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Movie : Wax Print

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 映画 "Wax Print: From the Cradle to the Grave" (2018) の自主上映会に行って来た。


 在英ナイジェリア人?女性のデザイナー/映画監督 Aiwan Obinyan が、西アフリカの布の現状を描いた作品。シンプルに、インドネシアのジャワのバティックに影響を受けたワックス布やガーナのケンテクロスなどを紹介する映画と思っていたら、オランダ、イギリス、中国、アメリカまでもを繋ぐ壮大なドキュメンタリーだった。
 西アフリカにワックス布が伝わった過程を辿る前半は、ビジュアル的な楽しさもあって、布好きにはたまらない面白さだ。中盤、中国によるコピー製品の話(やや冗長)になってからは、監督の問題意識が明確化される。そして監督の核心を突く鋭い質問!ここが白眉!
 それだけに残念だったのは、エルミナ城を訪れた後で監督とプロデューサーが奴隷制度について延々語るシーンが、作品の流れを止めたこと。観ていて集中力が削がれてしまったので、この作品には入れない方が良かったと思う。(関連映像/オフショットとしてネットにアップする方が相応しい。)

 それでも、とてもよくできたドキュメンタリーだと思った。監督 Aiwan のメッセージが鋭くて的確。広く観られて欲しい映画だ。

https://fringefrequency.com/culture/wax-print-documentary-unwraps-history-african-fabrics/ 
https://www.kickstarter.com/projects/2136658923/wax-print-film-1-fabric-4-continents-250-years-of?fbclid=IwAR34BZjV-w4b20MzC8uXhpHRKAsb-R7xNAHkttmZuZwatVUaYfxrfudIqmI


 余談になるが、インタビューで登場する女性たちが皆カッコいい! 毎年世界各地で開催される Afropunk にも行きたくなってしまった!








# by desertjazz | 2019-02-23 21:00 | 布 - Ikat and

Istanbul & Orham Pamuk

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 1月末からイスタンブールに行って来た。3泊6日、往復機中泊の弾丸旅行。トルコを訪れるのは初めてだ。旅の目的は音楽でも料理でもなく、ただひとつ、オルハン・パムク(トルコの音楽や料理に
ついては詳しい方がたくさんいるので、私が探索しても意味はない)

 オルハン・パムクの作品は大好きで、どれも繰り返し読んでいる。中でも特に気に入っているのは、200葉以上のイスタンブールの白黒写真を挟みながら、自身の幼少〜学生時代について綴った『イスタンブール』だ。そこで語られる「ヒュズン」(哀感とでも訳しうる独特なニュアンスを含んだ表現)を出来れば自分でも感じてみたかった。そして何より、2014年にパムクが開設した私設博物館『無垢の博物館 The Museum of Innocence 』をどうしても観たくて、そのチャンスをずっと窺っていたのだった。


Day 1 - Jan 30 (Wed)

 午前4時、アタチュルク空港に到着。トルコ航空のアライバル・ラウンジでしばらく休んでから移動し、7時に旧市街のホテルにチェックイン。滞在初日の今日は旧市街の主要スポットを巡るだけにして体調を整えるつもりだった。しかし、昼前に、大宮殿モザイク博物館、スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)、トルコ・イスラーム美術博物館、アヤソフィアなどを見て回ってもまだ余力があった。そこで今日のうちに無垢の博物館まで行ってしまうことにした。

 金角湾にかかるガタラ橋を渡って新市街へ。ホテルから歩くこと約20分。しばらくしてから急な坂を登って行くと、Masumiyet Muzesi (The Museum Of Innocence) と書かれた表示板が。そこを右に折れてすぐに赤い建物が見えてきた。憧れの地にとうとう辿り着いたのだ。

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 入場料40TL(800円強)を支払って中へ。まず迎えてくれたのが、壁一面にディスプレイされたタバコの吸殻。4213本の一つひとつにキャプションが添えられている。ほとんどこれを見たいがためにイスタンブールに来たと言ってもいい。

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 地上4階、地下1階の縦長の建物。館内には80近い数のディスプレイ(小窓)をメインに、様々な日用品や写真が飾られている。トルコに長年暮らしてきた人々にとっては、きっと懐かしい品々ばかりであることだろう。一角にはパムクの母と思しき写真の数々が並ぶ。しばらく先には My Father's Death と題された小窓が。どちらも『イスタンブール』での家族の描写を思い起こさせる。そして Fusun's Driving Licence と題された小窓を目にした瞬間、誰もが小説『無垢の博物館』の悲劇的結末を連想するに違いない。

