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アフリカの記憶 018

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 South Africa / Johannesburg - Soweto 1995

 タクシードライバーが案内してくれたソウェト。そこは、自分が想像していた町とはかなり異なっていた。

 あるエリアではトタン屋根のバラックがびっしりと密集している。車から降りて遠巻きに眺めた風景は、それまで頭の中で描いていたソウェトそのものだ。古い映画を観るかのような寂れた情景で、貧しい生活ぶりが伝わってくる。高台に車を停めたドライバーは、ここより先には行けないと言う。実際、こちらに目を向ける住民たちの視線はひどく攻撃的だった。

 少し進むと、今度は細長い集合住宅がずらっと並ぶ。まるで鉛筆を並べたかのよう。一体どれだけの家族が暮らしているのだろう。

 しかし、本当の驚きはこの先にあった。







by desertjazz | 2020-05-31 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 017

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 South Africa / Johannesburg - Soweto 1995

 ジンバブウェ、ザンビア、ボツワナを半月間巡った後、南アのジョハネスバーグへ。帰国前のトランジットが目的だったので、日本を出発する前に、空港近くの Holiday Inn を予約しておいた。しかし、それではつまらないと思い直し、前日に予約変更。あえて、ジョハネスバーグで最も危険と言われているエリア、カールトンセンター近傍の Holiday Inn に変えた(最初電話で予約変更しようとしたが、自分の英会話力ではどうしようもなく、結局ハラレの Holiday Inn に出向いて手続きした)。

 ジョハネスバーグに移動、そして Holiday Inn にチェックイン。どこかに行きたいと思ったが、周辺を散歩することすら危険だと考え、タクシーを使って近くのカールトンセンターまで往復することにした。しかし、乗車してすぐに、ふと思いついた。「ソウェトに行ってみたいのだけれど?」とドライバーに尋ねる。すると「行けるよ。私が住んでいるところだから案内するよ」との返答。ジョハネスバーグではソウェトを是非訪ねたいと願っていたので、これは幸運な出会いだった。


*ホテルを出発し、一路ソウェトを目指す。しばらくして鉄道と並走。例えば最近 Red Bull 制作による、ゴム Gqom などを紹介する良質な音楽ドリュメンタリー・シリーズがあった。そのタイトルバックでもこの鉄道の映像が使われている。それを見る度にソウェトを思い出したのだった。







by desertjazz | 2020-05-30 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 016

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 Zimbabwe / Harare 1995

 深夜、また一組のストリート・チルドレンと出会う。

 こうした写真を撮れたのはなぜだろう。
 アフリカの旅も終わりに近づき、
 安全と危険の境目が見えたからなのか。
 あるいは、単に大胆になったからなのか。

 ジンバブウェはこの後、経済が崩壊した。
 彼らはどのようにして生き延びたのだろう。


*昔の写真を見返すと、アフリカでも、アジアやヨーロッパでも、そしてメキシコやブラジルでも、人を多く撮っていた。しかし今は、ほぼ全く撮らない。それは何故なのか、ずっと考え続けている。

 





by desertjazz | 2020-05-29 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 015

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 Zimbabwe / Harare 1995

 ビル警備のガードマンたちと別れ、
 また別のガードマンたちと語らう。
 路上で花を売る若者たちが話しかけてくる。
 そして、ストリート・チルドレンが次々寄って来る。

 金か物をせびられるかと思ったが、
 そのような素振りは全くなかった。
 ひたすら陽気にはしゃいでいる。
 カメラを向けるとますます喜ぶ。

 皆ボロをまとい、靴すら履いていない。
 圧倒的な貧しさを見せつけられるばかり。
 彼らと深いところで交流する術がない。
 釣られて笑顔を見せながらも、心は複雑だった。







by desertjazz | 2020-05-28 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 014

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 Zimbabwe / Harare 1995

 アフリカ南部2度目の旅。ジョハネスバーグからのフライトで帰国するので、そこまで飛ぶために、またハラレに戻ってきた。ガイドブックには夜歩きを避けるよう書かれているが、結構白人たちが出歩いている。そもそも四つ角ごとに警官や警備員が立っている。考えようによってはこれほど安全な場所はないだろう。そのことに気がついて、夜散歩に出かけた。

