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 アフリカを代表するアルト・サックス奏者として、南アフリカが産んだキッピー・ムケツィ Kippie Moketsi の他にもう一人挙げるならば、個人的にはセネガルのチェルノ・コワテ Thierno Koité を選びたい(チェルノのメイン楽器はアルトサックスだが、テナーやソプラノもプレイし、そうした録音もある)。

 チェルノ・コワテのことを初めて意識したのは、オーケストラ・バオバブ Orchestra Baobab が再結成し、その復帰作 "Specialist in All Styles" の日本盤のライナーノートを担当した時だった。その直後の 2003年にはフランスと日本で彼らのステージを観て、チェルノにも会って挨拶させてもらったのだけれど、当時はイッサ・シソッコ Issa Cissokho の横でアルトサックスを吹いている男という印象しかなかった。実際、パフォーマンスもプレイも豪快なイッサの傍にいたのでは、物静かな彼は目立ちようもない。

 ところが、セネガルの新旧のアルバムのクレジットをチェックする度に、彼の名前を頻繁に目にするようになった。ただし、彼の名前は様々な綴りで書かれているため、最初のうちは同じ人物だと認識することができなかったけれど。
(* Discogs を見ると、Thierno Kouate, Thierno Kouyate, Thierno Kuite, Thierno Konaté, Thierno Kouate, Thierno, Thierno Seydou Koite, Thierno Koité, Seydou Nourou Koite, Seydou Norou Koité という綴りが列挙されている。)

 ただ参加作が多いだけではない。スターバンド Star Band、スターナンバーワン Star Number One、サヘル Le Sahel、ジャモノ Le Diamono、ユッスー・ンドゥールのシュペール・エトワール・ドゥ・ダカール Youssou N'Dour et le Super Etoile de Dakar などといったように、現在在籍するバオバブに至るまで、彼はセネガルのトップバンドを渡り歩いてきた。それらの中でもサヘルとジャモノは 1970年代中頃に(ユッスー・ンドゥールに先駆けて)ンバラを完成させたグループであるのだが、チェルノはそれら両者のファースト・アルバムに参加している。

 それだけではなく、彼は数々のアルバムに自身の楽曲を提供している。また、ホーンアンサンブルの一人としてプレイするにとどまらず、多くのアルバムで素晴らしいアルトサックス・ソロを聴かせてもいる。
 そんなチェルのだからこそ、例えばオランダのビッグバンド、ニュー・クール・コレクティブ New Cool Collective さえもが彼をリスペクトしたアルバムを制作したのだろう。

 このようにチェルノ・コワテはまるでセネガル音楽の生き字引のような重要人物なのだ。彼に匹敵する経歴を持つミュージシャンなど他にはいない。

 しかし、彼の経歴についていくら調べてもほぼ何も分からなかった。"Specialist in All Styles" のライナーには何を書いたかと思って読み直してみたのだが、彼の経歴については全く何も書いていなかった!(多分、本当に何も分からなかったのだろう。)

 2003年にバオバブのメンバーたちにインタビューした時、チェルノには何も訊ねなかった。今思い返すと、全くもったいないことをしたと後悔している。バオバブのメンバーが相次いで去った(ほぼ皆他界してしまった)今、チエルノはオーケストラ・バオバブを牽引していて、まだまだ元気そうだ。ならば、誰か彼にたっぷりインタビューしておいてくれないだろうか。

(* 昔、バオバブに関する資料を集めてファイル化してある。それを読み直せば、チエルノ・コワテの経歴などもある程度分かるはず。近いうちにそのファイルを探し出して、読み直そう。)




 以下、思い出せる範囲で、彼の参加アルバムを並べてみたい。
(*前回公開した Kippie Moketsi に関する記事と同様、以下で取り上げるレコードとCD のレーベル、ナンバー、リリース年は基本的にオリジナル盤のものである。)

◇Star Band de Dakar
・" "Le Miami" Bar Dancing" ("Star Band Vol.1") (Ibrahim Kassé Production IK 3020, ? )

 スターバンドの最初のアルバム。メンバー構成から判断して 1970年か 71年頃の録音だろうと思う。クレジットは苗字なく Thierno としか書かれていない(しかも、クレジットの記載があるのはデザインが数パターンあるスリーブのうちの1種類だけ)ので、これがチエルノ・コイテだとは長年気がつかなかった。多分、これが彼のファースト・レコーディングなのではないだろうか。それにしてもどのような敬意でスターバンドに加わったのだろう。

◇Le Sahel
・"Bamba" (Musiclub LPS-MUS-001, 1975)
・"La Légende de Dakar" (Celluloid – 006642, 2015)

 サヘルは、シェイク・ティジャーン・タル Cheikh Tidiane Tall、イドリッサ・ジョップ drissa Diop、チェルノらによって結成された、セネガル1970年代の最重要グループのひとつ。このアルバム1枚のみで解散してしまったが、その影響力は大きかったと思う。彼ら3人は 2015年に再び集って再結成アルバムをリリースした。これも好盤だ。

◇Le Diamono
・"Biita - Baane" (Musiclub LPX.MUS.0010, 1975)

