は次回のフランス滞在で探してみたい。


 ミロウド・エル・ヴィアラリ Cheikh El Miloud El Vialari も良かった。ハマダやママチと比較するとずっと端正な歌い口。録音も良く、動画もネットに複数アップされているので、現役の音楽家なのかも知れない。シンプルな繰り返しのようでありながら、時折ゾクッとする瞬間が来る。

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・Cheikh El Miloud "Kissat El Hadj" (Edition Noudjoum Wanchariss CD77)
・Cheikh Miloud Vialari "Vol.1" (Edition Noudjoum Wanchariss CD79)
・Cheikh El Miloud El Vialari "Vol.3" (Edition Noudjoum Wanchariss CD125)
・Cheikh El Miloud Vialari "Vol.4" (Edition Noudjoum Wanchariss CD147)
・Cheikh El Miloud Vialari "Vol.5" (Edition Noudjoum Wanchariss CD148)


 今回買ったカビールやシャウイといったベルベル系音楽CDで、まだ聴いていないものが手元に数十枚。アルジェリアの音楽は知るほどに奥が深く興味深い。しかし、とにかく各音楽家に関する情報がなくて、紹介しにくいことに困っている。その点、ウアムリアさんの書かれた記事『カビールとシャウイ 注目を集めるアルジェリアのベルベル系音楽』(ミュージック・マガジン2008年1月号 P.84-89)や彼女のブログ『ビバ!アルジェリア』は大変参考になった。だが、より詳しく知るためには、フランス語でも構わないので適当な文献が欲しいところでもある。

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 (続く。残りの未紹介のアルバムについては、また別の機会に。)






by desertjazz | 2018-11-07 00:00 | 音 - Music

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 ここ
に書いた通り、体調崩してやや不満足に終わったマルセイユの Fiesta des Suds 取材。アルジェリア盤探しも、熱っぽい身体で出かけて短時間で漁っただけだったので、収穫は少なめだった。

 まずはライ。今回聴いた中ではシェブ・アベス Cheb Abbes が一番良かった。

・Cheb Abbes "L'Histoire Maak Bdat" (2012)
・Abbes "Ma Andich Ichkale" (2014)
・Cheb Abbes "Sentiment Bizar" (2015)

 シェブ・アベスはオランのライ・シンガー。"L'Histoire Maak Bdat" の気品あるポートレートに惹かれて買ってみたら当たり! 1曲目はレゲエ調。4曲目は「ライのプリンセス」こと Djenet 嬢とのデュオ。5曲目はラップMC入り。ラスト8曲目は思わずリフレインしてしまうダンサブルな極上ポップ。トラックごとに楽器編成やアレンジに工夫がなされ、渋谷界隈で評判悪いヴォコーダー(ロボ声)もなし。今回入手したライ盤中でベストだろう。"Ma Andich Ichkale" も好盤。ちょっと Khaled を連想させる声質の良いシンガーだ。


 昨年パリのバルベス Fassiphone で見つけた "Wahrane Halaba" (2013) がかなり良かったシェブ・カデール Cheb Kader。その彼の続作 "Kanoune" (2015) もジャケの面構えに惹かれて買ってみた。流れがやや単調なところが惜しかった前作に対して、本作は1曲目がピアノのイントロで始まるなど、バラエティー豊かなアレンジ。強烈なノドを堪能できるところは前作と変わらない。それにしても "Wahrane Halaba" の1曲目は圧巻だった! 今ハレド Khaled に対抗しうる最強シンガーは2人の Kader だろう。

・Cheb Kader "Wahrane Halaba" (2013)
・Cheb Kader "Kanoune" (2015)

