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2018年10月11日(木)の続き

 今年の Fiesta des Suds のメイン・ステージ Scene Mer に最初に立つのはマッシリア・サウンド・システム Massilia Sound System。長年マルセイユの顔役を務めて来た彼らこそそれに相応しい。今回の出演全アーティスト中で最長の90分という時間を与えられたことにも、彼らへのレスペクトが感じられる。

 ステージの背景には見慣れたマッシリア・ブルーの大幕が吊るされている。まずブルー Blu とジャンヴィー Janvié Claider D とカヤリク DJ Kayalik の3人が登場。ブルーがレスポール・ギターの弦をスティックで叩いて緊張感あるパッセージを刻む。続いて MC3人が現れる。上手からはタトゥー Tatou。下手からはガリ Gari Grèu。そして最後に下手からパペJ Papet J。圧倒的なマッシリアのラガ・サウンド。弾けまくるオヤジたち。コンサート冒頭にキラーチューンを並べて畳み掛ける展開が好きだ。

(昨年のリヨンでは、ステージ真下の撮影エリアから MC3人のショットを狙ってみたが、彼らの動きが速く、3人揃うこともなくて、思っていたショットなど全く撮れなかった。なので今日はビデオ撮影を中心にした。)

 その後も、ステージ上から女性たちがパスティスをふるまったり、タトゥーとガリが雑誌を片手にしての掛け合い問答したり、「Petit Oai Star だ」と紹介してからのスタンドアップしたりと、いつも通りのステージ進行。もちろん最後は観客全員が手を繋いでの大輪舞。昨年11月リヨンの Transbordeur で観たライブとほぼ一緒。いや、2007年11月にトゥールーズの Le Bikini で観た時からほとんど変化がないとも言える。

 悪く言えば、マンネリ。ここ何年も新作を出していないのだから、それも仕方ないだろう。と言うより、彼らのステージの流れは完成していて、変えようがない。だがそれでいいのだと思う。誰もが彼らのステージを心から楽しんでいるようなのだから。

 長年の願望がついに実現した、マッシリアでのマッシリア体験。しかし、マルセイユの場がもたらすマジカルなものはない。会場にトゥールーズやリヨンの時のような熱狂もない。フェスの観客はマッシリアに特化したファンばかりではなく、また広い屋外ステージでもあるので、それも当然だろう。それでもマッシリアのTシャツやパーカーを着たファンがとても多く、彼らへの支持の大きさを感じた。

 前半のスピーディーで緊張感漲るサウンド展開に対して、後半になるほど語り合いが多くなって緩さを感じた。そのことを毎度感じるのだが、恐らくそれは私がフランス語を理解しないことに一因があるのだと思い至った。同じことが Moussu T のステージについても言えるのだが、彼らの語る内容が分かれば、まったりしたように感じられた後半も十分に楽しめるのかも知れない。

 そんなことも頭に浮かびつつ、彼らのサウンドを浴び、飛び跳ねるMCたちを追う。ワクワクしっぱなし90分間。1年前に観たのとまるで変わらないステージなのに、興奮が止まない。こんな気持ち良さは本当に久しぶり! やっぱりマッシリアは最高だね!

(今回も無意識にステージ上手から撮影。フォトジェニックなこともあって、どうしてもタトゥー中心の撮影になってしまうなぁ。)


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(Part 5 に続く)






# by desertjazz | 2018-10-21 00:04 | 音 - Festivals

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Banda Du Dock


2018年10月11日(木)の続き

 フェスは18時のスタートだったが、何も無理することはない。これまでの The Dock にあったような、入場ゲートの面白さやグラフィック・ペインティングの気配がなかったこともあり、20時10分からの Massilia Sound System のステージに合わせて、19時半頃に会場に戻った。

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 サブステージ Scene Major で Rumpus を少し観てから、メインステージの Scene Mer へ。毎年恒例 Banda Du Dock による演奏でフェスのオープニングを祝う。

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 続いて主催者たちによる開会の挨拶。これもいつも通り。

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 挨拶の最後に紙吹雪が盛大に舞う、、、のだが、何も見えなくなる。

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 周囲ではブロードキャスト用の収録をする様子も。いよいよフェスがスタート。この後、早速マッシリアの登場だ!

