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アフリカの記憶 008

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 4

 夜、「ゲムスボックのダンス」が始まった。

 女たちが呪術的なコラースを繰り返す。 
 ピグミーのポリフォニーのようであり、
 アイヌのウポポのようであり。
 そして力強いハンドクラップを響かせる。

 男たちは激しく土を踏みつける。
 唸り声をあげながら、
 輪をなして回り踊る。
 細かな砂煙が舞い上がる。

 強烈なトランス・ダンスだった。


*病人を治癒する目的で始まったヒーリング・ダンスを目撃。それは、実に強烈な体験だった。ブッシュマンのトランス・ダンスは朝まで続くこともあった。今でも時々、その録音を聴いて追体験している。

*残念ながら、カラハリ滞在中、夜に撮影した写真はとても少ない。トランス・ダンスも大人数で盛り上がった時は記録できなかった。







by desertjazz | 2020-05-21 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 007

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 3

 狩猟採集民は早寝早起きなのだろうと思っていた。
 夜暗くなったら何もすることはない。
 さっさと寝てしまうのだろう。
 ところが違っていた。

 深夜、星空を眺めながら、焚き火で暖を取っていると、
 ブッシュマンたちが懐中電灯を借りに来る。
 何のためかと尋ねると、「ウサギを獲る」と答える。
 懐中電灯の光で目くらましするのだと言う。

 暗闇の中で電灯の明かりがチラチラと動く。
 しばらくして成果を見せに戻ってきた。
 彼らの手には4羽のウサギ。
 見事なものだ。






by desertjazz | 2020-05-20 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 006

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 2

 やって来るまでは、完全なる砂漠だと思っていた。
 しかし、砂の間から潅木や緑が生えている。
 砂で覆われた大地は根菜や野生スイカも育む。
 ここは、一面砂だらけの死んだ土地ではなかった。

 日が沈むと、あたりから不思議な音が鳴り始める。
 小さなスプリングが弾むような音で大地が覆われる。
 四方八方で生き物たちが鳴き交わしているのだろう。
 ただし、その正体は誰に尋ねても分からないという。

 どっぷり暮れた頃、謎の物音が強まるのを待って歩みだす。
 マイクと録音機とヘッドホン、
 そして懐中電灯を手にして。
 戻る方向を見失わないことを一番に考えながら。

 テントから100mほど進んだ。
 ここならキャンプの物音がほぼ届かない。
 ヘッドホンを耳にして、録音ボタンを押す。
 幾千、幾万の生き物たちのさざめきが聴こえる。

 真っ暗闇の中、ヘッドホンで耳を塞いでいると、
 背後に何かの気配を感じる。
 今にもライオンに肩を叩かれるような奇妙で恐ろしい感覚。
 何度も振り返るが、そこには何者もいない。


*後日聞き取り調査をすると、音の正体は「カカ」という虫だという証言を得られた。カカの発音は [!ka!ka] が近い。[!] はブッシュマン(や南ア)に特徴的なクリック音(舌打ち音)の一つ。

*砂漠に滞在中「最近も、夜の空気が気持ち良いからと言って、テントを出て外で寝ていたドイツ人がライオンに食べられた」と聞いた。ここはライオンやハイエナなどの肉食野生動物が暮らす土地だ。しかし、人間の出す物音が聞こえるところには野生動物は寄ってこないとも教わった。少なくともテントの中で寝ていれば安全らしい。そう聞いていたので、ライオンに襲われる可能性は低いと考えた。怖かったが、それでも、不思議な音に浸り録音する喜びが恐怖に勝った。







by desertjazz | 2020-05-19 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 005

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 1

 最初の驚きは月の明るさだった。
 夜中でも本が読めるほどの輝き。
 これは日本でも特段珍しいことではないだろう。
 東京に住んでいると、月明かりを意識することが少ないだけで。

 カラハリ砂漠まで連れてきてくれた学者と語らう。
 「流れ星を見たことがほとんどないんです。」
 「ここにいればいくらでも見られますよ。ほら。」
 その瞬間、目の前を眩い光芒が素早く通り過ぎた。

