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◇10◇ 旅感覚のリハビリ ー コロナ明けのウブド

 2023年4月、新型コロナウイルス Covid-19 の感染拡大を防ぐ目的でとられていた様々な措置がほぼ解除になるので(日本では5月8日に完全撤廃)、海外渡航がしやすくなった。そこで、そろそろどこか海外へ旅をしようと考え始めた。しかし私は目的が明確にならない限り旅に出ないことに決めている(そのため旅の目的を定めることに、毎度大変苦しむのだが)。アフリカ行きなども検討したものの、どうにも決められない。
 おそらくどうしても行きたい場所がもうないのだろう。ならば自分にとってのルールを破って、たまには目的のない旅をしてみてもいいのかもしれない。3年以上海外に出かけていないので、確実に旅の勘が狂っているだろうから、そのリハビリを目的とするのもありだろう。
 旅の感覚を取り戻すにはバリが適当ではないだろうか。ヴァルター・シュピースの足跡ももう少し追ってみたい。そのように考えてバリへ3週間行くことにした。2020年1月にフランスのパリに滞在して以来なので、約40ヶ月ぶりの海外である。
(数えてみると、インドネシア旅行は16回目で、バリ訪問は15回目になる。ジャワとスラウェシも数度訪れているが、やはりバリの回数が圧倒的に多い。)

 4月22日、成田発のガルーダインドネシア航空のフライトでバリ島へ飛ぶ。いつもと同様にクタで1泊してから、ウブドに移動して過ごすという行程。この旅の最後にチャンプアンのホテルにまた宿泊してみた。シュピースが感じたであろう風景と音をもう一度追体験したくなって。


 さて今回はどこに泊まろう。あれこれ調べたものの、コロナ明けでツーリストが殺到しているようで、また円安のせいで宿泊料がどこも高く、ウブドで適当な宿をなかなか探し出せなかった(かつての定宿ボチュヴューも当たってみたが、今は料金の高い新館のみらしく、旧館についての情報はなし。実際行ってみると、かつて泊まった旧館の前には壁が建てられて先に進めず、完全に廃墟と化していた)。
 それでもウブド王宮から北に延びるスウェタ通り Jl. Suweta に1泊2500円弱の評判良い安宿を見つけて14泊予約した(やや長めの滞在だったので、食事も時々は100円程度のナシブンクスで済ます)。

 スウェタに滞在する間、久しぶりにペジェン村を訪れ、月の鏡で有名な Pura Penetaran Sasih を再訪問した。さらにはそこから南に下って、ブドゥル村のサムアン・ティガ寺院 Puri Samuan Tiga にも足を運んだ。ヴァルター・シュピースはここでサンギャン・ドゥダリという悪魔祓いの儀式を観て、それこからケチャを着想したと言われる。
 どちらの寺院も直近に迫ったオダラン(祭)の準備で賑わっており、訪ねるには良いタイミングだった。特にサムアン・ティガ寺院は広々とした立派な建造物で、ブサキ寺院を連想させるような縦方向にも伸びた立体構造が素晴らしく見応えがあった。

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 スウェタ通りの宿は決して悪くはないのだが、予想した以上に静かすぎた。夜になっても生き物たちの囁きがほとんど聴こえず、サウンドスケープ的に物足りない。あまりに静かなものだから、ちょっとした物音ですら気になってしまうほどだった。
 そこでウブドの中を数日歩き廻って宿探し。スウェタから西に入り、急坂を登った先のカジェン Kajeng エリアで偶然見つけた1泊3500円弱の宿が良さそうに感じたので、スウェタの宿を途中でキャンセルして移ってきた。ここは田んぼに囲まれ、渓谷からもほどほど近く、部屋数も4室と少ないなど、好条件が揃っている。また周辺には森も広がっているため、田んぼや深い木立の中を散策したり、自然の音を楽しんだりしながら快適に過ごすことができた。

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◇11◇ チャンプアン再訪(1)

 2023年5月7日。

 カジェンの宿をチェックアウトした後、スウェタ通りまで出て、そこからオンラインタクシー Grab Taxi を使ってチャンプアンのホテル Tjampuhan Hotel and Spa に移動(Grab Taxi は Uber の東南アジア版のようなシステム。タクシーより使い勝手が良く、日本ではスマートフォンを持ち歩かない私でも流石に用意した。何とも便利になったものだ)。

 12時30分にホテルに到着。だが、チェックイン時刻の14時までは部屋に入れないとのこと。そこで、ホテルの敷地内を散策して時間潰しすることにした。ロビーから急な階段を降りて、ヴァルター・スピースの部屋を通り過ぎ(4年前と変わっていない)、プールサイドを抜け、その先の一番低いところまで行くとスパがある。そしてその前を流れるのがチェリク川だ。前回2019年に滞在した時にはここまで来た記憶はないのだが、対岸にある寺院の先から下って、反対側からこの川を眺めたことを思い出した。強い日差しを受けながら谷深い川沿いで佇んでいると、聴こえるのは川の水音と虫の音ばかり。すっかり自然の中に包まれている気分になり、とても心地よい。

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 今回泊まった部屋はホテルに入って左手のほぼ一番奥、チェリク川の上流側。ここは前回とは反対側の部屋で、右手のずっと先にあるラヤ通りの橋を行き交う自動車やバイクが放つ雑音が届きにくく、4年前とはまた違ったサウンドスケープを楽しめそうだ。

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 バリに滞在する日数も残り少なくなったので、基本的にはこのホテルの中と周辺で過ごすことにした。そろそろ旅の疲れも溜まってきたことだし。すぐ近くにはサヤン Sayan という、ツーリストにとって便利なエリアもあるので、わざわざ遠出する必要はないだろう。

 それにしても、今回の部屋は湿気がものすごい。床はびしょ濡れで、冷蔵庫の扉もじっとり湿っている。谷がちな地形なだけに、湿気が溜まりやすいのだろう。シュピースもこの土地に家を建てる時、水にかなり悩まされたことを思い出した。それだけではなく、全体的に設備が古くなっていて、正直なところ全面的な改装が必要なレベルだ。バリではラグジュアリーなホテルやヴィラが人気なので、ここはもうすっかり時代遅れのホテルだと感じる。それでもロビーや部屋から望む森と谷の景色は素晴らしい。もちろん、ここと同様に絶景を楽しめるホテルが次々生まれてはいるのだけれど。

 湿気以外は、4年前に滞在した時とほとんど印象が変わらない。聴こえてくる音も相変わらず気持ちいい。そうした音をずっと聴いていたくて、夜中も部屋の扉を開けたままに(カジェンの宿でもそうしていた)。
 今回、部屋から周囲の音に耳を傾けていて、ひとつ気がついたことがある。ここからだと意外と川の音が大きいのだ。ホテルの構造が谷に沈む形をしている分、敷地の外からの音が届きにくい一方、その反対にすぐ目の前の川の音がかなり激しく響いてくる。敷地内の右側の部屋より左側の方が川に近いからなおさらだ。
 シュピースもこの大きな音をいつも耳にしながら過ごしていたのだろう。そのようなことに思いを寄せながら、今回の滞在中も、深夜と日中にタイミングを見計らって部屋からフィールド録音を繰り返した。

(今回の旅では、Audio-Technica の無指向性マイク AT4022 のペアと Zoom H6 のステレオマイクを組み合わせて 4ch録音を基本とした。)

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◇12◇ チャンプアン再訪(2)

 2023年5月8日。

 午前6時に起きて、朝日を眺めながら散歩。ホテルの向かいの寺院を抜けて、その先のトレッキングロードを歩くという、前回の滞在時と同じコースだ。早朝から散歩を楽しむ人がとても多い。実際コロナ前よりもツーリストが増えているように感じる。

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 前回の滞在時にも感じたことだが、ホテルのバイキング形式の朝食はメニューも味も今ひとつ物足りない。それでも目前に迫る森と谷の眺めは素晴らしい。日中はサヤンを散策。ヨガスタジオやヴィーガンのレストランが目立つ一方、昼間からアルコールを口にする人を見かけない。サヤンはそうした健康志向の人々が集うエリアなのだろうか。

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 チャンプアンでの2日目は夜遅くから激しい雨となった。それが深夜には、爆音轟く雷を伴う猛烈な雨に変わった。時々、閃光が眩しく光るのと全く同時に轟音が鳴り響いたので、雷はホテルのすぐ真上に落ちてきたようだった。その瞬間、天井と壁が激しく揺れ、まるで大地震が来たかのよう。ほとんど体験したことのない凄まじさだったのだが、長年バリで生活している日本人の方からも、バリでも滅多にないレベルの雷だったと伺った。
 これも熱帯の森。安眠をすっかり妨げられたが、これはこれで貴重な体験をできたのかもしれない(この夜は疲れ切っていたため、この雷雨の様子を録音しなかったことをちょっと後悔。まあ録音を試みたとしても歪みまくったことだろうが)。


