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最近の収穫盤 E.T. Mensah の SP、ほか_d0010432_17405352.jpg


 新型コロナウイルスの影響で、新譜のリリースの遅れが目立つ。心待ちにしている Fela Kuti の未発表だった初録音や Klo Pelgag のニューアルバム(第3作目)"Notre-Dame-des-Sept-Douleurs" などは6月に発売延期となった。反対に The The のようにリリースを前倒しにした例もあるけれど。

 貨物便も含めて国際便の運航が減っているようで、そのため海外からのレコード類も到着がかなり遅れる傾向が続いているようだ。

 個人的にも一番待ち遠しく思っていたブツがさっぱり届かず。ハラハラ。しかし、待つこと45日。オーストラリアからやっと届いた!

 Matrix Number だけは分かっていたが、実際録音が残されいているのかずっと分からず。そんな存在不明だった SP を足掛け10年でやっと発見。しかし、3/20に発送連絡受けたものの全然届かず、コロナのドサクサで紛失したかもと諦めかけていた。

 受け取った盤は無事でピカピカ、最高の状態で、両面とも初めて聴く曲だった。彼の初期録音で不明なのはあとSP1枚分。きっとどこかにある? 久々電源入れたSPプレイヤーが動かず、まず解体修理。それから ProTools に録音して Wav 化。マスタリングは後日。詳しいことはいつかブログに書く予定。

 E.T. Mensah "All For You / St Peter's Calypso" (Decca WA.703) も高くなく、写真で見る限り盤もキレイなようだったので、これも買ってみた。SP でも聴いてみたかったので。こちらの盤もピッカピカで、一度も聴いていないんじゃないか?と言うくらいノイズが出ない。こんなレコードがあっさり買えてしまうのは、Mensah 一番の有名曲なので、それだけプレス枚数が多かったからなのだろうか?







# by desertjazz | 2020-05-07 13:00 | 音 - Music

Tony Allen (Angouleme 2003/06/08) Part 2_d0010432_15275581.jpg

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 2003年のフランス、アングレームでの Festival Musique Metisses で撮影したトニー・アレン。リハーサル時にデジカメ撮った写真も出てきた。

 このフェスの間、いくら生ビールを飲んでもすぐに汗となって全く酔わなかった。この年、ヨーロッパは熱波に襲われ、パリ市内でも多くの死者で出たことを後日知った。どうりでメチャクチャ暑かった訳だ。

 この後、トニーたちは来日。朝霧ジャム、苗場メタモルフォーゼのステージ写真やオフショット、さらには翌年ロンドンで開催されたフェラ・クティ・トリビュート・イベント Black President の写真や資料などもたっぷりある。それらについては、また改めて。


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# by desertjazz | 2020-05-04 15:00 | 音 - Africa

 


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 4月30日午後、敬愛するミュージシャン、トニー・アレンが突然帰らぬ人となった。その悲報に接して以降、彼の写真や彼について書いた文章などを振り返りながら、故人を偲んでいる。

 ここにアップした写真は私がトニー・アレンに初めて会った日のもの。2003年6月8日、フランスのアングレームで毎年開催される Festival Musiques Metisses 3日目のこと。トニーは突然現れた異邦人をバックステージにも招き入れ、温かく接してくれた。フェラ・クティと共にアフロビートを生み出した音楽界のレジェンドなどということを感じさせないほどに。そうした彼の人柄は、昨日以来多くの方々が披露されている写真の数々を見ても伝わってくるはずだ。

 初めて観たトニー・アレンのライブは実に素晴らしかった。このフェスは Orchestra Baobab、Rail Band、Bembeya Jazz National、Daara J、Tiken Jah Fakoly、Zebda などを目当てにしていたのだったが、Dupain とともに、トニー・アレンのユニットのサウンドにも興奮させられた。ドラムの心地よさはもちろんのこと、Dary Jean-Philippe のキーボードとのコンビネーションが抜群の快感だったのだ。