 後年オマール・ペン Omar Pene が率いるシュペール・ジャモノ Le Super Diamono は、活動初期には Le Diamono と名乗っていた。また当時、ペンは複数いるヴォーカリストの一人に過ぎなかった。このファースト・アルバムは "Bamba" と同様、1970年代の最重要アルバムのひとつ。
 この頃ユッスー・ンドゥールも一時期ジャモノで歌っていた。アルバム中2曲でユッスーに似た声が聞こえ、スターバンド加入前の彼の初録音かと考えたくなるが、流石にそれは違うだろう。

◇Idy Diop (Idrissa Diop)
・"Dioubo" (N'Dardisc 33-15, 1976)

 イディことイドリッサ・ジョップのデビュー・アルバム。当時イディは若干19歳だった。これもラテンからンバラへの変化が感じ取れる、1970年代の最重要なアルバムのひとつだ。

◇Star Number One
・”Maam Bamba”(Disques Griot GRLP 7601, 1976)
・"Jangaake" (Disques Griot GRLP 7602, 1976)

 1970年代初頭、スターバンド脱退組により結成されたバンドのファーストとセカンド。ちなみにチエルノは、スターナンバーワンのギタリストのヤヤ・フォール Yakhya Fall と、再結成したサヘル Le Sahel でも共演し、今は同じオーケストラ・バオバブのバンド仲間。奇縁と言えばいいのか、少なくとも気の合う同志なのだろう。

◇Laba Sosseh
・"El Maestro" (Africa Productions 00022-2, ? )

 ラバ・ソセーは、ガンビアに生まれ、1960年代にスターバンドのリードヴォーカルからキャリアをスタートし、後年ニューヨークでも大活躍したアフリカ音楽史上屈指のサルセーロ。このアルバムは(恐らく)1970年代後半に制作したアルバムだろう。

◇Youssou N'Dour / Youssou N'Dour & Le Super Etoile de Dakar
・"Vol. 12 - Jamm - La Paix" (Saprom Productions 2559, 1987)
・"Vol. 13 - Kocc Barma" (Saprom Productions 2228, 1987)
・"Set" (Virgin CDV 2634, 1990)・"Xippi" (Saprom Productions, 1991)
・"Eyes Open" (40 Acres And A Mule Music Works 471 186-2, 1992)
・"Xippi N°2" (Saprom Productions, 1992)
・"Spécial Noël" (Saprom Productions, 1993)
・"Wommat" (Saprom Productions, 1993)
・"The Guide (Wommat)" (Columbia COL 476508 2, 1994)
・"Dikkaat" (Saprom Productions, 1994)

 バオバブが解散状態にあった 1980年代後半からしばらくの間、チエルノはバオバブのリーダー兼テナーサックス奏者だったイッサ・シソッコ Issa Cissokho と共に、エトワール・ドゥ・ダカールの一員だった。ユッスーの代表作 "Set" にもクレジットされており、この頃に初来日を果たしたはずだ。"Vol. 12 - Jamm - La Paix" はとにかくホーンズ2本のサウンドが美しい大傑作(個人的にも、Miles Davis "Kind of Blue"、Joni Mitchell "Blue"、Randy Newman "Good Old Boys" などと並ぶ生涯の最愛聴アルバム)。チエルノが演奏に加わっているユッスーのアルバムはライブ盤など他にも多数ある。

◇Cheikh Ndiguël Lô
・"Né La Thiass" (Saprom Productions SAPROM PROD 11-95, 1995)
・"Ndogal" (Jololi, 1996)
・"Bambay Gueej" (World Circuit WCD 0057, 1999)

◇Fallou Dieng
・"Medina" (Stern's Africa STCD 1090, 2000)

◇Henry Guillabert
・"Benn (Un)" (Jololi BENN J000297, 2002?)

 ハラム Xalam のオルガン奏者だったアンリ・ギルバルト(?)のソロアルバム。ユッスー、シェイク・ロー、イスマエル・ローなどがヴォーカリストとして参加。2002年に購入したので、2001年か 2002年のリリースだろうか。

◇Orchestra Baobab
・"Specialist In All Styles" (World Circuit, 2002)
・"Made In Dakar" (World Circuit, 2007)
・"Tribute To Ndiouga Dieng" (World Circuit, 2017)

◆Thierno Koité
・"Teranga" (JFC Music JFCCD008, 2004)
・"Ubbite" (JFC Music JFCCD013, 2005)

 チェルノ・コワテのリーダー・アルバムはこの2作だけ。困ったことに "Teranga" にはパーソネルのクレジットが一才ないので、参加ミュージシャンが分からない。Cissokh 作とクレジットされた曲がいくつかあるが、これらの曲作りにバオバブのイッサ・シソッコが加わっているかどうかも不明だ(多分このシソッコはバオバブのイッサとは別人だろう?)。

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◇Ablaye Ndiaye Thiossane
・"Ablaye Ndiaye Thiossane" (Syllart Production 1508, 2010)

◇New Cool Collective
・"New Cool Collective Big Band featuring Thierno" (Dox Records DOX 273/DOX 274, 2017)

 オランダのビッグバンドにチエルノのサックスが大々的にフィーチャーされた作品。'Myster Tier' など、サヘル Le Sahel の代表曲なども演奏している。

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 チエルノ・コワテが客演している、セネガルのアーティストの曲/アルバムは他にも多数ある。それだけ多くのミュージシャンたちが彼のサックスの音を必要としていたのだろう。そうした中でまだ見落としている重要な録音もありそうだが、今回はこれくらいにしておこう。


