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■ Music of Bushman - 7 : Records of Bushman (5) ■


◆ナミビアのクン・ブッシュマンの CD:Buda 盤

 私はボツワナを2度旅し、その国に広がるカラハリ砂漠も訪れたからだろうか、ブッシュマンはボツワナの狩猟採集民であるという思い込みが強い。もちろん彼らがナミビアや南アにも住んでいることは知っていたが、観光客向けに半ば見世物にされている姿の方が印象に残っていて、どうしても「ブッシュマン=ボツワナ」と考えてしまいがちだった。

*1)
 ブッシュマンが皮のパンツ一丁になって観光客の見世物になっていることについて、前回少し批判的に触れたが、そのような「観光化」はボツワナ西部のハンシー Ghanzi 周辺でも始まっていることに気がついた。そのことは次の記事をご参照ください。


 だが、今回ナミビア録音の CD をまとめて聴き直してみて、ナミビアのブッシュマンの音楽の豊かさに今更ながら心を揺さぶられた。中でも仏オコラが制作した2枚は、とりわけ素晴らしいと思う。振り返ってみると、アナログ LP 時代の録音にもナミビアのクン・ブッシュマンの録音はいくつかあったし、マーシャル調査隊が訪ね歩いた土地も半分はナミビア側だった。ならば、それも当然と言えば当然のことだった。


"Namibie : Bushmen et Himba" (Buda 92632-2, ca1996)

 1994年12月から 95年1月にかけて、ナミビア北東部で、Manuel Gomes ?らが行った、ヒンバ Himba、ブッシュマン、オヴァンボ Ovambo の録音(写真とライナーが Manuel Gomes たちによるものなので、録音も彼らが行なったと推測される。CD のリリース年は記載されていないが、おそらく 1996年)。

 全24トラック中、16トラックがヒンバのもので、ブッシュマンのものは7トラックのみ。ミュージカル・ボウ、親指ピアノ、女性3人のコーラスなどを収録している。

 この CDジャケットに写る4弦楽器が、E・M・トーマスの『ハームレス・ピープル 原始に生きるブッシュマン』で描かれた「グアシ」なのだと思う(楽器のボディは金属缶のように見える。昔は木をくり抜いてボディを作っていたが、この頃にはすでに方形の金属缶が多くなっていたのだろうか。その写真から推測するに、元々は5弦だったことも分かる)。


◆ナミビアのジュホアンシ・ブッシュマンの CD:Ocora 盤(1)

"Namibie : Chants des Bushmen Ju'hoansi" (Ocora C 560117, 1997)

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 仏オコラからリリースされたジュホアンシ・ブッシュマンの録音集2枚のうち、こちらは「ヴォーカル・ミュージック編」。1995年4月〜12月の間に、Xahoba と Auru という2つの村(いずれも人口100人ほどの集落のようだ)で録音されている。

 ジュホアンシ(Ju/'hoansi または Ju|'hoansi)は、ボツワナとナミビアにまたがるエリアで暮らすクン・ブッシュマン(!Kung Bushman)の、ナミビアでの別名あるいはひとつの系統だと思ったのだが、どうも両者は一緒ではないらしい(現在、参考になる文献を探している)。ジュホアンシのヴォーカルやコーラスを聴くと、これまで聴いてきたクンの音楽とは結構違っていることに気がつく。これはブッシュマンの音楽の地域的多様性を示すもので、ジュホアンシの音楽に対して俄然興味が湧いた。

*2)
 [ / ] または [ | ] はクリックを表す記号。この CD はクリック表記を省略している。

 仏語/英語/独語で併記された Emmanuelle Olivier による詳細な解説は、まずナミビアのブッシュマン、ジュホアンシの歴史で始まる。現在のナミビア北東部の半砂漠地帯に暮らしてきた彼らは、1950年代末までは完全に狩猟と採集だけに依存したノマドに近い生活を営んでいた。それが、政府(当時は南ア)により農業労働者として使われたり、ナミビア独立闘争では戦士として駆り出されたりしたことで、狩猟・採集を止めることになった。それでも、1989年、独立によって解放され、彼らは自分の土地に戻って行ったとのことだ。

 続いて解説はヴォーカル・ミュージックの分析に移る。詳しくはじっくり読んでいただきたいが、理解しきれなかったことがひとつ。「よく比較対象とされるピグミーの音楽とは異なり、ジュホアンの音楽はポリフォニックと呼ばれるものではない」というように書かれているが、これはどういうことだろう?

