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Manu Theron

 Manu Theron に関するメモ。

・ Manu Theron が参加する Chin na na poun のアルバムが今春リリース予定。4/29 - 5/6 には Cité de la Musique (Marseille) に出演。
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Lo Cor de la Plana のコンサート・スケジュールから。フランス国内の大きなフェス3つへの出演が決定。

 3/25-3/27 Babel Med Music (Marseille, France)
 5/21-5/24 Festival Metisse (Angouleme, France)
 11/26 Festival Africalor (Pantin, France)

 新作のレコーディングは今年末になる見込み。



 Manu の歌声は聴きたいのだが、今年もフランスへ行くことができるのだろうか?



 時間が確保できず、年が改まってもまだCDを1枚も聴けず。今年も本当に好きな音楽を聴く時間しかないのかも知れない。
# by desertjazz | 2010-01-15 21:00

FZ

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 今年の1枚目は Frank Zappa の "You Are What You Is"。やっぱりこの頃の FZ は最高だ!

(今頃になって自宅からの徒歩圏に成城石井を発見。あれこれ食材を買ったついでに、少しだけ贅沢をする気になり、NIKKA の FROM THE BARREL を買って帰り、軽く一杯やりながら聴き入る。)



 Tower Records で新譜をチェック。Malovoi の新作など、ワールドものを購入。調べてみると2ヶ月以上の間 CD を買っていなかった。いや、それどころか、今年に入ってまだ1枚も CD やレコードを聴いていないことに気がつく。ならば、買ってきたCDはさておいて、2010年をスタートするに相応しいアルバムを選んで聴いてみようと考えてみた。さて、それは何だろう? 昨年は実にいろいろなことがあって結局つまらない1年になってしまったので、今年はもっと楽しい年にしよう、もっと音楽を楽しもうと思い、飛び切り楽しく気持ちよいアルバムを選択することにした。ドゥーワップからカントリー、現代音楽まで吸収して組み立てられたザッパの音楽は、この頃が最も完成度が高かったのではないだろうか。いや一切の解析を抜きにして、FZ、Ike Willis、Ray White の3人の低音成分たっぷりのヴォイス・アンサンブルや、FZ のギターを聴いているだけで、ただただ楽しい。"Sheik Yerbouti" や "Does Humor Belong In Music?" などにも同質なものを感じるのだが。

 このサウンドの太さや艶が気に入っていて、CD ではこうした音が再生されないのかも知れないと思い、未だにアナログ(のリマスター盤)で聴いている。しかし、このレコード、こんなに音が良かっただろうか? やはり、転居してリスニング環境が格段に向上しているようだ。機器の調整はまだきちんと行っていないし、プレイヤーやアンプは買い替えたいと考えてさえいるのにも関わらず。

 Beyonce を聴くのも爽快だろうなと思い、'Crazy In Love' が無性に聴きたくなったのだが、探しても CD が見つからない。転居後のレコードの整理をまだ終わっていないのだった。今年もやるべきことが多そうだ。
# by desertjazz | 2010-01-10 23:00

賀 正

 あけましておめでとうございます。
 (すっかり遅くなりましたが。)
 賀状や年賀メールを下さったみなさん、どうもありがとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

・以下、余談。
# by desertjazz | 2010-01-10 22:00

Readings - Africa

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2010.1.8 (Fri)

 『南アフリカの衝撃』(平野克己、日本経済新聞出版社)読了。南アの政治、経済、歴史と、問題山積の現状についてコンパクトにまとめられている。そこから、アフリカの中での南アの特殊性も伝わってくる。自分の知らなかった事実、興味深い情報も、もちろんある。だが、何をもって「衝撃」と言おうとしているのだろう。

 全体的に、著者の周辺から得られた細々した話を積み重ねた末に、大風呂敷なことを書いている印象を受ける点が気になる。そのために焦点が定まらない(『日本辺境論』よりはずっとマシかもしれないが)。新書サイズのためだろうが、用語の使い方や説明に不親切さも感じた。辛口になってしまうのは、白戸圭一の『ルポ資源大陸アフリカ 〜暴力が結ぶ貧困と繁栄〜』(東洋経済新報社)やセルジュ・ミッシェル+ミッシェル・ブーレの『アフリカを食い荒らす中国』(河出書房新社)を読んだ後だからということも否定しないのだが。



 二晩続けてアフリカの探求書を読んで思ったのは、日本のアフリカ戦略のこと。善戦している部分もあるし、見逃してしまった部分もあるのだろうが、政治・経済的には中国にとても敵わず、それはすでに手遅れとなっているのでもあろう。