 





# by desertjazz | 2024-05-31 00:00 | 音 - Africa

Jazz in South Africa : Kippie Moketsi - His Biography & Recordings_d0010432_13301474.jpg


 これまでにも何度か書いたが(この記事 New Discs : South African Piano とか)、近年充実した内容のリイシューが続いていることもあって、最近は南アフリカ共和国のジャズをよく聴いている。そうしたリイシューの中で特に嬉しかったのは、Pat Matshikiza - Kippie Moketsi "Tshona!" が 2022年に再発されて、ようやくヴァイナルで聴けたことだ。1曲目のタイトルトラックなどは、パット・マチキザ(・・・というカタカナ表記でいいのかな?)の奏でる金属質な高音が特徴的なピアノのリフレインに乗って、キッピー・ムケツィが気持ちよくアルトサックスを吹いている。そんなキッピーのプレイをもっと聴きたくなって、同時期にリイシューされたもう2枚も買ってみた。これらもなかなかいい。

(*以下で取り上げるレコードとCD のレーベル、ナンバー、リリース年は基本的にオリジナル盤のもの。)

・Pat Matshikiza - Kippie Moketsi featuring Basil "Mannenberg" Coetzee "Tshona!" (as-shams/The Sun GL 1796, 1975)
・Pat Matshikiza "Sikiza Matshikiza" (as-shams/The Sun GL 1857, 1976)
・Kippie Moketsi - Hal Singer "Blue Stompin' " (as-shams/The Sun GL 1912, 1977)

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 キッピー・ムケツィが参加した作品は他に何があっただろうかと考えながら、自宅の棚を漁ってみたら結構あった。しかも名盤揃い。しかし彼が演奏していることを認識していなかったり、すっかり忘れてしまっていたものも多いことを反省。南ア・ジャズのレコードやCDを買い集めていたのは、アフリカ音楽を聴き始めた 30年以上前の頃だから、まあそれも仕方ないだろう。南ア生まれのジャズ・プレイヤーというと、ダラー・ブランド Dollar Brand(後年、アブドゥーラ・イブラヒム. Abdullah Ibrahim と改名)やヒュー・マセケーラ Hugh Masekela、あるいは Blue Notes のメンバーなど、後年欧米で活動した人たちをまず思い浮かべてしまうし、サックス奏者に限っても個人的にはドゥドゥ・プクワナ Dudu Pukwana やウィンストン・マンクンク Winston Mankunku などの方が馴染みがある。それでキッピーのことを意識して聴くことが少なくなっていたのだろう。


 キッピー・ムケツィの経歴を軽く振り返ってみよう。

 Jeremiah "Kippie" Morolong Moeketsi は 1925年7月27日、ジョハネスバーグ生まれ。音楽一家に生まれ育ち、11人兄弟の末っ子だった。Morolong は鳥の名前で、彼の母は鶏を追うように「Kippie, Kippie, Kippie」と声をかけながらどこかに行ってしまった彼を探したことから、Kippie という愛称が付けられたのだそうだ。

 キッピーは20歳でクラリネットを吹き始める。彼が最初に属したグループは The Band in Blue という名前で、彼らは黒人居住区の酒場シェビーンで演奏していた。

 その後、Shantytown Sextet、Harlem Swingsters などに在籍。演奏楽器もアルトサックスに変え、Dollar Brand, Hugh Masekela, Johnny Gertze, Jonas Gwangwa, Makaya Ntshoko と The Jazz Epistles を結成する。

 彼はアメリカのビバップから大きな影響を受け、特にチャーリー・パーカーに傾倒していた。ダラー・ブランドにセロニアス・モンクの音楽を紹介したのもキッピーだそうだ。

 南アにおいて人種差別が厳しくなり、それに起因する対立が続いた60年代、ジャズ・ミュージシャンが相次いで国を離れていったが、彼は国内にとどまり続けた。ミュージカル『キング・コング』で外遊した時にも亡命という選択肢は取らなかった。

 キッピーはチャーリー・パーカーに憧れていたこともあってか、奔放な生き方をしただけにトラブルも多く、また酒に溺れる生活を続けていた。そのためだろうか、若くして亡くなっている。命日は 1983年4月27日、享年57だった。

 キッピー・ムケツィは南ア最高のサックス奏者とさえ言われるほど評価が高い。例えば、Gwen Ansell による南ア・ジャズの研究書 "Soweto Blues: Jazz, Popular Music & Politics in South Africa" (Continuum, 2004) を開いても、その中ほどで彼について十分なページをさいて書かれている(Jonas Gwangwa、Pat Matshikiza、Pops Mohamed などなどのミュージシャンたちが語るキッピーの思い出についてもたっぷり)。

 また、Peter Esterhuysen による "Kippie Moeketsi: Sad Man of Jazz (Life Stories S.)”(Viva Books, 1995) という伝記も南アで出版されているが、こちらは未見(中古本を見つけたが、わずか 72ページで 1万円以上するので手が出せない)。


 この機会に自宅にあるレコードやCDをチェックして、キッピー・ムケツィを聴けるアルバムを気がついた範囲で洗い出してみた。

◇The Band in Blue
◇Shantytown Sextet
◇Harlem Swingsters

 これら初期に参加していたグループの録音は見当たらない。おそらくレコーディングする機会はなかったことだろう。

◇Shanty City Seven
・'Unoya Kae (= Where's He Going?) ' (1953)