 当日のメモにはこう書いてある。「TONY  SOUND CHECK で Kick 一発で写真を撮るのがバカらしく、ステージをはなれて踊りに行く。」

 トニーの音楽と人柄の両方に惚れ込んで、以来何度もライブを観に行くことに。朝霧、苗場、渋谷、ロンドン、パリ、、、。記憶では最低8回は観ている。そのため会って話す機会も幾度となくあった。

 渋谷 La Fabrique の今はなき地下のフロアでのライブでのこと。客が集まりすぎて、ステージと観客エリアの境目が溶解。まるで客席の中で演奏しているかのようだった。その後だったか、トニーと2人切りサシで飲んだのだが、テーブルにドンのジャックダニエルズのニューボトルを置いて飲んでいた姿が懐かしい。

 一度だけツアーバスに同乗させていただいたが、その時はパーキングでの休憩時に1本取り出して、'This is sepcial' とニンマリ笑ってマリファナを燻らせていた時も実に楽しそうだったな。(自分にも回してくれるのかと思ったけれど、、、。)

 トニーは来日する度に日本人スタッフと陽気に接していた。フェラ・クティの相棒だったなんて考えられないくらいに。レジェンドというより、気の良いおっちゃん。彼は生きること全てを楽しんでいる、そんなことが自然と伝わってくるようだった。(でも、サウンドチェックでも本番ステージでもいつも真顔だった。音楽に真剣勝負している姿を感じた。)

 ロンドンで開催された大イベント Fela Kuti Tribute Festival でもバックステージで会ってくれて、地元新聞記者たちから「僕たちでもなかなか会えないのに、どうして君が2人で話すことができるんだ?」と不思議がられたこともあった。

 トニーと何度も会う機会があったのに、フェラ・クティに関して質問したことはないし、そもそも音楽について話をした記憶もない。彼が楽しそうにしている姿を見ているだけで満足だった。トニーは私のようなただの音楽ファンにも毎度親しく接してくれた。そうしたことを思い返すと、自分は本当に幸せ者だったんだなと思う。

 トニー・アレンのライブを最後に観たのは、2017年の傑作ジャズ盤 "The Source" リリース直後のパリ。バンド・メンバーたちとは会う約束をしていたものの、あまりに人が多かったので遠慮することに。実はその時に演奏があまりよくなかったこともあって、昨年のブルーノート東京には行かなかった。この直前にもメンバーと会う相談をしていたし、トニーを観る最後のチャンスになるかもと考えもしたのだが。トニーのドラムはいつ聴いても気持ちいいので、やっぱり行っておくべきだったのかも知れない。

 トニー・アレンのアルバムは今でも良く聴く。どれか1枚選べと言われたら、"Home Cooking" がベストだろうな。このアルバムについて、昨年『ミュージック・マガジン』のアフリカ音楽特集号でレビューを書かせていただいたのは光栄でした。


 トニー・アレンの音楽面での偉大さは多くの方々が書かれている通り。私が何か駄文を重ねることに意味はないでしょう。考えるところあって、この連休にフィルム・スキャンをしようと思い、専用スキャナーを新規購入。その計画を変更し、トニー・アレンの古いネガからスキャンを始めた。安いカメラとレンズで撮ったものなので、人様に見せられるレベルではないのだが。その作業をしながらトニーとの思い出を少し綴ってみた次第。個人的に思い出ばかりなのは、どうかご寛容いただきたい。


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 トニー・アレンについてはこれまでに何度も書いている。見つけたものから順次リストアップ中。








# by desertjazz | 2020-05-02 20:00 | 音 - Africa



 以下、Facebook からアレンジして転載。



 今度の大型連休にはジャン・ルーシュの映像作品もたっぷり観たい!

