"Little One" - 1 to 10000

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 先日、入手アルバムの総数が10000に達した。長年音楽を聴いている割には少ない? 本もたくさん読みたいし、美味しい酒も飲みたいし、1年に数回は旅行にも行きたい。なので、レコード買うのも音楽を聴くのもほどほどに抑えている。

 買ったりもらったりしたアルバム(レコード、CD、カセット)は1枚目から、入手日、価格、購入店を記録し続けている。さほど買わないだろうと見越して、10インチ、7インチ、映像作品(ビデオ、LD、DVD、BL、など)については記録していない(が、これらも大量に所有することになるとは!?)。基本的に入手盤は売ったり処分したりせず、2枚組以上やボックスも相当数あるので、LPとCDだけでも1万数千枚手元にある計算だ。

 記念すべき10000点目はシカゴの最新作、ライブ5枚組 "Chicago Live : VI Decades Live - This Is What We Do -"。これを10000点目にしたのには、最初の1枚目がシカゴだったこともある。高校生の時に友人がプレゼントしてくれた "Chicago XI" が自分にとっての1枚目(ハジレコ)。

 さて "VI Decades Live"。さほど期待せずに聴いてみてビックリ! 録音は King Crimson の "Earthbound" 並?に悪いのだが、1978年に事故死したギタリスト、テリー・キャス Terry Kath 在籍時のライブの素晴らしいこと。初期のシカゴはテリーを中心とするインプロビゼーション集団だったのだということを改めて確認した。選ばれた音源はヒット曲を並べるのではなく("Hard To Say I'm Sorry" ですら収録されていない)、彼らのインプロビゼーションにフォーカスすることを狙って制作されたアルバムだと感じた。(組曲も含めると)16分を超えるトラックが4つもあるほど。あるいは初期の代表曲やヒット曲を並べると自然とこうした流れになるという見方もできるかもしれないが。

 ところでハジレコ "Chicago XI" は今でもよく聴く大愛聴盤。テリーが書いた "Mississippi Delta City Blues" や、珍しくトランペッターのリー Lee Loughnane が書いた "This Time"、ゲストの Chaka Khan が強烈なヴォーカルを披露する "Take Me Back To Chicago" もいいが、何と言っても "Little One" の素晴らしさがアルバム最大の聴きどころ。シカゴの長い歴史の中でも恐らく最も美しい曲だろう。

 面白いのは "Little One" の作者がドラム奏者のダニー Danny Seraphine だということ(Rufus の David "Hawk" Wolinski との共作)。シカゴといえば、まずはテリー中心のバンドと見なされ、超名曲を一番書いているのはボビー Robert Lamm であり、初期のヒット曲を数多く書き、ステージの盛り上げ役でもあるトロンボーン担当のジェームス James Pankow が目立っていた。なので地味な印象だったダニーがこんな素敵な曲を書いたのは意外だった。結束力の強さで知られるシカゴというバンドを彼が突然馘になった理由と合わせて、"Little One" が書かれた経緯について知りたいと思い、彼の自伝 "Street Player" (2011) を買ってみた。まだ一部しか読んでいないのだが、"Little One" のこともしっかり書かれているようなので楽しみ。

"Little One" を歌っているのはテリーで、生まれたばかりの彼の娘への呼びかけとなっている。'Ooh my little one, I am sorry for the pain you've felt' なんて歌詞もあるのだけれど、、、まさかそれが現実になるとは。1978年1月、娘が2歳になる前に「拳銃の暴発事故」でテリーは突然亡くなる。

 その娘 Michelle Kath Sinclair は当然父の記憶を持たない。そんな彼女は父の実像に迫ろうとテリーのドキュメンタリー映画の制作を決意し、数年前にクラウドファウンディングで資金を募っていた。そのことをすっかり忘れていたのだが、いつの間にか映画 "The Terry Kath Experience" は完成し、最近 Blu-ray も市販された。


 この映画、テリーの未亡人がプライベート・ムービーをかなり保存していて、ファンにとっては見応えある作品になっている。特にカリブーランチの様子や、最後にギター(テリーの代名詞的存在だったあのギター)を「発見」するシーンはいいな。事故死した経緯についても当然詳しく語られる。興味深かったのは、ジミ・ヘンドリックスとテリー・キャスが一緒にアルバムを制作するアイディアがあったこと、そして死の直前から彼のソロ・アルバムをシカゴの象徴でもあるホーンズ抜きで制作することが具体化していたこと。どちらも聴いてみたかった。

 この映画を通じて感じたのは、やはりシカゴはテリー・キャス中心のバンドだったということ。私の音楽人生最大のアイドルはボビー・ラム(ロバート・ラム)であり、シカゴも彼を中心に聴きがちだが、それとは別に、彼らのサウンドの核はテリーのギターと声だったことは認める。

(1984年にシカゴが来日した際、ボビーに会ってサインもいただけた。それはユッスー・ンドゥールに会った時よりも嬉しかった。私にとっての最大のアイドルは、ユッスーでもなく、スプリングティーンでもなくて、やっぱりボビーなんだと思う。)

 ダニーの自伝 "Street Player" がテリーの事故死の話から始まることからも、シカゴの中心はまずはテリーだったことが窺われるし、"VI Decades Live" を聴いてもテリーのアグレッシブでソウルフルなプレイが強烈で、同じ印象を受ける。Disc 5 はドイツでのライブのDVDなのだが、これを観ても、テリーとダニーを繋ぐラインがライブサウンドの中心であることが伝わってくるなぁ。


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(ライブ盤の写真もテリーがメイン。)


 シカゴは結成50年を超え、来年はレコード・デビュー50周年になる。今でも多くのファンに愛され、コンサートの度に大勢の観客を集めることは良いことだ。けれども、未だにテリーの残した音楽を聴き続けている人間なので、今のシカゴには興味が湧かない。でもデビュー50年を機にもう一度くらいライブを観ておこうかな?




 Quadrophonic Mix (4ch Mix) Box も高いが買って持っている。だけど、どのようなサラウンド・システムを組むか迷い続けており、まだ聴けていない。

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# by desertjazz | 2018-04-30 15:00 | 音 - Music

R.I.P. Habib Faye

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 ユッスー・ンドゥールの盟友、Super Etoile de Dakar のベース奏者/キーボード奏者/プロデューサー/アレンジャーのアビブ・フェイ Habib Faye が世を去った。4月25日、パリの病院で病気治療中(病名は明かされていない → 肺への感染症だったらしい)に亡くなったと伝えられる。ユッスーとバンドメンバーたちは次のコンサートをキャンセルし、セネガルに帰国して喪に服しているとのこと。今セネガルはこの突然の悲しみに包まれていることだろう。

 ユッスーたちにとってアビブの存在はとても大きかった。彼らのサウンドが世界的に評価されたのには、アビブの巧みなサウンド・プロダクションとアレンジに負うところも大きかったと思う。ライブの場においても彼がステージのセンターにどっしり構えているだけでとても安心感があった。

 私がこれまで体験したあらゆるライブの中でのベスト1は、1999年にダカールのクラブ・チョサン(ユッスー所有のライブハウス)で観たユッスーだった。ユッスーのパフォーマンスはもちろんのこと、それに匹敵するほど(あるいはそれ以上に)アビブのパーカッシブなキーボードを中心とする重層的なサウンドに圧倒された。

 どうやら彼のパフォーマンスを楽しんだのは、昨年11月のパリが最後になってしまったようだ。まだ52歳(53歳、54歳と書かれた記事もある。wiki によれば 1965年生まれ。)というのは若すぎる。今夜は彼のソロ・アルバムでその歌心あるベース・プレイを聴いている。


 Big Thanks ! and Rest in Peace, Habib.