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(Part 4 に続く)


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# by desertjazz | 2018-10-21 00:03 | 音 - Festivals

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Interview Shooting with Tatou & Blu


2018年10月8日(月)〜10月11日(木)

 10月8日夜、2年ぶりにマルセイユに到着。前回はラ・シオタ La Ciotat からナントNantes に移動する中日に1泊しただけなので、久しぶりという印象が強い。この日から3泊は現地ジャーナリスト夫妻のご自宅にお世話になって、マルセイユをより深く知るべく、これまで訪れたことのない場所を中心に歩き回ったり、レコード店を巡ったり。(今回のフランス滞在の詳細に関しては別途書く予定。そもそも今夏のコーカサス旅行記にもまだ手付かずなのだが、、、。)

 11日昼、近年の大規模開発が一区切りついた港湾地区 The Dock エリアにある Hotel Novotel Suites Marseille Centre Euromed に移動(3年前も利用したこのホテル、42平米もある快適なスイートが100ユーロほどで泊まれる)。それから Fiesta des Suds のプレス担当の友人に連絡して、待ち合わせのアポを入れる。

 Fiesta des Suds は何年か前までは10月の週末に2週連続の開催だったが、それが1週間に短縮。今度の会場移転はそれに続く大変更となる。これまではトラム駅 Euroméditerranée Gantes の先の港湾施設跡地 The Dock が会場だったが(投宿した Novotel から歩いてすぐ)、今年の会場は前回書いた通り J4 / MuCEM。ここの近くには地下鉄駅もトラム駅もなく、滞在しているホテルからだと片道約25分歩く必要がある。しかしここは旧港 Vieux Port から西に下った突端部なので、観光の中心 Vieux Port に泊まったとしても条件はさして変わらない。

 足が不便になったと感じたが、マイカーやバイクでやってくる地元の人たちにとっては問題ではないのかも知れない。それよりも、ここは中途半端、センスが悪いと批判もある再開発地区の一部であるにも関わらず、友人たちは今回の移転を歓迎していたのは意外だった。何でも Fiesta des Suds の第3回(1994年)と第4回(1995年)はここ J4 で開催されたので、長年フェスに関わってきた人たちにとっては「昔の場所に戻ってきた」という感慨もあるようだった。開催20回を記念して2011年に豪華な写真集が作られたのだが、その中には当時の様子を伝える写真も掲載されている。

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20th Anniversary Booklet


 移転に伴って懸念されたのは、場所の位置そのものよりも、ライブ会場の全てが屋外になったことだった。これまでは、メインステージが屋外(または高架道路下)で、サブステージとDJステージは屋内だった。それが今回は3つとも屋根のない屋外。3年前に来た時は夜になるとグッと冷え込み、風が吹くと耐えられない寒さになった。余りの寒さにダウンジャケットまで着込んだ記憶がある。

 それが今回は屋外なのに加えて、すぐ脇が海で風が吹き付ける。さらに開催直前は悪天続きで、雷雨を伴う嵐のような日も多く、フェス当日の天候への懸念がいよいよ高まっていた。開催前日の10日も冷たい風雨が止まず、たまたま好天に恵まれた9日に全ての設営を済ませてしまったそうだ。

 結果的にはフェスの3日間とも天気には恵まれたが、来年以降も心配は消えないだろう。もしフェスの当日に雨になっていたら、一体どういった事態になっていたことか。想像しただけでも恐ろしい(とは言い過ぎか?)。天気のこと以外にも、会場移転に伴って問題山積と私の目には写ったが、それらについてはこのリポートの最後に総括することにする。