 千葉文夫+金子遊 編『ジャン・ルーシュ 映像人類学の越境者』(森話社、2019)読了。ジャン・ルーシュに関する論考10編、ジャン・ルーシュの著作4編、インタビュー1編などを収録した、ボリュームたっぷりな1冊。エチオピア音楽の研究で常に注目している川瀬慈、翻訳された『洞窟のなかの心』や7年前に観た『レイモン・ルーセルの実験室』がとても面白かった港千尋、『バリ島芸術をつくった男ーヴァルター・シュピースの魔術的人生』で知った伊藤俊治という3氏の論考を特に楽しみに読み始めた。しかし最初の伊藤氏の文章が硬質すぎて、早々に投げ出したくなることに。それでもそこを抜けた後は、面白くて一気読み。

 ジャン・ルーシュと言えば、ニジェールでの記録やパリを舞台にした映画でも有名だ(と今頃知った)が、個人的には何と言っても、マリのドゴン人による儀式シギを記録したフィルムだ。なので、一番興味深く読んだのは、千葉文夫による「グリオールとレリスのあいだに ドゴンの儀礼をめぐるルーシュの映像詩』だった。この本でも触れられている「一九九六年六月にNHK教育テレビで放送された番組「神話に生きるドゴンの民—壮大な叙事詩シギ」」(P.138)を昔観て、文字通り圧倒された(そのVTRはまだ持っていたはず)。ジャン・ルーシュの映画は、60年ごとに7年に渡って行われるシギを1967〜73年の間毎年記録した作品。これを観て、いつかドゴン人たちの住むバンディアガラの断崖に行きたいと願ったほどだ。でも、次にシギが執り行われるのは2027年、そう考えると現実味は薄いと感じたことを憶えている(このエリアは今 IS の影響が及んでおり、コロナ禍の収束が予想できない現状、ドゴンへの旅は叶いそうにない。次回のシギも撮影が計画されているようだが、果たしてどうなるか?)

 ジャン・ルーシュ本人による文章も示唆するところが多くて、なかなか読み応えがある。解釈しにくい記述も含まれるのだが。アフリカ音楽愛好家にとっては P.270/271の観察は短いながらも興味深いもののはず。映画/ドキュメンタリーの制作論、撮影/録音に関する方法論なども、その思考や問題点は今に通じるものだ。いや、そもそも、現在に至るまでのドキュメンタリー制作の基礎を作り上げた一人がジャン・ルーシュだったのだということが、この本を読むと分かる。

 ドゴンの記録は、マルセル・グリオール、ミシェル・レリスらによるダカール=ジブチ調査旅行(1931 - 1933)を継承する性格を有する。またニジェールで撮影された作品の数々も実に興味深い。なので、写真2枚目にあげた関連書籍も改めてじっくり読みたいところだ。

 それと同時に、いやそれ以上に、ジャン・ルーシュの作品(200を越えるという)そのものを観たいと考えている。今では古臭く感じる表現手法が多いだろうということは想像がつく。しかし、初めてシギを観た時に感じた荒々しさ、異世界に対する興奮が蘇ることだろうと期待する。YouTube や Amazon を検索するとそれなりに引っかかる。まずは彼の代表作を鑑賞することから始めたい。

読書メモ:千葉文夫+金子遊 編『ジャン・ルーシュ 映像人類学の越境者』、ほか_d0010432_19464602.jpg



 最近読んだ中では、ラニ・シン編『ハリー・スミスは語る 音楽/映画/人類学/魔術』も面白かった。話題になっているし、ハリー・スミスが制作した "Anthology of American Folk Music" 6CD BOX はさすがに持っているので、気になって買った1冊。

 これを読んで、その天才奇才ぶりを初めて知った。ジャズやフォークなど音楽面に止まらない多才さは驚くばかり。しかし、6つ目のインタビューに至っては完全に壊れている。狂人の独白か? 彼のフィルムも素晴らしいね。"No.1" から観始めたのだが、今度の連休、彼のフィルムも順番に観てみたいと思っている。


読書メモ:千葉文夫+金子遊 編『ジャン・ルーシュ 映像人類学の越境者』、ほか_d0010432_19542165.jpg

(この本についてはすでに各所で紹介されている通りなので、余計なことは書きません。)



