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■ホスィン・スラウイのレコード(4)

 <パテ・マルコーニ 1950年 パート2>

 以下は、1950年の 11月に発売されたとされる SP盤レコードである。


#23. A Yamna(Matrix CPT 7862)

 野太く響くウードとそれに絡み付くようなカーヌーンがいい。女性によるウルレーション(ユーユー)も、それを煽りあげるようなスラウイのかけ声も強烈。どこか土着的な雰囲気を持っていて、また後年のライやシャアビに繋がる特質も感じられる。希望に満ちた愛、そして失恋について歌っているらしく、ヤミナという女性へ語りかけるような嘆きが伝わってくる。


#24. Modhikat Essahra(Matrix CPT 7863)

 これぞ極め付きのトラック! まさしくハルカを再現したものだ。伴奏は一切なく、全編スラウイの語りだけなのにも関わらず、極めて音楽的であり演劇的でもある。溢れ出るユーモアが伝わってくるようで、何とも凄まじい表現力。数ヶ所で言い淀んでいるが、全て即興なのだろうか? 真剣勝負に挑んでいるかのような、生々しい息遣いが圧巻だ。これこそ、ホスィン・スラウイの原点なのだろう。


#25. Esskairi Nahdik(Matrix CPT 7864/65)

 前半の1分20秒はウードの弾き語り、後半の1分半はハルカという面白い構成の録音だ。語りの内容はどのようなものかと、興味が湧いてくる。手元のディスコグラフィーによると、SP両面の録音なのだが、そうだとすると YouTube で聴ける音源は短すぎるようにも思う。

(参考)https://youtu.be/tgPJuMb9CaY


#26. Ouiounou Hajbane(Matrix CPT 7866)

 冒頭で端正に弾かれるウードのソロから、スラウイの歌い口や女性コーラスまで、どことなく気だるい雰囲気が漂うゆったりした曲。クレジットによると、作曲はスラウイだが、詩は Attoun という人物との共作である。(スラウイのSP盤は滅多に見つからず、残念ながらこれもコンディションの良くないPathé/Discophone 盤シングル (G 1973) しか入手できなかった。)


#27. Hal Kas Hlou(Matrix CPT 7867)

 スピーディーなウードが印象的。前曲 "Ouioun ou Hajbane" のシングルとのカップリング曲で、これも Attoun との共作とクレジットされている。ウルレーション(ユーユー)が強烈だ。


#28. Ia Ghrib Ilacallah(Pathé PV201A / Matrix CPT 7868)

 ウードとカーヌーンとドラムによる、装飾少なく淡々とした端正な伴奏に乗って歌われる。スラウイの歌を前面に出しており、彼の強烈な巻き舌が響き渡る。珍しいことに、これはスラウイが書いた曲ではなく Attoun の単独作らしい。歌の主題は「国を離れた人を神が守る」といったことのようだ。

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#29. Ma Gal Lia(Pathé PV201B / Matrix CPT 7869)

 スラウイとコーラスが唱和する「アハン、アハン」というフレーズのリフレインが耳に残り、雰囲気がとても楽しい曲。ウードとカーヌーンにいくつものパーカッションが重なり合って、小気味よく、実に賑やかだ。彼の楽曲の中でもとりわけキャッチーな仕上がりになっている。


#31. Yal Cahla(Pathé PV202B / Matrix CPT 7871)

 グナワで用いられるパーカッションのカルカベのような音で始まるアップテンポの曲。途中のウルレーションもインパクトがある。黒い肌をした近所の嫌なおやじを「黒人」と呼んで、幾分か差別的に比喩しながら、その娘について歌っている。入手できた中ではスラウイ最後の録音なのだが、世を去るおよそ半年前とは思えない爽快さに溢れている。


 1950年の録音のうち、4曲(#19、#30、#32、#33)に関しては不詳。特にラスト・レコーディングと考えられる #33 “Ben Omran” については、後日、シングル/編集盤の回で触れる。

 

(続く)








# by desertjazz | 2021-04-07 00:00 | 音 - Africa

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■ホスィン・スラウイのレコード(3)