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 それぞれのディスプレイにはタイトルや短い一文がついているのだが、いずれも展示された物との関係性について考えさせられる。個人的に印象に残ったのは、「The Most Important Thing in Life Is to Be Happy」「Happiness Means Being Close to the One You Love, Tha't All」などだ。タイトルと展示物のコンビネーションが、またひとつのパムクの文学作品になっていることに気がつかされた。


Day 2 - Jan 31 (Thu)

 自分にとってイスタンブールのイメージは白と黒である。多分これにはパムクからの影響が大きい。彼の著作のタイトルには『白い城』『黒い本』『雪』といったように、ずばりモノクロームを掲げたものが多い。きっとパムクは白黒のイメージが好きなのだろう。いや、実際パムク自身がはっきり書いている。

「わたしは子供時代のイスタンブールを、薄暗い、モノクロ写真のように二色で、鉛色の場所として生きたし、またそのように記憶している。」(『イスタンブール』P.51)

 それがあって、イスタンブールへの旅は日差しが弱く寒さの厳しい冬を選んだ。これで雪でも舞い降りてくれたら、もう申し分ないのだが(しかし来てみれば、思わぬ暖冬という誤算)。

 朝食後、ホテルから歩いてすぐのトプカプ宮殿へ。到着初日はどこも京都あるいは原宿並みの人混みに辟易したので、今日は開場時刻9時の少し前に入場ゲートへ。するとまだ誰も並んでおらず、おかげで真っ先に向かったトルコ観光の目玉のハレムを完全貸切状態で堪能できた。

 午後、ホテルから1時間、トラムに乗ってカーリエ博物館へ。素晴らしいモザイク画をじっくり鑑賞(今回の滞在、無垢の博物館を除くと、カーリエがベスト、次いでハレムだった。他は無理して見なくても十分という感想)。15時50分、その隣の宮廷料理の有名店 Asitane で遅めの昼食。

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 食事を終えレストランを出ると、外は雨。何とはなしに、そして『イスタンブール』の文章を少しばかり頭に浮かべながら、北西のエユップ方向に歩き始めた。時代を感じさせる住宅群の寂れた雰囲気に惹かれて。夕暮れと雨のために、辺りはほの暗くなりつつある。周囲から色が消えていき、モノクロの印象に。撮った写真をモノクロ加工してみると、『イスタンブール』の写真のようにちょっとだけヒュズンを感じられるような気がする。若い頃のパムクの見た景色もこうしたものだったのだろうか?

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Day 3 - Feb 1 (Fri)

 スレイマニエ・ジャーミィなど今日もいくつかモスクを観てまわる。初日・2日目もそうだったが、モスクや博物館はどこも改修中。そのあとは特にすることもないので、日中はホテルの自室でビールとラクとチーズ(エジプシャン・バザールで買って来た)をつまんで過ごす。

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 今夜は BaBa ZuLa のライブに招かれていたので、夕方前、ボスフォラス海峡を渡る連絡船に乗ってライブハウスのあるアジア側へ。快晴で気持ち良く、船からの眺めがいい

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 夕食前の時間つぶしに港で夕景を楽しむ。船が吐き出す黒煙を見て、また『イスタンブール』の文章を思い出す(のんびり眺めていたので、煙が濃くなった時の写真は撮り逃した)。

「ボスフォラスの船によるイスタンブールの風景への本当に大きな寄与は、その煙突から出る煙だった。」
「煙が太くなるにつれて、あたかもイスタンブールにあるわたしの世界が暗くなる、あるいはその上が覆われるかのように感じた。」(『イスタンブール』P.353)


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Day 4 - Feb 2 (Sat)

 イスタンブール最終日、いよいよすることがない。ならば最後は、やはりパムクが通ったというエユップで静かに過ごすのが良さそうだ。画家を目指し、そして初恋が破れた青春時代、エユップは開発進む新市街からは遅れて、まだ古の光景が残っていたらしい。

「学校から逃げ出して、古い金角湾のフェリーでエユップまで行くとき、自分をこれほどまでに確固としてイスタンブールと一体だと見たことの意味は何であったか。」(『イスタンブール』P.440〜441)

 タクシーが安くて便利なのだが、昨日の船が気持ちよかったので、パムクに倣って船で行くことにする。1時間に1本の船で金角湾の終着地エユップへ。今日も船上で受ける風が心地よい。例年だとこの時期は極寒とのことだったが、今年は気温が例年より10度以上高くて、少し歩くと汗が出るほどだ。

 昼前にエユップに到着。寂れた景色を期待していたのだが、すっかり観光整備されていて、週末を家族で過ごそうとする人々で溢れている。残念ながらヒュズンがすっかり消え去っていることを確認しただけだった。

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 ようやく来ることが叶ったイスタンブール。オルハン・パムクの足跡を追った4日間は思いの外充実したものになった。