 収録音源は 20トラック、たっぷり1時間。それらは、イニシエーション The Initiations、日常生活 Day Life、遊び Games、狩り The Hunt、治癒(ヒーリング)Healing、夕暮れ At The Close Of The Evening というテーマ群に分類される。これまで紹介してきたブッシュマンのコーラスは、トランス・ダンス(ヒーリング・ダンス)と女性たちの娯楽としてコーラスがほとんどだったが、ここで聴ける歌はそれ以外のものが大半。ヒーリング・コーラスがわずかに2トラックだけなのである。しかもそれらは様々な表情を見せ、とても聞き応えがある。

 それだけに、ジュホアンシの音楽が、他のブッシュマンのものとは相当に違っていることが分かる。実際、これまで使用例を聴いたことがない楽器が加わっていたり、男女が一緒に?コーラスしていたり、穏やかで静かなコーラスがあったり(解説を読むと、一つは子守唄だった)と、実に面白い。

 それでいて、ヨーデル風のコーラスはまるでピグミーのそれのようだ。やはり両者は大昔には繋がっていて、音楽的にも同根を持つのではないか、などということをまた考えてしまった。

 また、ここで聴けるコーラスは、ボツワナでの諸録音と比べると参加している人数が少ないように聴こえる。これはひとつの集落で関係性を保つ人々の単位が小さくなっていることを物語っているのだろうか?


◆ナミビアのジュホアンシ・ブッシュマンの CD:Ocora 盤(2)

"Namibie Bushmen Ju'hoansi - Musique Instrumentale" (Ocora C 560179, 2003)

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 オコラによるナミビア盤、こちらは同じジュホアンシ・ブッシュマンの「インストゥルメンタル編」。1995年から2001年にかけて、Auru (||Auru)、Xamsa、Xaoba (||Xa|oba) という3つの村で採録されている。

「ヴォーカル編」と同様、これも Emmanuelle Oliver 執筆の解説が大変充実している(ただし、本盤は仏語と英語のみ)。その内容を紹介し始めるとキリがないので、これもまずはご一読を(自分自身もまだじっくり読んでいるところ)。

 アルバム冒頭、4弦ハープ状の楽器の録音が数トラック続く。楽器名称の記載はなく、「pluriarc」(プリュリアーク/ bow lute)としか書かれていないが、これもグアシに違いないだろう。柔らかな音色、クリックたっぷりな軽やかな歌が実にいい。

 他には 22キーの親指ピアノ、9キーの親指ピアノ、ハンティング・ボウ(=ミュージカル・ボウ?)などを収録するが、グアシ(プリュアーク)のトラックが多い。この CD のジャケットにも5弦のグアシを演奏する若者の写真が用いられている。それだけこの楽器が、ジュホアンシを代表するものだということなのだろう。



 今回取り上げたこれら2枚のオコラ盤、ライナーノーツの資料性は高いし、収録トラックも興味深いものが選ばれていて、録音状態も良い。他の地域/時代のブッシュマンとの違いがいくつも垣間見られて比較対象音源としても貴重だ。何より無心に耳を傾けて聴いているだけで心地よい。今でも割と入手しやすい CD を選んでブッシュマンの音楽を楽しむならば、まずはこの2枚がオススメ(YouTube などでも聴ける)。とにかく聴きどころたっぷりです!






# by desertjazz | 2022-02-07 00:00 | 音 - Africa

徹底研究・ブッシュマンの音楽 6: ブッシュマンの録音 (4)_d0010432_16455363.jpg


■ Music of Bushman - 6 : Records of Bushman (4) ■


◆南ア共和国での録音:ARC盤

"Bushmen of the Kalahari : Qwii - The First People" (ARC Music EUCD 1553, 1999)
"Bushmen of the Kalahari" (ARC Music EUCD 1995, 2006)

 ブッシュマンはボツワナとナミビアの他に、南ア共和国にもいて、彼らの CD も作られている。タイトルはズバリ「カラハリのブッシュマン」。ジャケットには狩猟採集民の姿をとらえた写真。そして、なんと 35トラックも収録している。なので期待は大いに高まるところなのだが、これもまたかなり残念な内容だった。