 (ところで、TICAD の有効性ってどうなのだろう。一昨年、TICAD市民社会フォーラムの石田洋子が書いた『アフリカに見捨てられる日本』(創成社)を読んでもどうもピンとこなかったし、TICAD IV の公式サイト/関連サイトがどれも拙く継続性もなかったことに、日本のアフリカに対する政治力の乏しさも感じさせられたのだった。)



 今年は「アフリカの年」からちょうど50年。せっかくのタイミングなので、アフリカ関連の蔵書を整理しながら、あれこれ読み返してみたい気持ちはある。特にW杯開催までは南アが注目されるだろうから、この機に『新版 南アフリカの歴史』(レナード トンプソン、明石書店)や、『南アフリカ金鉱業史―ラント金鉱発見から第二次世界大戦勃発まで 』と『南アフリカ金鉱業の新展開―1930年代新鉱床探査から1970年まで』(佐伯 尤、新評論)なども、読んでみてもいいかなとも思う。だけれど、そのような時間を確保するのは難しいことだろう。

 今、調べてみたら、レナード トンプソンの本は第3版『南アフリカの歴史【最新版】』が昨年の11月に出ていた。何か内容が改められているのだろうか。だとしても、高い本なので買い直す気も(必要も)ないのだが。

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 追記(コメントを受けて)

 この本は日経だし、白戸圭一の本も東洋経済だった。日本では経済界が率先してアフリカに着目している?
 著者は大使館で働いたこともある現ジェトロの人物なので、資料の再構成と伝聞の集積となってしまうのも仕方ないこと。ちょっとした伝聞の中にこそ、ビジネスチャンスの萌芽があるとも言えるのだろうけれど。
# by desertjazz | 2010-01-08 22:10

Readings - Africa

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2010.1.7 (Thu)

 『アフリカを食い荒らす中国』(セルジュ・ミッシェル+ミッシェル・ブーレ、河出書房新社)読了。

 面白い!「そんなことが起きているのか!」と思わせられる記述の連続。他数冊を併読しながらだったにもかかわらず、ほとんど1日で読み通してしまった。中国がアフリカを搾取する実態を詳らかにするだけの本だろうし、ならば読んでも気分が悪くなるだけで自分にとって必要な情報は少ないかと思って、買うことを躊躇していた。しかし、結果は全然逆で、近年出されたアフリカ関連のルポルタージュとしては最高の内容の本だと思う。

 まずタイトル通り、中国がアフリカ進出を成功させている状況を、歴史的、地理的(主要国はほぼ漏らさず、しっかり現地取材している)に網羅しながら、要人や関係者へのインタビューを交えて構成されている。それと同時に、アメリカが対アフリカ戦略(軍事的にも)の抜本的変更を余儀なくされていることが語られ、またかつてアフリカの広範囲を支配(植民地化)してきたフランスがその地場をほぼ完全に失っている様を再確認させるものともなっている。つまりは現代のアフリカ情勢を知る上では必読の書と言えるだろう。

 通読して理解できるのは、現在のアフリカ戦略に(特に経済的には)関しては中国が一人勝ちしているということ(中国の、したたかさと、同族意識や結束力と、金が全てでモラルなど無視するという価値観、これらには誰も敵わない)。そしてそれがアフリカ諸国と Win-Win の関係にあり、こうした状況は当面続きそうなこと。さらには、その蜜月関係の恩恵に浴しているのは、中国側もアフリカ側もごく限られた者だけだということだ。特に末端の労働者(アフリカ人も中国人も)の生き方に豊かさがもたらされることはほとんどないだろうことが伝わってくる。

 ただこうして読んだだけだと気分の滅入ることは避けられないのだが、中国のアフリカ進出が地域的にはある程度まで益するものであることも語られている。例えば、インフラ整備であり、例えば、地域紛争の緩衝であったり。もちろん実態としては、不利益を招いている例もまた多いには違いないが。また、アフリカ庶民にとっての悲観的状況を招いている原因を、中国側の姿勢に一方的に問うことは間違いで、かなりの部分までアフリカ側の為政者に責任のあることも分かる。つまりは、アフリカの現状は中国にひたすら蹂躙されているのではないため、アフリカの政治家の振る舞い次第では、アフリカが本質的な再生を可能とする余地も残されていることに、微かな希望も感じる。