 『イスタンブール』の日本版の写真は小さく、鮮明さもそれほどでない。昔シンガポールの書店でたまたま英語版を見つけて、写真の鮮明度の違いに驚かされた。そこで今回の旅でオリジナルのトルコ語版を探して買おうと思っていたのだが、無垢の博物館の売店で、写真を大量に追加したデラックス版が一昨年に出版されていたことを知った(約560ページある、ずっしり重い大型本)。そこで、ホテルに戻って "Istanbul - Memories And The City <Deluxe Edition>" (2017) と、博物館のカタログ "The Innocence of Objects" (2012) をネットでオーダー(どちらも英語版、一番安いのを探した)。2冊とも帰国後程なく届き、少しずつページをめくってイスタンブールへの旅を懐かしんでいる。

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# by desertjazz | 2019-02-21 23:00 | 旅 - Abroad

R.I.P. Sali Sidibe

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 マリ南西部ワスルを代表する女性歌手、サリ・シディベ Sali Sidibe が昨日2月8日に亡くなったそうだ。1959年生まれなので、多分まだ59歳。(一報が入ったばかりで、死因等は不明。)

 今夜は彼女を忍んで、世界デビュー盤 "Wassoulou Foli" (Sterns, 1993) や "From Timbuktu To Gao" (Shanachie, 1993) などを聴いている。Sterns 盤のデジタル音源の古さは否めないけれど、歌やカマレ・ンゴニ、ソク(小型の一弦リュート)の演奏は今聴いてもいい。近年の Oumou Sangare や Fatoumata Diawara に到るまで、マリの女性ヴォーカルの真髄には変化がないんだな。"Djen Magni" のリミックスなどはちょっと南アのクワイトっぽくも聴こえて、DJで使えるのでは?なんて思ったりも。Shanachi 盤は元音源はカセットなのかな? それより Sadibe と綴りが間違っているよ(酷いね)。他アーティストとのコンピレーションを除くと、彼女の CD はこの2枚だけかもしれない。だとすれば不思議な気もする。

 というのは "Wassoulou Foli" は内容良くて、日本でもオルター・ポップ/メタ・カンパニーが発売/配給したくらいだから。詳細な解説はもちろん各務美紀さん。90年代にはこうしたマリの音楽もたっぷり聴いて、彼の地への思いが膨らみ、それで1999年にとうとうマリまで旅に出たのだった。セネガルと合わせてだったので、バマコに滞在する時間しかなかったが、懐かしいな。

 さすがに Sali Sidibe のカセットなんて持っていないだろうと思いつつも、カセットを漁ると "Wassoulou Foli" の元音源のカセットが出てきた(写真右、シールドのまま)。昔は熱心に集めていたんだなぁ。




(気がつけば年が改まって2019年。最近もニュースを見つければ Twitter や Facebook で紹介していますが、サリフ・ケイタの「引退」や、Habib Faye、Khaira Arby、Oliver Mtukudzi らの訃報など残念なネタばかり。嬉しい話題が届いていないわけではないのだけれど、ブログを書く時間がなかなか取れません。まあ、たまにはまとまったものを書きたいと思っているので、今年もよろしくおつきあいいただけたらと思います。)






# by desertjazz | 2019-02-09 21:00 | 音 - Africa

No words ...

オリヴァー・ムトゥクジが亡くなったなんて、ショックすぎる!


# by desertjazz | 2019-01-24 00:13 | 音 - Africa

BEST ALBUMS 2018

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1. BRUCE SPRINGSTEEN / SPRINGSTEEN ON BROADWAY
2. BALOJI / 137 AVENUE KANIAMA
3. FEMI KUTI / ONE PEOPLE ONE WORLD
4. NAKHANE TOURE / YOU WILL NOT DIE (PREMIER ALBUM)
5. MOUSSU T E LEI JOVENTS / OPERETTE VOLUME 2
6. JASKULKE SEXTET / KOMEDA (RECOMOSED)
7. IBRAHIM MAALUF / LEVANTINE SYMPHONY NO.1
8. MHD / 19


 以下、絶対的評価や時代性などに関わりなく、自分が好きな音楽、よく聴いたアルバムについての個人的感想。(これだけ何でも大量に手軽に聴ける時代になってしまうと、音楽を楽しむには自身の感性に従うしかない。)