 追記(4/28)

 Habib Faye の遺体が27日にダカールへ移送された様子が報じられている。


 Habib Faye の死因は「肺への感染症」だったらしい。

 Habib Faye の参加作品は大量にあるけれど、自身のリーダー作はこの2枚だけ? Habib Faye Quartet のライブ盤 (2004) はセネガルのみでのリリース。どうしてこんなCDまで持っているのだろう。Youssou、Angelique Kidjo、Manu Dibango らがゲスト参加した "H2O" (2009) は Weather Report を連想させるサウンドだ。


 追記2 (4/28)

 Habib Faye の誕生日は 1965年11月22日だった。なので、享年は53ですね。








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# by desertjazz | 2018-04-27 22:00 | 音 - Africa

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(※ 公演を観たリポート本編を書き出したら、優に10000字超え。原稿用紙30〜40枚分。記憶を呼び覚まし、ネット記事や自伝も参照しつつ、ステージを再構成してみた。かなり詳細に書いたので、明かしすぎだろうかと思い、それを編集してこの短縮版を作成。「完全版」は 6/30 に Springsteen On Broadway 全公演を終わった後で公開するか、ネットでは非公開のままにしようかと考えている。)


2018年1月30日

 夕方 Walter Kerr Theatre 前の様子を見に行く。今日も冷えて、今夜の気温は氷点下8度の予想。それでも、入出口付近には熱心なファンが集まっている。寒空の下、ブルースと言葉を交わしたりサインをもらったりするために待つまでの元気もないので、一旦ホテルに戻る。


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 19時10分、まだ早いと思いながらも落ち着かなくて、会場の雰囲気をゆったり味わいたいし、物販も見ておこうと思い、開演50分前に会場へ。セキュリティーゲートがかなり厳重。カメラや録音機、飲料のチェックというより、銃器類の持ち込みを防止するのが目的らしい(それにしても、28日に観たミュージカル『ハミルトン』ではボディチェックすらなかったのとは大違いだ)。ガードや劇場スタッフたちからかけられる "Please enjoy the show" という言葉が嬉しい。

 Springsteen On Broadway は、カメラや録音機の持ち込みは禁止。なので、ほとんど手ぶらで出かけた(この記事の写真の多くはカメラをホテルに置きに戻る前に撮ったもの)。持って行ったのは、財布とチケットと咳止め用ののど飴くらい。スマートフォンも持っていないので、以下、場内の写真も録音も勿論ビデオもなし。オフィシャルの写真が公開されているので、わざわざ撮る必要などないだろう。


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(これは 1/27 の様子)

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 シアターの中に入り、まずはステージを見に行く。真っ黒で、何らセットも飾るものもない。左右の隅に機材トランクが数個ずつ積まれているのみ。中央には1本のマイクスタンド。上手には YAMAHA のピアノ。Steinway & Sons でもないし、グランドピアノでもない。そしてセンターと上手それぞれの脇に水の入ったグラスが置かれている。たったそれだけ。チケット代 850ドルにしては何ともそっけない。

 案内の女性に促されて自分の席を確認。そして、、、心臓が止まりそうになった。何だよ、この席は! まっすぐ視線の先にピアノ椅子が垂直の位置に置かれている。その間に遮るものは何もない。まるで手の届きそうな距離だ。BEST AVAILABLE は本当だった。

 その後は物販をチェックし(40ドルするポスターやTシャツが飛ぶように売れて行く)、2階席と3階席からの眺めがどんな様子かも確認。狭い場内で空きスペースを見つけてしばらくまったりした後、開演10分前に席につく。

 さあ、いよいよ待ちに待った瞬間だ!




20時05分

場内が暗転し、短いアナウンスが流れる。

Good evening, Ladies and Gentlemen.
Welcome to Walter Kerr Theatre and Springsteen on Broadway.
The performance is about to begin.


#1 : Growin' Up

今夜の主役ブルース・スプリングティーンが下手から登場。
黒のTシャツ、黒のジーンズ姿。
おなじみの Takamine のエレアコ・ギターを手にして。
それを迎える大歓声。

ステージ中央に立つブルース。
精悍な顔つき。穏やかな眼差し。凛々しい立ち姿。
研ぎ澄まされた空気感を醸し出す、その存在感に圧倒される。
照明の効果だろうか、顔の彫りと鋭い表情がくっきりと浮かび上がっている。
ここまでかっこよかったか、これほどハンサムな男だったか。
そう心の内で呟く。
このステージで必要なのはブルース・スプリングスティーンという男ひとりだけ。
いかなるセットも必要なかったことに、ようやく気がつく。

DNA ... , your natural ability, study of craft, development of and devotion to an aesthetic philosophy ... balls.
Naked desire for... fame? ... love? ... admiration? ... attention? ... women? ... sex? ... a buck?

冒頭いきなり、balls(キンタマ?)で1発目の笑い。
下ネタで笑いを取りつつ、名声や愛やセックスへの剥き出しの情熱など、80000人の熱狂的オーディエンス(80,000 screaming rock 'n' roll fans)と face to face で向き合うのに必要なものを並べていく。
一言ずつ明瞭に、噛みしめるように、ゆったりと語る。
なので、英語のヒアリングが大の苦手な自分でも案外聞き取れる。
(ほぼ自伝 "Born To Run" の文章そのままなのだから、当たり前か?)

そして、若い頃の思い出を披露しながら、今日語る目的を明らかにしていく。

I come from a boardwalk town where almost everything is tinged with fraud.
So am I.

「俺はボードウォークタウンの出で、そこはほとんど全てが詐欺にあって囚われたようなものだった。俺もそうだ。」
(この部分、自伝日本語版では「何もかもが少しばかりインチキで染まった」と訳されていた。)

In 1972, I was a any race-car-driving rebel,
I was a guitar player on the streets of Asbury Park ...

「俺はまだありふれたアーティストだった。」

But I had 4 clean aces.

「俺には若さがあった。ハードコアなバーバンド経験があった。素晴らしいバンド仲間がいた。そして、俺は Magic Trick を持っていた。」

I'm here tonight to provide proof of life ...

(ここまで "Born To Run" の Foreword 参照。)

この言葉を受けて、"Grown' Up" の聴き馴染んだイントロのアルペジオを紡ぎ出す。

中間部の語りで、

I have never held an honest job in my entire life.
I've never have any hard labor.
I've never worked nine to five.
I've never work five days a week ....
Until right now.

「正規に働いたこともないし、週5日働いたこともない、、、。今までは。」( Until right now と言って爆笑を誘ったのは、今ブロードウェイで週5日ステージに立っていることを指したのだろう。)

何ら全く個人的体験を持たないうちに曲を書き始めた話。

子供時代は、クリスマスや誕生日やバケーションといった特別な日を除くと、ブラックホールだった。

black hole of
homework, church, school,
homework, church, school,
homework, church, school,
green beans,
green beans,
green beans,
green beans,

(ブルースは豆が嫌いだったのか?)

そんなブルースが1957年、新しい世界を知る。
「7歳のガキに革命が襲った。」(絶叫)

want more life,
more love,
more sex,
more ... ,
more ... ,
more ... ,
most of all more rock 'n' roll.

自伝で多用され Audio Book で耳に馴染んだ言葉を連ねる表現を、今夜もしばしば聴くことになる。
最後の more rock 'n' roll でグッと来てしまった。

再びギターをつま弾きながら、母とギターにまつわる逸話。
(親父によると fucking guitar 。ギターを構えたポージングも受けを誘う。)
ギターを手に入れたが、2週間で断念。
ジャーーン!と、荒っぽいストローク。
7歳だったのでネックを握れなかった。
笑いに次ぐ笑い。

「俺は新しいヒーローについて学んだ。
 俺は彼と同じ2本の腕と2本の足と2つの目を持っていた。
 でも、、、。」

そのようなことを語りながら、再び "Growin' Up" の歌に戻る。

Bye Bye New Jersey !!

ラストコールまで13分以上。

今日ステージに立つ意味を明示し、幼少時の音楽とギターとの出会いについて語る。
笑い話を連発し、オーディンスを一気に引き込む、見事な導入部だ。
(分かりやすい話をゆっくりと話してくれたので助かった。)
ここまででもう気持ちよくて感動的で、すっかり感慨に耽ってしまった。

(この調子で綴って行くと取り留めなくなる。これ以降はなるべく簡潔にしよう。)


#2 : My Home Town

ブルースは上手のピアノへと移動。
最初は立って、それからピアノ椅子に腰掛け、客席を向いて語る。
正に自分の真正面にブルースがいる。
1階中央エリア4列目一番右のここは、確かにベストの席だ。
同じ最右ながら、3列目でも5列目でもわずかに角度がずれる。
まるでブルースが自分に語りかけてくるような気分に自然となる。

Everybody has a love hate relationship with the hometown.

ホームタウンとの関係を語るブルース。
幼い頃はここから逃げ出したかった。

I'm a Mr. Born To Run.
I'm a Mr. Thunder Road.
I was born to go.

New jersey ..... ,
It's death trap.
It's suicide rap.

"Born To Run" の歌詞の一節を織り込んだここで、当然大受け!

「俺はこの街から出て行く。決して戻らない。」

Go.
Go.
Go.
Go .....
I left ten minutes from home town.

大爆笑の連続。

ピアノでシンプルなコードのリフレインをつま弾きながら語り出す。
ムードが一気に変わる。
子供の頃に住んでいた家。
そばに立っていた木。
暖かい日差し。
両親のこと、祖母のこと。

I really grew up surrounded by guards, neighbors and my relatives. 