 まず、ジョハネスバーグ(ヨハネスブルグ)での「スタジオ録音」であることが疑問。楽器編成は本来ありえないものばかりだし、元々彼らが使わない楽器の音も聞こえる。例えば親指ピアノの演奏に男女コーラスがついたりしているのは何とも変だ。そのような不思議なアンサンブルが続き、英語の歌詞も出てくるしで、違和感たっぷりで聴き通せない。

 歌い手たちの言葉を聞くと確かにブッシュマン。ミュージカル・ボウの独奏などの中盤は、ブッシュマンの演奏を知るのに悪くないようにも思う。だがそれ以外は、ブッシュマンの楽器と彼らの音楽のエッセンスを利用した平凡なポップ。おそらくブッシュマンの血が入ったセミプロ的なミュージシャンたちをスタジオに集めて、ブッシュマン音楽風にセッションさせたのだろう。

 そして何より、とにかく音楽として面白くないのだ。完全にアレンジされただろうものばかりで、コンサート、あるいはできの悪いミュージカルのサントラでも聞かされている気分になる。これまでに取り上げてきたような、自分のために弾く親指ピアノ、集落の楽しみとしてのコーラス、そういった雰囲気や味がすっかり削がれてしまっている。こういった音楽制作もありなのだろうが、個人的には全く楽しめなかった。ブッシュマンたちの内部から自然に発生し、フィールドに響く音楽とは、あまりに違いすぎる。

 そもそも、野生の獣のバンツ一丁姿のブッシュマンなど、とうの昔に消え去っている。なので、ジャケットのイメージは大嘘だ(観光客相手のモデルが写真用にポーズをとったものだと思う)。

*1)
 ブッシュマンの「観光化」は、実はボツワナでも起こっていることに気がついた。そのことについては次回触れます。

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(再発版のジャケット。ブックレットは同内容。)

#

◆南ア共和国での録音:Pops Mohamed の録音

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"Bushmen of the Kalahari" (M.E.L.T. 2000 BW2128, 2000)

 南アのマルチ・プレイヤー、ポップス・モハメッド Pops Mohamed が、南ア北部とボツワナ南西部にまたがる Kgalagadi 自然公園(の南ア側?)の辺りで生活しているブッシュマンたちをフィールド録音したもの。自身のアルバム作品 "How Far Have We Come ?" (1997) のための素材集めで録音したもののようだ。

 中途半端な断片が多いのだが、その分、ARC 版と対照的に真のブッシュマンを求める姿勢が感じられる。ただ南アでの録音なだけに、南アのポップの影響を強く受けているように聞こえる。



 もちろん、ブッシュマンの音楽が変貌していくことを否定する気などない。ロックもジャズも日本の歌謡曲も、10年、いや1年と言わずに変化していくのだから。ただこれらの録音の中には、ブッシュマン本来の持ち味が薄れた面白くない音楽の多いことが残念だ。

 しかしこれは、地域によっては昔ながらのブッシュマンの音楽がほぼ消え去った証と受け止めることもできるのかもしれない。ブッシュマンたちの生活が、20世紀に劇的に変化したのに伴い、彼らの音楽も次第に変わっていったのだから。

 それでも、彼ら本来の姿を止める純朴な音楽が 1990年代で完全に消え去った訳ではない。例えば、ナミビアで素晴らしい演奏が記録されている。また、ボツワナでの録音にもまだ他に紹介すべきものがある。それらは次回以降で取り上げることにしよう。






# by desertjazz | 2022-02-06 00:00 | 音 - Africa

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■ Music of Bushman - 5 : Records of Bushman (3) ■


◆ジョン・ブレアリーによるボツワナでの録音

 ブッシュマンの録音の中で個人的に特に気に入っているのは、ジョン・ブレアリー John Brearley によるものである。

"Music of the Kalahari" (Kalahari Music K1, 1997)
"Kalahari 2 - More Music of the Bushmen and their Neighbours" (Kalahari Music K2, 1997)
"The Naro Choir of D'Kar" (Kalahari Music K3, 1997)
"Tsisi Ka Noomga - Songs for Healing : Instrumental and Vocal Music of the Kalahari Bushmen of Botswana" (Kalahari Music KCD004, 1997)