 迷わず1位に選んだスプリングスティーン、実はまだ聴いていない。「チケットが取れない!」と誰もが悲鳴をあげたブロードウェイ公演、幸運にも私は早々と今年1月に観ることができた。スプリングスティーンは他のアーティストたちとは全く別次元で音楽に向き合っていることを感じ取り、心から感動した。我が生涯で最高の音楽体験。これを(実質)最前列センターで観られたのだから、チケット代 850ドルは惜しくない。その一瞬一瞬の光景と音を脳に刻み込んできたので、CD で聴き返す必要を感じていないのだ。先日 12/16 に NETFLIX で世界初公開されたブロードウェイ公演も観たが、実際現場での体感にはほど遠かったし。なので、録音を聴くことで自分の記憶が薄れてしまう怖さもあり、今後も聴くことはないかも知れない。それでも、今年これを超える作品はないだろうと、聴かずともそう確信している。

 2位はバロジ。第一部のダンサブルな祝祭感も、二部から三部にかけての切々とした歌と息詰まる緊張感も素晴らしい大作。自ら監督したビデオなどのビジュアル面も含めて、彼の様々なフェイズがほとばしる傑作。来日公演を含めて今年4回観たステージも毎度たっぷり堪能。特にマルセイユでのステージは圧巻だった。Facebook のメッセージなどを通じて、あるいは直に会って色々やりとりしたことも良い思い出になった。

 今年はアフリカ音楽の豊作年で、良い作品が多かった。それらの中から、フェミ・クティと(ナカネ・トゥーレ改め)ナカネを3位と4位に選出。フェミは完全復活。キャッチーな曲が揃っていて、20年近く前の一番良かった頃に戻った感がある(セウン・クティはアルバムもライブも今ひとつスケールダウンしたままだったので、選外に)。仲根くんのセカンドはファースト"Brave Confusion" のただの焼き直し/リミックスじゃないかと最初は思った。しかし、繰り返し聴くうちにどんどん彼のダークな世界にハマっていく。リミックスは彼の良さが出る方法なんだろうな。掲載ジャケットは赤い「ワキ毛盤」じゃなく、Anohni 参加曲などの6曲を追加した Premier Version の方。

 5位、ムッスーTが1930年代にマルセイユの街で流行った曲の数々をカバーした新作は、ひいき目抜きにしても素晴らしい出来。彼らのアルバムの中でも最高作なのではないだろうか。全て楽しい曲ばかりであり、マルセイユで観たライブは観客を笑わせる語りやパフォーマンスもあって、より楽しいものだった。

 ジャズも豊作だった。個人的に特に気に入ったのはポーランドのピアニストたちによる、クシシュトフ・コメダ Krzysztof Komeda の再解釈作品集。ジャズ系では CHRIS DAVE AND THE DRUMHEADZ も ANTONIO LAUREIRO "LIVRE" も最終候補だった。3作ともマジカルな音の瞬間が来ることが共通している。これぞ音楽を聴く醍醐味。BRAD MEHLDAU / AFTER BACH は面白い試みで(視点は KOMEDA と共通しているかも)気持ちよく飽きるほどに聴いたが、残念ながら10枚には残せず。

 7位、イブラヒム・マールーフは一気聴き必至な流麗な組曲。年末に届いた最新作ライブ "14.12.16 LIVE IN PARIS - ACCORHOTELS ARENA" の3時間半に及ぶライブも見どころ満載。多作ぶりからも、彼の好調さが伝わって来る。

 何を落とすか迷ったアフリカもの。最後に残ったのは8位 MHD と9位の AYA NAKAMURA。MHD とサリフ・ケイタは互いのアルバムにゲスト参加しているが、サリフのラスト・アルバム "UN AUTRE BLANC"(*)より MHD の方が良くて繰り返し楽しんだ。中村綾ちゃんは昨年2位に選出したファースト・アルバム "JOURNAL INTIME" と比べると、決定的名曲がないなど見劣りする。しかし、「中村現象」がフランスなどを席巻した今年、やっぱりベスト10から外しにくい。

(*)サリフ・ケイタの「引退」を私が伝えた途端、その情報が拡散して少々不安になったのだが、アルバムのライナーに 'this is my last album' と書かれていてひと安心? しかし本当にアルバム制作を止めるとはとても思えないのだが。

 アフリカ音楽の諸作の中で、サウンド・プロダクション的には FATOUMATA DIAWARA "FENFO" が秀でていたが、あのガラガラ声が辛い。勿体ないなぁ。今年大いに話題になった ANGERIQUE KIDJO "REMAIN IN LIGHT" は結局まだ買っていない(悪くないんだけれど、自分に必要な音楽じゃないので。これを聴き始めると、すぐに TALKING HEADS の方を聴きたくなってしまう)。セネガルの歌姫 COUMBA GAWLO "TERROU WAAR" もお気に入りだが、フィジカルまだ未入手。南ア MAFIKIZOLO の "20" のポップさも良かったな。

 最後の10位は、深夜によく聴いたアルメニア人とトルコ人による静謐な作品を選択。決して特別凄い音楽ではないし、彼らは前作 "ADANA" の方が好きだけれど、今年夏のテーマがコーカサスで、来年のテーマの一つがトルコだということもあるので。