 星空をじっと見上げていると次々光が流れる。
 またひとつ光が走る。
 「あれも流れ星ですか?」
 「いや、あれは人工衛星です。」

 カラハリ砂漠の真っ只中から眺める夜空は本当に明るい。
 天の川も信じがたいほどくっきりと見える。
 周囲360度、真っ直ぐな地平線に囲まれる。
 その上に、満天の星が輝く。

 まるでプラネタリウムの中にいるようだ。
 いや、違う。
 反対だった。
 プラネタリウムこそが、この夜空を模しているのだった。


*カラハリ砂漠の中央でブッシュマンたちと過ごした3週間は、驚きの連続だった。この体験については書き尽くせない。カラハリに関しては随時書き加えたいと考えている。(カラハリでの砂漠体験が強烈だったから、その後も世界中の砂漠を巡り続けているのかもしれない。)







by desertjazz | 2020-05-18 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 004

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 Botswana / Kalahari 1993

 ハボローネから走ること3日、集落に辿り着く。
 待っていたのは猛烈な匂い。
 汗と脂が溶け合ったような慣れない匂い。
 砂漠の灼熱の中で生きるブッシュマンたちの体臭。

 しかし、数日そこで過ごす間に匂いが消えた。
 全く何も匂いを感じない。
 色覚の次に失ったのは嗅覚だった。
 自分の体臭も彼らと同化したのだろう。


*朝コップ一杯の水で顔を洗い歯を磨く日々。日中の気温が40度を超える暑さで(なのに朝は氷点下にもなる)、1日水を4リットルは飲む。その分、持ってきた水は節制に努めた。3週間の滞在中、水浴びしたのはわずかに2回。頭も体も洗わなかったため、ブッシュマンたちと同じような匂いになったのだろうか。(スタッフ5人+αで、使用した水の総量は 2000リットル。毎日一人最低5リットル必要だった。人は水なしでは生きていけない。)

*写真は色々お世話になったブッシュマンたちのうちの3人。カラハリでは個性豊かな多くの人々と出会った。その一人一人についても、なるべく書き残しておきたい。それにしても、おしゃれな3人だ。







by desertjazz | 2020-05-17 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 003

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 Botswana / Kalahari 1993

 セントラル・カラハリ動物保護区の西の入口から、
 その中央部で狩猟採集生活をするブッシュマンの集落を目指す。
 砂が深くて柔らかく、4WD車でも時速15kmが限度。
 その道行、50kmも続く直線道路に目が喜ぶ。

 ここから半径100km圏内には誰もいない。
 「こんなところで車が故障したらどうします?」
 「3日に一度くらいブッシュマンが通りますよ。」
 そんなものかと思い、開き直る。

 人々は何を楽しんでいるのだろう。
 どこで戦争が起きているのだろう。
 ここにいると、今世界がどうなっているのかわからない。
 静かな絶景を目にして、全てのことが気にならなくなる。


*デビアス・ダイヤモンドで有名なボツワナ共和国。西部の街ハンシ Ghanzi から Central Kalahari Game Reserve の真っ只中で狩猟採集生活を営むブッシュマンの村へと移動した時の記憶。食料を持っていないことよりも、持参した水が少ないことの方が恐怖だった。(この写真はどうしても色補正に限界がある。)







by desertjazz | 2020-05-16 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 002

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 Botswana 1993

 ハボローネからカラハリ砂漠へ向けて走る。
 舗装道路が砂の悪路に変わる。
 視界から次第に色が消えていく。
 砂色一色の世界。

 初めに感じたのは熱さだった。
 独特な熱を帯びた空気。
 暑いというより、目眩を誘うような熱さ。
 その空気の中では牛の歩みも不思議に響く。


*初めてのアフリカの旅は南ア経由で訪れたボツワナだった。首都ハボローネで取材許可を受け取り、キャンプの買い出しを済ませ、数日後に西へと走り始めてしばらくすると、舗装が途絶え、大群の牛が飼われるフィールドに出た。猛烈な熱を浴び、世界が溶解するように感じたことは、今でも鮮明に記憶している。






by desertjazz | 2020-05-15 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 001

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 Senegal / Dakar - Gorée 1999