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 ジョン・ブレアリーは、ボツワナ国内でカラハリ砂漠各地のブッシュマンとカラハリ周辺に暮らす様々な(ブッシュマン以外の)人々を訪ね、彼らの音楽を採録した。それらを元に制作したのが、これらのカセットテープ3本と CD 1枚。ただし、3本目のカセットにはブッシュマンの録音は含まれていないようだ(入手できなかったため未確認)。また4作目としてリリースした CD は、副題通りブッシュマン中心で(「町中」の音楽も含む)、多くがカセット音源から再収録されている。

(採録地は、ナミビア近くの Grootlaagte、CKGR の西の入り口 Ghanzi 周辺の Hanahai、D'Kar、Jakkalspits、北部の Nata という5ヶ所。)

 その CD のブックレットには、ブッシュマンの音楽と楽器について詳しく書かれており、とても参考になる。

 まず彼は、約1万年前まではサハラ以南の全域にブッシュマンがいたものの、(1997年時点で振り返って)最近50年で彼らの生活が大きく変化したことを指摘している。それまでは狩猟採集生活が中心だったものが、20世紀に入って周辺民族との共生、さらには混血が進んだ。その過程で、彼らの音楽も変化し続けたことだろう。90年代に砂漠の奥中での狩猟採集生活が一旦途絶えたことを考えると、彼が録音を行なった時期はギリギリ意味の大きなタイミングだったようにも思える。

(1)楽器演奏

 ブレアリーはブッシュマンの以下の楽器を録音し解説を加えている。彼の解説を参考にしながら、簡単に整理してみよう。

・マウス・ボウ Mouth Bow:これには2種類ある。弓と弦の中央部を紐で引き締めているかいないか(braced か unbraced か)の違いで、前者は2音、後者は1音だけ鳴らす。もちろん弓を流用した楽器。だから、普通は男性しか演奏しないのだろう。弓の一方の端を口に当てて、短く軽い棒で叩く。口腔に共鳴胴の役割を持たせて、口の形を変えることで音を変化させる。(彼の録音には、アイヌの口琴ムックリを連想させるものがある。)

・ミュージカル・ボウ Musical Bow:棒に張られた金属弦をスティックで叩いて演奏する。演奏形態として、dakateri/tandiri、segankuru/segaba、sebanjoro、dakateri によるアンサンブルといったものがある。通常は一人で演奏し、その多くは女性によるが、segankuru/segala だけは男性のもので、空きカンが共鳴器として用いられる。

・親指ピアノ Dongo/Setinkane:ブッシュマンの親指ピアノは地域や個人によって様々あり、呼び名もそれぞれで異なる。Setinkane とはツワナ語 Setswana での呼び方だという。イリンバなどのような箱型ではなく、多くは無垢な板に 8〜18本ほどの金属キーを並べた板型。アフリカの親指ピアノは実に様々だが、それらの中でも特にシンプルなものだ。それでいて、ブッシュマンの親指ピアノにもキーの配列にはいくつものタイプがあり、それぞれに名前がつけられている。ジャラジャラ鳴るバズ音(サワリ)を発生させる仕組みもあったりなかったりなのだが、ブレイリーが録音したバズ音のない(小さい?)親指ピアノの音色は軽やかで、まるでオルゴールのように聞こえる。(ブッシュマンの親指ピアノについては書くべきことが多いので、改めてじっくり紹介したい。)

・Guitar:ギターは1920年代にはすでもたらされており、収録トラックは南アの曲を演奏していると書かれている。

 こうした楽器演奏はあくまで個人の楽しみとしてなされるものだ。dakateri を除くと、アンサンブルで演奏されることはないらしい(一方、ヒーリング・ダンスで楽器が使われることはないとも、はっきり書かれている)。が、それをそばで聴く人もいる(そうした描写は第3回で取り上げた『ハームレス・ピープル』での記述を思い起こさせる)。また、演奏をする時間帯は、たいてい暑くなった午後から夕方にかけてである(実際、昼頃には気温が40度を超え、狩りや採集に出かけるには不向きだ。それでいて、明け方には氷点下にもなりうる過酷な環境で彼らは生きてきた)。