 アルバム・フォーマットじゃないので選外にしたが、TIGRAN HAMASYAN の10インチ "FOR GYUMRI" とSUDAN ARCHIVES の12インチ "SINK" も愛聴した。来年はフルアルバムに期待。

 リイシューにも好盤が多かったが、一番よく聴いたのは "NOSTALGIQUE ARMENIE : CHANTS D'AMOUR, D'ESPOIR, D'EXIL & IMPROVISATIONS 1942-1952" だった。この夏にアルメニアを旅する直前までずっと聴き続けていた。

 そして、「隠れベスト」はロシアの LEONID & FRIENDS "CHICAGOVICH II"。実はこれも買っていない。なぜなら全曲の演奏動画がネットで観られて、これらを観ている方が楽しいので、買う必要がないのだ。驚いたのは、かつて James Pankow がリードヴォーカルをとった "You Are On My Mind" の素晴らしさ。これほどの名曲だったとは! オリジナルを遥かに凌駕しており、今年最も多く観たビデオになった。"Street Player" もオリジナル・ヴァージョンといい勝負。"Hot Streets" の正確なコピーも見事。6管編成の "Beginnings" だとか、ストリングスがニコニコ顔の "If You Leave Me Now" だとか、とにかく楽しくて幸せな気分にさせられる。



 今年は大発見がなかったし、ブログで音楽を紹介することもあまりできなかった。それらは来年の課題としよう。とにかく SPRINGSTEEN ON BROADWAY がほぼ全てと言って構わない1年だった。3年連続でブルース・スプリングスティーンのライブを観に行き、その3年目にこんなとてつもない体験と心打ち震える感動に恵まれるとは。これから何を求めて生きていけば良いのか悩み続けているほど。

 来年にも期待しつつ、ひとまずは、幸せな気分にさせてくれるたくさんの音楽と出会えた 2018年に感謝 !!







# by desertjazz | 2018-12-31 23:02 | 音 - Music

BEST BOOKS 2018

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◆ロビン・ケリー『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』
◆カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争2 恋する作家』
◆角幡唯介『極夜行』
◇ラーナー・ダスグプタ『ソロ』
◆奥野克巳『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』
◆スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』
◇奥泉光『雪の階(きざはし)』


 今年読み終えた本の中で印象に残った10冊。順位づけはなし。リストは読んだ順。初めて出版されたのが今年でないものも一部含まれている。

 完読は86冊で、今年も100冊に届かず(毎年書いている通り「数じゃない」が、最低でもこれくらいはと自分に負荷をかけている)。1月にニューヨーク、6月からドーハ、アルメニア、ジョージア(グルジア)、10月にはマルセイユと、海外だけでも3回旅行したので、それらの準備にずいぶん時間を取られ、また旅行中も読む時間がなかった影響が大きい。

 結構豊富な年という印象だったのだが、振り返ってみるとさほどではなかったかも。決定的に面白い小説とは出会わなかった。一番楽しく読めたのは、マルセイユ滞在に合わせて読み始めたアレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』全7冊。よくできた大衆小説だった。

 トップ3を選ぶなら、『ソロ』と『雪の階』と『日本が売られる』だろうか。特に『雪の階』は構成も文章表現も素晴らしい。場つなぎ的なささやかな挿話と思ったものまでが、重要な伏線となっている。見たことない漢字や初めて知る表現が頻出するのに、スラスラ読めてしまうから不思議。文章の美しさはフロベールの『ボヴァリー夫人』に匹敵するレベルとさえ思った。主人公、笹宮惟佐子にすっかり惚れてしまったよ。それだけに、最終章の謎解きにはかなり失望させられた。

『日本が売られる』は大変よく調べて書かれている。この本によって多くの日本人の眼が開かれたはず。矢部宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』とともに今の日本人にとって必読の2冊。

『ソロ』はまさしく「摩訶不思議な」長編小説。コーカサスとニューヨークという舞台設定に今年の自分との縁も感じた。第一楽章のクオリティが第二楽章まで続いていればもっと良かったのだが。(前作『東京へ飛ばない夜』も読んでみたが、同じ「妄想」を起点としながら、この落差はなんなんだ! これだけつまらない小説は記憶にない。)

 角幡唯介は、『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』や『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』の方が緊迫感があり深くて好きだけれど、今後は『極夜行』が彼の最高傑作と語られるのかも知れない。

 音楽書も大量に読んだ1年、『セロニアス・モンク 独創のジャズ物語』が圧巻だった。あくまでモンク寄りの立場から書かれたストーリーだとは思うが。

 繰り返し読んだのは、『マルセイユの都市空間 ー幻想と実存のあいだでー』ピーター・エイムズ・カーリン『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』。前者は「マルセイユを知り尽くす」という今年のテーマに沿って。後者は Springsteen On Broadway のおさらいも兼ねて。