 この録音は Harlequin の Jazz And Hot Dance シリーズの11枚目で聴ける。

・V.A.”Jazz And Hot Dance In South Africa 1946-1959” (Harlequin HQ 2020, 1985)

◇Dolly Rathebe
・'Tlhapi Ke Noga' (1954) *
・'Ke Ya Kae Le Bona' (1954) *
・'Kitty's Blues' (1954) ***

 ドリー・ラテーべは名門ハーレム・スウィングスターズの人気女性歌手だった。

◇Jazz Maniacs
・'Weekend' (1956) ***

 ジャズ・マニアクスは 1940年代?に Solomon "Zulu Boy" Cele が結成した編成大きめなジャズ・グループ(この録音は11人編成)。彼らはシェビーンで主にマラービを演奏していた。

◇The Jazz Dazzlers
・'De Makeba' (1958) * ***
・'Makambati' (1958) *
・'Hamba 2' (1958) *
・'Hamba Gwi' (1960) **
・'Fika Swanee' (1960) **
・'Fuduwa' (1960) **

 ジャズ・ダズラーズはテナー奏者のマッカイ・ダヴェーシェ Mackay Davashe をリーダーとして結成。マンハッタン・ブラザーズのバックバンドとして結成されたと書いているものと、ミュージカル『キング・コング』のために結成されたと書いているものがある。

 ドリー・ラテーべ、ジャズ・マニアクス、ジャズ・ダズラーズの録音は、それぞれ以下のCDで聴くことができる。
・V.A. "Township Swing Jazz Vol.1" (Gallo AC 53, 1990) ・・・(*) のトラックを収録
・V.A. "Township Swing Jazz Vol.2" (Gallo AC 54 1990)・・・(**) のトラックを収録
・V.A. "Drum: South African Jazz and Jive 1954-1960" (Monsun MSCD 9.01092 O, 1991) ・・・(***) のトラックを収録

◇The Manhattan Brothers
・'Tula Ndivile' (1954)
・'Thaba Tseu' (1954)
・'Ntyilo Ntyilo' (1954)
・'Manyeo' (1954)

 マンハッタン・ブラザーズは南アを代表するコーラス・グループで、ミリアム・マケーバ Miriam Makeba も在籍したことがある。これらのSP録音は次のコンピレーション CD でリイシューされた。キッピーはクラリネットのみを演奏。
・"The Very Best of the Manhattan Brothers" - Their Greatest Hits (1948-1959)" (Sterns STCD 3013, 2000)

◇King Kong
・The King Kong Cast "King Kong - All African Jazz Opera" (Gallotone GALP 1040, 1959)

 ボクサー「キング・コング」を主人公とし、彼の非業の死までを描いたミュージカルのオリジナル・サウンドトラック。このミュージカルにはミリアム・マケーバも出演しており、1961年にはロンドン公演も行われた。キッピーは、アルトサックスの他に、オーケストレーションとアレンジメントでもクレジットされている。

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◇The Jazz Epistles
・"Jazz Epistle - Verse 1" (Continental Records CONT 14, 1960)
・"Jazz In Africa - Volume One" (Kaz Records KAZ CD 24, 1992)

 ジャズ・イピスルズは南アで初めて誕生したビバップ・バンドで、ダラー・ブランドやヒュー・マセケーラなど後年の重要人物たちによって結成された。彼らのアルバムは解散直前に制作された "Jazz Epistle - Verse 1" 1枚だけで、このLPは南ア最初のジャズ・アルバムと言われている(1990年にCD化)。"Jazz In Africa - Volume One" は "Verse 1" のトラックを中心に(1曲だけ未収録)シングル曲を加えた編集盤CD。
 これらを聴くと、確かにストレートなビバップという印象が強く、南アというよりはアメリカのジャズを聴いている気分になる。

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◇Gideon "Mgibe" Nxumalo
・"Jazz Fantasia" (Renown – NLP 233, 1962)

 ピアニスト/ビブラフォン奏者、ギデオン・ンクシュマルを中心とするメンバーたちがウィットウォーターズランド大学で行ったライブの録音。このアルバムも 2019年にリイシューされた。

◇Chris McGregor & The Castle Lager Big Band
・"Jazz / The African Sound" (Gallotone/New Sound, 1963)

 南ア・ジャズの大名盤にして、私が最も好きなアフリカン・ジャズのレコード。ここに参加したメンバーたちが Blue Notes を結成し、亡命後にロンドンを中心に活躍することになる。

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◇Dollar Brand
・"Dollar Brand + 3 wiith Kippie Moketsi" (Soultown, 1973)
・"Black Lightning" (As-Shams/The Sun SRK 786138, 1976)

 亡命状態だったダラー・ブランドが 1968年に帰国し、1976年に再び祖国を離れる間に行われたセッションのうちの2つにキッピーが参加している。ダラー・ブランドのこの時期のアルバムは入手困難だったが、大半のトラックは 1980年代末にLPとCDでリイシューされた。それらの音源は日本でも再構成して CD4枚分リリースされ、"Dollar Brand + 3 wiith Kippie Moketsi" の全4曲は"African Sun" で、"Black Lightning" のうちの3曲は "Tintinyana" で聴くことができる。