 2023年5月9日。

 その後もほとんど雨が続いた。そろそろ雨季は終わりのはずなのに。バリの雨は基本的にスコールなので、1時間ほど待っていればたいていは降り止む。ところが昨夜から全然収まる気配がない。この時期にこれは珍しいことかもしれない。雨のおかげで濡れた緑が瑞々しく美しい。
 そういえば、ヴァルター・シュピースの絵で雨を見た記憶がない。雨を描いた作品はあっただろうか。

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 昼前に幾分小降りになったので、もう一度ホテル内の散策に出てみる。ところがその途端また雨が激しくなった。食事しようにも外には出られず、ロビーからゆったり緑を愛でていると、ホテルの支配人が声をかけてきたのでしばらく雑談した。気になっていたシュピースの部屋の値段(ネットでは分からなかった)を直接訊いてみると250万ルピア前後のようだった。日本円に換算すると25000円弱(ちなみに最も安い部屋は、早めに予約すれば8000円程度で泊まれる)。
「今度またここに宿泊する時、私の名前を出してくれれば安くしますよ」とのこと。確認しなかったが、シュピースの部屋もディスカウント有りなのだろうか。シュピースの名を冠した特別室で過ごせば、何かマジカルな体験ができるのかも知れない。けれども、チャンプアンには2度滞在してシュピース気分に十分浸れたので、ここに泊まることはもうないだろう。

 そう考えてしまったのには、絶え難い猛烈な湿気に加えて、もう一つ別の理由がある。このホテルで自然の音を満喫するつもりでいたのに、雨以外にも予想外のことに幾度か出くわし、そうはならなかったことだ。
 日中、従業員らしき女性が部屋の近くにとどまり携帯電話で長話。それが1時間以上続いたものだから、読書していても耳障りで本に集中できない。また隣の部屋のドイツ人夫婦(と言葉から推測)も、たびたび大声で携帯電話を使って会話する。ひどい時にはテラスに出て深夜2時まで話し込んでいた(ヨーロッパとの時差があるから連絡取り合うのは深夜になるのだろうと、友人が示唆してくれて、なるほどと納得)。
 せっかくこれだけ音と眺めが良いところに来ているのに、どうして静かにその環境に浸らないのか不思議に思う。旅の良さは、日常の全てのことから解放される自由さにあると思っている。だが人によっては、お互い遠く離れ合っていても便利なツールで常に繋がっていることの方が重要なのだろう。ならば、携帯電話を敵視しても始まらない。
(10年ほど前にモロッコを旅しているとき、メズルーガからラクダに乗ってサハラ砂漠の辺縁を移動した。その時、ラクダを引くガイドの若者が携帯電話をずっと手放さずにいたものだから、一面砂の風景とのギャップから興醒めしてしまったこともあった。)

 世界各地の旅先で、とても静かな、あるいは音環境の良い宿に泊まっていても、わざわざ音楽を鳴らして過ごす旅行者と出くわすことが度々ある。それも隣室に迷惑となるほどの音量で。もちろん全く無言で静かに過ごすカップルを見かけることも多い。旅先での過ごし方は、実に人それぞれだと思う。

 迷惑な隣人にイライラさせられもしたが、それでもこのチャンプアンでまた数日過ごせてよかった。ヴァルター・シュピースが住んでいた頃に比べると、ここの環境は激変したはずだ。森は切り開かれ、立派な道が走り、数知れぬホテルや店が立ち並び、人や車が夥しく行き交う。しかし、シュピースの時代から100年近く経過した今でも、チャンプアンの主人たる虫や鳥たちの顔ぶれはそう変わっていないだろう。そんな生き物たちの世界にちょっとお邪魔して、彼らの賑やかな会話に耳を預け、その囁きに包まれながらゆったり過ごすひととき。なんとも贅沢だと、改めて感じた。


 全く無目的にやってきた、海外旅行の感覚を取り戻すための「リハビリの旅」。一体どうなるかと思ったが、あっという間に約3週間が過ぎてしまった。バリの自然の音を浴び、音についてあれこれ思索し、ヴァルター・シュピースの時代に思いを巡らす。それだけでもここに来た意味があった。

 やっぱりバリはいい。また近いうちに来よう。



◇13◇ 熱帯の森の音

 インドネシアのバリとスラウェシ、ラオスのルアンパバーン、オーストラリアのブルーマウンテン、コンゴのカサイ、ナイジェリアのニジェールデルタ、そして日本の西表島。熱帯や亜熱帯を旅する時、緑深い古の森に広がる音を聴くことが大きな楽しみとなっている。自分はどうしてこれほど森の音に惹かれるのだろうか?


 姿の見えない夥しい数の虫たちが、甲高くて細やかな声で囁く。蛙たちが快活に鳴き交わし、様々な鳥たちが次々と入れ替わって、鮮やかで個性的な声を競い合う。川や滝は森の通奏音のように水音を響かせる。頭上高く伸びる樹々は、微風が吹くと葉を柔らかく囁かせ、風が強まると騒ぎ始める。

 虫たちの鳴き声が次第に賑やかになり、音世界が美しく一変するのは夕方からだ。最初うっすらとかよわく響いていた声も、その数と種類を増して厚みを増していく。何という音圧だろう。独特な声の持ち主が相次いで登場し、自分こそが主役とばかりに歌い上げる。いよいよ夜が深まると、そうしたソリストたちはお休みして、森は穏やかな音に包まれる。音空間が落ち着き定常化したように感じるが、じっと耳を凝らすと少しずつ音のモードが遷移していくことに気が付く。

 明け方前後の美しさと楽しさもいい。空間を塗り込めていた柔らかな音が消えていくと、今度は再び鳥たちの登場だ。様々な鳥たちが華麗な歌声を朝の澄んだ空気の中に響かせ、賑やかに会話する。そこに犬や鶏も加わって騒ぎ立てる。太陽が沈む数分間の風景の美しさが「マジカルモーメント」と形容されるように、夕暮れ時と明け方は「音のマジカルモーメント」と言えるだろう。

 熱帯の森に佇んでいると、ひとつひとつを聴き分けられないほど、多彩な音があらゆる方向から流れてきて、自分の身体を包み込む。個々の音は時間が移ろうにつれ、強まったり弱まったり、新しい音が現れたり、元気だった音が消え去ったりと、絶えず変化していく。こうした音のダイナミズムとパッセージは、まるで大音楽家の残した交響曲の楽譜を辿るかのようだ。いや、これほどの音の複雑さは、たとえオーケストラでも全く敵わない。これこそが熱帯の音の醍醐味だろう。


 バーニー・クラウスの名著『野生のオーケストラが聴こえる サウンドスケープ生態学と音楽の起源』を読むと、自然界の生き物たちは、空間的・時間的・周波数的に互いの鳴きかわしを邪魔しないようにしているという。そのことにより、自然界では音の要素がいくら重なっても調和が保たれ、形容しきれないような美しさが生まれ、それが人間を感動させるのだろう。

 熱帯の音の特徴のひとつに高周波成分の潤沢さがある。山城昭二の名で芸能山城組を率いる音響生態学者、大橋力が唱える「ハイパーソニック・エフェクト」に関する理論によると、バリやコンゴの熱帯林の音は100kHzにも及ぶ超高周波数成分を持ち、それが人間の脳内にα波を励起させて快感をもたらすという。確かに熱帯の音には、人間の可聴範囲を遥かに超えた高い音も鳴り響いているように感じられる。ならば、森の音を聴く時の快楽には、そのようは高周波成分の影響も働いているのかも知れない。

 けれども、そのような理論的意味づけはひとまず脇に置いておこう。熱帯の森では、響き渡る音にただただ圧倒され、快感を抱き、魅惑されるのだから。自分にとって、森の音がなぜ気持ち良いのかという理由は必要ないのかもしれない。熱帯の森にやってきて無心になり、そこの音に包まれているだけで気持ちがいいのだから。



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◇ 参考文献 


板垣真理子『魔女ランダの島・バリ』(スリーエーネットワーク、1996年)
伊藤俊治『バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュピースの魔術的人生』(平凡新書、2002年)
大竹昭子『バリの魂、バリの夢』(講談社文庫、1998年)
坂野徳隆『バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝』(文遊社、2004年)
島本美由紀『旅するバリ島・ウブド案内+おまけにシドゥメン村』(パイインターナショナル、2016年)
高橋ヨーコ、中川真『sawa sawa』(求龍堂、2003年)
東海晴海、大竹昭子、泊真二、内藤忠行、他『踊る島バリ 聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り手たち』(PARCO出版、2000年)
中村雄二郎『魔女ランダ考 -演劇的知とは何か-』(岩波書店、1983年)