 特別賞は、John Collins "Highlife Time 3" とケニアのプロダクションが出版した "Shades of Benga"(どちらもまだ読み終えていない)。ガーナの John Collins は "Highlife Time"、"Musicmakers of West Africa"、"Highlife Giants: West African Dance Band Pioneers" と3冊立て続けに読み終えた直後に "Highlife Time 3" が出た。これは彼の研究の集大成的な大著。よりでっかい "Shades of Benga" は以前ここで紹介した通り。

(『雪の階』は図書館で借りたので写真はなし。音楽やアフリカ関連の資料を中心に蔵書が4000冊?を超えて自宅に置き場所がなくなったこともあり、今年は図書館の利用が一気に増えた。)


# by desertjazz | 2018-12-31 23:01 | 本 - Readings

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 アインデ・バカレ Ayinde Bakare やトゥンデ・ナイチンゲール Tunde Nightingale といったヴィンテージなジュジュ・サウンドが好きなので、先日エル・スールがナイジェリアから直輸入した、ジュジュを代表するミュージシャンのひとり、J. O. アラバの Evergreen Musical Company 盤 "Works of J. O. Araba & His Randy Blues 1922-1989" 2CD を買って聴いている。

 Christopher Alan Waterman の "Juju: A Social History and Enthnography of an African Popular Music" (Chicago Press, 1990) などによると、J. O. Araba こと Julius Oredola Araba は 1922年5月24日、ラゴスの生まれ。彼がギターを弾き始めたのは 1930年。Tunde King などの第二次世界大戦前のジュジュに影響を受けた後、Joseph Olanrewaju Oyesiku とともに、Toy Motion(Toy はマリファナを意味する)という新しいジュジュのスタイルを開拓。1950年代から60年代初頭を中心に活躍した。ちなみに J. O. アラバはボクシングのタイトル・ホルダーでもあったと書かれている。

 他のジュジュ・スタイルが「シングル・ピッチ・メロディック・パターン」だったのに対して、Toy Motion は「ハーモニック・メロディック・パターン」。これはパームワイン・ミュージックからの引用だという。

 彼のグループ The Rhythm Blues は4人編成で、1955年の結成。楽器構成は、ギター、アギディボ、サイドドラム、マラカス。どの曲も、エレキギターを除く3人のパーカッションのコンビネーションや、ヴォーカル&コーラスのやり取りを聴いていると楽しい。大型親指ピアノの低音楽器アギディボの奏者はなんと Fatai Rolling Dallor だった! 彼らは60年代初頭の幾つかの重要イベントで演奏し、その地位を確たるものにしたようだ。その後は目立った活動は減ったようで、アラバは 1989年9月15日に亡くなっている。

 J. O. アラバの単独アルバムはあっただろうかと思って棚を探ってみたが見つからない。ネットで検索しても出てこないので、制作されたことはないのかも知れない。レコードとしては、Philips の10インチ盤 "Catchy Ryhthm from Nigeria Vol.1"、同 "Vol.2"、Rounder 盤 "Juju Roots 1930s-1950s" に1曲ずつ収録されている。また彼の録音を収録したコンピレーションCDも数タイトル出ている(例えば "Awon Ojise Olorun: Popular Music in Yorubaland 1931-1952" など)。

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 Evergreen 盤としては "Evergreen Hits of 20 Music Masters of Our Country Nigeria" (HRS 005) に "K'elegbe Me Gbe" を収録。ここには彼に関して簡単な解説も付いていた。また "20 Evergreen Hits of 3 Music Masters of our Country - Nigeria" (HRS Vol.16) にも4曲収められている。

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 以下、余談を少々。

 フェラ・クティが J. O. アラバの曲をカバーしているというのは興味深い事実かも知れない。フェラはファーストLP "Fela Ransome Kuti and His Koola Lobitos" (1968?) で J. O. アラバの "Araba's Delight" を演奏している。アラバはフェラのフェイバリットだったのだろうか?