なぜかここで笑う人もいるのだが、自分はじんわり来てしまった。
そしてこの一節が重要な伏線であり、ステージの終盤に至って、大きな意味を持っていることに気づかされる。

家のそばにあった教会。
結婚式、葬式、墓場。
妹のこと、スプリングティーン家のこと。

Heartbreaking town, Freehold, New Jersey.

この言葉を受けて、自身のホームタウンについて歌い始める。


#3 : My Father's House

ステージ中央に戻り、父について語る。
父がついた仕事の名前を一つ一つ順に挙げていく。
それがとても多い。

親父が通っていたバー。
そこに迎えに行かされた時のこと。
自伝 "Born To Run" で読み親しんだ逸話が、笑いを織り込みながら、たっぷり時間をかけて語られる。

ギターとハモニカで弾き語り。

特に印象深かったのは2つの言葉。

I was looking for the voice, ... , to tell the story and sing my song.
I chose my father's voice.

As was a child, I can't understand my father's pressure.

若い頃、自分が歌うに際して、親父の声を選んだこと。
ガキだった自分には、キッチンテーブルに伏せて動かない親父が抱えているプレッシャーを理解できなかったこと。
対立の多かった父について暖かく語る。


#4 : The Wish

再びピアノに移動し、今度は母について語る。

「母については全く違う話になる。
 母は父とはまるで対照的だった。
 母は明るくてハッピーで、、、。
 母は病気とは無縁で、不満を漏らすこともなかった。」

「学校が嫌いだった。ロックスターがそうであるように。ジミ・ヘンドリックスが学校好きだと思うかい?」なんて小話を挟みつつ。

母のオフィスを訪ねた時のこと。
ヒールの響き。(ここでまた自伝を思い出す)
母への賛辞が続く。

そしてピアノの弾き語り。

この曲は聴き覚えがなく、曲名すら浮かんで来なかった。
(ホテルに戻ってからネットでトラックリストを見つけ出し、アルバム "Tracks" の収録曲だとようやく知る。)
最初の方の Japanese Guitar というフレーズが耳に残る。
(今夜は曲ごとにギターを持ち替えていたが、全て Takamine だった。ピアノも Yamaha。Japanese ばかりだ。オフィシャルの写真で見慣れた、ボディをデコレートしたギターを見られなかったのはちょっと残念。)


 ここまで4曲のシークエンス、個人的な思い出話とそれを受けた歌の内容とがしっかり結びついていて、素晴らしい流れを生み出している。なので、歌われる曲の歌詞をしっかり読み込んでおくべきだったのかも知れない。

 語りでこれでもかというくらい笑わせておいて、話の後半からそれを引き継いだ歌にかけてはしんみりさせる。語る時のブルースは想い出に浸るような表情で、それに聞き入るうちに自分も夢見心地なる。最高のストーリー・テラーだ。

 ときおり視線を遠くにやり、頭の中で言葉を探るような表情になる(これはもちろん演技)。おそらくプロンプターを確認してもいるのだろう。実は1階席と2階席の境目、つまり2階席の手すりの前、それとピアノの上にモニターが設置され、セリフがスクロールして表示される。2時間15分という長い独演なので、こうした準備もしておいたに違いない。ただし、実際ブルースがそれらに頼っている様子はなかった。

 自分にとってはここまでの約45分間が特に印象に残った。この後、次第に語りは短く、テンポが早くなって行く。語りについて行くのが難しくなった部分も多い。


#5 : Thunder Road

19歳の時、深夜に良い気分で歩いていたら、ポリスに止められた話。
(外出禁止令?)
両親がカリフォルニアに越した話。
妹の妊娠と結婚の話から、カウボーイハットとロデオの話で笑いを誘う。

家族はいなくなり、金もなく、未来などなかった。
それでも、自由を感じていたようだ?

短い語りの後に、ギター弾き語り。
昨年の 2/9 シドニー2日目、アンコールを終えた後、アコギを抱えて再登場し、 "Thunder Road" を弾き語ったシーンを思い出す。


#6 : The Promised Land

20歳、様々なステージで演奏する機会を得た。
(この列挙が最高! アホみたいなステージにも立っていて痛烈! 自伝にはここまで書かれていなかったかも?)

23歳、ラジオから流れる音楽を聞きながらフラストレーションを抱いていた。
「俺だってこいつらくらいに上手いのに。なぜ俺じゃないんだ。」

Answer ....

その答えといい、ブルースのおどけた「ジャージー・ダンス」といい、場内大受けだった。

「1971年に Next Big Thing を探しに、誰がニュージャージーに来るっていうんだ?」

「一度だけ本当のチャンスがあった。俺のガールフレンドがクラブにある男(業界の実力者?)を連れて来た。小さなステージだったけれど、全力で、マジソンスクエアガーデンに立っているかのようにプレイした。夜9時から深夜3時まで5セット、プレイした。」

「『君たちはまだ契約を取っていない最高のバンドだ。』そう言った彼は、俺のガールフレンドと寝て、去って行った。」

場内大爆笑。
笑いが収まらない。
どうしてこんな面白い笑い話ができるのだろう。

その後、ブルースはニュージャージーを離れることに決めた。
ティンカー・ウエストたちとカリフォルニアへ。
サンフランシスコでのコンテストに向けて。
3日かけて西海岸へ。
72時間のドライブの話。
ティンカーの犬の話。
運転免許の話。

途中、砂漠で見た風景の美しさ。
(美しい眺めが本当に記憶に残っているようだ。)

ほぼ自伝に沿った内容の話が語られる。

演奏の後半、オフマイクで歌うのだが、ブルースがすぐ目の前なので肉声がしっかり届く。


#7 : Born In The U.S.A.

1980年、再び大陸横断旅行。
小さな街の書店で見つけたペーパーバック。
"Born on the fourth of July"(『7月4日に生まれて』)
その著者と偶然出会う。
ベトナム戦争のこと。
戦争で死んだかつてのバンド仲間たちのこと。

(さすがに笑いは一切挟まず、シリアスに語る。)

1969年、マッド・ドッグ、ヴィニ・ロペスと3人で兵役を逃れた話。

I do sometimes wonder,
who went in my place?
Somebody did.

「俺の代わりに誰が行ったのだろう?」

自伝の中でもとりわけ印象的だった、この問いかけるフレーズが痛切に心に響く。
( "Born To Run" の ’Chapter 15 "Earth" P.103 参照。)

12弦ギターをボトルネックを使ってブルージーにワイルドに弾き語る。
とにかく音がでかい!
演奏に限って言えば、この曲がハイライトのひとつ目。
ブルースの怒りさえ感じる壮絶なプレイだった。
とにかく凄かった。


#8 : Tenth Avenue Freeze-Out

ピアノへ移動。
ほぼ初めからピアノを弾きながら語る。
一気に明るい調子に。
この切り替えも見事だ。

1 + 1 = 3

one plus one は two じゃない。
one plus one は three だよ。
("Born To Run" の Chapter 33 "The E Street Band" 参照。)

陽気に歌い語り呼びかけ、オーディンスも巻き込んで行く。
バンド仲間たちの名前を歌い込む。
そして、クラレンスの思い出をたっぷり語る。

So losing him is like losing a rain.

See you next time round, Big Man!

ブルースがクラレンスを本当に好きだったことが改めて伝わる。
(Chapter 73 "Losing the Rain" 参照。)

終始暖かく和やかな雰囲気で、普段のライブと同様の盛り上がりになった。


#9 : Tougher Than The Rest

She is the queen of my heart.
She always shine on me.

Stone Pony でパティの歌を初めて聞いた時の思い出。
その一節目は、

♪ I know something about love
Oh, Oh !

( Oh, Oh は「この娘、なかなかだな」ってニュアンスを含んだ呟き。)

ここでパティを呼び込み曲へ。
ブルースのピアノ弾き語りに、パティがコーラスをつける。


#10 : Brilliant Disguise

Trust をキーワードにした話。
妻パティを褒め感謝することばが続く。
(パティはしばらく前にインフルエンザに罹り、数日休んだと伝えられたが、もうすっかり元気な様子。彼女が休んだ間は "Long Time Comin' " が演奏されたらしい。)

二人仲睦まじくギター2本で演奏。


二人による2曲の間、自分ものんびり聴いて耳休め。
(正直なところ、あまり面白みを感じなかった。)

この演奏の後、パティは退場。


#11 : Long Walk Home

終盤のここからはシリアスなトーンに。

「昔俺は俺のロックショーに来る人たちのことは信じちゃいなかった。」という言葉から始めて、アメリカの時代状況について話を進める。

「相互理解のためには音楽もちょっとした役には立つ。ちょっとだけだけれどね。」

「アメリカのあちこちに行ったけれど、しばらくの間目にすることのなかったような酷い状況が蘇っている。」

マーティン・ルーサー・キングも引き合いに出しながら、それではいけないと静かに訴える。
(小声で呟くように感傷的に語るので、正確なところまでは聞き取れず。)

Come too far, work too hard, to allow that to happen.