 また、「やはり」と思わせられるのは、様々なレベルでアフリカ人と中国人との間の心的関係が全く良好でないことだ。予想できる通り(個人的にもアフリカ諸国で「悪口」を聞かされた通り)アフリカ人の中国人嫌いは強烈である。こうした関係がもたらす軋轢がいつか本格的に爆発するのではないか、それ以前にアフリカの国自身が自滅することによって中国からの投資や彼らの努力が灰燼に帰するのではないかという危惧も抱く。中国の「一人勝ち」は時限的なものなのではないだろうかと考えさせられるのだ。

 (読後感が予想に反してさほど悪くないのには、構成が見事で読み応えがたっぷりな著作に仕上げられていることがまずある。現地ルポは今のアフリカのトップトピックスとなっている国々を漏らさず取り上げているし、「だったら、あのことについては書かないの?」と疑問に思ったころにその話が始まるといった具合。またあちこちに散りばめられたささやかなユーモアにも、クスッとさせられた。)

 ブログで公開する文章としては、具体例を出したり引用を行ったりする方が親切なのであろうが、ここでは書評ではなく、個人的な読書メモを綴っているつもりなので、興味を持たれた方には「読んでみてください」としか言いようがない。アフリカに関するルポルタージュ/ノンフィクションとしては、『フランサフリック 〜アフリカを食いものにするフランス〜』(フランソワ=グザヴィエ・ヴェルシャヴ、緑風出版)を読んで以来の衝撃 !! そう、確かに読み始めてすぐ「この本は、中国版のフランサフリックについて語っている」と気づいたのだった。
# by desertjazz | 2010-01-07 23:42

Diary & Reading

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2009.12.30 (Wed)

 今日から短い冬休み。とにかくいろいろあって、慌ただしく、余裕もなく、それでいて何ら実りのなかった1年が無事に終えられることに安堵する。

 ヌカ床から刺すような異臭。どうやら塩が不足しているらしい。軽くメンテナンスしてから3泊の予定で外出。文庫本と新書3冊をバッグに。

 夜、自由が丘のBK1をチェック。それからイタリアンレストランで乾杯。

2009.12.31 (Thu)

 『関係する女 所有する男』 (斎藤 環、講談社現代新書) 読了。バリ往復の際に読み始めたものの、他の読書が忙しく、棚上げになっていた本。タイトルが内容の全てを表している。が、話を単純化しすぎているように思えるし、男が生まれる/女が生まれる話の下りは理解不能。

 ここ数年、読んだほとんどの新書がテーマひとつで書き上げた「水増し本」ばかり。そもそも新書とはそんなものなのかもしれないが、それにしては高すぎる。新書を読む気がほとんど失せてきた。

 誘われて群馬の高原の邑落で年越しすることになった。新幹線を降りると粉雪が舞い始める。冬には雪景色が似合う。



2010.1.1 (Fri)

 新春。昇る朝日がまぶしい。飛び切り美味しい手作りのお節料理に舌鼓。酒もサクサク進む。

 マンガ『20世紀少年』(全22巻)、『21世紀少年』(上下巻)を借りて読む。初巻を読むだけで、終末までの筆運びと終わり方が見えてしまい、途中を飛ばす。やはり(誰もが)想像する展開と結末だった。こうしたものを読むのは、自分にとって時間の無駄であることを確認するだけだった。

 朝日新聞に村上の『book 3』の広告。宣伝戦略が上手い。

 散歩。くっきり浮かび上がった山々の稜線が美しい。晴れた正月は一年で最も美しく山並みを浮かび上がらせる。そのことが好きだ。

 今朝の太陽も美しかったが、今夜の満月も美しい。

2010.1.2 (Sat)

 『悼む人』(天童荒太、文藝春秋)を借りて読み終える。気持ちが悪いばかりで、書く動機として筆者は根本的に思い違いをしているのではないかと思うしかなかった。これも時間の無駄だったようで、日本文学の新作/話題作を読む必要のないことを再確認。今年は定評の定まった傑作や古典を優先して読むようにしようか。

 初詣。建築や風景に眼が喜ぶ。

 毎日の犬の散歩、それも起伏の激しいコースだったために、脛が張る。

 昼から、濁り酒。夜は、ビール、桑酒、シードル、白ワイン、赤ワイン。連日、飲んで、喰って、寝るだけ。美味しい料理とたくさんの酒を振る舞われ、予想した以上に心地よい。なので、遠慮なくもう一泊させていただくことにする。

2010.1.3 (Sun)