ヴァルター・シュピース、ハンス・ローディウス編『人生の美と豊穣:ヴァルター・シュピース書簡集』(副島美由紀による私訳)

A. A. パンヂ・ティスナ『バリ島の人買い ーニ・ラウィットー』(勁草書房、1982年)
ヴィキイ・バウム『バリ島物語』(筑摩書房、1997年)
エイドリアン・ヴィッカーズ『演出された「楽園」 バリ島の光と影』(新曜社、2000年)
クリフォード・ギアツ『ヌガラ 19世紀バリの劇場国家』(みすず書房、1990年)
グレゴリー・ベイトソン、マーガレット・ミード『バリ島人の性格 写真による分析』(国文社、2001年)
コリン・マクフィー『熱帯の旅人 バリ島音楽紀行』(河出書房新社、2000年)
ヒルドレッド・ギアツ、クリフォード・ギアツ『バリの親族体系』(みすず書房、1989年)
マディ・クルトネゴロ『スピリット・ジャーニー』(アート・ダイジェスト、1990年)
ミゲル・コバルビアス『バリ島』(平凡社、1998年)

Beryl de Zoete & Walter Spies "Dance and Drama in Bali" (Oxford, 1938)
John Stowell "Walter Spies - A Life in Art" (Afterhours Books, 2012)


バーニー・クラウス『野生のオーケストラが聴こえる サウンドスケープ生態学と音楽の起源』(みすず書房、2013年)
大橋力『音と文明 音の環境学ことはじめ』(岩波書店、2003年)






# by desertjazz | 2023-07-03 00:03 | 旅 - Bali

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◇7◇ イッサー1日目

 冒頭の「イッサーのアトリエ」で旅のきっかけについて書いた通り、ヴァルター・シュピースがウブドの家とは別にセカンドハウスを建てたのは、バリ島の東部イッサー Iseh という集落である。そのシュピースのかつての住まいは、現在ヴィラ・イッサー Villa Iseh という宿になっている。そこに投宿した時のことについて、時間をさかのぼって振り返ってみよう。


 2019年12月14日。

 11時、クタのホテルで迎えの車を待つ。前日の13日にバリに着いたのだが、夕方だったので空港からほど近いクタのホテルに1泊した。イッサーの宿を予約した時点では、どのような手段でそこまで辿り着けばいいのか決めかねていた。現地の人々が利用するローカルバスを乗り継いで行く方法は、大変そうで現実的ではない。かといって、タクシーを使うと相当高くなりそうだし、車をチャーターできるかどうかも分からない。そこで宿にメールで問い合わせると、クタからのトランスポートを予約できるという。料金は片道45万ルピア。日本円にして約3000円。まずまずリーズナブルな値段だろう。

 迎えの車がほぼ約束の時刻通りにやってきて、いざ出発。交通渋滞の夥しいクタからサヌールへ抜けた後は、ほぼ海岸線に沿って1時間ほど走る。その後、途中で左に折れ、やがて登り始める。その景色が美しいこと。写真に収めようと思いカメラを取り出しかけたのだが、この風景は自分の眼でじっくり眺めて楽しんだ方がいい。

 13時過ぎ、ヴィラ・イッサーに到着。クタからちょうど2時間の道のりだった。

 宿の入り口をくぐって奥へと進むと、眼前にライスフィールドがドーンと広がる。壮大で素晴らしい眺めだ。しかし、その先には霊峰アグン山が聳えているはずなのだが、残念ながら今日は雲がかかっていて山頂まで拝むことができない。


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 ここは3部屋(Theo Meier Suite、Margaret Suite、Walter Spies Suite)のみの小さな宿なのだが、案内されたのは入り口に近い部屋 Margaret Suite だった。3室とも宿泊料は同額なのに、眺めが一番良くない部屋で少しガッカリ。

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 軽く荷を解き、まずはビールと昼食にする。宿の周囲には食事のできそうな場所などなさそうだったので、ここで食べる一択か。メニューの中からナシチャンプルーを選ぶ。美味しい! どうやら滞在中はここでの食事が続きそうだ。

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 昼食後、早速周囲を散歩。坂野徳隆の『バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝』にはイッサーのことについても短く触れられていて、その内容を思い出しながら(この本は厚くて重いのだが、イッサー滞在中にも読みたくて日本から持ってきた)。まずはこの本に書かれていた向かいの寺院を覗きにいく。まあ、特段目を惹くものもない普通の寺院だろうか。

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 宿の周囲にも特別なものは見当たらず、小さな売店や民家が点々とあるだけ。その分だけ田や木立の緑が豊かに感じられるが、まあ至って普通の田舎の村という佇まいだ。
 小路を歩いていると、元気な男の子たちと女の子たちが声をかけてきて、写真を撮ってくれとせがむ。彼らにとって外国人は珍しいのだろうか。バリに通い始めた約30年前、ウブドの東のペジェン村 Pejeng を散策していると、地元の若者から声をかけられ「僕の家に泊まっていってください」と誘われたことを思い出す。しかし、こんなことは今のウブド界隈ではもう有り得ないだろう。

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 シュピースがこのイッサーにアトリエを構えていたのは、今から約80年も昔のこと。当時は数百人ほどが暮らす集落だったので(現在の人口も大差ない?)、彼のことを憶えている人がまだ生きている可能性はとても低い。インドネシア語を満足に話せない私のような者が、そのような人物を探したり、シュピースに関して聞き取り調査をしたりしても、ほとんど意味がないだろう。それよりここで、シュピースが吸っただろう空気、踏みしめただろう土地、眺めただろう景色、聴いただろう音を、想像してみたい。彼が浸っていただろう空間をただ感じてみたかった。

 まだイッサー初日なので、あまり歩き廻ることはせず、ひとまず宿に戻っておやつタイム。今日は自分以外に宿泊客はいないようで、一人きりで自由にのんびりできるのがいい。『バリ、夢の景色』にはシュピースが植えた椰子の樹が今もまだ残っていると書かれている。プールサイドのこの樹のことなのだろうか?

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 18時30分、夕食。結局今夜は自分を除くと他に泊り客はやって来ず、一人で静かに食事することとなった。こうした宿だと客同士が会話するという雰囲気にはなりにくいので、他人の気配を感じずに一人でいられるというのは幸いだ。

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 夕食を終えると、予想していなかったことが起きた。宿で働く人たちは、夕食を片付けると「それでは」とばかり、皆揃って自分の家へと帰っていくのだ。旅行客を一人取り残して問題はないのか? 一瞬そう考えた。だが、夜一人きりで過ごせるというのは、「シュピース体験」したくてやってきた自分にとっては最高のシチュエーションだろう。ここの主人たるヴァルター・シュピースになった気分に浸り、その空間を独占してじっくり楽しむことができるのだから。

 そんな幸運に恵まれた一夜目。今日はもうすることがない。旅先では何もしないのが一番の過ごし方だ。プールサイドにただ佇んで、目の前の景色をぼんやり眺める。聴こえてくる音も、カエルの単調な声くらい。闇が少しずつ深まっていくのを見つめていると、時間が止まったように感じる。イッサーの空気が身体に染み込んでいくようだ。暗闇の中、時折雷が光るものの、雨は落ちてこない。今夜は穏やかに時が過ぎていくことだろう。

 そろそろ休もう。そう決めて部屋に戻った。だが、眠ろうとしても眠れない。多分興奮しているのだろう。今夜は眠るのを諦めるしかなさそうだ。再びプールサイドに出て、月明かりの下、うっすらと見え始めたアグン山やあたりの椰子の樹のシルエットを撮影する。そして、マイクとハンディレコーダーをセットして、徐々に賑やかになってきたフィールドの音を録音し始めた。

「ヒーーン」という持続音。「リンリンリンリン」という鈴のような虫の音。「ココココ」と打つような正体不明な音。そして、「ゲコゲコ」「ゲェゲェ」「クックックッ」というカエルの声。時折トッケイの声も加わる。夜が深まるにつれ、カエルの声がゆったりとなり、やがて消えていく。

 目の前の光景も音風景も美しい。まるで映画の中にいるかのよう。なんと贅沢な夜なのだろう。

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◇8◇ イッサー2日目

 2019年12月15日。

 6時に目が覚めた。どうやら明け方には寝落ちたようだ。ベッドから抜け出してプールサイドに行ってみると、昨日はあれだけ厚かった雲がほとんど抜けて、アグン山がくっきりと聳え立っている。まさしく絶景だ。

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 ずっと遠くの山の裾まで緑が伸び広がっていて、現実離れしたような奥行き感に言葉を失う。田んぼの上や木立の合間には朝霧が漂い、幽玄な眺めを生み出している。目の前の景色はまるで一幅の絵画のようだ。視線を右に移すとシュピースの絵画で見慣れた丘が迫る。全体を眺めても、部分のどこを見ても、ただ感動するばかり。そう、これはシュピースの傑作『朝日の中のイッサー』などで親しんできた光景ではないか。やはりシュピースは日頃から愛でた景色を自分の絵に描きこんでいたのだ。そうした情景が時間とともに明るさを増し、ゆったり変化していく様子をひたすら堪能する。