(2)ヴォーカル・ミュージック

 解説を要約すると「焚き火を取り囲む女性たちが、母音のみで、ヨーデル調のポリフォニックなコーラスを奏でる。男たちは小刻みにゆっくり足踏みしてまわる。治癒者 Healer の胸は火よりも熱く感じられるようになり、トランスに入ることで治療を施す。このヒーリング・ダンスは日の出まで続けられる。」と、これまで書いてきた通りの内容である。


 ジョン・ブレアリーによる録音集は、ブッシュマンの代表的な音楽をバランスよく収録しており、その何れもが魅力的で、録音の質も申し分ない。マウス・ボウや親指ピアノの素朴な演奏には聴き入ってしまうし、ヒーリング・ダンスに対する視点(その特殊性に関しては追々書く予定)にも秀でていて、ドキュメント性が高い。だが、カセットも CD も私家版で、一般にはほとんど流通せず、残念ながら現在この CD を入手することはほとんど不可能なことが惜しまれる。

 それでも有難いことに、彼がボツワナで集めた録音はインターネットのライブラリーで公開されている。それらには町のストリートなどで録音したサウンドスケープも多いが、!Kung、Nharo、Makoko といったブッシュマンの録音も含まれている(トラック数が 1000を超えるため、ブッシュマンの録音がどれくらいあるのかまでは確認できていないのだけれど)。



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(左の親指ピアノはブッシュマンから譲られたもの)




(追記)
・John Brearley の CD をリイシューできないだろうかと考えているのだけれど、難しいかな? 
・彼のライブラリーは [Subject / genre ] から入ると探しやすい。数えてみたら Healing dance だけで 137トラックもあった。しかも1時間近いものまで。これだけ素晴らしく充実したアーカイブスがあるのなら、もはや CD を作る必要はないとも言えそう。






# by desertjazz | 2022-02-05 00:00 | 音 - Africa

徹底研究・ブッシュマンの音楽 4 : ブッシュマンの録音 (2)_d0010432_16350581.jpg


■ Music of Bushman - 4 : Records of Bushman (2) ■


◆ LP時代最高のヒーリング・ダンスの記録

"Healing Dance Music of the Kalahari San" (Folkways Records FE 4316, 1982)

 1968〜72年の間に、Richard Katz、Megan Biesele、Marjorie Shostak の3人がカラハリ北西部でクン・ブッシュマンのヒーリング・ダンス(トランス・ダンス)をフィールド録音したもの。

 クン・ブッシュマンたちは、ヒーリング・ダンスによって !kia と呼ばれる「変性意識状態」を呼び起こす。そして、そのダンスを通じてスピリチュアルな存在とコンタクトし、力を得ることによって病人を治癒する。このヒーリング・ダンスは集落の全員が参加する最大のイベントで、夜通し行われる。

 自分がカラハリ砂漠で直接目撃したヒーリング・ダンスの様子も思い起こしながら、彼らのトランス・ダンスについて、もう一度整理しよう。

 ダンスの砂場の中央には焚き火。それを囲んで10数名ないしは数十名の女性たちが座り、強烈な手拍子を打ち鳴らしながら、コーラスを高らかに響かせる。これがブッシュマンの最高の音楽であり、ピグミー音楽との関連性を考えさせるものだ。

 コーラスと合わせて最初に打ち鳴らされる手拍子はシンプルな2ビート。2拍子とも4拍子とも言えるジャストなビートだ。それが数分程度続いた後、ブレイクというか中休みを挟みながら、次のコーラスと手拍子が始まり、またそれらも次第に変化していく。そのインターバルには勝手な叫びや雑談にしか思えない声が多く聴こえる。それでも、コーラスが自然と微妙に変化を重ねながら遷移していき、また複雑さを増していく。一体誰が指示を出しているのだろうか?