 <パテ・マルコーニ 1950年 パート1>

 亡くなる前年の 1950年には 19曲(計20テイク)録音したとされる(だが後述するように、実際の録音はもう少し多かった可能性がある。その一方で、これら全てが 1950年のものだったかについては疑問が残る)。それらのうち、前半の録音には SP両面にまたがる曲が再び増えている。後半の 11曲(12テイク)は 11月にリリースされており、これらについては次回紹介する。


#15. Lah Lah Al Semar(Matrix CPT 7432/33)

 ウードとクラリネットが中心で、カーヌーンやドラムも加わっている他に、もう1本の笛?やスティックの音も聞こえる。テンション高く、粘つくような歌も魅力的だ。


#16. Ya Mouja Ghani(Matrix CPT 7434/35)

 代表曲 "Azin Oualain (El Mericane) " にも通じるバラッドで、メロディーも雰囲気もよく似ている。イントロで独奏されるカーヌーン、切々と爪弾かれるウード、いずれもが印象的だ。クラリネットなども効果的に使われている。ホスィンの孫のハティーム・スラウイ Hatim Slaoui や、同じモロッコ新世代の Younes B がリメイクし、ゆったりとした現代的で美しいバラードに蘇らせている。恐らくホスィン・スラウイの曲の中でも特に愛されているもののひとつなのだろう。


#17. Fine Elli Kanou (Matrix CPT 7436/37) 

 クラリネットや笛に先導される軽やかな曲。コーラスも賑やかで、スラウイのウードも溌剌としている。


#18. Essania Ouelbir(Matrix CPT 7438/39)

 意表を突くアコーディオンによるイントロで始まるミディアム・テンポの長尺曲。朗々とした歌唱が印象的。手元の音源はコンディションが悪く、そのためそれぞれの楽器の音や歌がダンゴ状態になって聴こえるのが惜しい。


#20. Samra Ou Khamouriya(Matrix CPT 7442/43)

 ホスィン・スラウイの歌を中心に、ウード、クラリネット、カーヌーン、ドラム、男女のコーラスが激しいインタープレイを展開する、ポップなメロディーの曲。たいへん集中度の高い演奏で、中でもクラリネットの熱い音が強烈だ。聴く度に思わず興奮してしまう素晴らしさで、彼の最高作品の一つだと思う。


#21a. Alhbib El Ghali - I(Pathé PV116A / Matrix CPT 7449)
#21b. Alhbib El Ghali - II(Pathé PV116B / Matrix CPT 7450)

 スラウイ単独ではなく、Hocine Slaoui & Bahia Farah 名義になっている。Bahia Farah(1917-1985)はアルジェリア出身の女性歌手。SP両面とも同じ曲のクレジットだが、2面通しての録音ではなく、同一曲を2テイク収録している。どちらもウードのソロ演奏が印象的なのだが、セカンドテイクの目の覚めるようなソロがとりわけ素晴らしい。主旋律を奏で、ウードとのインタープレイも聞かせるクラリネットもいい味を出している。(ファースト・テイクのクレジットでは「シャービ」と明確にアナウンスされている。)

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#22. Hadi Nasha Ya Nass(Matrix CPT 7451)

 これもレコードを入手できていない謎の録音。まず分からなかったのは、ディスコグラフィーには SP片面分しか掲載されていなかったこと。Matrix ナンバーがひとつだったので、片面盤だったか、あるいは他のアーティストとのカップリングだったのか? だが、YouTube で見つけたこの曲の動画では “Tamra Ya Hilwa” というディスコグラフィー不掲載の曲と繋げてアップされている。推測するに、"Tamra Ya Hilwa" と "Hadi Nasha Ya Nass" が同じSPの両面(おそらくPV116 / Matrix CPT 7451/52)として発売された可能性は考えられないだろうか? そして先のディスコグラフィーからはA面曲だけが抜け落ちたように思えるのだが、果たしてどうなのだろう。

 さて、YouTube で聴けるこれら2曲、音は劣悪なのだが、もう最高の内容なのだ。これは何としてもSPを探し出したい。

 (参考)https://youtu.be/0yb1iZHCDYI



(続く)








# by desertjazz | 2021-04-06 00:00 | 音 - Africa

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■ホスィン・スラウイのレコード(2)