 読書がようやく月10冊ペースまで上がってきた。今年読んだ中で断然面白かったのは、ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』、そしてマーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』。後者は2段組700ページもある大作なのに、もう2回も読んで、さらにまた読みたくなっている。まるで麻薬だ。レビュー書きたいのだが、読む方に忙しくてなかなか書けない。





# by desertjazz | 2020-04-28 20:00 | 本 - Readings


読書メモ:ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』_d0010432_20085909.jpg



 これまで幾度となく書いていることだが、私がアフリカへの関心を深め、繰り返し訪れるようになったきっかけのひとつは、『カラハリ アフリカ最後の野生に暮らす』という本と出会ったことだ。これは、アメリカの動物学者、マーク・オーエンズとディーリア・オーエンズのカップルによる共著の1冊目(この後2冊出しているが、邦訳はなし)。彼らは、アフリカ南部に広がるカラハリ砂漠の真ん中(そしてボツワナ共和国のほぼ中央)にある動物保護区セントラル・カラハリ・ゲーム・リザーブ(CKGR)、その北部のディセプション・ヴァレーに長期滞在し、その体験を1冊の書物にまとめた。(原著は Mark and Delia Owens "Cry of the Kalahari", 1984)

 彼らによるディセプション・ヴァレーの描写を読んで、そこはまさに地球の最果て、自分などが想像もできない光景なのだろうと感じた。これも繰り返し書いているが「将来、自分が月に行くことはあったとしても、ディセプション・ヴァレーを訪れることは絶対ないだろう」とさえ思ったほどだ。それほどまでに、人類が簡単にはたどり着けない特別な場所なのだろうと考えたことを鮮明に記憶している。

 ところが、、、。1993年夏、ちょうど『カラハリ』を読んでいた最中、突然上司からボツワナ出張を命じられた。それも行き先は CKGR !! こんな偶然、奇跡的なことってあるのだろうか!

 同年9月、ロンドン、ヨハネスブルグ経由でボツワナ入り。私にとって初体験のアフリカ。研究者でもない自分が、なぜか CKGR のほぼ中央にあるギョムというブッシュマンの集落で3週間ほどキャンプ生活することに。それは何事にも代えがたい素晴らしい体験だった。ブッシュマンの親指ピアノに関する調査もできたし。その時の記録はスタジオ・ジブリの映画監督宮崎駿氏の目に留まり、現在容易に見ることができる。

 長いキャンプ生活を終え、ギョムからカラハリを抜けるルートは北上してマウンへ向かう道。もしかしてと思いつき、途中にディセプション・ヴァレーがあるのではとドライバーに尋ねてみた。すると考えた通り。近くを通るし、素晴らしいところのようなので、1泊キャンプすることに決まった。

 奇跡と偶然が重なってやってきたディセプション・ヴァレー、それは夢のような光景だった。風景の雄大さで言えば、多分セレンゲティやンゴロンゴロなどの方がスケールが大きいだろう(タンザニアには行ったことがないので、比較できないが)。しかし憧れの地に立った自分の目には、まるで月かどこかの異世界にたどり着いたような気分にさせる風景に映った。オーエンズ夫妻が若い日々を過ごしたディセプション・ヴァレー、その平原を眺めながら深く感慨にふけったのだった。


 そのようにして私をカラハリへと誘ったディーリア・オーエンズが、69歳にして小説家デビュー、その作品『ザリガニが鳴くところ』(原題 "Where the Crawdads Sing")がアメリカで大ベスト・セラーになっていると知って、さすがに驚いた。「えっ、彼女は今も元気なのか !?」 評判について調べてみると、もう絶賛の嵐。本当だろうか? いやそれはともかく、至急読まねば!