 ブッシュマンのヒーリング・ダンスにおける女性コーラスと手拍子の大きな特徴は、ポリフォニーと変拍子である(拍子自体も、4拍子、6拍子以外に、様々な奇数拍子が報告されている)。しかも、手拍子はジャストなビートを叩いているような時でさえ、数人が基本ビートからわずかにずれたものを加えることがある。それも単純に半拍ずらすのではなく、お互いの余韻に被さる程度のごく短い時間差で前か後に打たれる。

 そのようにして複雑なリズムが紡ぎ出され、何気ないインターバルを挟みながらどんどん変化していく。そしていつの間にか、素人の耳ではなかなかカウントできないほど複雑なリズムになっていく。彼らは一体どんなタイム感覚(リズム感)を持っているのだろう。


 このアルバムに収録されたトラックは6つ。

A1) Giraffe Dance Song 女性の独唱。コーラスの基本パターンがうかがえる。
A2) Giraffe Dance Song 女性の二重唱。前のコーラスにもう一人加わっての基本パターン。
A3) Giraffe Dance 3+3の6拍子がベースにあるように聞こえるが、手拍子はとても複雑だ。
A4) Giraffe Dance 4拍子でスタートし、5分50秒あたりからタンタタタンタという7拍子になる。
B1) Trees Dance タンタタンタンタという8拍が基本ビート。
B2) Drum Dance タイコの加わったダンス。

 長尺の Giraffe Dance や Trees Dance は、ブッシュマンのヒーリング・ダンスの特徴を見事に記録したものだと思う。また、最後のドラム演奏はちょっと珍しいのではないだろうか。ブッシュマンはタイコを作ることも、持ち運ぶこともほぼしないはずなので。よって、ここで叩かれるタイコは砂漠の外から持ち込まれた可能性が高い(ブッシュマンが演奏する親指ピアノやギターも周辺民族によってもたらされたものである)。

 現在これら6トラックはすべて YouTube や音楽ストリーミングで聴くことができる。

 - Provided to YouTube by Smithsonian Folkways Recordings


 ところで、ブッシュマンのコーラスでは手拍子が強烈だと感じるのに対して、ピグミーのコーラスについては個人的には手拍子の印象が薄い。実際、手拍子を伴わないコーラスの例も少なくない。

 ピグミーのコーラスは深い森の中で歌われる分、反響が大きく、歌声が効果的に響く。一方、ブッシュマンは砂漠というオープン・スペースでコーラスするので、反響効果は小さい。それだけに、手拍子という強い音が好まれたのではないだろうか。

 このような対比研究はこれまで目にした記憶はないので、検討課題としよう。

*1)
(一口にピグミーと言っても、アフリカ赤道直下に延々と広がる熱帯林の中で、いくつものエリアに分散して暮らしている。東のムブティから西のアカ/バカなど、ピグミーは様々だ。その分だけ彼らの音楽もそれぞれに特徴があり、一様に語るのは無理だろう。
 手拍子のつかないコーラスがある一方で、手拍子やタイコを伴うものも多い。手拍子のないコーラスにしても、狩りの時に女性たちが歌って野生動物たちを狩人の男たちがいる方へ追うという「目的」を持つものもある。
 もしかすると、カラハリ砂漠でキャンプした時に彼らの強烈な手拍子を浴びたという特別な個人的体験が、相対的にピグミーの手拍子の印象を薄めているのだろうか。あるいは、ピグミーと言えば森に美しく響き渡るポリフォニー・コーラスがあまりに有名なことも影響しているのかもしれない。
 何れにしても、「手拍子」ひとつを取り上げても疑問と興味が次々浮かぶ。ピグミーの音楽もたっぷり聴きたくなったし、どうやらその必要もありそうだ。)


マージョリー・ショスタックらによるインストゥルメンタル集

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 Folkways Records からは、上の FE 4316 と連番のLPも出ている。

"Instrumental Music Of The Kalahari San" (Folkways Records FE 4315, 1982)

 タイトルが示す通り、前者がコーラス(ヒーリング・ダンス)中心だったのに対して、こちらは楽器演奏を集めている。録音を行なったのは Marjorie Shostak、Megan Biesele、Nicholas England(ただし一緒にではない)。これらのうちマージョリー・ショスタックの録音は、映画 "The Hunter" 用とのことだ。

 2枚の LP 共にクレジットされているそのマージョリーは "Nisa : The Life and Words of a !Kung Woman" の著者としても知られる。ある一人のクン・ブッシュマンの女性が語った言葉をまとめたこの本は『ニサ カラハリの女の物語り』(リブロポート、1994)として邦訳も出版された(560ページ近い厚い本)。

 ところで、前々回(第2回)で紹介したローナ・マーシャルの録音解説にも、ニサ ≠Nisa!na という女性のことが書かれており、彼女はコーラスしたり、トランスをもたらすヒーリング・ダンスで治癒されたりしている。ひょっとして同一人物で、有名な呪術師だったのだろうか?