 今回の年越しは、微かに、そして軽やかに舞う雪を眼で愛でる毎日だった。

 新幹線を4時間乗り継いで帰宅。車内ではビールを飲みながら読書。アルコールを入れると、やっぱりあまり進まず。

 ジュンク堂へ。年末チェックした3冊を購入。『音楽から解き放たれるために ──21世紀のサウンド・リサイクル』(原 雅明)は内容を軽くチェックした上で、今日のところはパス。

 買った1冊は、かつて須賀敦子が翻訳し先週新版が発売になった『島とクジラと女をめぐる断片』(アントニオ・タブッキ、青土社)。昨年末来、偶然のきっかけから『須賀敦子全集』(河出文庫)を読み始めている。友人のその親友の大竹昭子さんが彼女に関する著作を著していたり、今夜テレビで彼女の特番(出来は物足りなかったけれど)を放送していたりと、何かと彼女から離れられない。

 その『島とクジラと女をめぐる断片』を読了。まえがきにレイモン・ルーセルの『アフリカの印象』(この本と『ルクス・ソロス』とは、未だに強烈な印象を保ち続けている)のことが書かれていて、全ては繋がっている気分になる。ただ、ちょっと肩すかしを食らったような読後感。

 『アフリカを食い荒らす中国』(セルジュ・ミッシェル+ミッシェル・ブーレ、河出書房新社)も購入。読むと気分が悪くなるに違いないので躊躇したのだけれど、ざっとでも読んでおくべきかと思い、取りあえず買って読んでみることに。あとの1冊は『日本辺境論』。

2010.1.4 (Mon)

 仕事始め。初日からどっぷり疲れる内容。今年もやりがいのない一年になるのか?

 ル・クレジオの『海を見たことがなかった少年―モンドほか少年たちの物語』を読む。砂漠を体感した者でしか書けない文章。砂漠が恋しくなる。

 『DO DO WORLD』1月号の特集は「アフロビートが世界のクラブシーンを熱くする 〜フェラ・クティの再評価から新世代のミュージシャンまで」(石田昌隆×大石 始)。初心者向けの分かりやすい内容。ディスクレビューに数カ所間違いがあったが、気にする人はいないだろう。

2010.1.5 (Tue)

 移動の疲れから週末の料理の仕込みができなかった。その分、昨日今日と夜中に何品か作り置きする。眠い。

 『海を見たことがなかった少年―モンドほか少年たちの物語』(J.M.G. ル・クレジオ、集英社文庫)読了。ル・クレジオの他の作品に散りばめられていた光、風、音がここでも溢れている。懐かしい自分の子供時代の記憶がよみがえる。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子様』にもどこか通じる世界であり、どこか『夜間飛行』や『人間の土地』を読んだ気分を思い起こさせもする。

2010.1.6 (Wed)

 『日本辺境論』(内田 樹、新潮新書)読了。話題になっているので買ってみたが、構成も論述も雑。ほとんど例外を認めない断定的な物言いなのに、長い言い訳で始まる点もずるい(その言い訳も、突かれるであろう核心から外れたもの)。いくつかの論点には示唆するものも感じたが、3章「「機」の思想」はまるで禅問答。恐らくは時間を書けずに書き上げてしまったことが、失敗の原因のひとつなのではないだろうか。
# by desertjazz | 2010-01-06 23:00

2009年 (4) : 「旅する」

 2009年には久しぶりにアフリカに行こうと思った。それも砂漠に。アフリカ南部(ナミビア、ボツワナ)かモロッコを1ヶ月ほど旅する計画だった。しかし、予期せぬことが続いて、代案も含めて全ての計画が頓挫。これが何をやってもうまく行かなかった2009年を象徴しているのかも知れない。現在は、全ての考えをリセットして、改め案を練ろうとしてる段階である。

 嬉しいこともあった。10月に台北滞在中、短い時間を利用して観光めいたことをする気になり、フェスの会場やホテルから離れたエリアまでタクシーで移動した。その日は雨で通りを行き交う足は少ない。ふと眼に留まったカフェに入ってみると、そこに Lo Cor de la Plana のメンバーのうちの3人がいて、リーダーの Manu Theron とも偶然に会話することとなった。

 そういえば、数年前にマルセイユのベルザンスを散策していた時のこと、CDショップのディスプレイを見つめていたら、後ろから誰かに肩を叩かれた。マルセイユにはほとんど知り合いがいるわけでもないので、驚いて振り向くと、そこには Manu が。「どうしてここに?」と尋ねると、「近所に住んでいるんだ」とのこと。地元の人間に対してそんな質問をした自分もまぬけだが、旅先でのこんなふとした出来事を嬉しく思う。