 現地に来てみて懸念材料は相次いで目にしたが、一方でそれらへの適応力にも感心させられた。さすがは毎年5万人ほどの観客を呼んで27回も続いてきただけのことはある。例えば私への対応ひとつとってもそうだった。

 約束の14時45分にプレスの受付に着くと、待っていたかのように、スタッフのパスを首から下げた女性から「xx に会いたいんでしょ。ついてきて」と声をかけられ、プレスルームまで案内される。その後もトントン拍子でことは進み、ボートの上でインタビュー撮影中だった Tatou、Blu、それにマネージャー(Tatou の奥さん)の Manue と合流できた。ステージ撮影に必要なプレスカードもすでに用意されていてひと安心。Massilia Sound System の楽屋ではメンバーたちと再会。ビールで乾杯しながら談笑することに。ここまでが実にスムーズだった。猛烈に忙しい中での的確な対応にさすがと唸ると同時に、この歓迎ぶりがとても嬉しかった。

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Tatou (Moussu T) & Blu on the boat

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Scene Mer (Main Stage)

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Scene Major (Sub Stage)
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Waiting for Sound Check by Massilia Sound System


 友人たち(フェス関係者とミュージシャンたち)に日本からの土産(彼らの好みを考えて、氷下魚などの珍味や餡菓子、加賀棒茶などを持って行った)を手渡した後、一旦ホテルへ。Massilia Sound System のサウンドチェックを観るつもりだったが、毎晩長丁場になるので、ホテルで少し休んで、それから撮影機材を持って出直してくることにした。


(Part 3 に続く)






# by desertjazz | 2018-10-21 00:02 | 音 - Festivals

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The Gate to Fiesta des Suds


 毎年10月にフランス南部のマルセイユで開催される音楽フェスティバル、フィエスタ・デ・スッヅ Fiesta des Suds に、久しぶりに行って来た。これはフランスを代表する大型フェスであり、雰囲気の良いイベントとして世界的に知られている。

 私がここに参加するのは、2006年、2015年に続いて、3年ぶり3回目。Fiesta des Suds の春版とも位置づけられる3月開催の見本市フェス Babel Med Music を2009年に取材したのを含めると合計4回目となる。初めて足を運んだ2006年には、バックステージで Moussu T や Manu Théron にインタビューし、また突然逆取材インタビューを撮られたりしたことが懐かしい(日本からの取材がよっぽど珍しかったのだろう)。その後もフェスの関係者たちとの交流が続き、2015年には100ページを超えるプレス向けブックレットの巻頭言を担当、オフィシャルビデオにもインタビューで登場する(させられる)など、思い出の多いフェスでもある。

 そんな訳で、このフェスの主催者からは毎年お誘いを受けている。今年もさてどうしようか?と考えていたところ、交渉中のものも含めて出演アーティストの概要をメールで伝えて来た。「今年はDさん向けの内容でしょ?」という一文が添えられて。どれどれとばかり、そのリストに目を通すと、マッシリア・サウンド・システム Massilia Sound System、ウム・サンガレ Oumou Sangaré、バロジ Baloji、ムッスーT Moussu T e Lei Jovents !!! 確かにこれは心惹かれる! その後も作成段階のブックレットまで送られて来るなど、例年にも増して誘いが強かった。

 Fiesta des Suds はスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドなどと並んで、できれば毎年参加したいフェスの一つだ。だが、今年は1月にニューヨークに飛び、6月〜7月にはアルメニアとジョージア(グルジア)などを2週間強旅行していて、今年さらにもう一度外遊する余裕はなかった。それでも前向きに検討。かなり迷った末、このフェスには一昨年も昨年も行っていないことでもあり、それも理由の一つにして、どうにか日程を調整し思い切って行くことに決めた。マッシリアとウム・サンガレとバロジとムッスーTを一度に観られるだけでも満足できるだろう。何よりマッシリアのライブをマッシリア(マルセイユ)で観ることが長年の願望だった。うーん、やっぱりこれは見逃せない!