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 このLPの音源も YouTube や音楽ストリーミングで聴ける。

 - Provided to YouTube by Smithsonian Folkways Recordings

(* このレコードは持っておらず、ようやく音を聴き始めたところです。)


◆もう1枚(残念な LP レコード)

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 Folkways Records からさらにもう1枚リリースされているが、これが実に残念な内容。

"!Kung – The Music of the !Kung Bushmen of the Kalahari Desert, Africa" (Folkways Records FE 4487, 1982?)

 John Phillipson による録音で、1962年初頭に出されたリポート(旅行記)が添付されているから、恐らく 1960年か 61年のフィールド録音だろうと思う。

 20世紀半ばのブッシュマンの録音はとても少ないため、これも貴重な資料だし、録音内容にバリエーションがあることもいい。しかし、ほとんどのトラックがとても短く、その上非常に音が悪いのだ。音質自体が耳に痛く、再生スピードも不安定。録音機の調子が悪かったか、録音テープがカラハリ砂漠の熱で伸びてしまったかしたのではないだろうか。加えて、ハンドグリップの振動か風による吹かれのようなボロボロいうノイズが耐えず混入している。特に、なぜか長い Bamboo Fiddle の録音は聴くに耐えない音だ(正直、演奏も良くないと思う)。

(ただし、録音の短さや音の悪さを単純に批判することはできない。少数民族の音楽などというものは、奏者の気分によって突発的に始まるものだろうから、それらを録音するチャンスは限られる。その上、このような調査や取材では、観察、手帳などへの記録、写真撮影、映画撮影などの方が優先され、録音は後回しになりがち。当時は最低限の録音が残せればまだ良い方だっただろうし、昔のオープンリール・テープも短時間のものが当たり前だった。ビデオやデジタル録音機が安価で手に入る現代と比較すると雲泥の差がある。)

 一つだけ親指ピアノがコーラスを伴って演奏しているトラックがあって、興味を惹かれたのだが、これはかなり特殊なケースだったのかもしれない。

 現在、このレコードも YouTube で聴くことができる。







# by desertjazz | 2022-02-04 00:00 | 音 - Africa

徹底研究・ブッシュマンの音楽 3:E・M・トーマス『ハームレス・ピープル』_d0010432_16450535.jpg


■ Music of Bushman - 3 : Elizabeth Marshall Thomas "The Harmless People" ■


◆E・M・トーマス『ハームレス・ピープル 原始に生きるブッシュマン』

 "The Harmless People" は、最も古いブッシュマンの録音を行なったローナ・マーシャルの娘、エリザベス Elizabeth Marshall Thomas が著した本。『ハームレス・ピープル 原始に生きるブッシュマン』という邦題で、日本語版も出版された。

 マーシャル調査隊3度目のカラハリ旅行(1953〜54年)に続く、1955年8月からの4度目の旅にも帯同した娘エリザベスによる旅行記であり、前半はボツワナ側(当時はベチュワナランド)、後半はナミビア(当時はドイツ領南西アフリカ)での、ブッシュマンたちとの美しい交流について描かれている。

 1955年と言えば、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト Laurens Jan van der Post が古のブッシュマンを探してカラハリを探索した時期(1950、52、55年の3回)とほぼ重なる。その L・ヴァン・デル・ポストの旅行記 "The Lost World of the Kalahari"『カラハリの失われた世界』は名著とされる。だが、ブッシュマンと出会うまでの記述が長く、また著者が幼少時代を南アで過ごし、ブッシュマンの血が混じった女性に育てられたためか、自身の追憶に重きが置かれている印象が強い。対して『ハームレス・ピープル』の方は、良かれ悪しかれブッシュマンたちとの交流が生き生きと描かれている。当時に限らず近年も含めて、ブッシュマンの音楽を伝える著作や文章としては、このエリザベスの作品を超えるものはないだろう。

*1)
 L・ヴァン・デル・ポストは、ご存知の通り、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』の原作 "A Bar of Shadow"『影の獄にて』の著者でもある。


