■ Music of Bushman - 4 : Records of Bushman (2) ■
◆ LP時代最高のヒーリング・ダンスの記録
・ "Healing Dance Music of the Kalahari San" (Folkways Records FE 4316, 1982)
1968〜72年の間に、Richard Katz、Megan Biesele、Marjorie Shostak の3人がカラハリ北西部でクン・ブッシュマンのヒーリング・ダンス(トランス・ダンス)をフィールド録音したもの。
クン・ブッシュマンたちは、ヒーリング・ダンスによって !kia と呼ばれる「変性意識状態」を呼び起こす。そして、そのダンスを通じてスピリチュアルな存在とコンタクトし、力を得ることによって病人を治癒する。このヒーリング・ダンスは集落の全員が参加する最大のイベントで、夜通し行われる。
自分がカラハリ砂漠で直接目撃したヒーリング・ダンスの様子も思い起こしながら、彼らのトランス・ダンスについて、もう一度整理しよう。
ダンスの砂場の中央には焚き火。それを囲んで10数名ないしは数十名の女性たちが座り、強烈な手拍子を打ち鳴らしながら、コーラスを高らかに響かせる。これがブッシュマンの最高の音楽であり、ピグミー音楽との関連性を考えさせるものだ。
コーラスと合わせて最初に打ち鳴らされる手拍子はシンプルな2ビート。2拍子とも4拍子とも言えるジャストなビートだ。それが数分程度続いた後、ブレイクというか中休みを挟みながら、次のコーラスと手拍子が始まり、またそれらも次第に変化していく。そのインターバルには勝手な叫びや雑談にしか思えない声が多く聴こえる。それでも、コーラスが自然と微妙に変化を重ねながら遷移していき、また複雑さを増していく。一体誰が指示を出しているのだろうか?
ブッシュマンのヒーリング・ダンスにおける女性コーラスと手拍子の大きな特徴は、ポリフォニーと変拍子である(拍子自体も、4拍子、6拍子以外に、様々な奇数拍子が報告されている)。しかも、手拍子はジャストなビートを叩いているような時でさえ、数人が基本ビートからわずかにずれたものを加えることがある。それも単純に半拍ずらすのではなく、お互いの余韻に被さる程度のごく短い時間差で前か後に打たれる。
そのようにして複雑なリズムが紡ぎ出され、何気ないインターバルを挟みながらどんどん変化していく。そしていつの間にか、素人の耳ではなかなかカウントできないほど複雑なリズムになっていく。彼らは一体どんなタイム感覚(リズム感)を持っているのだろう。
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このアルバムに収録されたトラックは6つ。
A1) Giraffe Dance Song 女性の独唱。コーラスの基本パターンがうかがえる。
A2) Giraffe Dance Song 女性の二重唱。前のコーラスにもう一人加わっての基本パターン。
A3) Giraffe Dance 3+3の6拍子がベースにあるように聞こえるが、手拍子はとても複雑だ。
A4) Giraffe Dance 4拍子でスタートし、5分50秒あたりからタンタタタンタという7拍子になる。
B1) Trees Dance タンタタンタンタという8拍が基本ビート。
B2) Drum Dance タイコの加わったダンス。
長尺の Giraffe Dance や Trees Dance は、ブッシュマンのヒーリング・ダンスの特徴を見事に記録したものだと思う。また、最後のドラム演奏はちょっと珍しいのではないだろうか。ブッシュマンはタイコを作ることも、持ち運ぶこともほぼしないはずなので。よって、ここで叩かれるタイコは砂漠の外から持ち込まれた可能性が高い(ブッシュマンが演奏する親指ピアノやギターも周辺民族によってもたらされたものである)。
現在これら6トラックはすべて YouTube や音楽ストリーミングで聴くことができる。
- Provided to YouTube by Smithsonian Folkways Recordings
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ところで、ブッシュマンのコーラスでは手拍子が強烈だと感じるのに対して、ピグミーのコーラスについては個人的には手拍子の印象が薄い。実際、手拍子を伴わないコーラスの例も少なくない。
ピグミーのコーラスは深い森の中で歌われる分、反響が大きく、歌声が効果的に響く。一方、ブッシュマンは砂漠というオープン・スペースでコーラスするので、反響効果は小さい。それだけに、手拍子という強い音が好まれたのではないだろうか。
このような対比研究はこれまで目にした記憶はないので、検討課題としよう。
*1)