ここで大きな拍手。アメリカ人たちが互いに共感し合えることなのだろう。
「俺たちはここまでやってきた。懸命に頑張ってきた。対立よりも融和と前進を。」
そんなメッセージを感じる語りだった。
(それは今の日本の状況にも、基本的にそのまま当てはまるはず。)

話は2分ほどで割と短くまとめて、ギター弾きならが曲へ。


#12 : The Rising

意外にも前置きは一切なく、"Long Walk Home" から "The Rising" へと移る。
いや、この曲について、9.11 について、アメリカの聴衆に何かを語る必要など最早ないのだろう。
あるいは "Long Walk Home" の前段で語り切ってしまったのかも知れない。

昨日 WTC の跡地を訪れたのは、ニューヨークでこの曲を聴く心構えを用意しておきたかったから。
スタジアム・ライブとはまた異なったトーン。
2000年に WTC の上から眺めた青空の美しさが頭の中で蘇る。


#13 : Dancing in the Dark

最初からフィナーレを予感させるような調子の語り。

「俺は典型的なアメリカ人だ。
 アメリカの全てのストーリーを知りたい。
 自分自身のストーリーを知りたい。
 そして、あなたのストーリーを知りたい。
 俺は自分自身について知りたい。
 どこから来たのか。
 どこへ行くのか。
 俺の家族のヒストリーを知りたい。」

互いのヒストリーを共有し合う。
それが、自身と他者との関係性、みんなの家族血族との関係性に繋がる。

This is what I presented to you my long and noisy play.
As my magic trick.
I want, I want, I want to ROCK very your soul. (SHOUT!)

ステージの最初で「俺は Magic Trick を持っている」という言葉を思い出す。

ヒストリーを知り、それを語り合う。
みんなも俺のライフを豊かにしてくれている。
そう吐露する。
これこそが、ブロードウェイで語る意味であり、ブルースが一番伝えたかったことなのだろう。

I've done that, and I hope I've been a good traveling companion for them.

ここで大喝采 !!

母とダンシングシューズ!
緊張感ある話の後に、ちょっとした一言で一気にムードを変えて "Dancing in the Dark" に持っていく構成は本当に上手い。

途中 I need your reaction と左手で手招きして観客を煽る。


#14 : Land of Hope and Dreams

前曲 "Dancing in the Dark" と直つなぎ。
メドレーというより2つの曲が一体となっていた。
それにしても凄まじいギタープレイだった。
ギター1本でこんな音楽を創造できるというのは驚きでしかない。
ギターのストロークとブルースの叫びとがひとかたまりとなって襲ってくる。
ただただ圧巻、鳥肌が立つくらいに。
この数分間こそ、"Born in the U.S.A." を超える今夜のハイライトだった。
その証拠に、演奏が終わった瞬間、一斉にスタンディング・オベーションが起こった。
(翌日 31日にはスタンディング・オベーションにはならなかった。音もやや小さく感じた。)
そして、拍手がなかなか鳴り止まない。
この1曲を生で聴けただけでも、今夜ここに来た価値があったと思えるほどだった。

これで場内の誰もが興奮したのだろう、あちこちでスマートフォンでの撮影が始まった。
まあ、その気持ちは分からないでもない。
しかし、撮影を止めなさいと警告するライトが飛び交い、少々落ち着いて観られなくなったのは残念だった。


#15 : Born To Run

「11月のある夕方、子供の頃に住んでいた場所を訪れた。ストリートは空っぽで、すっかり静かになっていた。近くにあった教会はなくなっていて、(そこで行われるはずの)葬式も結婚式もない。思い出の木も切り倒されてなくなっていた。」(ここで、場内から嘆きのため息。)

眼を閉じ、胸に手を当て、「何かが終わったことを感じる。でも、フィーリングやソウルは残っている。昔見た景色、明るい日差しは失われずに胸の中に止まっている。」

そして、亡き家族や、親類、友人たちを次々に挙げていく。
「俺は多くの ghosts や guards に守られている。」

(多分、"Born To Run" の Chapter 73、P.504 の 'On a November evening during... ' 以降の文章そのままの朗読だったと思う。)

こうして話は、最初の方で語った幼少時代、多くの家族親類たちに守られていたこと、砂漠で目にした美しい光景へと戻っていく。
見事に円環を描くストーリーだ。

そして歌うのは "Born To Run"。
やっぱり最後はこの曲か。

穏やかにバラード風に弾き語る。
思いのほか短いパフォーマンスで、感動に浸る間もないほど。
エンディングでギターのボディを叩いてリズムを取るところで、ステージの照明が落ちる。


22時20分 

至福の時間が過ぎた。


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 事偽りなく、至福の2時間15分だった。まずは無事に観終えられたことにひと安心。そして、事前情報を避けた分だけ、想定していなかったことや想像を超えることが多く、純粋な心持ちで楽しめた。本当にここに来て良かったと思った。

 Springsteen On Broadway を実際に観るまで消え去らなかった不安は、果たして自分の英語力でブルースの語りをどこまで理解できるのかということ。レパートリーの演奏が短く、ほとんど語りばかりだったら、全くついていけなくなるのではないか? そんな危惧を抱いていた。しかし、曲演奏は全体の4割程度あり、語りの間もギターやピアノを爪弾くことがしばしば。なので、多少分からない部分があっても、音を楽しみ続けられる。2時間強、英語のヒアリングに集中する必要はなく、思っていたほどは疲れなかった。何より、ブルースがゆったり明瞭に語ってくれたことに救われた。

 ブルースが自伝を出版し、それに続いて自伝に基づくブロードウェイ公演を行うと知った時、彼は回顧的になっている、人生の集大成に向かっているかも知れない、そのように思った。また、披露すべきレパートリーが多すぎるために3時間プレイしても4時間プレイしても語る時間が取れない。そこで、語りたかったことを伝えるステージを模索した結果が、On Broadway なのだろうかと考えたのだ。

 しかし、今回彼のステージを見て、そうした推測は思い違いだと知らされた。ブルース・スプリングスティーンは新たな表現方法を探し求めている。

 振り返ってみると、ブルースは自身が語る意味を明瞭に示していたと思う。
「俺はアメリカ全体のヒストリーを知りたい。自分のヒストリーを知りたい。みんなのヒストリーを知りたい。」
「人にはそれぞれのヒストリーがあって、それらを分かち合うことで、互いを理解し合い、家族、親族、仲間たちとの絆が深まる。」
「みんなのヒストリーを聞かせてもらうことが、俺のためになる。だから、今日俺は自分のヒストリーを語った。」
 そんな内容のメッセージを受け取った。

(メッセージを正確に伝えたかったがために、アドリブを封印し、プロンブターを使用するという、彼らしからぬステージングを選んだのか?)