 早速、ビルを警備する男たちが「何をしている」と話しかけて来る。「君たちに会いに来たんだよ」と答えると、皆大喜び。思わず記念撮影会となった。








by desertjazz | 2020-05-27 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 013

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 Zimbabwe / Hwange - Botswana / Chobe 1995

  ワンゲのロッジで眠る深夜、突然地震のような揺れ。
  外で物音がするので、窓を開け、暗がりに目を凝らす。
  すぐ手の届くところで何か大きなものが揺れている。
  ロッジの柱にされた木の幹に、巨象が身体を擦り付けていた。
 
  2年前の記憶が蘇る。
  1993年、ボツワナ共和国のオカバンゴ。
  ロッジの外のテーブルを囲んで食事している時、
  すぐ横を巨大な象が悠然と歩き過ぎて行った。

  ワンゲからヴィクトリア・フォールズに戻り、国境を越えてチョベへ。
  ザンベジ川のクルーズ船に乗り、水浴するカバを眺める。
  クルーズのハイライトは水飲み場に集まる象の大群。
  一体どれだけの数が集まっているのだろう。
 

*ワンゲ国立公園もオカバンゴも、自然を楽しみ野生動物を観察するには最高の環境だった。南アやケニア、タンザニアのことを知らないから、そう思うのかも知れない。だが、少人数で歩いて野生動物を見て廻れるだけでもお勧め。ロッジまでの送迎、豪華な3食(酒は飲み放題)、1日2回のツアー込みで、1泊300ドル以下だったか?(当時は1ドル=約80円だったこともあり)内容を考えると、決して高くはない。







by desertjazz | 2020-05-26 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 012

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 Zimbabwe / Bulawayo 1995

 アルジェリア南部サハラ砂漠ただ中のタッシリ・ナジェール Tassili n'Ajjer や、ボツワナ北西部ナミビア国境に近いツォディロ・ヒル Tsodilo Hill には、いつか行きたいと昔から思い続けている。それは、アフリカの岩絵(古代壁画)に深い関心を持っているから。是非とも直に見てみたいものだ。

 ブラワヨでもキャンプ場にテントを張って滞在。その間、周辺のスポットを廻る日帰りツアーに参加。セシル・ローズの墓を訪ねた後、暗い穴に案内される。そこには古代ブッシュマンが描いたとされる絵が残っていた。幾万年の歴史に想いを馳せる・・・とまでは正直行かない。規模が小さくて、物足りないのだ。ツォディロで過ごす日を夢見る。


*タッシリ・ナジェールとツォディロ・ヒルについては、思い出す度に行く方法について調べている。憧れる旅先はまだ残っていた。なので、「アフリカの記憶 000 - My Lost Africa - 」での書き方は正確でなかったかも知れない。

*今年は、ディセプション・ヴァレー(セントラル・カラハリ)、オカバンゴ・デルタ、ツォディロ・ヒル、それからハンシ経由で、ナミビアへ入り、南アを巡る、長めの旅を計画していた。しかし、当面は先送りに。体力面も考慮すると、おそらくもう無理だろう。







by desertjazz | 2020-05-25 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 011

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 Zimbabwe - Zambia / Victoria Falls 1995

 世界各地を渡り歩いて数々の絶景を目にして来たが、ヴィクトリア・フォールズも特に印象に残っているひとつだ。滞在したのが特別水量の多い4月末だったので、なおさらである。

 ハラレからのフライトが滝に近づき、大地に刻まれた深い間隙から高く舞い上がる膨大な水煙を見た時の驚き。崖の突端から垂直に110m見下ろした絶景(岩が水で濡れてツルツルだったので、一歩足を踏み外せば真っ逆さまに落ちる)。滝に面して伸びる遊歩道をレインウエアを着て歩いても、水浸しになったこと。傘をさして歩いている人も、水着姿で水に打たれるカップルもいた。場所によっては水煙に完全に包まれて、滝が全く見えず、轟音が響くだけ。2km離れたキャンプ・サイトにいてもその轟音が地響きのように唸り続け、その音を子守唄にテントの中で休んだのだった。

 巨大な滝は、国境にかかる橋からも、あるいはザンビア側からも眺めることができる。しかし、わざわざ崖下まで降りて見上げる人は少ないだろう。ザンビア側に渡ると、そこから約100m下まで容易に歩いて降りられる。滝壺からつづら折りになった先なので、落ちる滝そのものはよく見えないが、舞い上がる水煙は漂い流れてくる。この先、深く切り立った渓谷の中をインド洋へと向かうザンベジの流れも、また見事な景観だった。