 このフェスは、フランス音楽はもちろんのこと、アフリカ音楽あり、ラテンあり、ロックあり、ジャズあり、ファンクあり、テクノあり。ワールド系とフレンチポップとの取り合わせの妙、バランスの良さも気に入っている。そして、自分にとって馴染みのなかった音楽との出会いをもたらし、旬のフレンチポップを楽しませてくれることも、このフェスの大きな魅力だ。これまでも、日本で観ることがまず不可能なゴラン・ブレゴビッチ Goran Bregovic の素晴らしいステージを初めて堪能したり、ザ・ドゥ The Dø やディオニソス Dionysos のステージを観てすっかり彼らのファンになってしまったりもした。

 ところで、今年の春は Babel Med Music は開催されなかった。マルセイユ市だったかプロバンス州だったか正確には憶えていないが、そこからの財政支援が打ち切られ、開催近くになってから突然中止が発表された。それに続いて Fiesta des Suds についても大きな変更がなされることとなった。何と、これまでの会場だった The Dock から J4 の一角にある MuCEM(地中海博物館)周辺のスペースへと移動するというのだ。このように様々な意味で岐路に立っているらしいこのフェスの様子を、直に見てきたいという思いも、私をマルセイユへと向かわせる大きな動機となった

 最近は毎年フランスを訪れていて、気がつけば今度でフランス15回目、マルセイユに限っても8回目になる。第27回目となる今年の会期は10月11日〜13日(この後、子供向けのプログラムを中心とした後祭が17日に行われる)。この3日間に絞ってギリギリ4泊だけマルセイユに滞在しようかとも考えた。しかし、それでは日程がキツイ。今回の滞在を利用してマルセイユのことをより詳しく知りたいという考えも膨らみ、少し余裕を持って8日に現地入りしたのだった。

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(Part 2 へ続く)






# by desertjazz | 2018-10-21 00:01 | 音 - Festivals

Lux B (Lux Botté) - 10 Years

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 Massilia Sound System / Oai Star の MC、Lux B (Lux Botté) が亡くなって今年で10年(2008年7月18日に院内感染症で47歳で逝去)。彼を偲んで、マルセイユでイベントが開催されるようだ。

 出演予定は、ワイスター Oai Star、マッシリア・サウンド・システム Massilia Sound System、パペJ Papet J、ムッスーT Moussu T(タトゥー Tatou)、ガリ・グル Gari Greu、ゼブダのムッスーとハキム Mouss & Hakim、マニュ・テロン Manu Theron、デュパンのサム・カルペイニャ Sam Karpienia、ジジ・デ・ニサ Gigi de NIssa、そしてトコ・ブラーズ Toko Blaze 等々と、オクシタン勢が総集結! 11月3日19時から。会場が Cours Julien の Espace Julien というのもいいな!(と言うか、ここしかありえないでしょうね。)

 最近マルセイユへの興味がますます深まり、深沢克己の『マルセイユの都市空間 ー幻想と実存のあいだでー』をじっくり精読し直したり、タトゥーが Moussu T e Lei Jovants を発想する源となった小説 Claude McKay "Banjo" を読み直し始めたり、さらにはマルセイユを舞台にした名作、アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』まで読み出してしまった。

 11月にマルセイユに居ることができたらいいのになぁ。

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# by desertjazz | 2018-10-06 20:00 | 音 - Music

  小説やアフリカ関連に読みたい本が山積で、John Collins の最新刊 "Highlife Time 3" もさっぱり進まず。なのに、気になっていた書物をフランスにまとめてオーダー。その間にもアフリカ音楽書の出版ラッシュが続く。