(一口にピグミーと言っても、アフリカ赤道直下に延々と広がる熱帯林の中で、いくつものエリアに分散して暮らしている。東のムブティから西のアカ/バカなど、ピグミーは様々だ。その分だけ彼らの音楽もそれぞれに特徴があり、一様に語るのは無理だろう。
手拍子のつかないコーラスがある一方で、手拍子やタイコを伴うものも多い。手拍子のないコーラスにしても、狩りの時に女性たちが歌って野生動物たちを狩人の男たちがいる方へ追うという「目的」を持つものもある。
もしかすると、カラハリ砂漠でキャンプした時に彼らの強烈な手拍子を浴びたという特別な個人的体験が、相対的にピグミーの手拍子の印象を薄めているのだろうか。あるいは、ピグミーと言えば森に美しく響き渡るポリフォニー・コーラスがあまりに有名なことも影響しているのかもしれない。
何れにしても、「手拍子」ひとつを取り上げても疑問と興味が次々浮かぶ。ピグミーの音楽もたっぷり聴きたくなったし、どうやらその必要もありそうだ。)
◆マージョリー・ショスタックらによるインストゥルメンタル集
Folkways Records からは、上の FE 4316 と連番のLPも出ている。
・"Instrumental Music Of The Kalahari San" (Folkways Records FE 4315, 1982)
タイトルが示す通り、前者がコーラス(ヒーリング・ダンス)中心だったのに対して、こちらは楽器演奏を集めている。録音を行なったのは Marjorie Shostak、Megan Biesele、Nicholas England(ただし一緒にではない)。これらのうちマージョリー・ショスタックの録音は、映画 "The Hunter" 用とのことだ。
2枚の LP 共にクレジットされているそのマージョリーは "Nisa : The Life and Words of a !Kung Woman" の著者としても知られる。ある一人のクン・ブッシュマンの女性が語った言葉をまとめたこの本は『ニサ カラハリの女の物語り』(リブロポート、1994)として邦訳も出版された(560ページ近い厚い本)。
ところで、前々回(第2回)で紹介したローナ・マーシャルの録音解説にも、ニサ ≠Nisa!na という女性のことが書かれており、彼女はコーラスしたり、トランスをもたらすヒーリング・ダンスで治癒されたりしている。ひょっとして同一人物で、有名な呪術師だったのだろうか?
このLPの音源も YouTube や音楽ストリーミングで聴ける。
- Provided to YouTube by Smithsonian Folkways Recordings
(* このレコードは持っておらず、ようやく音を聴き始めたところです。)
◆もう1枚(残念な LP レコード)
Folkways Records からさらにもう1枚リリースされているが、これが実に残念な内容。
・ "!Kung – The Music of the !Kung Bushmen of the Kalahari Desert, Africa" (Folkways Records FE 4487, 1982?)
John Phillipson による録音で、1962年初頭に出されたリポート(旅行記)が添付されているから、恐らく 1960年か 61年のフィールド録音だろうと思う。
20世紀半ばのブッシュマンの録音はとても少ないため、これも貴重な資料だし、録音内容にバリエーションがあることもいい。しかし、ほとんどのトラックがとても短く、その上非常に音が悪いのだ。音質自体が耳に痛く、再生スピードも不安定。録音機の調子が悪かったか、録音テープがカラハリ砂漠の熱で伸びてしまったかしたのではないだろうか。加えて、ハンドグリップの振動か風による吹かれのようなボロボロいうノイズが耐えず混入している。特に、なぜか長い Bamboo Fiddle の録音は聴くに耐えない音だ(正直、演奏も良くないと思う)。
(ただし、録音の短さや音の悪さを単純に批判することはできない。少数民族の音楽などというものは、奏者の気分によって突発的に始まるものだろうから、それらを録音するチャンスは限られる。その上、このような調査や取材では、観察、手帳などへの記録、写真撮影、映画撮影などの方が優先され、録音は後回しになりがち。当時は最低限の録音が残せればまだ良い方だっただろうし、昔のオープンリール・テープも短時間のものが当たり前だった。ビデオやデジタル録音機が安価で手に入る現代と比較すると雲泥の差がある。)
一つだけ親指ピアノがコーラスを伴って演奏しているトラックがあって、興味を惹かれたのだが、これはかなり特殊なケースだったのかもしれない。
現在、このレコードも YouTube で聴くことができる。
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