・Dollar Brand (Abdullah Ibrahim) "African Sun" (Century 25ED6037, 1989)
・Dollar Brand (Abdullah Ibrahim) "Tintinyana" (Century 25ED6038, 1989)

 いずれも珠玉の名演奏だが、中でも 'African Sun' は南ア・ジャズ屈指の名曲/名演だろう。ダラー・ブランドの運指もキッピーのフレイジングもとても印象的だ。また 'Memories of You' の情感たっぷりなブロウも心に響く。残念ながら、これらの日本盤 CD も今では見かけることがない。こうした作品群もそろそろストレート・リイシューされないだろうか(私もオリジナル盤を持っていないので、ヴァイナルで聴いてみたい)。

 ちなみに、 中村とうようさんによる "African Sun" のライナーノートの中で、Moeketsi の oe を「ウ」と発音・表記する理由が書かれており参考になる(オランダ語由来だからと説明している)。

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Pat Matshikiza / Kippie Moketsi / Hal Singer
・Pat Matshikiza - Kippie Moketsi featuring Basil "Mannenberg" Coetzee "Tshona!" (as-shams/The Sun GL 1796, 1975)
・Pat Matshikiza "Sikiza Matshikiza" (as-shams/The Sun GL 1857, 1976)
・Kippie Moketsi - Hal Singer "Blue Stompin' " (as-shams/The Sun GL 1912, 1977)

 そして晩年に録音した自身の名義の作品が、冒頭で触れた3枚のアルバムだ。"African Sun" のライナーノートで中村とうようさんは「キッピーは、レコードが少ない...」とも書かれている。実際、キッピー単独でのリーダーアルバムはなく、そうした印象を受ける。手元にあるレコードと資料にざっと目を通しただけでこの記事を書いているので、もしかすると見落としている作品もまだあるかもしれないが。

 今回、バックバンドの一員だった初期のSP盤のリイシューやグループでの録音まで含めると、キッピー・ムケツィの演奏をある程度の数聴けることが分かった。また、南アを代表するジャズ・グループの数々で演奏し、南ア音楽の歴史的作品の多くにも参加して、良い演奏をしていることを再認識した。確かに、南ア最高のサックスプレイヤーとまで崇められるだけのことはある。それだけに、キッピーの本格的な演奏をもっともっと聴きたくなってしまったのだった。


 それにしても南アのジャズはいい。ゆったりしていて、気持ちが落ち着くものが多い。激動の時代の中で、これほど素晴らしい音楽を生み続けていたとは。

 30年ほど前に買って以降聴き込んでいない南アのレコードも多い。これからしばらくは、久しぶりに南ア音楽の歴史を振り返りたくなって、中村とうようさんと深沢美樹さんが作られた AUDI-BOOK『A Guide to South African Music』も読み直した。このところ新旧いずれの作品も注目され評価の高まっている南アのジャズ、これからしばらくじっくり聴き直したくなっている。

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# by desertjazz | 2024-05-30 00:00 | 音 - Africa

読書メモ:ニーナ・クラウス『音と脳 あなたの身体・思考・感情を動かす聴覚』_d0010432_10381969.jpg



 ニーナ・クラウス『音と脳 あなたの身体・思考・感情を動かす聴覚』読了。これはアメリカで研究を続ける(著名な)神経科学者による一般向けの著書。原題は "Of Sound Mind : How Our Brain Construct a Meaningful Sonic World" で、あとがきによると "Of Sound Mind" は「健全な精神」という意味だというが、確かに音が脳や精神にもたらす影響についてのことを中心に綴られている。

 100ページほどの第1部「音の働き」は、耳に届いた音がどのようにして信号として脳に伝わり処理されるか(求心系)、それがどのように耳に戻されるか(遠心系)について、そして著者たちの様々な研究手法について詳述される。FFR(周波数対応反応)なる指標が重視されているのだが、ここまでは教科書的な地味な内容(遠心系の説明もよく分からなかった)でなかなか読み進まなかった。しかしこれらは、本題に進むためには必要な知識なのだろう。

 残りの約200ページの第2部「音は私たちを形作る」がその本題。音楽や言語への習熟度と脳の処理能力との関係や、言語障害、発達障害、難聴、脳震盪などと脳の機能との関連性について検討を重ねる。
 興味深かったのは、人間が音を聴き取る能力は生来定まったものではなく、子供の頃から(あるいは胎児の時から?)聴いてきた音が脳を育てるのだという。例えば、早くから音楽を続けてきた人(聴くのではなく、楽器演奏や歌唱)は音を聴き分ける能力が高い。またバイリンガルのメリットも挙げられる。
 一方で、貧しい家庭に育った子はそうした能力に劣るという研究結果が出ていることも繰り返し語られる(自分のように、経済的に豊かではない家庭で生まれ育ち、楽器も外国語もできない人間には、聴く能力に限界があるのかとも考えてしまうのだが、今さらそのようなことを愚痴っても仕方がない。楽器を始めるのに年齢的に遅すぎることはないという指摘に勇気も得るのだが)。

 また、音環境の悪さは脳に悪影響を与えるという。例えば、難聴を招くレベル以下の騒音に晒され続けても、必要な音を聴き分ける力が低減するのだという。現代世界は不要な音が多すぎる、音との付き合い方をもっと考えて生活を豊かにすべきだ、生物たちへの影響も無視してはいけない等々と、サウンドスケープ的観点からも音と脳との関係性について強調していることには正しくその通りであろう。