 だからこそ、若い頃の思い出話が中心になったのだろうと思う。1970年代中盤以降の成功譚については誰もが知っている。そんな話をわざわざ持ち出す意味はない。(また、対立を深め合うよりも、アメリカの自然や普通の景色の美しさを思い起こす方が重要だと伝える意図も感じた。)

 彼のストーリーが回顧的であったのには、単に思い出を懐かしんでいる以上の意味があると思う。結局人間は原点に戻って行くのだと思う。大抵人は故郷を懐かしみ、いつか帰りたいと願う。ブルースの場合は嫌っていた故郷から離れることができず、今は反対に愛着を持っている。生まれ育った環境を振り返ることで、自分の生き方を再確認するのが人間という存在なのだろうか。

(個人的なことになるが、自分が12歳まで住んでいた北海道の山中の田舎町を、2年前に約40年振りに訪れてみた。それは自分にとってとても意味のあることだった。そんなことも思い出させられた。)

 このような感想はあくまで自分勝手なもの。実際ブルースが何を考えていたかは分からない。なるべく情報は持たずに観たかったので、事前に関連記事を読むことは一切しなかった。それが今でも続いている。ネットの記事等で公演での実際の「語り」を探した程度で、彼のインタビュー記事すらひとつも読んでいない(On Broadway が始まって以降のインタビューはあるのだろうか?)。

 自分が受け止めた内容、耳に刻んだフレーズが、どれだけ正しいか自信がない(なので聞き間違いや記憶違いが多いだろう点は、どうかご容赦を)。聞き取れなかった言葉、理解できなかった話も多い。なぜ笑いが起こるのか分からなかったところも多かった。それでも、はっきり伝わってくるメッセージは多かった。正確に全てを聞き取れなくても、どんな話をしているのか大体わかった。それには自伝を繰り返し読んでおいたこと、さらに Audio Book を聞いて耳慣らしをしておいた効力が出た。

 そう、これを書いていて気がついたのだが、ステージでは随所で自伝 "Born To Run" 中の文章がほぼそのまま語られた。もしかしたら大部分が著書からの引用だったのかも知れない。そうだとしても、大部の本の内容を2時間強にまとめ、関連する曲を挟んでいくことで、自伝とはまるで別の作品が構成されているようにさえ感じられるのが不思議だ。

 そして何より、ブルースの声そのものの気持ちよさ、語りの心地よさが、理解の及ばないところを補い上回った。たとえ歌詞が分からなくとも、音楽が人を感動させるように。笑い話の方が言葉として頭に残りやすかったので、それらを中心とした語りの紹介になったが(結果としてなるべく本筋は隠すよう配慮したつもり)、本音を吐露するような言葉にとても温かさがあって、今でも心に残っている。笑いの絶えない時間だったが、英語ネイティブな人たちにとっても、ハートウォーミングな話やシリアスな話題の方が記憶に残ったのではないだろうか。

(もちろんブルースの語ったことを正確に全て知りたい。そう思ってトランスクリプト/書き起こしをネットで探してみたのだが、当然ながらそんなものは見つからなかった。プロンプターを使っていたのだから、彼の語りの全文をいつか公開してもらえないだろうか。より望ましいのは映像作品としてリリースすること。この素晴らしい Springsteen On Broadway を映像記録として残すプランはないのだろうか? 正直、ビデオで観ても、現場で体験した感動にはとても及ばないとは思うのだが。それでも、ビデオででも構わないから、全てのファンに観て欲しいステージだったし、多くのファンが観たいステージに違いない。)

 語りの素晴らしさにも増して感動したのは、"Born in the U.S.A." と "Land of Hope and Dreams" でのギターと歌(とりわけギター!)だった。特に "Land of Hope and Dreams" のギターこそ、最大のハイライトだったと思う。この1曲だけでも 850ドルの価値があったと言いたくなるほどだ。

 いや 850ドルというチケット・プライスはやっぱり高い。それでも、このステージを観てしまった今は、「観た」か「観ていない」かでしか、自分の中で価値の線引きをできなくなってしまっている。正にプライスレスな体験だった。

(もう一度観ることができないかと思って転売サイトを調べると、結構な数のチケットが売られている。どうやら転売は防ぎ切れなかったようだ。しかしチケットの価格は、一番安い3階後方の75ドルの席でも定価の約20倍、1000ドル以上の値がついている。1階中央エリアは3000ドル台。最終日6月30日の1列目に至っては7000ドル以上だ。狂ってる。)

 2016年、アメリカ・オークランド、2017年、オーストラリア・シドニー、2018年、アメリカ・ニューヨーク。3年連続でブルース・スプリングスティーンを観てその真摯な姿に触れたことにより、彼の音楽を聴いて楽しいとか、気持ちいいとかいった次元を通り過ぎてしまった。ブルースは心底信頼し尊敬できる男だと確信した。自分にとってはそのことが重要だ。

 ブルース・スプリングスティーンは、シンガーとしても、ギタリストとしても、ソングライターとしても、サウンド・クリエイターとしても、そしてストーリー・テラーとしても、とてつもない高みに達している。今ブルースは表現者としての極点にいると思う。

 そんなブルース・スプリングスティーンと同時代に生き、彼の肉声を目の前で受け止める機会を与えられた自分は、本当に幸せ者だ。生涯忘れられない体験に恵まれたことを感謝するのみ。


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# by desertjazz | 2018-02-25 23:03

Springsteen On Broadway - Part 1


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2018年2月

 ニューヨークのブロードウェイでブルース・スプリングスティーンのソロステージ Springsteen On Broadway を観てから2週間が過ぎた。しかし、未だに放心状態が続いている。かつてこれほどの音楽体験はあっただろうか。今、これを超えるライブなど想像もつかない。自分はこれから一体何を聴いて生きて行けばいいのだろう。

 これまで40数年間音楽を聴いてきたが、今後、自分の音楽遍歴は「Broadway前」と「Broadway後」に二分されることだろう。今回ニューヨークで観たブルース・スプリングティーンのパフォーマンスは、想像と期待を遥かに超えるものだった。ステージに登場して「DNA, your natural ability, ... 」と放った第一声 、"Growin' Up" をつまびきながら穏やかに語った姿、"Born in the U.S.A." と "Land of Hope and Dreams" で魅せた壮絶なギタープレイ、暖かい日差しを一緒に浴びている気分になった柔らかな語り、醜い対立を避け絆を深めようというメッセージ、アメリカと自分とあなたのヒストリーを知りたいという言葉とそこに込められた意味、"Born To Run" のラストでギターのボディを叩く光景。それら 2時間15分間の全ての瞬間を、自分は生涯忘れることはないだろう。


2017年9月7日

「あーーーっ !? 届いてる !! 」 夜、自宅で大好物のアイリッシュ・ウイスキーを口に運びほろ酔い気分で寛いでいたところに、パートナーの叫び声が響く。何かと思いきや、、、Springsteen On Broadway のチケットを購入するのに必要なコードがメールで送られて来ているというのだ。

 まさか !?

 Springsteen On Broadway のチケットは、金さえ出せば買えるとか、タイミング良く販売サイトにアクセスすれば手に入れられるとかいうものではないのが厄介だ。スタジアム・ライブの度に数万人を集めるブルース・スプリングスティーンがキャパ939席(929席、960席、975席など、他の数字の記事もあり、正確な座席数は未確認)のステージに立つと言うのだから、そもそもチケットの絶対数が少ない。

 そこで特別なシステムが組まれた。アメリカの Ticketmaster に事前登録し、(1)ブルース・スプリングスティーンのファンであること、(2)転売する可能性がないこと、この二点を認定された少数にだけチケット購入の権利が与えられ、それに必要なコードが携帯メールに送られて来るシステムらしい。なので、熱心な日本のファンの間では「日本人がチケットを買うのはほぼ不可能」と囁かれてさえいる(この記事を書いている時点でも、日本からチケットを買えたのはわずかに数名?)。

 そんなプレミアチケットをスプリングスティーンの特別なファンでもない自分があっさり買えてしまうのか? 今目の前で起こっていることが俄かには信じがたい。

 昨年夏に Springsteen On Broadway が発表になった時点では全くの他人事だった。何より最高で850ドルという価格設定に呆れてしまった。何がワーキングクラス・ヒーローだ。こんな値段じゃ、彼が歌のテーマとする本当の労働者階級は簡単には買えっこないだろう。

 それでも興味本位で Ticketmaster に登録だけしてみた。昔からクジ運が酷く悪いので、全く期待せずに。しかも、「当選」しても、コードは携帯電話に送られて来るとのこと。自分はケータイを持っていないので、パートナーの番号を借りて登録。

 当初は11月まで39日間組まれていた Springsteen On Broadway。計算するとチケットはトータルでも36000枚程度。待ちかねた結果は見事に空振り。当然だ。ところが会期が翌年2月まで延長され、その分の発表が今日だった。そんなこともすっかり忘れていた。

 パートナーがメールに気がついたのは何と販売開始の1時間半前。突然のことで、さてどうする? ところが酒が進んでいて、とてもじゃないがまともな判断がつかない。だけど、日本人が買えたという話はこれまで一切聞かない。これは宝くじに当選したようなもの(過去 Ticketmaster を利用したのは、2000年のユッスー・ンドゥール、2007年と2016年のスプリングスティーンの3度だけなので、自分が選定されたことが不思議だ)。折角当たったのなら、万難を排してニューヨークにいく行くしかない。そう決意した。

 酒のために冴えない頭で迷ったのは、どの日を選ぶかということ。年末年始は仕事が入って身動きできない可能性が大。そこで、ステージングが固まっているだろうと推測して、最終週にした。恐らく良い席は取れないだろうと思い、さすがに最終日はパスしたが。

 日本時間の22時ジャストに販売開始。早速 1/30 のシートにトライ。即完売かもと恐れていたが、「チケットなし」の表示にはならない。もしかしてチケットが取れた ?? ここで一安心してしまい、数秒遅れたのが命取りになりかけた。先に進まなければ意味がない。BEST AVAILABLE の表示をクリック。よし、あっさりシートを確保できたぞ。買う席を選んで迷っているうちに良い席がどんどんなくなっていくことを恐れて、示された席をそのまま選ぶ。まあ4列目なら大満足じゃないか(なぜか1〜3列目は数席を除いて表示もされない、なので実質最前列だ)。スプリングスティーンを間近で座って聴けることなんてこれが最初で最後だろうと思い、一番高いチケットを買うべく腹をくくる。

 ところが、さて決済しようとすると、、、、、買えない。あれこれ試みるが先に進まない。何をやっても全くダメ。ひたすら焦る。シートはキープできているのにー!