 そんなマルセイユでの嬉しいできごとが、台北でも再現されたわけだ。Manu とは何かの縁があるのかも知れない。

 そして、こんなささやかな出来事にこそ、いつも旅の楽しみを感じている。
# by desertjazz | 2009-12-30 01:37

 毎年恒例(?)の「ベストアルバム」、所有盤のデータベースを見ながら一応考えてみたけれど、「個人ベスト」に入れたいアルバムは2枚しか思いつかなかった。アフリカ音楽も新作、リイシューともに今年はほとんど買っていないので、10枚ずつ選ぶのも困難。なので、今年は「アルバムベスト」の発表は止めておきます。

 以下、他の方にはほとんど参考にならないであろう独り言、、、。



 2009年は聴いてワクワクする作品と全然出会わない年だった。こうなったのには、ほぼ1年を通して音楽を聴く余裕がなかった、ということが影響したのだと思う。入手枚数を数えてみると、昨年も数百枚増えているが、これでも例年の数分の1。日本で買った新録盤の枚数に至っては例年の10分の1程度だったし、海外でレコード店を巡る機会もほとんどなかった。「聴く時間がなかった」から「買わなかった」のであり、「買わなかった」から「出会わなかった」、とは言えるのかも知れない。しかし、自分自身の印象はこれとは逆で、「聴きたいものがない」から「買わなかった」と感じている。実際こうした状況がここ数年続いているのだが、それが決定的になったのが2009年だったと思う。実際、話題作を聴いても、ピンとこなかったり、自分の趣味でなかったりすることがとても多くなった。

(聴きたいものが見当たらないことについていろいろ考えた結果、その原因のいくつかが分かったのだが、取りあえずここでは触れないでおく。)

 ということで、新録盤の「ベスト10」を選ぶことは今年は無理。その代わりに、最初に聴いた時に「優れた作品だな」と感じたものを中心に無理矢理10枚思い出してみることにした。その結果は以下の通り。

(1) PERNETT / ARBOL
(2) QUANTIC AND HIS COMBO BARBARO / TRADITION IN TRANSITION
(3) K'NAAN / TROUBADOUR
(4) TINARIWEN / IMIDIWAN: COMPANIONS
(5) OUMOU SANGARE / SEYA
(6) CAETANO VELOSO / ZII E ZIE
(7) KHALED / LIBERTE
(8) SAM KARPIENIA / EXTATIC MALANCONI
(9) LARBI DIDA / MALKOUM
(10) The Kankobela of the Batonga Vol.1

 (1) : 独創的なクンビアで、個人的には今年最も面白かった作品。(2) : 様々なスタイルのサウンドを統合したラテンの好盤(ただし新しいことをやっている感はなかった)。(3) : 最初の印象は薄かったのだが、年末に聴き直して(これが2度目)ポップで贅沢なサウンドの楽しさに気がついたラップ作。(4) : 彼らの最高作であり、かつ今年最高のアフリカ音楽だと思う(2度しか聴いていないが)。 (5) : 近年のアフリカンポップを代表する素晴らしい作品(だが、眩しすぎてなかなか聴く気分になれなかった)。(6)〜(10) は正直言って数合わせに選んだもの。どうしても10枚に足らず、08年末の1枚も入れた。(8) はライブが素晴らしかったので、その余韻で聴いていた作品。言い換えるならば、2010年に時間ができたら、きちんと聴き返してみたいと考える10枚である(それが、無理矢理10枚リストアップしてみた理由でもある)。

 ジャンルを問わずに10枚選ぶこともできないのだから、アフリカの新作のベスト10を選ぶことも不可能。昨年はいよいよアフリカ音楽を聴いたり語ったりする意味を感じなくなった年だった。リイシューも同様の理由から、昨年に続いて断念。アフリカのリイシューをほとんど買わないのには、それらの多くが、既に所有している音源だったり、聴くほどの内容とは思えなかったりするから。

 近年気になっているのは、ロックでもジャズでも、'Out take' の収録をうたったり、あるいは 'Complete Set' と称したりして、「残りもの」で商売する傾向が強まっているように思えることだ(繰り返される Remaster や、無茶に思える Surround 化も含めてもいい)。またCD化の必要を感じないリイシューなども散見される(そして、そうした傾向はワールドミュージックでも進んでいるのではと思うことがある。このことは中途半端に書くと誤解を受けるかも知れないので、適当な機会に改めて綴ってみたい)。そうした発掘音源を聴くことに喜びを感じる人も多いのだろうが。だけれど、自分はそんな「残りもの」よりも、長年愛聴している音楽を聴くことの方に時間を使いたい。このような考えの強まったことが、「買わない」理由ともなっている。