 <パテ・マルコーニ 1949年>

 この年の録音(発売)とされるのは 10曲。最初の2曲は SP両面にわたる約6分の長さだが、以降の8曲は片面のみで、いずれも3分程度という短い録音だと思われる。


#5. Azin Oualain (El Maricane) (Pathé PV97 / Matrix CPT 7120/21)

 第二次世界大戦中の 1942年11月8日、連合国側のアメリカ軍が当時フランス保護領だったモロッコに上陸し、社会情勢に変化の生じたことを憂いて書かれた。前年の録音群のエネルギッシュなムードから一転、ウード、ヴァイオリン、カーヌーンの端正な調べと、そして哀感こもった歌声が切々と胸に響く。ホスィン・スラウイ最大のヒット曲らしい。実際彼が残した最高の曲であり、モロッコ音楽史上屈指の名曲と言えるだろう。

(これもタイトルが様々に表記されていて、紛らわしい1曲だ。原題は「美しい彼女、そして美しい瞳」といった意味で、"El Maricane"、"El American" など「アメリカ人」という副題は後から付けられるようになったのではないだろうか? 42年にこの曲の最初?の録音がなされたという話もあり、その時点でこの副題が生まれた可能性も捨てられなくもないが。)

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#6. Ahdi Rassak(Pathé PV98? / Matrix CPT 7122/23)

 ハルカ風のやや長い語りによるイントロを受けて、ウード、カーヌーン、ヴァイオリン、ドラム、金属的に響くパーカッション、女性コーラス、そしてスラウイの歌がほぼ同じパターンを繰り返し、そのことで緊張感を保っている。曲名は「気をつけろ!」といった意味らしい。この曲の歌詞にも、フランスによる支配と第二次世界大戦という時代状況を反映した、社会的メッセージが込められているようだ。


(追記 2021/04/14)

 この曲はモロッコでも SP でリリースされている。

#6b. "Ahdi Rassak" (Moroccophone 980)

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#7. Amarlou Sebsi(Pathé PV99A / Matrix CPT 7124)

 SP盤の表記は "Amarli Sebssi" だが、発音としては Amarlou Sebsi が正しく、実際スラウイもそのように歌っている。セブシ Sebsi はモロッコの細長いパイプで、中にドラッグの一種であるキフ kief の粉を詰めて吸う。セブシで煙草を吸うことは、モロッコの人々にとって憩いだった。ウードよりもカーヌーン、ヴァイオリン、ベンディールを際立たせた演奏となっており、中盤のカーヌーンのソロや女性ボーカルが印象的である。なおこれ以降は、SP片面のみの3分程度の曲が続く



#8. Astarni Yassattar(Pathé PV99B / Matrix CPT 7125)

 これもヴァイオリン、カーヌーン、ベンディールといった楽器によるアンサンブル。カチャカチャ鳴るパーカッションはナヌークだろう。前曲SPの裏面トラックだからだろうか、曲調が似ている。おそらく同じ日にレコーディングされたのではないだろうか。
(興味深いことに、#2 以降ここまで、曲名の綴りが A で始まる曲がずらっと並んでいる。a 音に発生的メリットがあるのか、スラウイの嗜好なのか、単なる偶然なのか、あれこれ推測/想像してしまった。)



#9. Sidi Lahbib(Pathé PV109A / Matrix CPT 7126)

 楽器編成、歌とコーラスと演奏の一体感、フレーズのリフレインなどから、#6 "Ahdi Rassak" に近い印象を受ける。ユニゾン感が強い中、鈴なるような音色のリズミックなパーカションが彩りを添えている。短い録音ながら、終盤のウードなどは聴き応えがある。



#11. N'Zaha(Matrix CPT 7128)

 切なげなカーヌーンのイントロが実に印象的。それに続くメロディーは、"Azin Oualain (El Maricane)" あるいはアルジェリアン・シャアビの大名曲、ダフマーン・エル・ハラシ Dahmane El Harrachi の “Ya Rayah” も連想させる、哀感漂う曲だ。


#14. Gandoule Bedoui(Pathé PV109B / Matrix CPT 7131)