 以下、読んでおきたいアフリカ音楽の近刊についてメモ。

・ Africa Is Music
・ Hip-Hop in Africa : Prophets of the City and Dusty Foot Philosophers
・ Shades of Benga : The Story of Popular Music in Kenya: 1946-2016
・ You Generation !
・ Baaba Maal : Le Message en Chantant
・ Born To Kwaito : Reflections on the Kwaito Generation

 Planet Ilunga による Docteur Nico の復刻に合わせて、Alastair Johnston の "A Discography of Docteur Nico" にもそろそろ目を通しておこうか? 近いうちに最低これくらいは読んでおきたい。

 アフリカ音楽に関する文献をリストアップしたこのサイトも参考になります。








# by desertjazz | 2018-10-01 23:00 | 本 - Readings

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 ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサイエンスの未来』読了。氏の前著『サピエンス全史』が現在までの人類史だったのに対して、新著は人類の未来予想に挑んだもの。全般的に面白く読めたものの、『サピエンス全史』が目を見張るような論考だった(特に前半)のに比べると、物足りなさや幾多の疑問も。

 基本3部構成で、第2部までが人類史のおさらい。そこから第3部で一つの可能性としての未来像を描く。様々な情報を駆使して論述される第2部までは今回も圧巻。いよいよ本題の第3部で論考が炸裂することを期待させる。

 しかしその最終部、『サピエンス全史』の後半に感じた失速感以上の物足りなさがあった。デイヴィッド・コープと EMI、アンジェリーナ・ジョリー、カラハリの狩猟採集民までを例に語るところにはワクワク。グーグルやフェイスブックを重視して語るデータ教にはかなりの程度、正しい現状認識なのかもしれない(人類の大半が無用者階級になってしまうという予測には、今の政治による弱者切り捨てとも通じるものを感じた)。

 やはり、予測のつかない未来について考えることに限界があるのか。終盤ほど冗長で繰り返しが多いし、ロジックの飛躍も感じる。著者が頭の整理をつけられていないようにも思えた。人類の未来に希望を持てる余地を残しているようでありながら、それらは前段部で否定してきたことばかりだったのでは。

 学術研究をベースにしていながら、なぜか哲学的雰囲気が香り続けているところが、難解に感じさせた。一度『サピエンス全史』に戻ってから、再読するのが良さそうだ。

 自分は、キリスト教的な神など存在せず、天国も死後の世界も空想だと思っている。だから、「人生など無意味」という意見にも同調する。なので、『ホモ・デウス』の描く未来が実現してしまうなら、人類の生などいよいよ空疎だなと思ってしまったのが一番の感想。




 読みたい本、読まなきゃいけない本が、ますます山積。時間がないので、この感想も取り急ぎ、軽めに。

 毎日読書を楽しめる人生は、それほど悪くないかもな??






# by desertjazz | 2018-09-30 20:00 | 本 - Readings

 マイケル・ヴィール Michael E. Veal が新作 "Michael Veal & Aqua Ife : Volume 2" を近日リリースすると発表。"Volume One" がリリースされたのが 2011年だから、7年ぶりとなる。それで思い出して、彼の幻のファースト・アルバム "Michael Veal + Aqua Ife / Afro-Kirlian Eclipse" を久しぶりに聴いてみた。やっぱりこのアルバムは凄いね!

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 イエール大学の音楽学者であるマイケル・ヴィールのことはどれだけ知られているのだろう。まず彼はフェラ・クティ研究の世界的権威の一人。"Fela: The Life and Times of an African Musical Icon" (1999) はフェラに関する文献の中で最高の1冊の一つなので、一読する価値はあるだろう。ただし、辞書にも載っていない用語(造語?)も多用されていて、かなり難解。

 フェラ・クティ研究の第一人者でありアフロビートに造詣が深いということで、トニー・アレンの自伝本 "Tony Allen: An Autobiography of the Master Drummer of Afrobeat" (2013) の共著者でもある(Introduction を書いている)。この本、ムチャクチャ面白いので、フェラのファンなら是非ご一読を!