 ここで、2年前サンフランシスコ滞在中にオークランド公演のチケットを決済しようとした時にも、同様なことがあったのを思い出した。その時はクレジットカードを別のに替えて決済できたのだった。そこで今回も同じ手段を試みると、問題解決! カウントダウン・タイマーを見ると、Time Out まで残り2分。どっと冷や汗をかいた。

 Springsteen On Broadway のチケット、一人が買えるのは2枚まで。パートナーに一緒に行かないかと尋ねると「行かない」という。2枚買っても譲る相手はいないから、1枚のみにした。念のためにチケットを PDF 化までできたところで一安心し、また飲み直す。しばらくしてから、ふと思った。待てよ? 一人2枚までと言うことは、もう1枚別の日も買えるのかも? 試してみたら翌日 1/31も6列目の良い席が残っていた。自分は英語が苦手なので、一度観ただけでは聞き取れないだろうと理由を作って、もう1枚買ってしまった。11月からは2週間フランスに音楽取材に行くので、これから半年は節制生活だ。

 Springsteen On Broadway は自伝 "Born To Run" の内容に沿った構成になると噂されていた。そこで、ニューヨークに飛ぶまでの4ヶ月間は、"Born To Run" の日本語版を繰り返し読み、英語版でも読み直し、さらにはスプリングスティーン本人が朗読した Audio Book を聴いて耳慣らしする日々が続いたのだった。


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2018年1月27日

 2000年の秋以来、18年振りのニューヨーク(一昨年2016年にブラジル往復した際、JFKトランジットだったので、久しぶりという感覚はない)。12時にブロードウェイにある Pearl Hotel にチェックイン。まずは公演会場の Walter Kerr Theatre の場所をチェック。会場周辺のホテルの中で、価格がリーズナブルで評判の良いところを適当に選んだだけなのに、そのシアターは通りを挟んだほぼ真向かいだった。これは幸先が良い。入口周辺には年配の男女10人ほどが集まり語らっている。こんな早くからブルースがやって来るのを待っているのだろうか? まさか?(そのまさかだったことを後で知る。)

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 18時過ぎに再び様子を見に行く。なにせホテルから歩いて1分なので。日本語を話すガードマンの Freddy さんちょっと立ち話をすると、「もうすぐ来るよ。見てったら?」と言う。待つこと10分、18時40分にブルースを乗せた車が到着。ファンからのサインの求めに応じたり(Springsteen On Broarway のポスターにもらっている人も数名)、ご婦人たちにキスしたり。記念にその様子をビデオに撮る。


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 思い返すと、今日ここに来るまでの4ヶ月が本当に長かった。9月にチケットを買って以降、心配の尽きることがなかった。何かの理由で公演が中止や延期にはならないだろうか? 実際過去に「前科」が何度もある。2003年にフランスのアングレームで開催されるフェスまでオーケストラ・バオバブを観に行った時には、ステージに組まれた照明のフレームが崩れてコンサートは中止に。2006年に訪れたマルセイユのフェスでは、バックステージでシェブ・マミを待っていたら、何と!彼が逮捕されたと連絡が来た。(彼はそれ以来フランスの地を踏んでいない。)ブルースが病気をしないだろうか(少し前には奥さんのパティがインフルエンザに罹ったばかり)、大きな怪我をしないだろうか、彼の身内に不幸が起こらないだろうか。何より一番の心配は自分が病気をすることだった。周辺ではインフルエンザが流行っていたので、感染しないことに気を配る毎日。とにかく如何なるトラブルも避けることに神経を消耗した。

 長いと感じたもうひとつの理由は、Springsteen On Broadway に関する情報を一切シャットアウトしようとしたから。スプリングスティーン側が情報の漏洩を避けているのだから、自分としても予備知識なしで公演を迎えたい。そこで関連情報は一切見ないと決めた。記事は読まない。写真も見ない。それでも完全に遮断することはさすがに無理だった。セットリストにすら目を閉ざしていたのだが、瞬間一部が目に入ってしまった。クソ、何てこった!

 とにかく不安だったので、ニューヨークに用事ができてどうしても行かなくてはならなくなったとだけ伝えて、休みを取った。そして、周囲の誰にも理由を隠し続けてアメリカに飛んで来たのだった。

 それにしても、どうして最終週を選んだのだろう。自分を呪いたくなったほどだ。


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2018年1月29日

 公演を明日に控えた日、ワールド・トレード・センター WTC 跡地へ。長年の課題であり、今回の旅の目的の一つでもあることを、今日ようやく果たせた。

 もう何度も語っていて、しつこいのは分かっているが、もう一度。

 前回ニューヨークに来たのは2000年。6月に音楽ドキュメンタリーの制作のために滞在、11月にはユッスー・ンドゥールのライブ The Great African Ball を観るためにもう一度来ている。翌年2001年には別の音楽ドキュメンタリーの取材で、インドネシアのスラバヤ→ジャカルタ→成田→ニューヨーク→ブラジルのサンパウロ→サルバドール(バイーア)という大移動を予定していた。その NYC/JFK トランジットは当初 9月11日の予定だった。

 実際は4日ほど撮影に遅れが生じて、その日はまだスラバヤにいた。夜、撮影中に、ブラジルのコーディネーターから電話。「大変ですよ! ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んで、ビル11本が崩れました。ニューヨークの空港が閉鎖されたので、ブラジルには来られないですよ」(ビル11本と伝えてくるあたり、テロ直後でまだ情報が錯綜していた)。

 その時はスラバヤにいた全員「なに言ってんだ?」と半ば呆れていたのだが、ホテルに戻ってテレビをつけた途端、凍りついた。WTC の2本のビルが崩落する映像が繰り返し放映されている。本当だったのか。いや、世間から遅れて実際に目にした映像が想像を超えていた。

 その映像を観て思ったのは、自分にも事件に遭遇する「可能性」が微かにあった、ということだった。2000年にニューヨークに滞在中、WTC の最上に登り、500m下を見下ろして鳥になったような気分が今でもありありと蘇る。自分が WTC にいた瞬間に飛行機が突っ込んで来た「可能性」はゼロではなかっただろう。テロは人ごとではないという恐怖が湧いて来たのだった。

(2001.9.11 の際には、JFK は閉鎖されたので、チケットをジャカルタ→アムステルダム→サンパウロに変更して、ブラジルに飛んだ。)

 WTC のほぼ直下にはアフリカ音楽のレーベル/レコード店として知られる Sterns の NY店があった。この店にはとてもお世話になった。なので後で連絡すると、店は被害を被ったものの、気の良いセネガル人の店員は無事だと確認が取れて安堵。しかし 9.11 を境に店が再び開くことはなかった(と記憶している)。

 WTC とはそんな奇縁があり、いつかまた訪れようと決め、ずっとその機会を待っていた。実際 WTC の跡地にやって来ても、何か発見がある、あるいは新たな考えがすぐに得られる、などとは全く思っていない。それでも現場の跡を見ておきたかった。WTC にもう一度来ない限り、自分の中で何らかの区切り(決着?)がつかないと感じていたのだ。

 曇天でとても冷え込んだ今日、North Pool と South Pool という WTC 跡に穿かれた2つの巨大な空洞と、そこに流れ落ちる水を見つめ、周囲に刻まれた犠牲者たちの名前をひとつひとつ読んでいく。象徴的なデザインだと思いながらも、特別な感情は湧いて来ない。

 Pool と Pool の間には Museum が建てられ、土産物屋も出ている。涙するご婦人をひとりだけ見かけたが、Pool を背景に笑顔で記念写真に収まる人が多い。どうしてそんな気持ちになれるのか自分は理解できないのだが、まあそんなものなのかも知れない。「観光化」が進んでいるというのは聞いていた通りだった。自分の中でも「風化」が進んでいるのかもしれない。