 高らかな笑い声で始まる語りはハルカなのだろう。短いながらも強烈なインパクトだ。ウードとベンディールを中心とした演奏は、リズミカルかつ急速なテンポで展開していき、聴いていて息苦しくなりそうなほどの切迫感にみなぎっている。半ばすぎでスラウイが囃し立てるような声をあげるなど、テンション高い録音になっている。




 1949年録音の残る3曲(#10、#12、#13)の詳細については、まだ確認ができていない。冒頭に記した通り、この年は最初の2曲を除くと3分程度の片面録音が続くが、6分近い両面録音の曲の方が聴き応えあって、スラウイらしさもより出ているように感じる。

 #7. Amarlou Sebsi と #8. Astarni Yassattar は、サブスクにも YouTube 等にもない珍しい録音。#7 の歌詞が影響して公開されていないのではないかというご指摘をいただいた。

(ディスコグラフィーのデータに基づいて 1949年録音としたが、#5. Azin Oualain (El Maricane) の録音が 42年頃だとすれば、他も 40年代中頃だった可能性も考えられる。Matrix Number が連番である一方で、SP レーベルのレイアウトや色はバラバラなのはどういうことなのだろう? 同じ時期のリリースだったのか、間隔を空けてのリリースだったのか、あるいは同じ楽曲が繰り返し発売されたのか、はっきりしないことばかりである。)


(続く)








# by desertjazz | 2021-04-05 00:00 | 音 - Africa

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■ホスィン・スラウイのレコード(1)

 <パテ・マルコーニ 1948年>

 先述した通り、ホスィン・スラウイはフランスのパテ・マルコーニと契約を交わし、1948年から50年にかけてレコーディングを行った。

*1948年からのパテ録音よりも前、41〜43年頃に3曲ほど録音している可能性もあるようなのだが、実際の録音は確認できず、それらの詳細については分からない(この点については、今回の最後に再度触れる)。

 アラブ圏諸国で発売されたアラブ音楽の SP に関する詳細なディスコグラフィーを掲載している Ahmed et Mohamed Ehabib Hachlef "Anthologie de la Musique Arabe (1906-1960)" (Centre Culturel Algérien / Publisud, Paris, 1993) によると、彼のパテへの録音は 33曲(合計34テイク、SP24枚/47面分?)である。

(以下、#number はディスコグラフィーに記載された Matrix順。)

 それらのうち1948年の録音は4曲。いずれも両面で1曲である(4枚8面分)。


#1. Harrouda または Errada(Pathé PV93? / Matrix CPT 6890/91)

 "Anthologie de la Musique Arabe” によると、これがパテへの最初の録音になるのだが、SP現物を入手できていないため謎だらけだ。そのディスコグラフィーには "Harrouda" と記載されているが、"Errada" である可能性もある。YouTube で見つけた "Harrouda" を聴くと、ホスィン・スラウイの歌を中心にした、ウード、カーヌーン、ドラムなどによるアンサンブルで、女声も絡む。しかしSP両面の曲だとすると、約2分というのはあまりに短い(途中1ヶ所編集しているか音飛びしているようにも聴こえるが)。

 (参考)https://youtu.be/dWdiWxnYPMs

 YouTube で "Errada Errada" というトラックも聴くことができるが、こちらは5分半ほどの録音。前半はスラウイによるウードの弾き語りで(ドラムも聴こえる)、中間の短いブレイク(ここからが B面なのだろう)とソロ演奏の後にはハンドクラップも加わる。

 (参考)https://youtu.be/VSRvF3egJQ8

 ところで、"Errada" として世に出回っている録音(YouTube、Spotify、Apple Music など)には、後で触れる "Gandoule Bedoui" を2度繰り返して6分に伸ばしたものが多い。このことがさらに頭を混乱させる。一体どれが彼の初録音なのか? その謎を解き明かすためにも、何とかこのパテ盤を手に入れたいものだ。


#2. Aita Baduia(Pathé PV94 / Matrix CPT 6892/93)

 オリジナル盤では “Aita Baduia” だが、ディスコグラフィーを含めて “Aita Badouia” と綴られることの方が多い。SP盤のアーティスト表記は El Houssine Slaoui となっており、作詞・作曲者は Atmane とクレジットされている