 ダカールの沖合に浮かぶゴレ島の「奴隷の家」へ。
 ここはかつて奴隷の「積み出し」基地だった。
 地階の「搬出口」から大西洋を望む。
 新大陸に送られる人々は、どんな気持ちでこの海を見ていたのだろう。

 2年後、ブラジル東部バイーアのサルヴァドールへ。
 かつて奴隷小屋だったというレストランを訪ねる。
 その地階は奴隷という商品を一時預かる部屋だった。
 大西洋に面した「搬入口」を目にして記憶が蘇る。

 アフリカからの出口と南アメリカへの入口。
 相似する2つは、そっくり重なり合い、そして繋がっていた。
 地球は小さい、絶望的なまでに。
 時間と空間が消え去り、目眩をおぼえた。


*1999年に初めてセネガルへ、そして2001年には初めてブラジルへ。時を隔てて目にしたふたつのゲートがぴったり重なり合い、この上なく重く暗い凄惨な歴史がズドンと腹に落ちてきた(奴隷の家のその出口は、’Door of No Return’ と呼ばれている)。

*(余談になるが、サルヴァドールのそのレストランには私の写真が飾ってあるそうだ。2016年にサルヴァドールを再訪した時、見てこれば良かった。)


**追記:この写真は2000年、2回目のセネガル旅行の時のものだったかも知れない。後日確認予定。






by desertjazz | 2020-05-14 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 000 - My Lost Africa -_d0010432_13125030.jpg



 -Prologue- My Lost Africa
 
 Zaire / Kikwit 1996

 しばらく前から、昔アフリカでフィルム撮影した写真を見直している。

 この写真は、1995年にエボラ出血熱の感染爆発が起こったザイール(現在はコンゴに改名)カサイ州のキクウィトを、その翌年にエボラの取材で訪れた時のもの。夕方、カサイ川(の支流?)とそこに浮かぶ丸木舟の美しさを眼にしてシャッターを切った1枚。ここは、いつかもう一度訪れたい場所のひとつだ。

 多分幸いなことに?、私は(出張を含めて)旅を繰り返し、数多くの国や地域を訪ね歩いた。一般人では入れないところにも幾度となく足を踏み入れた(行かされた)。なので、旅の経験は豊富な方だろう。だがその分だけ、次の旅の目標を定めるのがとても難しくなっている。これまで白状できずにいたが、どうしても行きたいところは行き尽くしたし、会いたい人にもほとんど会えてしまったので。

 自分はこれからどこを旅したいのか/旅する必然性はどこにあるのか、考える度に悩みもする。旅は好きだ。その一方で、飛行機に乗るだけでも、地球環境破壊に加担しているという思いもある。それだけに、自分が世界を飛び回る意味を常に考えている。だから、ただの観光旅行には私個人としては興味がない。

 散々思案した末、一昨年の夏から今年1月にかけて、ドーハ、アルメニア、ジョージア(グルジア)、フランス(マルセイユ)、トルコ、ラオスなど、そしてインドネシア(15回目)のバリ(14回目)とフランス(16回目)のパリ(15回目)に足を運んだ。いずれも収穫の多い旅になった。少なくとも今後数年間は海外旅行など出来そうにない。そう考えると、行ける時に行っておいて良かったと、今は思う。

 しかしこれは、次のアフリカ旅行計画が先送りになり続けているからでもある。自分は決定的理由を見出せないうちは旅立つことができない。もう一度アフリカに行くことができれば、切り良く10度目になる。その思いが自分を後押しし続けている。いやそれ以前に、アフリカを直に歩くテーマはいくつも持っていて、リサーチを続けている。

(例えば、ガーナ音楽研究の第一人者であり Fela Kuti とも親交の深かった John Collins さんや、ピグミーの女性と結婚しピグミーの集落での生活を続けた Louis Sarno さんとも直接やりとりをさせていただいた。その途端に Louis Sarno さんが亡くなったのはショックだったのだが、、、。近年盛り上がっているアフリカ各国の音楽シーンを直に取材したい気持ちもある。)