 17年かかったけれど、とにかく来られて良かった。今日のところはそれだけ。何かが心に浮かんでくるのはこれからなのだろう。

 ワシントンでもオークランドでもシドニーでも聴いた "Rising"。ブルースは明日もきっと歌うだろう。ニューヨークでブルースを聴く前に、どうしても WTC を訪れておきたかった。


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2018年1月30日

 夕方 Walter Kerr Theatre 前の様子を見に行く。今日も冷えて、今夜の気温は氷点下8度の予想。それでも、入出口付近には熱心なファンが集まっている。寒空の下、ブルースと言葉を交わしたりサインをもらったりするために待つまでの元気もないので、一旦ホテルに戻る。

 19時10分、まだ早いと思いながらも落ち着かなくて、会場の雰囲気をゆったり味わいたいし、物販も見ておこうと思って、開演50分前に会場へ。セキュリティーゲートがかなり厳重。カメラや録音機、飲料のチェックというより、銃器類の持ち込みを防止するのが目的らしい(それにしても、28日に観たミュージカル『ハミルトン』ではボディチェックすらなかったのとは大違いだ)。ガードや劇場スタッフたちからかけられる "Please enjoy the show" という言葉が嬉しい。

 シアターの中に入り、まずはステージを見に行く。真っ黒で、何らセットも飾るものもない。左右の隅に機材トランクが数個ずつ積まれているのみ。中央には1本のマイクスタンド。上手には YAMAHA のピアノ。Steinway & Sons でもないし、グランドピアノでもない。そしてセンターと上手それぞれの脇に水の入ったグラスが置かれている。たったそれだけ。チケット代 850ドルにしては何ともそっけない。

 案内の女性に促されて自分の席を確認。そして、、、心臓が止まりそうになった。何だよ、この席は! まっすぐ視線の先にピアノ椅子が垂直の位置に置かれている。その間に遮るものは何もない。まるで手の届きそうな距離だ。BEST AVAILABLE は本当だった。

 その後は物販をチェックし(40ドルするポスターやTシャツが飛ぶように売れて行く)、2階席と3階席からの眺めがどんな様子かも確認。狭い場内で空きスペースを見つけてしばらくまったりした後、開演10分前に席につく。

 さあ、いよいよ待ちに待った瞬間だ!



(続く)







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# by desertjazz | 2018-02-25 23:01 | 音 - Music

 みなさん、お待たせしました!
 やっと正式に発表されました。

 3/24(土)アンスティチュ・フランセ東京にてバロジのライブを開催。


 3/22(木)には代官山でも!



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 なお、3/23(金)にはバロジの新作 "137 Avenue Kaniama" がリリースされる予定。正にバロジ・ウィークになりそう。


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# by desertjazz | 2018-02-22 23:00 | 音 - Africa

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■ 回顧2017

 自分に残された時間を考えた時、本当に好きなもの必要なものだけを見たり聴いたりしていたい。そうした思いをさらに強めて迎えた2017年だった。

 音楽について言えば、フランク・ザッパとブルース・スプリングスティーンとユッスー・ンドゥール、それにクロ・ペルガグを聴いている時一番気持ちが満たされる。一昨年、昨年と2年続けてスプリングスティーンとユッスーとクロのライブを観たのだから、彼ら3人が最も好きな現役ミュージシャンなのだろう。自分が真に好きなものを追う努力が報われたからだろうか、幾つもの感動にも恵まれた。特に近年一番注目しているカナダのクロ・ペルガグを日本に紹介する役目を仰せつかり、来日中も一緒の時間を過ごせたことは、音楽ファン冥利に尽きる。

 ザッパは既に故人なので、ライブは観られない。そこで昨年は彼の全作品を聴き直す作業に取り掛かった。ファーストから順に全てのオフィシャル・アルバムを、関連書を読みながら集中して聴きこんでみた。これが最高に楽しかった。しかし、生前最後の作品 62枚目の "Yellow Shark" でさすがに力が尽きた。没後リリースされた作品がまだ50タイトルほどが残っているし、また1枚目から聴き込みたいという気持ちもあるので、この作業は今年以降も継続しよう。

 旅もしたいし、本も大量に読みたい。そう考えると、あらゆる音楽を網羅的に聴くことは困難。ネット経由で得られる音楽だけでも多すぎて、全てにアクセスすることは不可能だ。有限の時間を使って未知の音楽を探し求めるよりも、ザッパやスプリングスティーンなどを聴いている方が遥かに至福なことが多い。実際それでもザッパですら聴ききれない。本当ならば、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、フランコなどもじっくり聴き直したいのだが。

 そのような理由やライブ体験を重視したことから、昨年はレコード/CDの購入数がさらに減り、過去30年で最低レベルに。しかし、Spotify などで気になる音源は気楽にチェックできるようになったので、新たに聴いた音楽はさほど減っていないかも知れない。もしかすると増えているかも?(反対に Spotify を導入したおかげで購入数が減ったとも言える。)


■ BEST BOOKS

 年間の目標(ノルマ)100冊を昨年も達成できず。ピーク時の150冊から減り続けて、2017年は最近10年で最低に。薄い文庫や新書はほとんど読まずに 100冊読破するのは流石に難しい(もちろん重要なのは数じゃないけれど)。

 1月トルストイの『戦争と平和』に始まり、年末ドストエフスキーの『罪と罰』で終えた1年。その間、セルバンテス『ドン・キホーテ』、フローベール『ボヴァリー夫人』、ゲーテ『ファウスト』など古典をよく読んだ。念願だったガルシア=マルケスの全集(全小説+自伝+講演集)読了をようやく達成。これはまさに読む快楽だった。

 今年読んだ中でダントツで良かったのは Bruce Springsteen "Born To Run"。日本語版を2016年のベストにも選んだこの自伝、とにかく凄いとしか言いようがない。幼少時のことからローカル・ヒーローに登りつめた過程、バンド編成/ソロ演奏の選択やサウンドの変化の理由、作品ごとにいかに考え抜いてテーマとサウンドを決めているか、父との対立や自身の病との格闘、徹底的に独善であることの信念と責任、そして家族や仲間たちへの愛が、赤裸々に綴られている。

 厚い本であるが、昨年はこれの原書に挑んでみた。ただし英語で読み通すのは辛いと思い、スプリングスティーン自身が朗読している Audiobook を聴きながら、活字を目で追っていった。これが大正解! 日本語訳では分からなかった細部がはっきりしたし、ニュアンスもクリアに伝わってきた。ブルースの読みは緩急の変化が大きく、内容に合わせて声色を変えたりもしている。擬音も実際の声でやっと感じられるものがあるし、時に含み笑いを交えて読んでいるところもとてもいい。(Audiobook は 1/28 に発表になる今年のグラミーを獲るのでは?と予測。)

 "Born To Run"、英語で読んだ後、日本語で読み直し、今はまた英語(2度目)と日本語(3度目)で読み返しているところだ。カズオイシグロやガルシア=マルケスなどのように何度も読み直したくなる本との出会いとなった。昨年これに匹敵する作品は思い浮かばない。

 小説で印象的だったのは、アフリカ系の作家たちの作品。ガエル・ファイユ『ちいさな国で』(スプリングスティーンを除けばこれが1位かな?)、チゴズィエ・オビオマ『ぼくらが漁師だったころ』、ノヴァイオレット・ブラワヨ『あたらしい名前』など。舞台や設定はそれぞれ異なるが、過酷な状況にさらされる子供達の苦闘、そこから欧米への逃避(成功と失敗)、絶望的なほどの救いのなさは共通している。アフリカ文学が新たな時代に入ったこと、アディーチェに続く若手が育っていることが感じられる3冊だった。

 音/音楽に関する本も久しぶりにいろいろ読んだ。ハイパーサウンド、サウンドスケープ、音楽発生論などへの興味は続いており、ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか? 人類の進化における「うた」の起源』、大橋力『音と文明―音の環境学ことはじめ』、マリー・シェーファー『世界の調律』、バーニー・クラウス『野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源』、デイヴィッド・トゥープ『フラッター・エコー 音の中に生きる』など(再読も多い)。音楽書では村井康司『あなたの聴き方を変えるジャズ史』から多くの刺激を受けた。


■ BEST LIVES

1. Tigran Hamasyan (Tokyo, 2017/05/24)
2. Bruce Springsteen & The E Street Band (Sydney, 2017/02/07&09)
3. Youssou N'Dour et Le Super Etoile de Dakar (Paris, 2017/11/18)
4. Klo Pelgag (Nanto, Toyama, 2017/08/27)
5. Massilia Sound System (Lyon, 2017/11/22)
6. Oki Dub Ainu Band (Tokyo, 2017/12/30)