(もちろん全てが「残りもの」とは思わない。また、手持ちのレコードばかり聴くというのも物足りなく、時々でも買わないと音楽を聴くトリガーがかからないことも事実。)

 個人的に嬉しかったリイシューを1枚だけ挙げると、バリのガムランの最初期録音集(全5枚の予定)の1枚目、"BALI 1928 GAMELAN GONG KEBYAR : BELALUAN - PANGKUNG - BUSUNGBIU" 。長年待ってやっと発売に至ったこれだけは、時々聴いていた。とても良かったので、友人にプレゼントしてしまったくらい(なので、早く買い直さなくては、、、)。



 余談。ベストアルバムは選びにくいが、ワーストなら簡単。ブログでは BASSEKOU KOUYATE & NGONI BA のアルバムと OAI STAR とを酷評(?)したけれど、別にダントツでワースト1位のアルバムがある。ピアノは素晴らしいのだが、ベースが全然ダメという作品。聴いていて具合が悪くなってくるほどだった(自分で買ったレコードを聴いて体調が悪くなるというのは、稀な体験)。とにかくベースの音色が気持ち悪い。そしてただただ手数が多い演奏は、単にガサツなだけで、ひたすら耳障り。音楽が文字通り「音を楽しむもの」なのならば、これほど楽しめない音はない。2度我慢して聴き通そうとしたけれど、それすらできず、あえなくCDはゴミ箱行きに。レコード店や雑誌などでは好評のようだったが、このアルバムを本気で褒めている人とはきっと話が合わないだろうな。何かまでは書かないけれど、これだけがっかりさせられたアルバムも珍しい。これを聴いて「こんな音楽が褒められるなら、もう新譜は買わなくていい」と思ったほどので、これも今年CDを買わなくなった一因だった。



 ライブの方は、もう何といっても台北で観た Lo Cor de la Plana が最高だった(だけれど、以前マルセイユで観たときの方が、状況のローカル性が強かった分だけ断然良かったのだが)。そして、2度観た Sam Karpienia。

 フランスでは、Amadou & Mariam、17 Hippies、Moussu T e lei Jovents、Novalima、Sayon Bamba、Houria Aichi、Kamel el Harrach、Yom、Les Bamtous de la Capitale、Kora Jazz Trio など、最近話題のアーティストをたくさん観てくることができた。Amadou & Mariam や Houria Aichi はもちろん良かったし、17 Hippies や Les Bamtous de la Capitale も結構楽しめた。また、王様然とした Yom に笑った一方(音楽的には趣味じゃない)、Novalima などは期待したほどではなかったかな。こうしたことをじっくりレポートする余裕がなかったことは残念だった。



 1年後には、今度こそ、また楽しく「ベスト10」選びのできるようになることに期待。

(※ 年明けに修正してアップ)
# by desertjazz | 2009-12-30 01:35

2009年 (2) : 「読む」

 今年最後の読書メモ。2009年に出版(再出版を含む)された本の中で印象に残った10
冊。

・パオロ・ジョルダーノ『素数たちの孤独』(早川書房)
・イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』(河出書房新社)
・J. M. G. ル・クレジオ『砂漠』(新装版)(河出書房新社)
・M. トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』
+ J. M. G. ル・クレジオ『黄金探索者』(河出書房新社)
・カズオ・イシグロ『夜想曲集 : 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(早川書房)
・広瀬 隆『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書)
・宮台真司『日本の難点』(幻冬舎新書)
・佐々木俊尚『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書)
・辺見 庸『しのびよる破局』(大月書店)
・白戸圭一『ルポ資源大陸アフリカ 〜暴力が結ぶ貧困と繁栄〜』(東洋経済新報社)

 今年前半は読書する時間がほとんど皆無で、そうした中何を読めたのかもすでに憶えていない。なので、最近読んだ小説が中心のリストになってしまった。しかし切なくなる小説と気分が滅入る本ばかり読んでいるなぁ。



 かねてからノンフィクション、評論、紀行ものが好きで、音楽書も大量に読んでいたため、そうしたものを優先したいと思い、長年、基本的に小説を読むことを自ら禁じてきた。そうした姿勢に逆転現象が生じた年だった。