 だが、またアフリカに行こうと自分を奮い立たせているものの、まだその目的をはっきり見出せないまま何年も過ぎている。

 そんな折、新型コロナ禍のせいで、思わず今は自宅を出ずに過ごす時間が増えた。そこで、以前よりやりたいと思っていたフィルム・スキャンを始めた(その作業専用に EPSON GT-X830 を新規購入)。まずはアフリカで撮影したネガから取り掛かっているのだが、その数、数千枚。最適な設定を探りながら、毎日数枚ずつテスト的にスキャンしている。

 全てが、安いカメラと安いレンズで、あるいはコンパクトカメラで撮った素人写真なので、大したものはない。保存状態が良くなく、劣化も進んでいる(退色補正には限界があり、ネガに傷や汚れも目立つ)。

 それでも、ネガからスキャンし拡大して見直すと、忘れていた記憶が次々と蘇り、新鮮で興味深い。自宅に居ながらにして旅をしている気分にもなる。これは予想しなかったことだ。


 ひとたび旅を終えると、それは失われる。土地も人も時間とともに変化するからだ。だから、終えてしまった旅を再現することは不可能で、それは記憶の中にだけ止まる。誰しも、過去の旅は、終えた時点で奪われる。しかし私は、もしかすると未来の旅まで奪われてしまったのかもしれない。

 世界は、突然見えざる力によってグローバリズムを否定されたとさえ言える状況下にある。誰もが自由に旅のできる時が戻ってくるかどうか、それは今はまだわからない。多くの人々にとって、世界を直に体験できる時代が終わってしまった可能性すらある。

 そうしたことを考えながらも、意外と悲観的にはなっていない。世界が新しく生まれ変わるとして、そこには何らかの必然性なり理由なりが見出せるのではないかと思うからだ。過去の自分の記録を見返すこと、昔撮影した写真を冷静に見直すことは、(大げさな言い方になるが)世界の現状を認識する上で貴重な情報を与えてもくれる。さらには、次の旅のプランを練るためのヒントも詰まっているように思う。

 近場への旅さえ許されない今、自分の過去の旅をもう一度辿り直すことは、本当に旅をしている気分にさせてくれる。私はアフリカへの旅を永遠に失ってしまったのかもしれない。それでも、またいつか旅立つ日が来ることを願い信じて、しばらくは心の中で旅してみようと思う。
 





by desertjazz | 2020-05-13 00:00 | 旅 - Abroad

最近の収穫盤 E.T. Mensah の SP、ほか_d0010432_17405352.jpg


 新型コロナウイルスの影響で、新譜のリリースの遅れが目立つ。心待ちにしている Fela Kuti の未発表だった初録音や Klo Pelgag のニューアルバム(第3作目)"Notre-Dame-des-Sept-Douleurs" などは6月に発売延期となった。反対に The The のようにリリースを前倒しにした例もあるけれど。

 貨物便も含めて国際便の運航が減っているようで、そのため海外からのレコード類も到着がかなり遅れる傾向が続いているようだ。

 個人的にも一番待ち遠しく思っていたブツがさっぱり届かず。ハラハラ。しかし、待つこと45日。オーストラリアからやっと届いた!

 Matrix Number だけは分かっていたが、実際録音が残されいているのかずっと分からず。そんな存在不明だった SP を足掛け10年でやっと発見。しかし、3/20に発送連絡受けたものの全然届かず、コロナのドサクサで紛失したかもと諦めかけていた。

 受け取った盤は無事でピカピカ、最高の状態で、両面とも初めて聴く曲だった。彼の初期録音で不明なのはあとSP1枚分。きっとどこかにある? 久々電源入れたSPプレイヤーが動かず、まず解体修理。それから ProTools に録音して Wav 化。マスタリングは後日。詳しいことはいつかブログに書く予定。

 E.T. Mensah "All For You / St Peter's Calypso" (Decca WA.703) も高くなく、写真で見る限り盤もキレイなようだったので、これも買ってみた。SP でも聴いてみたかったので。こちらの盤もピッカピカで、一度も聴いていないんじゃないか?と言うくらいノイズが出ない。こんなレコードがあっさり買えてしまうのは、Mensah 一番の有名曲なので、それだけプレス枚数が多かったからなのだろうか?







by desertjazz | 2020-05-07 13:00 | 音 - Music