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 それにしてもここから望む景色は完璧で理想的な美しさだ。これこそ、シュピースがドイツに住む母へ手紙を書いて感動と興奮を伝えた絶景なのだろう。

 太陽の光を受けながら刻々と表情を変えるアグン山を眺めながら、美味しい朝食をいただく。毎度のことながら、ひとりの客に対してもこれだけ丁寧な調理をしてくれることに、少し申し訳ない気分にもなってしまう。

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 10時、宿の自転車を借りてシドメン Sidemen へ。昨日登ってきた道を反対方向にしばらく駆け降りたエリアがシドメンの中心だ。こんなところも観光化が進んでいて、ウブドに飽き足らない旅人が集っているらしい。シドメンに関しては日本でも島本美由紀『旅するバリ島・ウブド案内+おまけにシドゥメン村』(2016年)というガイドブックが出ていて、これを参考に散策してみた。

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 シドメンのあちこちを自転車でぶらぶら。地元民のための店や観光客用のレストランが広いエリアに点在しているので、自転車やバイクがないと動き廻れない。確かにウブドよりもはるかにのどかで、空が広く感じられる。途中で昼食を取ったり(今日のメインは豚の丸焼き料理バビグリンにする)、気になるホテルのチェックをしたり。

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 あるところでは、ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイが、それぞれイッサーを訪れた時の写真が飾られていた。同じような写真はヴィラ・イッサーのライブラリーに置かれているアルバムで見てきたばかり(これらの写真によると、ミックが来たのは1990年、ボウイは2001年だったようだ)。ミック・ジャガーが何度目かの新婚旅行の際、ウブドの超高級リゾートホテルのアマン Aman に宿泊したことは結構有名な話だが、ミックとボウイがイッサーまでやって来たことも、ここの人たちにとってはかなり大きな出来事だったのだろう。チャップリンがシュピースに会うためにチャンプアンを訪問した逸話を思い起こさせる。

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 シドメンのあちこちで緑豊かな景色を楽しんで、14時頃に宿に戻る。帰り道はずっと登りなため体力が持たず、最後は自転車を押して歩いてしまった。しかし、宿の周辺には雰囲気の良い小路が折り巡っていて、そのような緑の中を汗をかきながらのんびり歩くのも楽しい。帰り着いた早々に、もちろんビール。この宿の部屋には、冷蔵庫もテレビも電話もないのがいい。

 しばらくすると雨になった。水煙に霞む風景もまた趣がある。

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 ところで、この宿はせっかく最高の景色を眺めることができるのに、その前に居座るプールが興醒めだという意見もある。おそらくシュピースの時代にはプールはなかったような気がするし、最初は自分もそう思っていた。だが、幾分標高の高いイッサーでも日中は結構暑く、毎日水に浸かって涼んでいた。思い返せばシュピースもチャンプアンの家にプールを造り、男の子や訪問客と一緒に入っていたという。ならば、プールはリゾートホテルの独占物ではないだろう。

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 寝起きしている Margaret Suite の部屋には、かなり古そうな扉が据え付けられていることに気がついた。細かな彫刻がなされ、鮮やかな彩色の跡がうかがえる。もしかすると、これはシュピース時代のものなのかもしれない。

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 夕方、この宿のオーナーだという女性がやってきたので、しばらく立ち話。普段はデンパサールに住んでいて、今たまたま立ち寄り、これから帰るところだという。例の扉のことを尋ねると、それはシュピースの後にここに住んだ画家テオ・メイヤー Teo Mayer の頃のものなのだそう。想像とは違っていて、ちょっと残念。
(宿のライブラリーにはテオ・メイヤーが住んでいた1949年の写真が飾られていた。)

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 彼女は去り際に、シドメンの朝市へ行くことを強く勧めていった。その朝市はガイドブックにも載っているほどの有名スポットで、始まるのがとても早いことで知られている。彼女のアドバイスによると、やはり4時頃に着いた方がいいらしい。早いな。

 今日も新たな客はなく、今夜も一人きりだ。今回バリに来る直前、ラオスのルアンパバーン近郊の森の中にある宿に泊まったのだが、その時も宿泊客は自分一人だけで、しかもここと同様に従業員たちは仕事を終えると全員帰宅したことを思い出した。

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 夜一人になると、あとは読書するか、ぼんやり風景を眺めるくらいしかすることがない。21時30分、昨晩は寝不足だったこともあり、明日に備えて早めに休む。



◇9◇ イッサー3日目

 2019年12月16日。

 3時に起床。3時40分、自転車にまたがって宿を出発。街灯などない真っ暗闇の中を走る。日本からヘッドライトを持ってきて大正解だった。時折貨物トラックなどが脇を抜けて行き、少しばかり怖い思いをする。

 4時にシドメンの朝市に到着。道を挟んで、すでに結構な数の人たちが動いている。暗がりの中、煌々と光を放つ電灯の数々。その光を頼りに、女性たちは笑顔を浮かべながら、黙々とそして手際よく働いている。いい光景だ。ここで初めて目にする食材も多くて、興味が湧く。あれこれ味見をしてみたくなり、ナシブンクスなどいくつか買って、時々写真を撮らせてもらう。世界中どこに行っても市場は楽しい。

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 暗がりの中を昨日と同様、上り坂に苦しみながら宿に帰り着いて、それからひと眠り。

 朝食を済ませた後は、また宿の周囲を散策する。すぐ近くに学校があったので、そこの子供たちに「Iseh」の発音を尋ねてみた。ものによって「イセ」と書かれていたり「イサ」と書かれているのだが、どうやら「イサ」あるいは「イッサー」と綴るのが現地の発音に最も近いようだ。子供たちは授業の合間に、目の前の店や移動販売する人たちからおやつのようなものを買っていた。これは食事代わりなのだろうか。みんな楽しそうだ。

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 宿に戻ると、宿泊客へのサービスとして周囲の田園を散策するプログラムがあるので、行きませんかと誘われる。折角だからとお願いしたものの、その直後から雨になり取り止めに。それからしばらくして白人カップルがやってきて、今まで満喫させてもらったこの空間の占有もお仕舞いに。それでも物静かな二人だったので、宿の静かさはこれまでと変わらなかった。

 夜にかけてすっかり雨となり、プールの水面を打ち付ける雨粒を見つめながらまったりする。何もせず、何も考えず、ただ時間が流れるのに任せる。すると、あらゆる雑念が消え去り、ストレスが抜けていくようだ。今回のバリは、自分の心と身体を解放する旅になりそうだ。

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 この3日間イッサーの集落を歩いていると、観光で来ているという感じは全くなく、ごく普通の村にお邪魔しているという感覚だった。ヴァルター・シュピースの創作と探求の根底にも、普通に暮らす人々への視点があったのではないだろうか。そんなことを感じられただけでも、イッサーにやってきた意味があったと思う。

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 ヴィラ・イッサーの料金を旅日誌で確認すると、1泊172万5500ルピアだった。3泊したので、宿泊料だけで 517万6500ルピア(これはネット予約した料金で、後日日本円での請求額は41514円だった)。少々高いとも思うが、ここに来た価値は十分にあった。迎車代と飲食代(夕食とビール)の合計は129万7000ルピアで、こちらは妥当な金額だろう。
(最近改めて公式サイトをチェックすると、朝食と昼食込みのパッケージ料金に改定されていて、1泊185ドルに値上がりしていた。もう一度泊りに行くつもりでいたのだが、急激な円安が進んだので、もう無理なように思う。)


 ヴィラ・イッサーに滞在して、ひとつ思わぬ収穫を得られた。宿のライブリーにヴァルター・シュピースに関する本が置かれていて、これが実に素晴らしいのだ。John Stowell による "Walter Spies - A Life in Art"(2012年)と題された大型本なのだが、彼の代表作全てが大きなサイズで色鮮やかに掲載されている。ここまで鮮明な複製は見たことがない。シュピースの作品は、ウブドに唯一ある『チャロナラン』しか実物を目にしたことがなかったが、この本を開くと1枚1枚の細部まで鑑賞できるのでありがたい。

 後日ウブドの書店でこの本を探し求め、重かったけれども買って日本に持ち帰った。それ以来、時々この本のページをめくりながら、イッサーやチャンプアンの空気感や音風景を思い出すことが楽しみとなっている。

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(Part 3 に続く)





# by desertjazz | 2023-07-02 00:02 | 旅 - Bali

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◇ イッサーのアトリエ

 ヴァルター・シュピースは、あの頃バリで、どのような風景を見つめ、そしてどのような音に耳を傾けていたのだろう?