*滝の写真はたくさん撮った。しかし1枚を選びきれない。その迫力や雄大さは、実際に目にし体感しないと十分には分からないだろう。

*橋の中央からはバンジージャンプを楽しむツーリストたちの様子も。100ドル払って100mの Free Fall だったか? 自分はたとえ金をもらっても、やりたいとは思わないが、、、。

*かつてないほどの渇水に見舞われ、絶えず膨大な水量を誇っていたヴィクトリア・フォールズの流れが、昨年末から年明けにかけて途絶えたと報じられた。その写真を見た時にはとても信じられなかった。







by desertjazz | 2020-05-24 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 010

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 Zimbabwe - Zambia / Victoria Falls 1995

 アフリカ南部を流れる大河ザンベジ川、その途中、ジンバブウェとザンビアの国境域に世界有数の大瀑布ヴィクトリア・フォールズ(ヴィクトリア滝)がある。その巨大な滝はジンバブウェ側からの眺めの方が知られているが、ザンビアから望むことも可能だ。

 ヴィクトリア・フォールズの町にあるキャンプ・サイトから 2km、国境をまたぐように川に掛けられた橋を渡った先がザンビア。日本人がジンバブウェに入国する際、ビザは不要だが、ザンビアに入る時には必要。ただし、日帰りでこの橋を往復するだけならば、事前にビザを取得する必要はない。橋を渡り終えた先のイミグレでスタンプを押してもらえば、それで OK。

 私がイミグレを通過する時、その前に荷物を抱えた女性グループがいた。彼女たちは皆、一辺 60cmほどの(もっと大きかったか?)紙を広げて、そこに入国/出国スタンプを押してもらっていた。その紙を覗き見ると、スタンプが何十も、いや百を超えそうな数だけ押されていて、ほとんど余白がなかった。

 彼女たちは、毎日多くの荷物を背負って2つの国を往復し、商いを続けていたようだ。これも立派な貿易だ。女性たちが持っていた紙切れは、そのためのパスポートだったのだろう。


*途中、ワンゲ Hwange やチョベ Chobe でのキャンプを含めると、結局1週間ヴィクトリア・フォールズ周辺に滞在した。この写真、橋の奥にはその滝がうっすらと見える。(写真、左がジンバブウェ、右がザンビア)







by desertjazz | 2020-05-23 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 009

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 Zimbabwe / Harare - Bulawayo 1995

 ボツワナのカラハリ砂漠でキャンプ生活した1年半後、再びアフリカ南部へ。最初の目的地はジンバブウェ。独立15周年の記念日 4月18日に何か大きいイベントがあるだろうと考えて旅程を組もうとしたのだが、うまく行かず。首都ハラレに到着したのは、その記念日より10日ほど後だった。

 空港から市内の宿までタクシーで直行。ドライバーは、この国を走っている車の90パーセントは日本車だと話す。その背後からサイレンを鳴らす一団が近づいてきて、全ての車が一斉に道を空けた。その途端、暴走軍団が脇を通り抜けていった。「何だ?」と尋ねると「大統領だ」 ムガベ大統領御一行がどこかから帰国したようだ。

 安宿にチェックイン。すると Thomas Mapfumo のコンサートのチラシが貼ってあるではないか。日付を確認すると、なんと今夜だ。かなり迷ったが、土地に対する感覚がまだない。着いた初日なので無理はしないことにする。2年前のメキシコシティー、入国した日の夕方に出歩いて凶器?を持った2人組に襲われた記憶がまだ鮮明だったので(その時負った顔の傷は今でも残っている)。

 ヴィクトリア・フォールズ、ワンゲ国立公園、ボツワナのチョベ国立公園などを巡った後、ジンバブウェ第2の都市(ンデベレ人の中心)ブラワヨへ。ここでも Thomas Mapfumo のコンサートのチラシを見つける。だが、こちらも日程が合わず。

 結局今に至るまで、Thomas Mapfumo のライブを体験したことがない。彼の地元でのステージを見られるチャンスなど滅多にない。やはりハラレ初日のライブへ行っておくべきだったのだろうか?








by desertjazz | 2020-05-22 00:00 | 旅 - Abroad