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アフリカの記憶 126

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 Kalahari #26 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 ハンター2

 ブッシュマン3人組のハンターはそれぞれ馬に跨り、犬を連れて、ゲムスボックなどの大型獣を追い込んでいた。記憶ははっきりしないのだが、最後は槍でトドメをさしていたのではないだろうか。

 馬を所有している彼らは結構リッチな方らしい。ブッシュマンの中にはうまく振舞って、経済的に豊かになる人も増えていた。この頃には自動車を所有するブッシュマンさえ現れたことを、ある本を読んで知った。







# by desertjazz | 2020-09-22 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 125

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 Kalahari #25 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 ハンター1

 カラハリ砂漠を3人組で馬を使って狩猟をしていたうちの一人。ブッシュマンとは言っても、大柄で結構たくましい身体をしている。小柄でシワが多く腰布だけを身につけたブッシュマンなど、遠い遠い昔の姿(もしいたとすれば、それは観光客向けの見せ物だ)。長年にわたってバントゥ系の人々との混血が進んだ結果、多様な顔や体型のブッシュマンたちが生まれて来たのだろう。

 それは至極当然の話だ。L・ヴァン・デル・ポストが、1955年に純血なブッシュマンを探し求めて何ヶ月もカラハリ砂漠を探検した時点で、そのような存在はほとんど幻だったのだから。(L・ヴァン・デル・ポストの『カラハリの失われた世界』は大好きな本で、繰り返し読んだ。この本を初めて読んだ時には、自分がブッシュマンたちとカラハリで過ごす日が来ようとは、夢にも思わなかった。)







# by desertjazz | 2020-09-21 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 124

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 Kalahari #24 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 同じ弓でも、こちらはミュージカル・ボウではなくて、本物の弓。子供達が、木に止まっている鳥を、子供用サイズの小型の弓矢で狙って撃っていた。とは言っても、これは弓矢猟の練習をしているわけではなく、遊びの一種だと聞かされた。実際、かつての弓矢猟はすでに行われておらず、驚くことに馬や犬を使った狩猟が主流となっていた。


(私の自宅には、カラハリ旅行の記念に持ち帰った、弓矢を含むブッシュマンのハンティング・キットが飾られている。もちろん、矢尻には致死性の毒など塗られていないが。)







# by desertjazz | 2020-09-20 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 123

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 Kalahari #23 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 炎天下のカラハリ砂漠。
 少年が楽器を友に歩く。



(この時のカラハリの最高気温は摂氏40〜45度くらいだっただろうか。

 これまでの気温40度以上の体験を思い出してみた。1997年10月、エチオピアのダナキル岩漠(アファール)では深夜でも40度を超えた。2003年6月のフランスでも40度を超えていたかもしれない。2017年2月、ブルース・スプリングスティーンを観に行ったオーストラリアのシドニーでは45度。だが、これまで最も暑いと感じたのは、2018年6月のドーハ。42〜43度くらいだったと思うが、海岸付近に吹く熱風が強烈で、タクシーを捕まえるまでの数分が外にいられる限界だった。正直、こんなところでは生きていられないと思った。

 しかし、地球温暖化が止まらない今、それ以上の気温が日常化するのは避け難くなっている?

 ところで、アファールに行く前に渡された資料には「夏の最高気温70度」と書かれていたが、あれはウソだったんだな!)






# by desertjazz | 2020-09-19 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 122

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 Kalahari #22 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 一弦楽器を奏でる若者がまた一人。右手の親指をブリッジにして弦の長さを調節、その弦をスティックで叩いて音を出していた。その仕草から考えて、やはりこれもミュージカル・ボウの一種なのだろう。







# by desertjazz | 2020-09-18 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 121

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 Kalahari #21 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 カロウチュバさんのデング(親指ピアノ)を撮影させていただいた。むき出しのただの1枚の板切れに、11本の鉄片をつけただけの極めてシンプルな構造。あとは下部にサワリの音を発する鉄の輪がついている程度である。アフリカ大陸のサハラ砂漠より南に広く分布する親指ピアノの中でも、とりわけ素朴なものだ。ハンシ・クラフトで買った親指ピアノと比べても、キーの数の少なさ、装飾のなさが際立っている。

 だからこそだろうか、そこに物としての美しさを強く感じる。機能美以上の何かがあると思うのだ。

 このような親指ピアノこそ欲しいと思い始めた頃、一人の男が似たようなデングを売りに来た(もちろんカロウチュバさんではない)。「普段から弾いているものならいらない。そのようなものは買えない」としばらく押し問答状態に。結局、第三者を交えて話をし、買い取ることに何も問題ないことを確認した上で、譲っていただくことになった。

 親指ピアノの多くは廃材を利用して作られる。例えば、金属キーは自転車のスポークや針金を叩き潰して作る。移動生活をするため所有物の少ないブッシュマンにとっては、物への執着など特別ないのかもしれない。なので、彼らは必要ならまた作るのだろう。それでもその時は、自身に慎重な判断を強いたのだった。

 大して弾けもしないのに、アフリカ各地で結構な数の親指ピアノを買い集めた。それらの中でも、このデングはとりわけ魅力的な音を響かせる。ポロポロと適当に爪弾くだけで、何とも不思議な雰囲気を醸し出すのだ。シンプルな楽器から生まれる、複雑で奥深い音。このデングは自分にとって大切な宝物になっている。