(補足)

・低い周波数ほど指向性の弱いことの説明がわかりやすい。P.050
・英語はなぜ綴りと文字が対応していないのか?(ギリシャ語、ラテン語、フランス語、ドイツ語などさまざまな言語から単語を借用しているから、など)P.143
・鳥には声帯襞が2組ある。そうなのか!(だからホーミーのような発声が簡単にできてしまう。)P.214
・鳴鳥も(人間と同様に)喃語(ぐずり)の時期を経て歌う能力が完成する。P.225
・機内食が美味しくないのには、ジェットエンジンの大きな音が影響している(旨みはほぼ影響を受けないが、塩みと甘みは感じにくくなる)。P.285









# by desertjazz | 2024-05-28 10:00 | 本 - Readings

◇再挑戦:反り盤の補正

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◇再挑戦:反り盤の補正

 歪んでしまって再生できないレコードがある。盤面が反っているというより、昆布のように波打っていて、針圧を加減してもどうしても針飛びを起こしてしまうのだ。

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 このレコードは私的愛聴盤というだけではなく、アフリカ音楽史上でも最重要なものの1枚だと思っている。また来年実現させたい企画のためにも必要な音源だ。Discogs を調べると1枚だけ売り出されているが、250ユーロもするので買い直す気にはなれない。

 そこでどうにかして Pro Tools に取り込んでファイル化しようと考えた。実は昨年 30cm四方のガラス板に挟んで太陽光の熱で補正することを考えたのはこのレコードだった。しかし、別のレコードで試してみたところ、反りは補正されてほぼ平になったものの、反っていた部分が外周側に伸びてしまった。つまりは縦方向の歪みが横方向の歪み移っただけで、このレコードはもう補正不可能という大失敗。恐らく太陽光に当てる時間が長すぎたのだろう。

 太陽光に頼る方法は加減がわからない。なので、こうしたレコードは吸着式ターンテーブルで再生するか、ORB のディスク・フラッター DF-01iA などで歪みを補正するしか手はなさそうだ。

 そう考えながらも、思いついて両面テープを使う方法を試してみた。レコードのうち、歪みの大きな部分の再生面の裏側に両面テープを貼り、ターンテーブルからテーブルマットを外して、そこに(プラッターに)直接貼り付けてみた。最初は一般的な両面テープを使ってみたのだが、ある程度の効果は認められるものの粘着力が足りない。

 ならばと、粘着力の強い製品をハンズで探して「Scotch 剥がせる両面テープ 強力薄手」を買い、これで再挑戦。こちらの方が遥かに粘着力がある。しかし、最初に 10cm ほど貼って試したところで、微調整が必要になり、ターンテーブルから外そうとしたのだが、全く剥がれない。レコードが割れそうなほど力を入れてやって外れたほどだった。貴重なレコードを危うくダメにするところだった。

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 そこで今度は 2cm 四方程度に切って数ヵ所に貼るだけにした。これだけでも効果は大。それでも歪みの酷いところでは針が飛ぶので、DL-103 の適正針圧 2.5g を無視して 3.5〜5.0g にまで上げたら、なんとか飛ばなくなった(それでも1ヵ所だけどうしても再生できなかったので、ここは Pro Tools で編集することにしよう)。

 かなりの荒技ですが、こんな方法もありということで、ご参考まで。








# by desertjazz | 2024-05-25 22:00 | 音 - Music

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◇マイケル・スピッツァー『音楽の人類史 発展と伝播の8億年の物語』読了。

 昨年の晩秋に翻訳書が出た時、気になりつつも見送った。表紙の印象から、クラシックを中心とする西洋音楽の歴史を綴っているのだろうと推測し、それは自分の興味の対象外だと思ったからだ。しかし図書館でこの本が目に留まり改めてページを開いてみると、冒頭からヌスラット・ファテ・アリ・ハーンが登場する。これは考えていたものとはちょっと違うかもしれないと思い、ひとまず読んでみることにした(実際その通りだったので、この本は表紙に選ばれた絵で損をしているかもしれない)。

 とは言え、相当なテキスト量。時間をかけてじっくり精読していては全体を捉えられないと考え、ひとまず軽く通読することにした。それで7日間で本文 533ページを一気に読み終えた。

 この本は、いずれも4章からなる3部構成(全12章)で、それぞれが、幾分短めの時間軸、やや長めの時間軸、そして長大な時間軸といったように、異なるタイムスケールで音楽の歴史を3度にわたって辿っていく。1回目は人間の一生程度の時間で、2回目は世界史の中に位置付けながら、そして3回目はもっとも広範囲にわたる時系列で (著者はこのように3つの時系列に分けたように書いているが、実際はそれほどはっきりと分かれているわけではなく、それぞれにおけるのテーマが交錯し合う)。特に3回目は、20億年前の細胞の振動から話を始め、音楽の未来予想に至る実に長大なもの。まるで劉慈欣『三体』か、リサ・ランドールあるいはミチオ・カクの宇宙論かというくらいにスケールの大きな議論になる。