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 フェラ・クティの録音は全曲自作ナンバーだという印象があるかも知れないが、彼の未復刻音源の中には、あるジャズのスタンダード・ナンバーをカバーしたものがある。しかし、フェラのトランペットは相当に下手で、これは復刻するまでの価値はないかも?(手元にその録音はあるが、それを勝手に公開することもできないし。)

(さらに余談になるが、晩年のフェラのライブを観た方々が「フェラの最高傑作」と断言されながらも、公式録音の残されなかった幻の曲 "C. S. A. A. (Condom Stalawagy and Scatter)" の録音、正確には隠し撮りされた?59分間のビデオ、も今年ついに入手した。)

 このフェラのファーストLPは自分にとってとても思い出深い1枚だ。フェラの初期に関してまだ情報の乏しかった1990年代末に、世界的にほぼ全く知られていなかったこのレコードの存在を突き止め、それがひとつのきっかけとなって 60年代のフェラのリイシューが本格化したからだ(今流通しているリイシュー盤も全てその時に「再発見」した音源のコピーが使われていると思われる)。そして、ヒュー・トレイシー音源のリイシューにいち早く気がつき日本に紹介したのも1999年だった。

 私がアフリカ音楽についてネットで書くようになってから来年に20年になる。その間に紹介したもののうちでは、フェラのファーストとヒュー・トレイシーのリイシューが、最も世間に役に立っただろうと自己評価している。逆の言い方をすると、この20年間、それらを超える発見も活動もできていないということ。それが自分ではとても物足りない。そろそろまた何か驚くような「発見」をしたいと願うものの、ここ10年ほどはさほど音楽を聴かなくなっているので、残念ながら、なおさらそれが難しくなっている。

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このレコードは勿論復刻盤。バーゲンプライスだったので、記念?に買ってしまった。








# by desertjazz | 2018-12-16 12:00 | 音 - Africa



 ロベルト・ボラーニョ『ムッシュー・パン』読了。彼の作品の中では一番読みやすい。しかし、肝心なところがいくつも削がれている印象。彼は小説を書き始めても、詩人のままでいたのだと思う。


 これでボラーニョの邦訳10作11冊全てを読了。2周目に行こうかな?


 ミシェル・ウエルベックも先日完読したと思ったら、間もなく新作が出すと予告された。ガルシア=マルケス全集(全小説)にも今秋1冊追加された。読みたい本はいつになっても尽きない。









# by desertjazz | 2018-12-16 11:00 | 本 - Readings

断酒33日目



 アル中なのか? アル中でないのか? 自分でもちょっと分からなくなっている。


 若い頃は酒をほとんど受け付けなかったのに(*)、今では年に365日、週に8回は飲む生活に。ビールやスパークリングワインやワインの後は、眠りに落ちるまでウイスキー。多い時には3日でボトル1本ペース。それもほぼストレート・ノー・チェイサーで。


 これだけ飲んでもあまり酔わない。朝まで飲んで健康診断を受けても異常が出ない。実際、血液検査の数値は正常な範囲内。肝機能の指数のひとつγ-GTPも30前後で、酒を飲まない人よりも低いくらいだ。


 たまには休肝日をと思うことがないでもないのだが、日々嫌なニュースを目にするとついつい酒に手が伸びてしまい、どうしても止められない。基本的には楽しく酒を味わっているものの、アル中の可能性を危惧している。


 また、胃カメラや大腸内視鏡を含めて全ての検査結果は正常なのだが、喉や膵臓などにかすかに危険の兆候を感じてもいる。


 日本の医療保険制度は改悪まっしぐら。もう自分の身体は自分で守るしかないと心を強くした。それで先月から、一旦身体全体のメンテナンスをすることにした。


 そう決めると、なぜか酒をスパッと止めることができたので、不思議だ。あれだけ止められなかったのに。


 飲酒を休んでみると良いことだらけ。
・快眠(22時頃に寝て、5時前後に自然と目覚める。睡眠導入剤に頼ることもなくなっている。)
・快便(ここまで快調になるのか!)
・集中度が上がって読書量アップ
・体重減(秋以降で4kg、この夏のピークからは7kgダウン。飲酒量のせいだけではないが。)
・等々


 酒を飲まないとγ-GTPがどこまで下がるのかという好奇心もあって、ひとまず今日の人間ドックまで1ヶ月(32日)間のアルコール抜きに挑んでみた。結果は「15」という嘘のような低さ!(男性の正常値は 10〜80 で、15という数字は酒を飲まない人よりも低い。ちなみに 200〜300になるとドクターストップがかかる。)


 しかもその間、酒を飲みたいという気に全くならなかった。4年前の秋に52日間断酒した時には、早々に我慢するのが辛くなったことを思い出すと、不思議でならない。とすると、自分はまだアル中の手前だったのか?