 しかし、ノンフィクションの分野では収穫が少なかった。これはじっくり書店巡りをする余裕がなかったからなのかもしれないし、近年のテーマである「生活のダウンサイジング」を意識しすぎてなるべく本を買わないようにしたせいかも知れない。いずれにしても見逃した本は少なくないはずで、来年はもう少し取りこぼしがなくなればいいかと考えている。そうした中、新聞記者が書いた『ルポ資源大陸アフリカ 〜暴力が結ぶ貧困と繁栄〜』は圧巻・渾身のルポだった。

 紀行ものでは、71年前に訳書が出た、岩波文庫のアンドレ・ジイドの『コンゴ紀行』と『続・コンゴ紀行』が復刻されたことが驚きだった。半ば薄れかけた旧字体の漢字とひらがなの活字を辿っていくことを今楽しんでいる最中である。

 読書の中心が小説の方に傾いたのには、ノンフィクションや紀行ものに気になるものが見当たらないならば、これまで読む機会のなかった名作を生きているうちに読んでおこうといく気になったことがある。それで、古今の名著とされる評論などとともに小説も久方ぶりに読み出したのだった(評論の方は、難解なものや大作ばかりに読み出してしまい、なかなか先に進まない)。しかし、そのことの決定打ともなったのは、「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」に手を伸ばしたことだった。知らなかった傑作を教えてもらっている気分で、1冊読み終える頃には次は何を読もうかと思案している有様。例えば最も最近読み終えたチリのイサベル・アジェンデの『精霊たちの家』などは、G. ガルシア=マルケスの『百年の孤独』があったからこそ、それをテンプレートにして完成された作品には違いないが、決してそれに留まっていない紛うことなき傑作だ。最近読了/再読した『百年の孤独』『族長の秋』『コレラの時代の愛』を振り返って、『予告された殺人の記録』を除くと自分はラテンアメリカ文学をさほど好まないのだろうかと考えていたところだったのだが、どうもそうとは言い切れない気がしてきた。

 カズオ・イシグロの新作はリストにいれたものの、やや物足りない仕上がりだった。まあ、大好きな『わたしたちが孤児だったころ』や『日の名残り』、傑作『わたしを離さないで』に並ぶ作品を書き上げてくれるまでの箸休めなのだろう。デビュー作から読み続けている村上春樹の『1Q84』は個人的には期待外れだった。もちろん優れた作品なのだろうが、今執筆中とされる「BOOK 3」は買わない(日本文学や新たに書かれた小説をあまり読む機会がなかったのは残念だ)。


 そして、何と言っても、パオロ・ジョルダーノの『素数たちの孤独』。科学者が書いた鮮烈なる処女作。ダビンチを生んだ国の20代のマルチな才能に嫉妬さえ覚えるが、2作目にも期待を裏切られないよう、今から楽しみにしている(考えてみると、ル・クレジオの『砂漠』も20代の作品)。



 音楽を聴かなくなった(1週間にCD1枚聴くかどうかといった程度)せいもあって、音楽関連の文章を読む量も激減した(音楽のブログも一切読まないし、雑誌も全て止めてしまった。読まないので、定期的に送ってきて下さっていたものも遠慮させていただくことに)。今年買った/読んだ音楽書は、わずかに4冊。

・石田昌隆『オルタナティヴ・ミュージック』(ミュージックマガジン)
・岡田暁生『音楽の聴き方 〜聴く型と趣味を語る言葉〜』(中央公論新社)
・サカキマンゴー『親指ピアノ道場! アフリカの小さな楽器でひまつぶし』(ヤマハミュージックメディア)
・五十嵐 正『スプリングスティーンの歌うアメリカ』(音楽出版社)

 石田さんの本は以前書いた通り。今年転居したのだけれど、その結果、リスニング環境が格段に向上した(リビングルームを兼ねたオーディオスペースが約20帖確保できたのだが、何と言ってもじゅうたん張りからフローリングに変わった影響が大きい)。それが面白くてあれこれ試し聴きしたところ、90年代のヒップホップやラップの名作の音が物凄く良く鳴ることに驚かされた。石田さんの本にナビゲートされながら、そんなことをしていたのも記憶に新しい。あとの3冊は、興味深い内容ながらコンパクトな本なので、もっと本格的なものを読みたくなった。

 他に Youssou N'Dour 関連の本を2冊買ったのだが、仏語なので、まだ軽く拾い読みした程度に留まっている。

・ Michelle Lahana "YOUSSOU NDOUR - La Voix de la Medina"
・ Gerald Arnaud "YOUSSOU N'DOUR - Le Griot Planetaire"