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 ということで、もう一人のカデール Kader Japonais。ジャケット写真も最高のカデール・ジャポネの大傑作 "Hkaya" (2016) を、一昨年秋にこれもバルベスで見つけて日本に紹介したところ評判を呼び、ちょっとしたベストセラーになった。確かにこれは素晴らしい作品で、近年のジャポネの絶好調ぶりが伝わってくる。そこで、今回も最新作 "Dream" を探して歩いてみたのだが見つからず。ひょっとするともうフィジカルは出していないのか?とも思ったが、まあそのうちに手に入れられるだろう( "Dream" も Spotify で聴けているので CD がなくても困らないのだが)。ちなみに10月25日には新曲 "Y'en A Marre" をリリースしたので、来年早々にはまた新作を楽しませてくれるに違いない。

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 カデール・ジャポネは未入手だったアルバムをひと山まとめ買いできたので、今せっせと聴いているところ。いずれも充実した作品だが、以前から持っているアルバムを含めても(下の写真)、やっぱり "Hkaya" が最高だ。

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・Kader Japonais "Ton Bébé" (2007)
・Kader Japoni "Ntalaak Fel Houari Ou Nhabtek Fi Orly" (2009)
・Kader Japonai "Adamek Nti Bizard" (2010)
・Kader Japonais "Mazel Kloubna En Contact" (2011)
・Kader Japonais "200% Live Sheraton" (2011)
・Kader JAP "Jorhi Ma Bra" (2013)
・Kader Japonais "Haba Haba" (2013)
・Kader Japonais "Oscar" (2014)
・Kader Japonais "Today" (2015)
・Kader Japonais "Hkaya" (2016)
・Kader Japonais "Dream" (2018)


 番外編?として、マルセイユのCD店のオヤジに強く勧められたマゾウジ Mazouzi。聴いてみたらシンセによるリズムボックスのようなシークエンスがまるで Cheb Khaled の "Kutché" のようで、思わず聴き入ってしまった。

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(以上のアルバムのほとんどは Spotify でも聴くことができます。)






by desertjazz | 2018-11-06 12:00 | 音 - Music

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 ここ最近聴いているのは "New Cool Collective Big Band Featuring Thierno Koité" (Dox Records, 2017)。Youssou N'Dour / Etoile de Dakar / Orchestra Baobab 関連の作品は全て入手したいと思って集めているが、このアルバムの存在はつい先日まで見逃していた。かつてユッスーの Super Etoile de Dakar に在籍し、オーケストラ・バオバブ Orchestra Baobab での活動も続けるサックス・プレイヤーのチエルノ・コイテ Thierno Koité が、オランダのビッグ・バンドと共演していたとは。

 New Cool Collective はオランダを拠点とする19人編成のジャズ・バンド。彼らが2012年にセネガルのダカールとサンルイでコンサート出演した際、バオバブのステージを観て、そこでチエルノと出会ったことが、このレコーディングに結びついたそうだ。

 この New Cool Collective はアンサンブルを中心としたポップなジャズ・バンドといった印象で(曲によってはメイナード・ファーガソンあたりに近い)、このアルバムでもチエルノのソロを全面展開している訳ではない。しかし、冒頭のチエルノ作曲(イドリッサ・ディオップ Idrissa Diop との共作)"Myster Tier" は、彼らしいンバラとアフロ・キューバンのミックスがビッグ・バンドのスタイルで再演されている。3曲目 "Moussa Caravelle (Tribute to Emilien Antile)" もチエルノの筆によるポップなナンバー。4曲目 "Padee" は African Jazz Pinoneers の南ア・ジャズを連想させる。New Cool Collective とチエルノとの共作曲も4つあって、中でも "Yassa" の高揚感溢れるホーン・アンサンブルは痛快だ。

 New Cool Collective とチエルノはライブ共演も果たしており、そのシングルがオランダで500枚限定でプレスされている(現在オーダー中で、到着待ち)。

 チエルノ・コイテはバオバブのキーパーソンとして活動するかたわら、ソロ・アルバムも2枚発表している。

・Thierno Koite "Teranga" (JFC Music, 2004)
Thierno Koite "Ubbite" (JFC Music, 2005)