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 驚かされたのは、"DUB" (2007) を出版した時。彼がジャマイカ音楽にも詳しく、こんな大著を著わすとは考えていなかった。この本、『DUB論』(2010)と題して邦訳もされましたね。

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 そのマイケル・ヴィールのもう一つの顔はミュージシャン。自身のバンド Michael Veal + Aqua Ife ではベースを演奏している。

 10数年前に完成しながらも発売に至らなかった "Afro-Kirlian Eclipse" なのだが、久々聴き直して改めて唸ってしまった。1曲目 "Sunship"、2曲目 "Super Nova"(Wayne Shorter のカバー)はアフロビートとビッグバンド・ジャズのミックスといった様相。ボトムの重いサウンドに震えます。そこにエレクトリックな要素やノイズなどが絡む。個人的には最高のアフロビート・ジャズだと思っている。#もしこの作品について記憶している方いるとすれば、菊地成孔さんとの対談がその理由だろう。菊池さん曰く「これすごい。素晴らしい。」(『聴き飽きない人々 〈ロックとフォークのない20世紀〉 対談集完全版』2007年、P.27)。そうでしょ! 菊池さんにお聴かせしたのは、私が一番好きな "Super Nova"。これを聴いて連想するのは菊地雅章 "Susto" 収録の "Circle/Line"。 強烈なループ/グルーヴ感って、両者に共通していると思う。だから、DCPLG で "Circle/Line" をカバーしている菊地さんが反応するのは当然でしょうね。

(※ Disk Union でも取り上げられた。https://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/22766

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 さて、マイケルの新作 "Volume 2"、彼からの私信によると、"Super Nova" も収録されているとのこと。彼の最高作がようやく正式リリースされる! それはどのテイクになるのだろう? "Afro-Kirlian Eclipse" のマスターテイクでも構わないのだが、今改めて聴くと演奏にもミックスにもブラッシュアップする余地が大きい。ライブでの演奏も重ねてきているので、きっと完全な新録になることだろう。

 新作を心待ちにしながら、"Michael Veal & Aqua Ife : Volume One" や彼がソプラノ・サックスを吹いている異色作 "Michael Veal's Armillary Sphere / Anyscape" (Rec. 2008) を聴くことにしよう。

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# by desertjazz | 2018-09-24 22:00 | 音 - Africa

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(「最近ブログの更新ないですね」と言われたので、今日の Facebook を丸ごとアップ。Twitter と Facebook には毎日鮮な情報をアップしていますが、相変わらずブログにじっくり書く余裕の毎日です。)


「わたしに近づいてきて、何があなたの心を乱しているのかと訊く司祭たちもいた。わたしは告解し、祈りを捧げた。だが不眠は隠そうとしても顔に表れてしまった。実際そのころはほとんど眠れなくて、ときに三時間、ときには二時間という具合だった。」(ロベルト・ボラーニョ『チリ夜想曲』P.68/69)

 自分もまさに今そのような状態。色々なことが重なり、それが影響しているようで、午前3時頃には目が覚めてしまって、あとはもう眠れない。

 こんなでは何を読んでも頭に十分に入って来ないし、書こうとすることもまとまらない。最近話題の J.M. クッツェー『モラルの話』もコルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』もさほど面白くなく、どこが評価されているのか理解できなかった。(『地下鉄道』が大きな話題になるところに、終わることのない黒人問題がある。)

 読書メモもさっぱり書けなくなってしまった。最近読んだ中で断然面白かったのは、奥泉光『雪の階(きざはし)』だが、これも感想もまだだ。約600ページあり、改行も少なく、読めない感じ、初めて知る表現の連続なのに、何故かスラスラ読めてしまう不思議さ。気がつけば3日半で読み終えた。さりげないエピソードと思ったものが、いずれも後々語られることに伏線になっているなど、緻密な構成に嘆息。主人公の美女、惟佐子には会ってみたくなった。架空の存在なのに。いや、登場する男どもと同様、抱きたくなってしまったくらいだ。最後第5章の謎解きには正直かなり白けた。時代設定は 226事件の前後、それなのに現在への警鐘とも受け止められた。絶賛されていることに納得。

(絶賛されていると言えば、映画『カメラを止めるな!』 全くしょうもない中味なのだが、構成・演技・編集なども含めて考えるところが多くて、未だに頭の中で反芻している。なぜなのだろう?)