 2019年の夏、JAL国内線の機内誌『SKYWARD』の8月号のページをめくっていて、ひとつの記事が目に留まった。「楽園の系譜 ウブド」と題されたそれは、インドネシアのバリ島とヴァルター・シュピースに関するものだった。

「ヴァルター・シュピースが作った2番目のアトリエに泊まれるのか」

 ドイツ人ヴァルター・シュピース Walter Spies は、1920年代半ばから40年代初頭にかけて、画家としても音楽家としても、インドネシアで大きな仕事を成し遂げた。中でもバリ島における業績は特筆すべきものばかりだ。彼がバリで生活を営んだ場所として、ウブド Ubud の西寄りのチャンプアン Tjampuhan がよく知られている。彼はそこを拠点に様々な活動に勤しむ一方、客人が増えて日増しに落ち着かなくなる生活を避けようと、1937年8月バリ島の東部にある集落イッサー Iseh にもうひとつ家を持ち、ここにもアトリエを構えた。
 このイッサーの隠れ家のことは本で読んで知っていた。だが、『SKYWARD』の記事を読んで、現在そこがヴィラ・イッサー Villa Iseh という宿となっていることを初めて知った。そしてすぐさま、イッサー行きを決めたのだった。


 私がバリ島に興味を持ったきっかけは、多くの人たちと同様にガムラン音楽を聴いたことである。1990年に相次いで出版された、東海晴海・大竹昭子・他による『踊る島バリ 聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り手たち』やコリン・マクフィーの『熱帯の旅人 バリ島音楽紀行』(これの翻訳も大竹昭子)などを読み、この島への興味がますます膨らんだ。
 生きているうちに一度でいいから、バリを訪れてガムランの演奏を生で聴きたい。そんな願いが叶ったのは1991年10月だった。
 ビーチリゾートとして有名な南部のクタで数日過ごす間に、1日だけデンパサールまで出かけて観光客相手のガムラン公演を観ることはできた。だが残念ながら、その旅ではウブドにまで辿り着けなかった。まだ海外旅行に慣れておらず、ウブドのことも、そこへの行き方もよく分からなかった頃なので仕方がない。

 1993年3月、再びバリ島へ。この時ついにウブドまで足を運び、レゴンダンス、ラーマーヤナ、ケチャなどを鑑賞。その後もほぼ毎年のようにバリを訪れ、気がつけば滞在すること10数回に達していた。
 ガムラン公演の観劇、バリ絵画の鑑賞に加えて、布(イカット)の魅力にもハマり収集を始める。バリの料理やフルーツ、酒への関心を深め、スキューバーダイビングのライセンスもこの島で取得。バリの魅力はたくさんあるが、田んぼを眺めながら散歩したり、宿で何もせずにのんびりしているだけでも心地よい。そのような過ごし方を好んだのには、バリの、とりわけウブド界隈の独特な空気感と音環境の素晴らしさが大きく影響しているように思う。

 このようにバリに対する興味の範囲が広がる一方で、鑑賞芸術としてのガムラン演奏には次第に新鮮味を感じなくなっていった。島西部のヌガラにあるスウェントラ氏の家を訪ね、彼が率いる巨竹ガムランのジェゴグ(スアール・アグン Suar Agung)を堪能することができてしまった。さらには、自分が探しているようなイカットのヴィンテージものはもう市場に出回らない。そのような理由から、島の中を動き回ることが次第に減っていった。バリにやってきても、ウブドで雰囲気が落ち着いていて静かな宿を探し、そこで読書三昧という過ごし方をすることが増えていく。
 多分バリに飽きてきたのだろう。ならばこの島で過ごすのは、そろそろ十分なのかもしれない。そのように考え、2009年の滞在でバリへの旅行には一区切りつけてしまった(その次に訪れたのは2016年である)。

 その一方で、坂野徳隆『バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝』(2004年)と伊藤俊治『バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュピースの魔術的人生』(2002年)というシュピースの本格的伝記2冊を繰り返し読み、ヴァルター・シュピースへの関心が大きくなっていく。

 振り返ってみると、かつてシュピースのウブドの住まいだった土地に建てられたチャンプアンのホテルには、宿泊したことも訪ねて行ったこともない。
 ならば、シュピースが過ごしたチャンプアンとイッサーを中心に、彼のバリでの足跡を辿ってみると何かを感じられるかも知れない。そう考えて、イッサーの宿ヴィラ・イッサーを予約し、再びバリ島へと旅立ったのだった。


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 ヴァルター・シュピースの生涯

 ヴァルター・シュピースの経歴について簡単に振り返ってみよう。

 シュピースは1895年、モスクワに暮らす裕福なドイツ人の家庭に生まれ育つ。彼は幼少の頃から絵画と音楽の才能が際立っていた。
 1910年、ドイツ、ドレスデンのギムナジウムに入学。新潮流の芸術に触れるとともに、ダンスにも熱中する。しかし19歳の時、モスクワに帰省している間に第一次世界大戦が勃発。敵国人としてロシアのウラル地方に送られるのだが、その地の民衆との交流を深め、彼らの文化や音楽から大きな影響を受けることになる。
 1918年、ドイツに帰国。1920年にはベルリンに転居。ここを舞台に、画家、ピアニスト、作曲家、ダンサー、映画制作者、等々として、多方面で活躍する。
 だが、そこでの人間関係に嫌気がさし、1923年、ヨーロッパから逃れるように、アジア、オーストラリアに向かう船に乗って旅立った。そしてインドネシアのジャカルタで下船、その後ジョグジャカルタに移り住み、才能が認められて王宮の楽士に任命される。
 1925年にバリ島を初めて訪れ、1927年、32歳の時にウブドに移り住む。彼は画家として活動すると同時に、バリの絵描きたちを指導し、この島の絵画に改革をもたらす。またバリ島各地のガムランを研究し、地元民との協力の下、新しいガムランを考案し、現在のスタイルのケチャも生み出す。
 さらには、美術と音楽の領域に留まらず、写真家、映画製作者、生物学者、考古学者としても世界トップレベルの活動をする。このような多方面での活躍ぶりから、彼はまさに20世紀のダヴィンチとでも形容できよう。
 1930年前後からは、シュピースに関する噂を聞きつけて欧米から訪ねてくる学者や著名人、観光客などが増えた(その中には、深く共感し合ったチャールズ・チャップリンの名前も)。そのようなウブドでの生活の煩わしさから逃れるために、1937年、偶然見つけたイッサーの土地に第2のアトリエを構え、ここでの制作を通じて数々の傑作をものにする。
 だが翌年、風紀を乱した罪(同性愛)を理由に逮捕・収監される。さらに1940年、第二次世界大戦下、ナチス・ドイツがオランダに侵攻したため、オランダが支配するインドネシアでは敵国人と見なされ再び逮捕。
 1942年、シュピースらドイツ人勾留者を乗せた船がセイロンに向かう途中、日本軍に撃沈され海に沈む。2度の世界大戦に翻弄されたヴァルター・シュピースは、47歳という若さで生涯を閉じたのだった。

※ヴァルター・シュピースの一生について知るには、坂野徳隆『バリ、夢の景色 ヴァルター・シュピース伝』と伊藤俊治『バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュピースの魔術的人生』が便利である。


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3◇ ウブド最初の住まい

 2019年にバリ島でヴァルター・シュピースの足跡を辿った旅。まずは、そのハイライトになることを期待して、イッサーに真っ先に向かい、それからウブドに移動した。しかしその順路は実際にシュピースが移り住んだ順番とは逆なので、ここからは彼の実際の転居歴に沿って自分の旅を振り返ってみたい。


 シュピースが1927年にスカワティ王家の助力を得てジャワからバリに移り、最初に住んだのはプリ・サレン宮殿 Puri Saren Kangin Ubud(ウブド王宮)だった。ウブドを東西に走るラヤ通り Jl. Raya Ubud と、その中心近くから南に伸びるモンキーフォレスト通り Jl. Monkey Forest がT字に交差するところにウブド王宮がある。現在はそこは王宮見学とガムラン観劇を目的に観光客たちが集まり賑わっている。そして、その王宮とラヤ通りを挟んだ南側にはパサール(マーケット)がある。

 シュピースはバリに来て4ヶ月後、自分の家を持つことを王家に願い出て、王宮の向かい側、現在のパサールの位置より少しばかり東に歩いてすぐの辺りに家を建てた。当時の写真を見ると、ラヤ通りに面すると思われるあたりに材木を組んで作った簡素な門と土壁が据えられ、その奥に藁葺き屋根の小屋が建っている。木立に囲まれたその空間は、何ともガランとした雰囲気だ。だが今はラヤ通り沿いに壁が建てられ緑も深いためその奥は見えず、周囲には当時の面影など認められない。