(海外アーティスト、特にアフリカの民族音楽系の中には、来日公演が終えた時点で、楽器を売る人もいるようだ。高い手数料を支払って国に持ち帰るよりも、売って金にしてしまい、帰国後にまた同じ楽器を作る方が合理的とも言えるだろう。昔、ある高名なバラフォン奏者が日本公演を終えてセネガルに帰国する際、演奏で使ったそのバラフォンを買わないかと声をかけられたことがある。値段を聞くと「100万円」。とてもじゃないが、手が出なかった。)






# by desertjazz | 2020-09-17 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 120

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 Kalahari #20 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 デング(親指ピアノ)のマエストロ、3人目はカロウチュバさん。

 彼は絶えず自分のデングを手にしており、つぶやくように歌いながら弾いていた。シンプルで少し切ない旋律を延々とつむぎ続けるだけなのだが、耳を傾けていると何か心に響いてくるものがある。特に、毎日太陽が沈むころ子ヤギたちが鳴き喚く中で、カロウチュバが淡々とデングを響かせる姿は、どこか感傷的にさせる光景でもあった。(日誌には「アクションも面白い」と書かれているが、さてどのようなものだったか?)

 彼はほとんど、あるいは全く目が見えない。だから、より一層、楽器と対話するようになり、内省的な音楽を奏でるようになったのだろうか。音楽的にはカンタの方が完成度が高く、個人的にも好きだ。その一方で、カロウチュバのデングには、他の弾き手にはない深い魅力を感じた。

 ただその音楽は、どこまでも彼個人のためものであり、他人がそれに共感することに何か意味があるのだろうか。彼の録音を聴き返す度に、そんな疑問を抱き、それがどんどん膨らんで行くのだった。






# by desertjazz | 2020-09-16 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 119

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 Kalahari #19 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 カラハリ砂漠の親指ピアノの名手たち。2人目はダウンゴさん。

 カンタとは対照的に寡黙なダウンゴの奏でる親指ピアノは、いくつかのフレーズを延々リフレインする、ちょっと呪術的な雰囲気のある演奏だった。カンタらと違って、歌ったり口笛を吹くこともない。

 「チンピ(金属キー)が良くない」とずっと言いながら爪引き、結局一度も完奏することはなかった。きっと真面目な性格なのだろう。

 ダウンゴがデングを頭の上で支えて演奏するこの写真を見ると、サカキマンゴーさんが拙宅のパーティーに来てくれた時のことを思い出す。マンゴーさんはザウォーセのリンバを、集まった一人一人の頭の上で弾いて聴かせてくれた。それは最高にトランシーな癒しだった。ダウンゴも同様な陶酔感に浸っていたのだろうか?


##

(マンゴーさんたちと飲んだその夜、記録魔?の私は、写真を撮るだけでなく、レコーダーもずっと動かしていた。板垣真理子さんをリンバで癒すなかなか良い写真とその録音はまだ持っている。他にも、エル・スール・レコーズや国境の南でのパーティーの写真などが、最近写真を整理する過程で次々と出てきた。それらを「どんどん公開したら」とも言われており、懐かしい写真などは披露したいのだが、誰にでもプライバシーはあるはずなので、どうすべきかずっと躊躇していて、まだ公開するには至っていない。)







# by desertjazz | 2020-09-15 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 118

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 Kalahari #18 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 カラハリ砂漠で出会った親指ピアノの名手たちをご紹介。一人目はカンタくん。

 いつも陽気なカンタの演奏するデング(親指ピアノ)は、明るく軽快なものばかり。知っている曲を全部聴かせてくれるよう頼むと、「これはロンバのデング」「これはゲムスボックのデング」と一曲ごとに説明しながら弾いてくれた。口笛とユニゾンで演奏する曲はどれも楽しく、すっかり気に入って、今でも時々録音を聴き返している。

 そうした曲調から感じられるのは、南アのクウェーラなどとの類似性だ。恐らく彼の奏でる音楽は、ブッシュマンたちが長年継承してきた純粋なものではなく、南ア音楽からも強く影響を受けているに違いない。

 カンタは招待されて、首都のハボローネ(いや、南アだったか?)で親指ピアノの演奏を披露したこともあるという。実は、なかなかの達人だったのか。

 演奏を録音させてもらった時、カンタ自身の音楽に関する権利(著作権など)について何とか説明しようとした。カンタからは「録音は自由に使っていいよ」と言われたのだが、今でもまだその扱いに迷っているままだ。







# by desertjazz | 2020-09-14 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 117

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 Kalahari #17 : Botswana / CKGR-Gyom 1993

 前回の「アフリカの記憶 116」の写真で、カンタとダウンゴの間に座る若者の楽器を目にしたのは、ちょっとした驚きだった。

 砂漠には大きな樹が生えないので(カラハリでは場所により灌木が密生しているが)、タイコや木琴の類の大きな楽器はない。だが、アフリカ南部は、ミュージカル・ボウ Musical Bow またはミュージック・ボウ Music Bow が広く存在する土地でもある(狩に使う弓が転じて生まれたこの楽器が、ブラジルのビリンバウのルーツであることはよく知られている)。

 でも、若者が持つこの楽器は、ちょっとそれとは様相が異なる。まず弓にしては竿が太くてゴツイし、頰に当てて口腔で共鳴させることもしない(その代わりに上に刺した空き缶が共鳴器かサワリの役割を果たしているのだろうか)。なので、ミュージカル・ボウというより一弦ギターという印象だった。

 ブッシュマンは移動生活をするため、ほとんど物を持たない。そんな彼らがこうした楽器を持っていたのは、興味深い(元々は弓を楽器としても使っていたのだろう)。親指ピアノにばかり興味を抱き、この楽器については聞きそびれてしまったのだが。







# by desertjazz | 2020-09-13 00:00 | 旅 - Abroad