 ほぼウードの弾き語りで、ドラムやハンドクラップ、男声コーラスが加わる程度。ホスィン・スラウイの音楽の基本スタイルを堪能できるトラックであり、彼の代表曲のひとつと言えるだろう。パテ録音の初期は SP両面を使った6分前後の作品が大半を占めるが、これも同様。短いブレイクを挟む前半と後半とで別曲にも聞こえる。特に後半は、歌もウードも極めてアグレッシブで、スピード感たっぷり。一気に駆け抜けるような早弾きのウードを中心とした溌剌さに魅了される。

(実際、前半部のみを独立した曲として、後半のみを “Aba Sidi Ba” として扱っている例もある。またサブスク等で “Haoua Tani” という曲が多く出回っているが、ほとんどが Aita Baduia と同一録音だった。なお、冒頭のクレジットは、レーベルやアーティストの名前である。このようなクレジットは、別の会社がコピーして SP を発売するのを防ぐためだったことを、最近、ウラジーミル・アレクサンドロフの『かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた 二つの帝国を渡り歩いた黒人興行師フレデリックの生涯』を読んで知った。)

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#4. Alala Ylali(Pathé PV96? / Matrix CPT 6896/97)

 ウードとピアノとドラムのみの演奏で、フレーズのリフレインが耳に心地よく、前曲に似た力強さも感じられる。注目すべきは、ピアノを導入することによってモロッコ音楽をモダン化した実例になっている点だ。ウードとピアノが対話しているようであり、なんとも甘い歌声にも魅力を感じる。曲名には特に意味はなく、一種の「掛け声」のようなものとのことだ。


 1948年録音の残る1曲 #3. “Arraqi Allah” (Pathé PV95? / CPT 6894/95) はまだ入手できていない。


***


*今回、"Anthologie de la Musique Arabe (1906-1960)" のディスコゴラフィーに基づいて、ホスィン・スラウイのパテ録音期間は 1948〜50年として、彼の SP 録音を整理した。しかし、次回取り上げる #5. "Azin Oualain (El Maricane)" あたりまでは、実は 1940年代前半の録音(発売)だった可能性も考えられないだろうか。ホスィン・スラウイが 40年代前半にレコーディングを行った/レコードを発売したとする記事や証言がいくつかあり( "Azin Oualain (El Maricane)" がヒットしたのは 44年?)、そう考えた方が情報間に整合性が取れるようにも思える(その一方で、新たな矛盾も生じるのだが)。この辺りのことを確定させるのは、今後の課題としたい。

 

(続く)








# by desertjazz | 2021-04-04 00:00 | 音 - Africa

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■ホスィン・スラウイの音楽

 モロッコは古くよりベルベル人の土地であった。8世紀、そこに東方からイスラムが到来し、以降アラブ化が進んだ。その結果、ベルベルの音楽は地方アラビア語(方言)で歌われながら、様々なアラブ音楽から影響を受け続けることになる。20世紀に入っても諸外国の音楽が流入し続けるのだが、モロッコ音楽はとりわけエジプト音楽から大きな影響を受けて変化・発展していったのだった。

 そんなモロッコに生まれたホスィン・スラウイの心を最初に捉えたのは、サレの広場で繰り広げられていた大道芸の類。中でも吟遊詩人/門付芸人ルワイス rwais(単数形だとルワイェ rwaye)による歌芸だった。モロッコ各地で活動していた彼らは、詩人、社会批評家、コメディアンといった役割を兼ね備えていた。ルワイスの芸は、初期には一弦フィドルのラバーブ(リバーブ)を弾き語るライース rais を中心に少人数で演奏されるものだったらしい。後に三弦(または四弦)楽器ルタール l'outar (loutar) (ロタール、アムザとも呼ばれる)や、ベンディール/ダール状のハンドドラム(フレームドラム)も加わる編成になり、20世紀前半を通じて徐々に人気を高めていった。

(ちなみにこのルワイス、60年代以降はキャバレーなど観光客が集まる場所へと活動を移していったが、20世紀の終わり頃にはほぼ消え去り、今残っているのはマラケシュのジャマエルフナ広場などで演奏するグループくらいのようだ。)