 さて、今困っているのはいつ解禁するかということ。4年前もそうだったのだが、どのように飲酒を再開するかに迷う。いい酒をどっさり買ってあり、その準備だけはできているのだけれど。いやホント、いつ飲むか悩ましい、、、。


(*)断酒中に葉石かおり『酒好き医師が教える最高の飲み方』を読了。これによると、人によっては「鍛えて」飲めるようになるらしい。またある程度の飲酒は心筋梗塞のリスクを下げるとも(残念ながら男性のみ)。この本、見た目よりは得るところが多かった。







# by desertjazz | 2018-12-15 22:00 | 食 - Eat & Drink

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 美術に興味があるので、国内でも海外でも旅先では美術館によく足を運ぶ(昔カラハリ砂漠を一緒に旅した学者から「その国のことを手っ取り早く知るには、博物館に行くといいですよ」と教わってからは、なるべく博物館にも出かけるようにしている)。これまでに、ニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコ、メキシコシティー、ロンドン、パリ、マルセイユ、マドリッド、バルセロナ、ローマ&バチカン、ヴェネチア、コペンハーゲン、アムステルダム、シドニーなどの主要なところは観尽くしただろうか。自分が特に好きな作品は何度も繰り返しじっくり観て満足しているのだが、それでも時にはそれらに匹敵するような鑑賞体験は突然訪れる。



 12月6日、神原正明の『「快楽の園」ボスが描いた天国と地獄』に続いて、『『快楽の園』を読む ヒエロニムス・ボスの図像学』を読了。それで思い出したこと。


 2012年、E.H. ゴンブリッチの『美術の物語』を読んで、プラド美術館を観る必要を感じ、すぐにマドリッドへ飛んだ。しかしその時点ではボスという画家も『快楽の園』も知らなかった。これだけ美術が好きなのに。


 しかしその分だけこの絵画を目にした瞬間の衝撃は凄まじかった。これは一体なんなんだ?? なんて楽しい絵画なんだ! ポップな色彩感、ディテールの細密さ、そして楽しさに交錯する恐怖。これが500年前に描かれたことを知った時のさらなる驚き。人間だけで400人ほど描かれ、しかも個々の構図や細部などが全て異なるため、いくら時間をかけても鑑賞し尽くせない。結局この作品だけで30分も費やすことになった。そう考えると、全く予備知識なしでこの傑作と対面できたのはとても幸せなことだった。


 ボスの残した絵画は非常に少ない。点数ではフェルメール並だ。なので、その後ヴェネチアなどでボスの他の作品を追うことができたことも幸いだった。


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 2017年11月、マッシリア・サウンド・システムのライブを観るため、フランス南部のリヨンに滞在した。その時も日中の時間を使って美術館を訪問。常設展には特段気を引く作品はなかった。しかし、ついでに覗いてみた特別展のフロアに入った途端に息を飲んだ。


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 展示されていたのはフレッド・デュー Fred Deux という画家の作品。多くが、白地に黒のライン、そして微かな色付け。自分の好む抽象画だ。パッと見には明るい色彩で、フォルムも楽しい。しかし、そこにあるグロテスクさにすぐに気がつく。どちらの特徴もまるでボスと同様だ。


 一辺2メートルを超す大きな作品も多いのだが、いずれも極々細い鉛筆の線で描かれている。絵にぐっと目を近づけないそれを認識できないほど細かい。画家は何かに取り憑かれているかのよう。


 描かれているものは、人間のようで、妊娠初期の胎児のようで、バケモノのようで。いや、醜さも抱えた人間の内面が喚起する要素を結びつけたかのようでもある。SF画も連想させるイメージからは病的なものが湧き出してくるようだ。


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 フレッド・デューの経歴を調べてみた。彼は 1924年、パリ近郊の都市ブローニュ=ビヤンクール Boulogne-Billancourt に生まれ、2015年に没している。初期にはポール・クレーに影響を受けた作品を制作していたが、1950年代末には後年まで続くオリジナルな線描スタイルを獲得。この画家との遭遇は、自分にとって久々にボス級の衝撃だった。しかし、どうやら世界レベルでは勿論、フランス国内でもさほど知られていないようだ。


 会場では彼のカタログを買うことは諦めた。だが、今年10月にマルセイユでようやく手に入れることができた(ネットで買うことは可能だったが、送料が高いと思い、今秋フランスに飛ぶ少し前に Amazon.fr にオーダーし、現地で受け取った)。それで今は自宅でも彼の作品を楽しんでいる。縮小した複製では、細部まではよく分からないのだけれど、、、。


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昨年11月に「ようやく来ることのできたリヨンでは、美術館で衝撃的な出会い/大発見が待っていたのだが、そのことについてはまた別の機会に。」と書いたのは Fred Deux のことだった。)




 美術に限らず、何ごとも予備知識なしで出会った時ほど、その衝撃は大きい。まるで不意打ちを喰らったかのように。特に世間の評判など関係なく、自分の好む作品に巡り合った時ほど。音楽もまたしかり。だが最近は、そのような音楽体験はめっきりなくなったなぁ。







# by desertjazz | 2018-12-09 10:00 | 美 - Art/Museum
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