 スプリングスティーンとユッスーは内容問わずもう別格。シドニーでは "New York City Serenade"(with Strings !!)と "Jungleland" を遂にライブ体験。7時間に及んだユッスーのパリ Le Grand Bal も初体験。長年の夢が2つも叶った。そしてクロ・ペルガグ。ライブは文句なしに良かったが、それ以上のものがあった(散々書いてきたので、もう書かない)。10年ぶりに観たマッシリアは全く変わらぬ楽しさ。

 しかしライブ演奏の密度で、スプリングスティーンやユッスーを超えていたのは、ティグラン・ハマシャンのソロピアノ公演。彼の目前でかぶりつきで観たのだが、全く異次元のサウンド。これまで体験したことのない世界観と感動だった(詳しくは書かないが、28日に屋久島で観た時より100倍くらい良かった)。

 ベスト5にしようかと思ったが、年末元住吉で観たオキ・ダブのグルーヴに圧倒されたので、これもランクインさせてベスト6に。

 2017年は好きなアーティストのライブを積極的に追いかけて、繰り返し感動を得られた1年になった。


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■ BEST ALBUMS

1. Tony Allen / The Source
2. Aya Nakamura / Journal Intime
3. Oumou Sangare / Mogoya
4. Slawek Jaskulke / Senne
5. Tigran Hamashan / An Ancient Observer
6. Randy Newman / Dark Matter
7. Kelela / Take Me Apart
8. Jamila Woods / Heavn
9. Becca Stevens / Regina
10. Orelsan / La Fete Est Fini


 年の前半ザッパ漬けだったからなのか、夏までクロ・ペルガグのことで頭がいっぱいだったからなのか、秋にフランスに行ったからなのか、一年を通して新譜の聴き込み不足でかなり迷った10枚。上位6枚を選ぶのには1分しかかからなかったのだが。例年だとベスト10指定席のアーティストたち、Orchestra Baobab、Sufjan Stevens、St. Vincent、Ibrahim Maalouf といったところの新譜が期待に届かなかったことも大きい(Baobab はギターのコンビネーションのマジックが消え、コラの音にも違和感。Sufjan も St. Vincent も悪くないが、彼らのベストには遠い。Ibrahim は全くつまらなかった)。

 1位のトニー・アレンは、アート・ブレイキーへのトリビュート盤10インチに続くジャズ・アルバム。 "Wolf Eats Wolf" と "Cool Cats" の2曲がとにかくカッコいい。Yann Jankielewiez によるホーン・アレンジも、ドラム、ベース、キーボード、ギターとのコンビネーションも最高。これこそ自分が求める音の快楽。"Wolf Eats Wolf" 1曲聴いただけで1位決定してしまったほど。なので、パリで彼らのライブを聴いている時はワクワクしっぱなしだった。

 2位はマリの若手、アヤちゃん。声が特別良かったり、抜群に上手かったりするわけでもないのだが、軽やかでちょっと無愛想で突き放すような歌い方にメロメロ。ソングライティングにも長けていて、デビュー曲 "Brisé" は名曲だと思う。Fally Ipupa との "Bad Boy" も最高で、この1曲だけで彼の新作 "Tokooos" をベスト10に入れそうになったほど。コンピ "Afro Trap Vol.1" 収録の "Love" などなど出したトラック全てがよかった。一昨年ロンドンで会った Sona Jobarteh にちょっと冷たくされたからじゃないけれど、すっかりアヤちゃんに気持ちが移りましたよ。

 3位はアヤちゃんも曲を捧げるアフリカの女王様。今年はアフリカンポップに聴きごたえのある作品が多かったけれど、アフリカものに限らず、完成度で言えばこのアルバムが抜きん出ていた。トラックごとに色を変えながら、多様なアフリカの要素を統合した傑作。

 4位はポーランドのピアニストのソロ。彼は前作にも虜になったが、今回も枯れた風合いに惹かれた。なので、(フランス旅行中に)自宅からすぐそばの会場で行われた再来日公演を観られなかったのは痛恨事。(年末に出た日本でのライブ盤は明るすぎて魅力を感じなったけれど。)

 5位もピアノ・ソロ。アルメニアのティグランはどの作品もいいが、これが彼の最高傑作になった。東京と屋久島と、2度も生で聴けたことは幸せだった。

 6位のランディ・ニューマンは昔から全作品を集めて続けていアーティストの一人。長大な1曲目 "The Great Debate" を聴いただけでもう圧倒されてしまった。今年3月のパリ公演、行きたいけれど無理だよなぁ。

 迷ったのは残り4枚。年末ギリギリの 12/26 にリリースされたユッスー・ンドゥールのライブ盤 "Raxas - LeGrand Bal 2017" が素晴らしくて、会場で観ている時には緩さも感じられた7時間のライブも CD 1枚分に集約するとこれだけ締まるのかと感心。今の絶好調振りが見事に記録されている。大逆転で1位に選出とも思ったが、まだフィジカルを入手していないので、反則技かと思って最後にベストから外した。

 他に残ったのは、昨年後半によく聴いたジャズ/ソウル系の作品。Mark Guiliana Jazz Quartet "Jersey"、Vijay Iyer Sextet "Far From Over"、Thundercat "Drunk" あたりでも良かったのだが、才能豊かな若手ディーヴァたち3人にした。彼女たちのサウンドの方をより頻繁に聴いたので。ベッカはジョニ・ミッチェルのファンにとってはたまらない要素も。(この並びでは普通すぎるかな? Sudan Achives が10インチじゃなくてフルアルバムだったら選んだかも?)

 最後10位、フランスのオレルセンは11月にパリで手に入れ、年の暮れから繰り返し聴いている。一聴ストロマエの様でもあり、近年の彼の不在感を埋めるサウンドになっている。

 振り返ってみると、アフリカ、ジャズ、ソウル/R&B に好盤の多い1年だった。でも、南アやナイジェリアは、最近騒がれているほど自分の耳が反応するサウンドには出会わなかった。面白い音楽を探してみる価値がまだまだあるということなのかも知れない。

 長々書いてきたが、実は 2017年の最大の衝撃は Musiliu Haruna Ishola の "Happy Day" だったりして??


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# by desertjazz | 2018-01-15 10:00

France 2017 - Live Reports

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 今年11月にフランスで観たライブのリポート5本。

   【 Live Report : Youssou N'Dour et Le Super Etoile de Dakar 】


 年内にどうにか間に合った(他に Mark Guiliana Jazz Quartet、Van Morrison、Trombone Shorty も観たけれど、詳しいことは省略)。






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# by desertjazz | 2017-12-31 14:00 | 音 - Music

Baloji in Japan 2018 !?


 Baloji 本人が日本公演を発表して1週間。未だに詳細が掴めません。周囲の誰も情報を持っていなかったので。まっ、来年3月24日(土)はスケジュールを空けておきましょう。

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 余裕がなくてフランスで観たライブのリポートがさっぱり書けません。お誘いいただいた忘年会も全て欠席します。BEST 10 選ぶのも年越しのお楽しみになりそうです。


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# by desertjazz | 2017-12-13 21:31 | 音 - Africa

France 2017 - Day 10 (Part 1)

★★★ UPしました。→ 【 Live Report : Georges Wassouf 】★★★ 
  

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 再びパリ。旅の最後に見たのはシリアの大御所 Georges Wassouf。いろいろな意味でとにかく凄かった。


【 Live Report : Georges Wassouf 】
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# by desertjazz | 2017-11-25 23:59 | 旅 - Abroad

France 2017 - Day 8 (Part 1)


  

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 フランスにやってきて8日目。パリからリヨンに移動。Transbordeur にて HK et Les Saltimbanks と Massilia SoundSystem のライブ。マッシリアを観るのはちょうど10年ぶり。そして、今日は奇しくもリーダー Tatou の誕生日! 日本からの誕生日祝いの土産を手渡し、1年ぶりの再会を祝して乾杯。もちろんライブは最高。今回もめっちゃ楽しかった。HK のライブも良くて、今年のフランス滞在で最高の1日だったかもしれない。マッシリアのライブを次に観られるのはいつだろうか? 早くまた観たい!


(撮影した写真すらまだ全部を観ていないので、詳しいリポートは後日に。→ 以下にアップしました。



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# by desertjazz | 2017-11-23 23:59 | 旅 - Abroad

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