 とにかく各章とも実に膨大な知識を織り合わせて、音楽がどのように生まれ、どのように進化してきたかを紐解いていくのだが、これがまさに博覧強記。クラシックは勿論、世界各地の民族音楽から、ジャズ、ビートルズ、J-POP や K-POP までを俯瞰。参照されるのは、脳科学、生物学、古代史、植民史、病理、神話、文学、等々と挙げていくとキリがない。よくもこれだけのことを知っているものだと感心させられる。

 そのためどのパートも単体として読んでも興味深い。ただし突然話は飛ぶし、普通なら削除されるような余談も多いのだけれど、著者はとにかくあらゆることを書き込みたい性格なのだろう。そうした細部も著作を面白くしているが、一方でやはり冗長さを招いているとも思う。そんなことを感じながら読み進めると、忘れた頃に以前取り上げた内容が新たなテーマとウェブのように結びついていく。

 ギリシャの音楽、ローマの音楽が、後年の西洋音楽に繋がっていくあたりも、先日読み終えた加藤文元『数学の世界史』を連想させて興味深かった。例えば、遅れていた西洋の音楽がイスラムやインドの音楽を取り入れることで発展したのは、数学の歴史と全く一緒。その一方で、音楽も数学も独自の路線を進んでいた中国とは(影響を受けながらも)やや距離を置いていた。そうしたことは、昔は数学と音楽(さらには天文学)も同じ学問だったことを思い出させる。

 個人的に大きく興味を持ったのは、洞窟に関する記述だ。洞窟壁画は音の響きの良いところに描かれているとする研究があるが、洞窟が音楽を育んだのだとすれば、洞窟への興味がますます膨らむ。

(*)洞窟に関して付け加えると、昨年秋に出た五十嵐ジャンヌ『洞窟壁画考』もとても読み応えがあった。フランスやスペインの洞窟壁画を紹介しながら、「何を描いたか」「どうやって描いたか」「なぜ描いたか」「いつ描いたか」「どこに残っているのか」「誰が描いたのか」という6つの疑問に答えていく。取り上げる対象が地域的にも時代的にも広範なため、巻頭に地図と年表があれば理解を助けただろうと思うのだが(余談になるが、文法的に怪しい日本語が延々続くのには、始めのうち戸惑った)。
 それと、著者本人も書いているが、残念ながら洞窟の音響や演奏されただろう音楽に関しては全く触れられていない。このあたりに関しては、次作に期待しつつ、デヴィッド・ルイス=ウィリアムズ『洞窟のなかの心』や土取利行『洞窟壁画の音 旧石器時代・音楽の源流をゆく』を読み直した方が良さそうだ。

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 もうひとつ『音楽の人類史 発展と伝播の8億年の物語』で見逃せない指摘は、かつて音楽は歌い演奏するものであったのが、大半の人にとって聴くだけのものになってしまったという指摘だ。そうしたように、本来音楽は自ら歌い奏でるものだったのが聴くものへと変化したという音楽史の一面については、デヴィッド・バーン『音楽のはたらき』でも同様な立ち位置を感じた。

(*)デヴィッド・バーン『音楽のはたらき』は自伝的要素もあるが、それより音楽史や録音史についての概説や探求が興味深かった。例えば水増し感の強かったテリー・バロウズ『THE ART OF SOUND』より100倍中味が濃い。引用文献には既読のものが多く(彼は読書家であり良い意味でインテリなんだな)、頷きながら楽しんだ。一方で、ビジネスのパートはやや長すぎ。それらを踏まえて、「音楽のはたらき」は何かということを突き詰めていく。そこにバーンの真摯さを感じた。全編を通して皮肉を交えたポジティブな論調がいい。

 マイケル・スピッツァーはそのように膨大な知識を駆使してロジックを丹念に積み上げ、音楽誕生の進化の謎に迫っていく。ところが、辿り着いた最後の最後のまとめは正直チンプンカンプンだった。あれこれ語りすぎてまとめきれなかったのか、音楽の進化は決して一つだけの流れではないからなのか。音楽がなぜ、そしてどのように生まれたかに関しては謎が多く、それは決して解き明かされることはないだろう。その現実に対して、著者の想像や情感が空回りしてしまった印象を受けた。




◇『フロンティア ヒトはなぜ歌うのか』視聴

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『音楽の人類史』を読み終えた直後、続いて、NHK-BS の番組『フロンティア ヒトはなぜ歌うのか』(2024年5月7日、初回放送)をネット配信で(2度)観た(拙宅では BS が映らないこともあって、テレビ番組は全く観なくなったが、さすがにこの番組は観逃せないと思ったので、ネット配信されたのは幸いだった)。


「なぜ歌うのか」という問いは、「なぜ音楽が生まれたのか」ということを言い換えたようなもので、両者の意味するところはほぼ等しい。正しく表裏一体の問題と言えるだろう。その証拠に『音楽の人類史』とこの番組とで同じ研究がいくつか取り上げられている。例えばビート予測(スノーボールも登場)や、クロススピーシズ(種間比較)Cross Spiecies /クロスカルチャー Cross Culture という観点に基づくものなどだ。こうした研究は音楽進化を探求する上で特に重要であり、またこのような主要な研究は限られているとも言えるのかもしれない。

(*)「ビート予想」はビート(リズム)を把握した上で、次のビートが来るタイミングを予想する能力。これを持つのはホモサピエンス(ヒト)にほぼ限られているが、その稀な例外として登場するのがスノーボールと名付けられたオウムだ(ただしスノーボールがビート予想できるということに対して否定的見解もある)。