 早速取り寄せた。読んだ。そして圧倒された。世評があまりにも良いので訝しんでもいたのだが、全くの杞憂だった。これはゆっくり味わいたい文章が連なる小説。一気読みしたくなるが、それでは勿体ない。心臓が高鳴り続けるので、先を急げなくもなってしまう。

 何を書いてもネタバレになりそうになるのだが、何とかそれだけは避けて簡単に紹介しよう。

 1950年代、アメリカ東部ノース・カロライナ州に湿地の小屋で貧しく暮らす少女カイアがいた。時は下って 1969年、沼地で青年の死体が発見される。事故死なのか?殺人なのか? 真っ先にカイアが疑われる。

 この小説、まず自然や野生動物たちの描写が素晴らしい。特別なものがある。生き物たちにまつわるエピソードは驚きの連続だ。ディーリアは乾燥したアフリカの地でブチハイエナやブラウンハイエナを観察しているイメージを強く持っていたので、これはちょっと意外。しかし彼女は湿地に関しても極めて専門的だ。動物学者としての観察力や知識が、この小説において大変活きている。

 主人公カイアの描き方もまた巧みだ。彼女の心理描写に触れて心が震える。カイアは孤独や暴力に耐える一方で、周囲からの助けの手も繰り返し延られる。その狭間で苦しみ葛藤するカイア。読んでいるうちに、どうか彼女が不幸にならないで欲しい、そう願いつつハラハラしながら読み進めることになった。

 そして、青年が殺害されたのだとしたら、その犯人は誰? この作品は推理小説/ミステリーとしても一級品だろう。他に、黒人問題など様々なテーマをも包み込んでいる。

 『ザリガニが鳴くところ』という小説は、自然を精細に美しく描いた作品であり、人間の心の綾を深い次元で表現したものであり、面白く読めるミステリーでもある。そのような多面性を持っているところが大きな魅力だ。でもそこに止まらない。多様な読み方のできる小説なのだが、読み終える頃には、これらの一見バラバラと思えた要素が深く結びつき、全てが互いに不可欠なものであることに気がつかされる。とりわけ自然の生態の描写に意味には嘆息。実に見事な構成だ。推理小説として読んだ場合、ひとつ大きな欠点があると思いながら読んでいたのだが、それも最後の最後で一気に解消する。

 それにしても、エンディング間際で連続する大どんでん返しの衝撃。おそらくここで号泣した読者が多かったに違いない。私の犯人予想などは見事に外れたし、巧妙に貼られた伏線のいくつかにも全く気付かずに読んでいた。こんなとんでもない小説が 69歳にしてのデビュー作だとなんて! ディーリア・オーエンズにはまたしてもやられた!


 オーエンズ夫妻の共作は『カラハリ』に続く2作目も持っている。Delia and Mark Owens "The Eye of the Elephant" (1992)だ。その中に、ボツワナの川で水浴びするディーリア、あるいはマークと2人水に浸かって読書する写真が掲載されている。これを改めて見て、野生を愛する主人公カイアにはディーリア自身が投影されているのではないか、小説に登場する少年や恋人たちは若い頃のマークの思い出がヒントになっているのでは、そんなこともふと思った。


 カラハリの魅力に取り憑かれた自分は 1995年にテントとシュラフを背負って再び単身ボツワナに飛んだ。CKGR まで行くことはできなかったが、それでもカラハリの端にある国立公園で象200頭の大群を眺めたりなど、大自然を堪能してきた。

 実はボツワナをもう一度旅し、CKGR も再訪したいと思って、ここ数年リサーチを続けてきた。昨年の時点では出発目標を今年4月に定め、CKGR 内にロッジを見つけ、現地在住のドライバーを探し(ロッジ近くまでセスナで移動することも可能)、ボツワナからナミビアに抜けるいくつかのルートについても検討していた。そうした準備が間に合わず、結局旅は延期にしたが、たとえプランを固めていたとしても、今回の新型コロナウィルス禍のために、その旅は断念することになっていただろう。

 今、『カラハリ』と "The Eye of the Elephant" をめくりながら、世界が落ち着いたらもう一度カラハリへの旅を検討してみよう。そんなことも考えている。


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# by desertjazz | 2020-04-10 20:00 | 本 - Readings

"Wear a Mask"

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 Facebook より転載。以下、時間つぶしの駄文です。

 2013年にムッスーTたち Moussu T e lei Jovents が来日した際、マスクがよっぽど珍しく見えたらしく、マスク姿のアーティスト写真の撮影を頼まれた。これはその時の1枚。残念ながら納得できるものは撮れなかったのだけれど。