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 シュピースの旧家跡の向かい側には、バリ美術の巨匠レンパッド I Gusti Nyoman Lenpad(1862〜1978) の家がある。レンパッドもシュピースがアドバイスした絵描きの一人だ。この旧家は自由に見学でき、彼の写真や作品の複製?などが展示されている(残念ながら作品の現物は展示されていないが、レンパッドの素晴らしい作品の数々は、ウブドにあるネカ・ギャラリー Neka Gallery やプリ・ルキサン美術館 Museum Puri Lukisan でたっぷり鑑賞できる)。

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 私がバリに通い始めた30年ほど前には、この辺りにもまだ風情があった。夜、ウブド王宮でガムランを鑑賞した後は、多くの人々がパサール横の屋台に移動し、少し遅めの夕食と会話を楽しんだものだ。そうした中には踊りを学ぶために長期滞在している若い日本女性たちも混じっていた。だが、何軒もあった屋台はその後消え、パサールそのものも最近全面改築されて、現在はすっかりつまらない空間になってしまっている。今では信じられないことだろうが、当時モンキーフォレスト通りには街灯がほとんどなく、懐中電灯を持っていないと歩けないほどの真っ暗だった。昔は停電も日常茶飯だったので、夜は懐中電灯を持ち歩くことが常識だったのだ。

 ところが今この界隈はウブドで最も賑やかな地区だ。いや、交通渋滞もひどく、賑やかというより騒々しい。この喧騒を知ったら、シュピースはどう思うことだろう。しかし、ウブドがこれほど観光化されたのには、ここの美術と音楽を大改革したシュピースの貢献が大きい。ウブドの発展と観光開発、それは一面において彼がもたらしたものとも言えるだろう。



4◇ チャンプアン1日目

 ウブドの中心部、王宮の近くに居を構えたヴァルター・シュピースは再び転居を希望し、1928年2月、そこより西のチャンプアンに家を建て始める。それは使用人のための住まいなども含めて4棟からなるものだった。現在その住居跡は老舗ホテル Tjampuhan Hotel and Spa の敷地の一部となっている。彼が住んでいた当時の痕跡は何もないというが、彼が日々過ごし、旺盛な創作活動をおこなったアトリエからの眺めと音風景を少しでも追体験したくなり、イッサーの宿の次に、このホテルに2泊することにした。


 2019年12月17日。

 バリ島在住の友人がイッサーまで車で迎えにきてくれ、3泊したヴィラ・イッサーを昼前に出発。海岸にある塩田に立ち寄ってバリ塩(その友人が毎度土産にくれるこの滋味深い塩を使って長年料理している)を買ったり、美味しい魚料理を頬張ったりなど、道行を楽しみながらウブドへ向かう。チャンプアンのホテルに到着したのは15時30分だった。

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「チャンプアン」とは、ウォス川とチェリク川という「2つの川が合流する場所」を意味する。その合流点に向かって、北西方向から流れ込むチェリク川が刻んだ深い谷に張り付くように、ホテルの部屋が建ち並んでいる。そのため、ホテル内のどこへ移動するのにも急な階段を降りなくてはならない(バリの大型ホテルは谷沿いに建設されることが多く、高級ヴィラに宿泊する際にも同じような苦労が生じる。特に重い荷物を抱えているときには、ポーターへの依頼が必須だ)。

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 チェックインの際「イッサーから来た」と話すが、フロントの女性は無反応。どうもイッサーがシュピースと縁のある土地だということは知らない様子だった。

 かつてシュピースの住まいだった場所は、ホテル敷地のほぼ中央、エントランスとロビーを越えた先で、今はひとつだけある特別室 Walter Spies House になっている(2階構造で75平米あるこの部屋、公式サイトからは予約できないようで、料金も確認できなかった)。

「Walter Spies House の中を見ることはできますか?」
「宿泊客がいなければご覧いただけますが、お調べいたします。お客さま、ラッキーですね。今日は空いています。ご案内しますので、どうぞご覧ください」

 部屋の鍵を開けてくれたホテルのスタッフは、「あとはご自由に」と言って去ったので、しばし一人で見学させてもらう。シュピースのかつての母家は2階建てで、訪れる客たちは2階に繋がる橋を渡って入る構造になっていたという。急な勾配のある敷地なので、確かにその方が好都合だったのかもしれない。現在のこの特別室も2階建てのヴィラだが、もちろん昔のような橋など渡されていない。1階が居間を兼ねた寝室、2階が寝室となっており、土台の一部がシュピース時代のものらしいという話もあるのだが、そうした跡が残っているようには見えなかった。なので、シュピースの息遣いを感じさせるようなものは何もない。それでも、あちこちに掛けられているシュピースの写真などを眺めていると、当時の様子を想像してしまう(初めて目にする子供時代の写真もあった)。

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 今回泊まった部屋は敷地に入って右手、ほぼ南東に向かって流れるチェリク川の下流の方である。ホテルのすぐ前は交通量が夥しいラヤ通りであり、川にかかる橋も割と間近に見えるのにもかかわらず、かなり静かに感じられる。それは、渓谷の地形がホテルの外からの雑音をある程度遮断し、さらに豊かな自然の生み出す環境音がそれらをマスクしているからだと思う。

 敷地右奥にある橋を渡ってチェリク川を越え、ホテルの対岸にあるグヌン・ルバ寺院 Pura Gunug Lebah へ行ってみた。シュピースがチャンプアンに家を建てる際、それがこの寺院より高い位置になるため、神の怒りを買いかねないことが問題視されたという。人気がなく時が止まったように佇む様子が印象的な寺院の姿は、シュピースが暮らした当時のままなのかも知れない。

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 後で触れるように、イッサーでは十分な睡眠をとることができなかった。その疲れがドッと出たらしく、昼間から絶不調で高熱を出しそうな気配を感じる。そのため今夜はたっぷり眠ろうと思い、軽く夕食をとった後は睡眠導入剤を飲んで20時には寝てしまった。しかし、早く休みすぎたのか、あるいは興奮しているからなのか、深夜に目が覚めてしまった。どうしても眠れなくなったので、午前3時頃、諦めてベッドを抜け出し、ハンディレコーダーを手にしてホテルの周辺を散歩することにした。

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 すっかり夜が深まり、人の気配が感じられずひっそりとしている。耳に届くのは、こんこんと流れる川の水音と虫たちの細かな鳴き声ばかり。
 
 「リーーー、ジーーー、ビーーー、ミーーー、コーーー」
 「シーンシーン、チッチッチッチッ、コッコッコッコッ、チュンチュンチュンチュン」

 途絶えることなく流れる川の音と、まるで高周波ノイズのような様々な甲高い音が混じり合って、厚みを感じさせる基調音を生んでいる。通底して漂うそのようなベース的な音の上に、多彩な鳴き声が重なる。機械的に聴こえるものも、「ジッ」「ビッ」などと時折ブレイクしてひと休みするので、これは虫の声だと気がつく。実にいろいろな音があらゆる方向から聴こえてくる。何という複雑さだろう。森の奥へと歩いていくと、また音の表情ががらりと変わる。
 そうした音の数々がびっしりと重なり合って漆黒の空間を塗り込め、まるで微細な振動子のエーテルに満たされているようだ。結構大きな音のはずなのだが、うるさいとか耳障りだとかは思わない。かえって全くの無音や静寂な時より静けさを感じるほどで、何とも心地よい。微かに揺らぎ続ける響きが、現実離れした陶酔感を誘う。

 1時間ほどうろうろした後、深夜4時頃に部屋に帰る。テラスにスタンド(カメラ用三脚)を立て、マイクとハンディレコーダーをセットし、周囲の音を録り始める。椅子に腰掛けてたたずみ、ぼんやりと音に耳を預ける。先ほどより森と川から離れたここからだと、通底音と鈴のような音が主体となった柔らかな響きに包まれる。暗闇を見つめ、あるいは目を閉じて、空間を満たす音に浸っていると、日頃の諸事は全て忘れ去り、頭の中が空になっていく。

 深い森に入り込んだ時に、天上も含めた全方向から飛んできて全身を包み込む圧倒的な音塊と比べると、チャンプアンの音は幾分か密度は低く変化も少ないと感じる。だがその分だけ、優しくて心身を安らげるような響きだ。このまま朝を迎えたい気分にもなるが、続きはレコーダーに任せることにしよう。夢見心地から少しだけ現実に舞い戻って、録音ボタンはそのまま止めずに、ベッドに入り直した。



◇5◇ チャンプアン2日目

 2019年12月18日。

 6時30分起床。いつものことだが、旅先では目覚めが早い。チェリク川にかかる橋を再び渡って、ホテルの向かいにあるグヌン・ルバ寺院へ。それから寺院の先に出て、北へと伸びるトレッキングロードを歩く。緑が埋め尽くす雄大な大地を、登る朝日が照らす。そのような景色の清々しさを楽しみながら、しばらく散歩し、それからホテルの部屋に戻った。