『ハームレス・ピープル』の中から、音楽や踊りの描写をいくつか拾ってみよう。

「・・・この中空のメロンの上に楽器を据えて演奏し始めた。豊かな共鳴と開口的な短調から成る甘く静かな音楽が流れ、そのリズムと音色はオルゴールを思わせた。」(P.75)

「・・・ブッシュマンたちはみんな音楽が好きで、話をやめて聞き入った。」「やがて子供たちは立ち上がって踊り始めた。それは普通のブッシュマンの男の踊りで、小刻みに強く足踏みしながら輪になって踊るものである。」「・・・二人の子供が互いに顔を突き合わせて踊る「ダチョウ」というダンスを始めた。」等々(P.84)

「(ツァマ・メロンの皮は)子供の太鼓として、楽器の共鳴器として使われる。」(P.120)

「オリオン座が沈み、みんなは眠りにつき、私たちもウェルフを立ち去ろうとすると、ウクワネが狩の弓を取り出し、弓の一端を乾燥したメロンの皮に当て、アシで弦をたたいて音を出し始めた。まもなく彼はメロディーをハミングし、弓で伴奏しながら曲をかなでた。」「・・・足の指で弓の一端を押さえていた。一方の手の指で弦にさわると音色が変わった。音の高低に変化をつけたいときには、頭をちょっとねじるようにして弦の他端をあごで押さえた。」「それは、まじないの歌を除いてブッシュマンの歌がすべてそうであるようにムード・ソングであった。つまり、歌詞のない純粋な音楽とでもいうべき歌で、・・・」(P.139〜140)

*2)
「ウェルフ」はブッシュマンの小さな村のこと。「シェルム」という小屋が集まって集落をなす。

「ブッシュマンたちがまじないの踊りを踊るとき、そのまじないはまじない師の体内から生じる。」(P.149)

「・・・ブッシュマンたちは雨乞いの踊りを踊っていた。全員が集まり、女は歌を歌い、男たちはたき火のまわりをぐるぐるまわっていた。たき火と月光の薄気味悪い光の中で、足元から砂ぼこりがもうもうと立ち、・・・」「踊りはとても力強かった。男たちが速く踊りまわるにつれて、歌も調子を高めていった。遠くのウェルフからまじない師がやってきて歌いながら踊りの中へ、ヒョウのごとくしなやか、かつ華麗に飛び入った。」「彼は微笑を浮かべるや、突如として踊り始め、踊り手たちを先導した。」「歌は非常にテンポを速め、まわりの踊り手たちもいちだんと激しく速く踊り狂った。と、そのとき突如として、雨が降り始めたのである。」(P.176)

「(たくさん採集した後)女たちは・・・三つか四つの声部に分かれて、陽気で軽快な歌を歌っていた。」(P.251)

「彼は自分で作った「グアシ」という弦楽器をもっており、どこへ行くにもそれを携えていた。細長い指で弦をつまびいて演奏するとき、彼は楽器のそれとは異なる調べを、ハミングした。歌にグアシが複雑微妙な伴奏を付し、二つのテーマが織りなされて、音楽の織物ができるのだった。」「グアシは長さ三十センチメートルほどの丸太でできていた。その中は空洞になっていて、木のふたがついており、共鳴器の役をしている。丸太の一端には五本の細長い棒が固定され、そこから腱でできた五本の弦が張られている。」(P.261)

*3)
「グアシ」はクン・ブッシュマンたちが演奏するハープ型の5弦楽器である(4弦のものもある)。開放弦5本という構造のためか、その音色はちょっとアイヌのトンコリも連想させる。

「若者は他人に聞かせるのためではなく、自分のために弾いていたのだけれども、自分の気分を聴く者たちに浸透させることができた。演奏が終わり、人々が立ち去るころには、みんなの気持ちもしんみりしたものになっているのだった。」(P.263)


 エリザベス・マーシャルは各地のブッシュマンたちと心を通わせながら、このように音楽や踊りについて冷静に観察し正確な記録を残した。この本は美しい文章に溢れており、すでに失われてしまったブッシュマンの姿を呼び覚ます。そして、変化しつつも現代まで受け継がれた彼らの音楽についても詳細に語っている。ブッシュマンに関する、とりわけ重要な文献と言って間違いないだろう。






# by desertjazz | 2022-02-03 00:00 | 音 - Africa