「昔の音楽は化石として残っていないので」(インタビューを受けた学者の言葉)、番組では、クロスカルチャーという視点から 20万年前の DNA を持ち続けていると言われるアフリカの狩猟採集民バカの集落を訪ねる。バカはムブティ、エフェ、アカと並ぶ4大ピグミーのひとつで、主にカメルーン東南部の森に暮らしている(そのバカのンビンベ村に誘うのは、京都大学の矢内原佑史さん。彼の著書『カメルーンにおけるヒップホップ・カルチャーの民族誌』もとても良かった)。

 個人的にはこのバカ・ピグミーの現地取材が一番の見どころだった。深い森の光景、生き生きとしたバカの人々、川の水を叩いて豊かで豪快なリズムを生み出すウォータードラム。そうした全ての映像にワクワクしっぱなしになった。

 そうした中でも、バカのコーラスをマルチトラック録音しての分析はとても興味深い。その結果分かったことは、一人一人が異なるフレーズを歌い、また異なるリズムで多拍子を打っているということ。彼らのコーラスをこれほどまでにしっかり録音し解析までなされたことは、これまでになかったのではないだろうか。

(*)録音・撮影は、7人の女性一人一人に小型カメラ(GoPro?)とマイクを向け、Sound Device の 8ch デジタルレコーダー 788T 2台をスレーブさせて(Time Code Link させて)録音する本格的なセッティングだった。ただし、西洋の音階とは異なる音高で歌っているはずのピグミーのコーラスを楽譜に落とし込み、それを基に完全4度の音階差でコーラスするところが多いとする指摘には、幾分疑問を感じた(実際その通り、あるいは近似値として当たっているのだろうけれど)。

 そしていよいよ「なぜ歌うのか」という主題に挑んでいくのだが、その答えは「集団の絆」を感じるからというものだった。「なぜ歌うのか」という問いに対する答えは、簡単に言ってしまうと、まず気持ち良いから/快感を感じるからなのだと思うのだが、そのことを番組中のマルチトラック録音が実証していたのではないだろうか。そしてそのことがあった上で(ドーパミンを生み出した先に)「集団の絆」という感覚が生まれるのだろう。映像を観た学者が「(彼らの歌は)いろいろな機能をはたしている」と指摘する通り、「集団の絆」は一つの可能性であり、「なぜ歌うのか」という問いへの答えを一言に集約することは難しいのではないだろうか。

 スティーヴン・ミズン『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』(ミズンの学説は『音楽の人類史』でも引用されている)、ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか?』、ウィリアム・ベンゾン『音楽する脳』、ダニエル・J・レヴィティン『音楽好きな脳 人はなぜ音楽に夢中になるのか』『「歌」を語る 神経科学から見た音楽・脳・思考・文化』などを読んでも、音楽が生まれた仕組みについてスッキリ理解することはできなかった。それはやはり「化石」が残されていないために、正確な答えに辿り着けないからなのだろう。それだけに、『音楽の人類史』のような研究を読み、『ヒトはなぜ歌うのか』のような番組を観て、それらでの結論を一つの可能性として受け止めながら、より想像力をたくましくさせることに意味と楽しみがあるように思う。

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(覚え書き)
1.ピグミーたちは 20万年前の DNA を保ち続けているのかもしれないが、勿論それだけの長年間、彼らの音楽が変化しなかったということではない。例えば番組 31分台の「リカノ」などはチャーチ・コーラス風に聞こえたので、近年キリストの布教から影響を受けたものではないかと思った。
2.ピグミーのフィールド録音を行ったシムハ・アロム Simha Arom(1930年ドイツ生まれ)の著作を探してみると、番組中でも映っていた "African Polyphony and Polyrhythm: Musical Structure and Methodology" などがあったが、どれも高い!




 それにしても、ピグミーの音楽とブッシュマン(サン)の音楽は本当によく似ている。今回、番組を観て改めてそう思った。両者の音楽の共通点は、番組でも取り上げられたポリフォニー・コーラスで顕著だ。まず、それらは女性だけで行われるパフォーマンスである。コーラスがヨーデル風の歌である。そして、コーラスも手拍子も各人それぞれ異なっている。

 ピグミーもブッシュマンも共にアフリカの狩猟採集民ではあるが、遠い昔から全く異なる環境の中で、別々の暮らしをしてきた。そのような両者が、これほど高度でありかつ類似した音楽を持っているのはなぜなのだろう? その理由を紐解いた研究を読んだことがないだけに、ますます興味が膨らむ。

 以前、同じくカメルーンのバカ・ピグミーを研究されている分藤大翼さんの講演を聞いた時、「歌が若者に受け継がれておらず、消えつつあるものも多い」と語っていた。その一方で、今回の番組では母親が娘に歌を伝えるという微笑ましいシーンが挟まれていた。カメルーンの森は開発が進んで森が小さくなり、そこに暮らすピグミーたちの心も変化も激しいと聞く。そのような時代による変化は避け難いのだろう。それでも、このようにピグミーの歌や音楽がまだまだ受け継がれているのなら、もっともっと知りたいものだ。







# by desertjazz | 2024-05-13 19:00 | 本 - Readings

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