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 チャンプアンの2つの川の合流点は、ラヤ通りの橋から眺めると分かりやすい。またグヌン・ルバ寺院の先(トレッキングロードとは反対方向の狭い道)からは、滑りやすい石段を降りて川辺まで行くこともできる。谷の深いところまで来ると、森にすっぽり入り込んだ感覚になる。川の中央にはまるで2つ目玉が穿たれたような不思議な石があってちょっと気になる。これはいつからここにあるのだろう。この微笑ましい造形は自然に生まれたものなのだろうか。

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 どうやら体調はすっかり回復したようだ。眺めの良いレストランで朝食。ビールを注文して喉を涼ませる。そしてまたホテル周辺の風景を眺めてのんびり過ごす。

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 午後はネカギャラリー Neka Gallery へ。シュピースの撮影した写真(ケチャのパフォーマンスや、天才ダンサーたるマリオの踊る姿など、どれもが傑作だ)やレンパッドの絵を鑑賞。この美術館は何度観に来ても飽きない。

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 ホテル・チャンプアンの部屋数は60を超え、周囲にも建築物が林立する。昔と比べると、野生の森は切り開かれ、その分だけ虫や鳥の数は減ったかもしれない。それでも、チェリク川沿いには鬱蒼とした森が広がる。鳥たちの声はどれもが美しく気持ちいい。多様な生き物たちが鳴きかわす豊かな音環境は、シュピースの頃も今も大きな違いはないのではないか。そのようにして昔の音風景を想像してみる。

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 夜はまた部屋の前にマイクとレコーダーをセットして、朝方まで録音し続けた。人工的な音が消え、野生の音だけが響く。深夜の音は、日中の音と比較するととても濃い。ひとつひとつの音の粒は軽やかなのだけれど、無数に重なり合うと不思議と空気に重みが生じたように感じる。暗い闇がもたらす印象との相乗効果もあってか、そのように無数の音の粒が染み込んで重みを持った空気が、ゆっくりと地面に沈んでいくような感覚を抱く。そのような風に、熱帯の森の音は非現実的世界に誘う。


 2019年12月18日。

 チャンプアン滞在最終日。朝からもう一度シュピースの部屋の様子を眺めに行く。朝食後、近くのプリ・ルキサン美術館 Museum Puri Lukisan を訪れ、レンパッドの作品などを鑑賞。そして、昼頃にチャンプアンのホテルを離れた。原始の森の景色と野生の音風景の素晴らしさが強く印象に残ったチャンプアンだった。

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◇6◇ ビスマとニュークニン

 現在は世界中から訪れる観光客で溢れるウブドだが、ラヤ通り Jl. Raya やモンキーフォレスト通り Jl. Monkey Forest から少し外れると、はるかに静かで穏やかな場所や豊かな自然の音を楽しめる場所に出会うことができる。


 モンキーフォレスト通りの1本西隣に、同じく南北に伸びるビスマ通り Jl. Bisma がある。その中央付近で西に折れてウォス川に向かった先に、かつてボチュビュー Bucu View という安宿があった。渓谷に面した鬱蒼とした樹々の中で聴こえる音がとにかく素晴らしく、かつてここを定宿としていたほどだ。それも毎回、一番奥にあるサウンドスケープの最も良い部屋を指定して予約していた。

 日中の静けさや朝の鳥たちの賑わいもいいのだが、チャンプアンと同様、バリの自然の音の醍醐味はなんといっても夜だ。日暮れ時から虫が囁き始め、夜がふけるにつれてその密度が増していく。ボチュヴューの最奥を抜けて敷地の外れまで行くと、雑然とした茂みが谷底まで続いていて、あらゆる方向から飛んでくる音にすっぽり包まれる。暗闇の中たたずみ、そうした圧倒的な音を浴びることが快感だった。
 付近には泉もあって音の情景にアクセントを加える。また時々は遠方から滲むように響いてくるガムランの調べもいい。ガムランを間近で聴いた時のアクセントの強い音とは異なり、淡い微かな響きに、どこか現実離れした美しさを感じたものだった。
 ここはビスマ通りからも他の宿からも離れているので、日中も静かで、沢音や鳥の囀りを楽しめるのだ。こうした音に包まれているだけで気持ちが満たされてしまい、もう外を出歩く気がしない。先に書いた通り、ある時期からは、バリにやって来る度にほとんどどこへも行かず読書三昧となってしまったのには、この宿と出会ったことも影響している。

 このボチュビューという宿、初めの頃は確か1泊数十ドルで泊まれた(お気に入りの部屋に最後に泊まった2009年は値上がりしていて45ドルだったのを、40ドルにディスカウントした)。しかし、改修・増築を繰り返してリゾートホテル化すると共に、宿泊料が100ドル以上まで高騰。ホテル名も Bucu View Resort に変更してイメージを一新させた。
 ここの周囲にも大型の高級ホテルがいくつか新築され、樹木がかなり伐採されたからか、音の密度が次第に下がってきたように感じる。サウンドスケープの魅力が薄れ、リゾートホテルとしても中途半端なため、もっと別の宿を選ぶようになったのだった(2016年にも数泊してみたものの、音風景に感動することはもうなかった)。

 それでもウブドにやって来る度にボチュビューを訪れ、フロントのスタッフと雑談しながら近況を伺っている。そしてそのついでに、こっそり深夜の音をフィールド録音したりも。2019年の旅でチャンプアンに滞在している間にもここに来てみた。だが、昔泊まっていた部屋はすっかり寂れてしまっていた。

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 チャンプアンに2泊した後、今度はモンキーフォレストの南、マス村のニュークニン Nyuh Kuning に移動し、アラム・ジワ Alam Jiwa という宿に泊まった。バリに滞在すると、毎度散歩をしながら目にとまったホテルや安宿(ロスメン)の部屋を見せてもらい、次回泊まる部屋を探している。ずいぶん昔のこと、アラム・ジワのある部屋から眺めたライステラスの美しさに言葉を失った。いつかこの部屋に泊まってみたい。そう願いながらも、ここは昔から名の通った人気の宿で、ずっと先まで満室のことが多いという。それがやっと予約が取れてやって来たのだった(もちろん惚れ込んだその部屋を指定した)。

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 ニュークニンの周辺も穏やかでいい。閑静な通りが多いので、ゆったり散歩を楽しめる。アラム・ジワの周りに森はないが、目の前に田んぼが広がっているので、森とはまた異なる景色と音風景を味わえる。残念ながら今回宿泊した時は、稲の刈り取りを終えたばかりで田んぼは茶色く、完全に当てが外れたのだけれど。

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 部屋のベランダから一面の緑を眺めるという目的は幻に終わったものの、それでもカエルたちは元気だった。夜、突然デュエットを始める2匹。それをきっかけに、あちこちで「ゲコゲコ」「ゲロゲロ」と泣き出し、どんどん賑やかになる。午前4時頃からはさらに勢いを増し、猛烈な騒がしさだった。それが明け方、1羽の鳥の声をきっかけにするかのように、急にカエルたちがおとなしくなり、それと入れ替わって別の生き物たちの声が活気づき始める。

 森の音の多様さと多彩さと比べたら、ここの音には若干物足りなさも感じた。それでも夜深くなり、バイクの音や近所の店の音楽といった雑音が治まり、人間の気配が薄れた後からの音風景は美しかった。毎日そうした音を、深夜から明け方にかけて録り続けたのだった。

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(Part 2 に続く)





# by desertjazz | 2023-07-01 00:01 | 旅 - Bali

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 サカキマンゴー『親指ピアノ道場! アフリカの小さな楽器でひまつぶし』(ヤマハミュージックメディア、2009)をじっくり再読。改めて読み直したのだが、実によくできている本だ。

 親指ピアノの概説書としては最高の内容だし(付け加えるようなことは何もない)、親指ピアノを探す「旅行記」としても楽しめる(アフリカで楽器を探索する熱意はマイケル・ベアードと通じ合う)。タンザニアのフクウェ・ザウォセの音楽と出会って、サカキマンゴーという親指ピアノ奏者がいかにして生まれたかの歴史が語られるところも、特に印象深かった。また、タンザニア、コンゴ、ジンバブウェの親指ピアノ(リンバ、リケンベ、ンビラ)の教則本としても充実している。

 思い出して、マンゴーさんの卒業論文『イリンバの音 -タンザニア・ゴゴ人の楽器の音色・演奏法・制作手順についての考察ー』(昔、マンゴーさんが下さったもの)も読み込んだ。『親指ピアノ道場!』はこれをベースにして書かれたものなのですね。サワリ音に結構こだわっている点が興味深い。