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 いずれもアフロ・キューバン/サルサを中心としたアルバムなのだが、幾分凡庸な仕上がり。チエルノの経歴としてこれらより遥かに重要なのはル・サヘル Le Sahel の方だろう。

 ル・サヘルは、1972年にダカールで開業したナイトクラブであり、そこのハウス・バンドとして1974年に誕生したバンドの名前でもある。中心メンバーは、リーダーの Cheikh Tidiane Tall(ギター、オルガン)、Idy Diop(ヴォーカル)、そしてチエルノ(サックス、フルート)。他に Seydina Ihsa Wade(ギター)、Papa Djiby Ba(ヴォーカル、ギィロ)など、セネガル音楽に詳しい方ならご存知だろう名前も。

 彼らは短い活動期間の間に1枚だけレコードを作っている。

・Le Sahel "Bamba" (Musiclub, 1975)

 このアルバム、サルサ/アフロ・キューバンをベースとしながらも、そこにウォロフのリズム、さらにはロックやソウルなどのエッセンスを混ぜ込み、ウォロフ語でも歌うことで、従来のラテン・カバーから抜け出したものになっている。セネガルの独自色強いほとんど最初の作品であり、セネガリーズ・ポップ史上の大名盤、最重要作のひとつだと、個人的には長年考えている(この後触れるル・サヘルのリユニオン作の解説を読み直したら「("Bamba" の)タイトル・トラックは初めて録音されたンバラの曲」と書かれていることに納得)。なので、もし自分が自由にアフリカ音楽をリイシューできるなら、このアルバムを最初に出すだろう(ダカールで買ったボロボロのジャケットのレコードしか持っていないことでもあるし、、、。ちなみに現時点のマーケット・プライスは100ドル前後。全曲解説書こうかと思ったが、まずは聴いてみてください。ネットで検索すれば簡単に聴けます)。

 ル・サヘルはそれだけ重要なバンドながら、恐らく多くの人々に知られないままだった。そんな彼らが再結成し、2015年にアルバムまでリリースした時にはさすがに驚いた。

・Le Sahel "La Légende de Dakar" (Celluloid, 2015) 

このアルバム、1975年のファーストで取り上げた Larry Harlow の "Caridad" を再録音し、New Cool Collective と共演した "Master Tier" の元ヴァージョンも楽しめる。

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 こうした録音を聴いているうちに、久しぶりにチェルノたちに会いたくなって、オーケストラ・バオバブのライブ日程を調べてみたら、1本だけ、来年5月5日にパリの Philharmonie de Paris での公演が予定されていた。しかし予定メンバーのリストの中にはなぜかチエルノの名前はなし。

 Africando に行ったメドゥーン・ジャロ Medoune Diallo は仕方ないとしても、バオバブのマジカルなリズムの核だったギタリスト2人、バルテレミ・アティッソ Bartélemy Attisso とベンジェルーン Latfi Benjeloun が前作 "Tribute to Ndiouga Dieng"(2017) には不参加。このアルバムは、コラの導入もあって、バオバブらしさがかなり削がれた不本意な作品になってしまった印象が強い。タイトル通り、シンガーのンディウガ・ディエンが世を去り、残念なことだけれど、再結成バオバブの最盛期も過ぎてしまったのだろう。しかし、"Tribute to Ndiouga Dieng" のプロデューサーとして名を連ねたチエルノまで不参加のバオバブのライブって、どうなのだろう? そんな思いにかられながらも、やっぱり彼らのライブをまた観に行きたくなっている。会場も素晴らしく(一昨年にユッスーを観た、クラシック用のコンサート・ホール)、半年以上先のコンサートなのに良席はすでに完売。オーケストラ・バオバブの人気はまだまだ根強いようだ。






by desertjazz | 2018-11-05 17:00 | 音 - Africa