 ホスィン・スラウイも最初はこうしたルワイスの模倣から出発したことは間違いない(スラウイの主楽器はウード=モロカン・リュートとされているが、彼の最も古いと思われる写真では、4人組の最左でロタールらしき楽器を抱えている)。その後に、当時発展著しかったエジプト音楽や近代ポップスの要素も取り入れていったのだろう。実際、エジプトの巨匠ムハンマド・アブデル・ワッハーブからは大きな影響を受けたと言われる。フランスに渡ってからも、同じマグレブのアルジェリアやチュニジアの音楽を吸収していった様子も思い浮かぶ。

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(Wikipedia より引用)


 そうしたことから、彼の音楽は晩年に至ってもベルベル的な大衆性を維持する一方で、同時にエジプト音楽色も濃い。その結果、アラブ的な楽器編成でありながら、アラブ=アンダルース音楽に見られる典雅さはさほど強くないという特徴を指摘できるだろう。大衆性と芸術性という2つの面を兼ね備えたところに、ホスィン・スラウイの音楽の魅力があるのだと思う。(対して、ゲンブリとカルカベによるトランス感強いグナワに通ずる部分は少なく、チャルメラ状のラッパの音が印象的な北部山岳の儀礼音楽ジャジューカからの影響もほとんど感じられない。)


 1948〜50年という短い期間になされた録音を聴くとき、まず耳を捉えるのは彼の歌声である。美声とは言いがたい、アクの強い歌声だ。しかし、独特な節回し、力の込め方、緩急の自在さ、伝わってくる感情、それら全てが素晴らしい。曲それぞれの歌詞の詳細までは分からないが、モロッコ社会のあらゆるテーマを取り上げており、日常の悲哀、社会的不正、愛と失恋、国民性などについて歌っているそうだ。第二次世界大戦時には、戦況に影響された社会変化を危惧して歌い、その曲は大ヒットしたという。

 そんな彼の歌を支える演奏は、自身が弾くウード(モロカン・リュート)、カーヌーン、さらにはダラブッカ、ベンディール、タールといった幾つかドラム類など、マグレブ音楽の楽器が中心だ。時折聴こえる金属的な音は、ナクース naqus(指先につける鉄製のカスタネット)だろうか。そこに男声/女声のコーラスが重なる。さらに曲によっては、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、ピアノ、アコーディオンといった西洋の楽器も加わって、演奏のバリエーションの幅を広げていく。彼が初めてアラブ音楽に導入した西洋楽器も多いと言われ、こうした個性的な音楽は、フランスで多方面から刺激を受けながら探求した成果だと考えられる。

 彼の録音を聴いてもうひとつ注目すべきは、いかにも大道芸的な語り物を残していることだ。ダリジャ darija(口語アラビア語)のクセの強い発声、激しく上下する節回し、猛烈な早口、意味が分からなくても伝わってくるユーモラスさ、といった特徴をもっている。これこそがハルカなのだろう。モロッコ各地の広場には、昔からハルカ halqa と呼ばれるパフォーマンスを行う語り部たちがいた。彼らは地方の民話や自らの作り話を語って聞かせる存在で、虚実取り混ぜた大げさでユーモアたっぷりの語りは、大衆を大いに楽しませてきた。スラウイの語り物は、そのハルカの芸を継承したものである。

 死後も愛され続けるホスィン・スラウイは、「モロッコのトルバドール」「モロカン・シャアビの父」と崇められるばかりでなく、モハンマド・アブデル・ワッハーブ、サイード・ダルヴィッシュ、ムハメド・エル・アンカといった巨人たちと同列に語られることさえある(やや過大評価かとも思うが)。また、ピアノ、クラリネット、アコーディオンといった西洋楽器をモロッコ音楽に最初に取り入れたことも評価されている(モハンマド・アブデル・ワッハーブなどに先んじたとする資料もあったが、事実関係までは確認できなかった)。

 ホースィン・スラウイはこのようにして、ルワイス、ハルカなどモロッコの伝統芸を原点に、ヨーロッパやマグレブ諸国の要素を取り入れながら、彼独自の音楽スタイルを完成させ、後年の興隆する大衆音楽シャアビへの橋渡しという、大きな仕事を成し遂げたのだった。


(続く)








# by desertjazz | 2021-04-03 00:00 | 音 - Africa
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