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 これらを読んで、今頃気がついたことがいくつかあった。自分はこれまで親指ピアノを「板型」と「箱型」の2種類に分けて解説してきたが、もう一種、「くり抜き型:厚めの本体をくり抜いて共鳴空間を確保する」(道場 P.078)もあるという。昔、コンゴで買ったリケンベ、よく見ると確かに「くり抜き型」だ。

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 ボツワナのブッシュマンの親指ピアノ「デングー」については、「右手の人差し指を頻繁に使う」(卒論 P.3)と書かれている。だが、そのような演奏は見た記憶がない。同じく右手人差し指を使うンビラの演奏法とも関係があるのだろうか。またひとつ探求テーマが生まれたかも。

 大量に溜め込んだ音楽資料の整理にようやく取り掛かったところなのだが、池谷和信さんがカラハリの親指ピアノについて書いた文献や、直川礼緒さんによるタンザニアの取材記事、ザウォセ・ファミリーが結成したチビテ Chibite の日本公演の資料なども出てきた。ということは、自分はチビテのライブを観たことがあるのだ(しかし、全然記憶がない)。

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# by desertjazz | 2023-03-13 12:00 | 本 - Readings

オーディオ更新記:KP-9010 2台化_d0010432_08462187.jpg



 レコードプレイヤー KENWOOD KP-9010 を2台化した(これ一度やってみたかったのだ)。1台は MC カートリッジ専用、もう1台は MM または Mono カートリッジ用。78回転専用にしている Thorens は置き場所がなくなったので、ベッドルームに移動し、使う時だけ繋ぐことにした。


 アンプと CDプレイヤーを Luxman に買い替え(L-507uXII と D-03X)、スピーカー B&W 805D4 を導入し、ラックを Quadraspire に変更し、カートリッジとヘッドシェルもいつくか新しいものに変えたので、次に見直すのはアナログ・プレイヤーだろうかと考えていた。しかし、ミドルクラスの現行機を探すと、LINN と Luxman くらいしか候補がない。レコードブームと言われ、高価なカートリッジも相次いで発売されているが、このレンジのプレイヤーの新製品がほとんど出ていないことを知る。

 そんな訳で、まずは LINN LP12 を検討。一度は LINN を使ってみたいという願望を持っていたので。それで、ひとまず Majik LP12 をお試しに導入してみようかと悩んだのだが、どうしても踏み切れない。

 その理由は、

・アームがヘッドシェルと一体型なので、カートリッジの交換が面倒(実際、頻繁な付け替えは非現実的)。
・現在のアームは見た感じ貧弱で、デザインも好きでない。
・SME などのユニバーサルアームを載せることも可能らしいのだが、かなりコスト高になりそう。コンディションの良い中古アームを入手できるかも問題。そもそも自分は SME についての知識を持っていない。
・カートリッジを選べない。Majik LP12/MC を選んだとして、そのカートリッジ Koil は audio-technica AT-OC9XML をベースに作られたらしいのだが、AT-OC9XML の定価 ¥77000 に対して、Koil の ¥154000 というのは割高に感じる。
・最低ランクの Majik LP12 だと、水平調整もできない(ベースボードを Trampolin に変更すれば可能になるのだが、それだけで数万円高くなる)。
・グレードアップが自在というが、その都度のコストが非常に高い。
・ダストカバーは別売り(5万円くらいするようなのだが、価格表には見当たらず)。また別途調整料(¥55000?)がかかるようなのだが、調べた限りそのことはどこにも明示されていない(ちょっと不信感)。

 そして、とにかく高い! 最安のセットでも約60万円もするのに、水平調整できないというのはどうなのかな? 色々調べてみると、ユニバーサルアームにしたとしても、カートリッジを交換する度ごとの調整は素人では無理らしい。(現在の材料調達費や開発料を想像し、今の円安も加味すれば、決して高くはないのかもしれないが、やはり富裕層をターゲットにした価格設定なのだろうと感じてしまう)。このクラスのプレイヤーに合わせるフォノイコライザーは 10〜20万円くらいのものを選ぶことになると思うので、何だかんだでトータル 100万円前後になる。完全に予算オーバーだ。自宅のリスニング環境を考えると、とてもそこまでのものは必要ない。オーディオ資金は次のスピーカーの予算に回した方が賢明だろうとも考えてしまった。

 一方の Luxman は、PD-191A も PD-151 MARK II も78回転にも対応しているので、どちらかを導入すれば、今使っている Thorens の SP 専用機を手放せるメリットがある。しかし、ダストカバーが高い。191 は ¥110000、151 は ¥66000。Luxman は1割引で買えるにしても、そうした値段を知っただけで気持ちが萎えてしまった(LINN はもちろん定価販売)。Luxman にすればアンプとの相性が良さそうだけれど、機能的にも見た目でもデザインが受け付けないんだよなぁ。


 現行機を見送るとなると、次なる選択肢は中古。Thorens や Garrard などのヴィンテージを探すか、80年代の日本製を探すか。だが、ヴィンテージだと状態の良いものはほとんど出回っていないだろうし、メンテナンスも大変そう。自分はオーディオマニアではないので、これはなし。

 対して「黄金期」80年代の日本製は評価がすこぶる高い。中でも私が長年使っている KP-9010 が一番人気の名機らしい。ネットへの投稿を読むと、このプレイヤーに関する記事がとにかく多い(これまで長年使ってきたが、トラブルは全くなく、その点でも信頼できる)。実は KP-9010 をゴミに出して LINN に買い替える気でいた。危ない、危ない。

 それで、KP-9010 の中古を探し始めたのだけれど、信用できそうな業者が調整・研磨した状態の良さそうなものを出したので、さっさと買ってしまった。35年前(1988年)の定価よりずっと高い分、それだけ状態が良いはずと推測したのも、選んだ理由のひとつ。速攻で届いたので(梱包も完璧)取り敢えずレコード数枚再生してチェックしてみたところ、問題なさそう。しかし、L-507uXII の内蔵フォノイコではもの足りない。昔買って一度聴いただけで、「これはダメだ」と押し入れに直行した Cambridge Audio AZUR651P を繋いでみたら、Luxman のアンプだとそれなりに良い音を出す。しばらくこれを使いながら、フォノイコを探そう。時々中古が出る Trigon Vanguard をもう1台買ってもいいのだが、それでは面白味がないので、Aurorasound VIDA prima か VERTERE PHONO-1 MK II あたりにしようかな?(届いた中古機、至るところピカピカに磨かれている。やればこれだけ綺麗になるんだ。35年使っているプレイヤーのダストカバーを磨こうと思って研磨剤を買ってあるので、近々クリーニングしよう)。


 高級なプレイヤーを選ばなかったのには、別の理由もある。それはレコードのコンディションに関すること。50〜70年代頃の名盤をレコードで聴く楽しみってあると思うのだけれど、自分が持っている盤はどれも聴き過ぎて、音溝が劣化しているように感じる。この時代の中古盤を買うにしても、状態の良いものはとても高価だ。レコード盤は、プレス時期や生産国による違いの方が、どんなプレイヤーで再生するかよりも音への影響が大きいようにも思う。また、80〜90年代の作品は CDフォーマット(再生周波数の上限 22.05kHz)に合わせたマスタリングのものが多いので、それらをヴァイナルでリイシューしても、その音には限界がある。

 そして、最近の新譜やリイシューに関しても問題を感じている。音質が評価されているレコードをあれこれ買って聴いてみたのだけれど、音が良いと思ったものはほぼなかった。恐らく、マスターテープが劣化していたり、レコード制作の技術が失われてしまったりした結果なのだろう。たとえミックスが良くても、それを製品化する際のマスタリングやプレスする技術が伴っていないのだと思う。聴き親しんだ名盤を買い直しても従来の CD にはなかったノイズが入っていたり、音の良さを謳っているクリア・ヴァイナルでもノイズが気になったり、酷いものだと盤面に大きな傷が入っていて、今のレコードは品質管理が全然できていないのだと悲しくなった。

 もうひとつ書くと、MC と MM 両方の再生環境を持っている必要を感じたことも大きい。繊細なサウンドは MC で聴いた方がいいのだけれど、ゴリゴリのモダン・ジャズなどは MM で聴きたい。また大量に所有しているアフリカ音楽のレコードもコンディションが悪い盤が多く、そうしたものは MM で力強く再生した方が楽しめるだろうと思った。


 長々書いたが、来月の値上げ前に LINN LP12 を買ってみようかと、まだ未練がましく迷っている。以前ハイエンド店で2度ほど試聴した時には特段特徴を感じなかったものの、実際使い込むとどんな鳴り方をするの、やはり興味がある。しかし自宅のリスニング環境を考えると、高級オーディオを導入しても、その真価は引き出せそうにない。ならば、KP-9010 2台で音楽を楽しむのが程よいように思える。

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# by desertjazz | 2023-03-12 23:00 |

DJ

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