 今週は、田子内進『インドネシアのポピュラー音楽 ダンドゥットの歴史 模倣から創造へ』(今年完読50冊目)、阿部年晴『アフリカ神話との対話』(51冊目)を読了。

 前者はダンドットそのものを詳述するのではなく、19世紀末以降のインドネシアやマレーシアの政治/社会状況を背景に「ムラユ(マレー)」音楽がどう変化し、ダンドットの誕生に至ったのか語るところに刺激を受けた。読み物というより論文調。東京大学大学院に提出した博士論文を基にしているとのことで、どうりでしっかりした論調なわけだ。図書館で借りてきたが、これは手元に置いて参照したい。検索すると著者の論文は PDF でネットに読めるようになっているので、しばらくはこれで十分だろう。知らなかったアーティストの音源をネットで探して聴き、ノスタルジックな気分にもなれた。

 後者はアフリカ諸地域に継承されてきた神話の概略説明が中心。肝心の対話が言葉足らずに感じられて、やや疲れた。実際の対話は読み手に預けられたと解釈する余地もあったが。ドゴン文献が買って持っているママだったことを思い出す。

 そして今朝も3時頃に目が覚めてしまい、観念して、ロベルト・ボラーニョ『チリ夜想曲』を一気読み。今年完読52冊目。(今日は岩波ホールで、テンギズ・アブラゼ監督作品「祈り」三部作「祈り」「希望の樹」「懺悔」を観るつもりだったが、超寝不足につき断念。)

 ロベルト・ボラーニョはしばらく前に『2666』で日本でも知られるようになったチリの詩人/小説家。自分もそのブームに乗せられて、『2666』、『通話』、『野生の探検たち』、その後に出た「ボラーニョ・コレクション」全8巻で、『売女の人殺し』、『鼻持ちならないガウチョ』、(続く『(改訳)通話』はどうも改訳とまでは言えないらしいのでパス)、『アメリカ大陸のナチ文学』、『はるかな星』まで読み終えたところで中断。下書き/実験作のような語り尽くさない/解き明かさない独特な文体に物足りなさを覚えたので、もういいかと思ってしまった。しかし友人に「『チリ夜想曲』が一番」だと強く勧められて(この話、興味深いので、もっと具体的に書いていいのかな?)、ボラーニョ再開。この作品は最後まで改行が全くないので、本の厚さから見込める以上に時間がかかった。しかし改行なしの意味と効果にはすぐに気がつかされる。ひとつには、夢の中で連続する想念かのようだということ。ボラーニョは一作ごとにスタイルが異なる。そこも大きな魅力なのだと思う。

 ボラーニョの邦訳未読は残り2作。ならば読み終えてしまおうと思い、近所の図書館から『第三帝国』を借りてきて読み始めた。この作品、書き出しはとてもいいぞ!

 年初はニューヨーク行きという重大ミッションがあったこともあり進まなかった読書。4月/5月には23冊読了まで持ち直したものの、コーカサス旅行があって再びペースダウン。今年も年間100冊はとても無理。しかし、インプット以上に問題なのは、アウトプットの方だ。幸い本業の方ではそこそこアウトプットし続けらているが、それだけでは物足りないと思ってしまう。自分の力量を超えた贅沢なのかも知れないけれど。

(一気の殴り書きにして失礼。)





# by desertjazz | 2018-08-30 20:11 | 本 - Readings

Back from Georgia

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Kazbegi, Georgia


# by desertjazz | 2018-07-22 23:32 | 旅 - Abroad
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