 昨年(2008年)フランスで出版されたオクシタン・ミュージックの本、注文しないうちに品切れとなってしまったのは失敗だった(そういえば、最近 Salif Keita の伝記?も出た。せめて英訳版が出ないだろうか)。

 迷った末に買わなかった音楽書が2冊ある。

・星野秋男『ヨーロッパ・ジャズ黄金時代』(青土社)
・デイヴィッド トゥープ『音の海―エーテルトーク、アンビエント・サウンド、イマジナリー・ワールド』(水声社, 2008)

 共感半ば/違和感半ばする星野の著作は労作には違いないが、彼の文章を30年近い昔から読んできた身にとっては、そうした原稿をとりまとめたものにしか思えなかった。かつて熱心に読んだ記憶のある文章ばかりで、個々のプレイヤーに関する情報量が絶対的に不足していることも不満(まあ、網羅的に書かれた本なので、これが限界なのは十分理解できる)。もっと言えば、「…だ。」「…だ。」「…だ。」と連呼する文章が、眼で追っていても酷く耳触りで、立ち読みしているだけで辟易してしまった(こんなところにも、編集者の不在を感じる)。それでも、ヨーロッパ・ジャズはアメリカのジャズの傑作には敵わない、といった風に正直に書かれていることには好感を持った。『音の海』はこれを読んでも音/音楽に対する思索が深まらないような感覚を覚えたから。だけど、来年時間があれば読んでみたい気持ちは残っている。



 余談。

 頼み込まれた末に断り切れず、結果本音を明かさないままに書いた共著本が、今年絶版となったことに安堵。しかし、またまた依頼(命令)を断り切れずに書いた共著本(デジタルテクノロジーを駆使したドキュメンタリー制作に関する教科書のようなもの)が間もなく出版される予定。正直、あまり嬉しくないなぁ。



 追記。

 蔵書が再びペースを上げて増え続けてる。CDを買わなくなり、転居の度に小説もまとめて捨ててきたのに、これでは意味がない。本格的に生活のダウンサイジングを進めるためには、日本語版 Kindle の発売が待望される。旅行に出る度に、どの本を持っていくか、何冊持っているか、とても長い時間思案するのだが、Kindle があれば、そうした悩みも解消されるだろう。
# by desertjazz | 2009-12-30 01:31

2009年 (1)

 空疎な一年だった。

 今年はひたすら慌ただしいばかりで、何も残るものがない年だった。そんな2009年だったのだけれど、それでも簡単にでも振り返ってみる気になった。ただし、あくまでも個人メモといったレベルのまとめでしかないだろうから、お読みいただいても暇つぶしにもならないかも知れない。



 実は今年もブログはほぼ毎日のように綴っていた。しかし、これだけ空疎な日々を送っていると、有益な情報発信は難しく、誰かの役に立ったり楽しんでもらえたりする内容にはならない。読み返してすぐにそのことに気がつき、ブログは個人的な日記や思いついたことを書き留めるメモとして活用していた。なので、公開向けに書いてアップする機会は乏しくなってしまった。後でその理由は書くつもりだが、音楽情報も激減し、毎度チェックして下さった方々の期待に添えなかったことはお詫びするしかない。

(追記: 以前にも書いたことかも知れないが、他人のブログを読まないのに、自分がブログを書き公開することに、ある種の矛盾も感じた。)

 何の楽しみもない日々に苦しむ中、逃げ出すようにフランスと台湾とインドネシアに短期旅行できたことは救いだった。

 それでも最近になってようやく少しばかり余裕を持てるようになり、このごろは読書を楽しんでいる。そして、最近の読書メモくらいは公開してもいいかなという気になり、日記の一部を整理してアップしてみることにした。ただし、書評をする気も力もなく(そうしたことはたくさんの方々が行っているはず)、あくまでも個人メモの次元であることをお断りしておく。その上で若干でも近況報告的なものになっていればいいかな、とも思う。



 ということで(?)、「音楽」「音」「本」「食」「旅」などのテーマで、個人的に2009年を振り返ってみたい。

 まずは「本」の話から始めたいのだけれど、今年は公開したブログで何を書いて何を書かないでいたのか、そして何をアップ済みなのかも定かではない。これから書くことにも、話が飛んだ印象を拭えない部分もあるだろう。例えば、一昨日の記事の中で『素数たちの孤独』や "The White Tiger" のことについて触れているのも唐突なようにも思える。そこで、非公開だった夏頃の読書メモも手直ししてアップしておくことにした。

 さてどこまで書けるだろうか?
# by desertjazz | 2009-12-28 22:22