 2017年のスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドでは、出演したクロ・ペルガグ Klô Pelgag へ公開インタビュー。その際、最後にクロから何か質問はあるかと尋ねたら「マスクをしている人が多いのはどうして?」と訊かれた。口元を隠すことで精神的安定を得られる若者が多いと聞いたことを話すと、会場から「花粉症でしょ!」と即座に突っ込みが入った。マスクの一件で、クロとの公開インタビューは「後悔インタビュー」となったのでした。

 この頃、電車内でも社内でも街歩きしても、しっかりマスクをしている人が多い。8割以上だろうか。マスクが買えないと叫ばれているのに、これはどうして? 花粉症の人が多くて、元々買い置きがあったからだろうか?

 鈍感なのか、私は花粉症全くなし。マスクに新型コロナの予防効果はないと報道されているし、時差出勤を徹底し、人と会って話すことも少ないので、相変わらずマスクはしていない(毎日持ち歩いてはいるが)。しかし、今日からマスクなしでオフィスに入ることが禁止になったので、今後はなるべくマスクをすることにしよう。それが周囲の人たちの安心にもつながるだろうし。


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# by desertjazz | 2020-04-09 21:00

Fela Kuti's Very First Recordings

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 今日から3日前の3月6日、ロンドンから驚きの情報が届いた。フェラ・クティの初録音のマスターが発見され、これまで全く未発表だった2曲を含めた4トラックがリリースされるとのこと。フェラ・クティの未復刻音源や未発表の記録はまだまだあると多方面から聞いてはいたが、この知らせには正直驚いた。

(リリースの告知を見た直後に Twitter などで紹介したところ、反響が大きかったので、以下ざっくりと情報を整理しておきます。)

 フェラ・クティがロンドンの Trinity College に留学したのは 1958年、20歳の頃。親の希望は医学に進むことだったが、本人は音楽への熱意の方が強く、音楽を学ぶことに。すでにロンドンにいた友人のピアニスト Wole Bucknor からロンドンのジャズやカリブ音楽のシーンを紹介される。そして2人は Fela Ransome-Kuti and His Highlife Rakers 名義で英Melodisc に4トラック録音することに(1959年または1960年の初頭)。

 #2966 Fela's Special
 #2967 Aigana
 #2968 Highlife Rakers Calypso No.1
 #2969 Wa Ba Mi Jo Bosue

 これら4曲のうち、"Fela's Special" と "Aigana" は 78回転盤として発売された(Melodisc 1532、1960年の1月か2月のリリース)。このSP盤の音源は長年幻のままだったが、2014年に英Soundway の CD "Highlife On The Move" (SNDWCD060) により遂に初復刻された。一方、残る2曲はレコードとしてリリースされることはなかった。遠藤斗志也さんのディスコグラフィーに以前より曲名やマトリクス・ナンバーが記載されており、録音されたことは確か。しかしレコードがプレスされることがなかったと伝えられてきた。なので、まさか聴ける日が来るとは思っていなかった。データとしては記録が残っていても、肝心の録音自体は失われたに違いないと思い込んでいた。

 しかし、それが存在したのだ!

 果たしてどんな演奏なのだろう。"Fela's Special" と "Aigana" も割とオーソドックスなハイライフ。前者はフェラ・クティが初めて書いた楽曲とみなされているもの。翌年結婚するレミ・テイラー Remi Taylor への恋心を歌ったナンバーだそうだ。後者は先日亡くなったハイライフの巨人ヴィクター・オライヤ Victor Olaiya の1957年のヒット曲。なので未発表だった2曲もハイライフ的な楽曲であることは間違いないだろう。"Highlife Rakers Calypso No.1" はタイトル通りずばりカリプソ・チューンかも知れない。当時のフェラ・クティのグループは、リズム隊はナイジェリア人、ホーンズはジャマイカ人が主体だったようだ。"Fela's Special" は3〜4管程度の編成でトランペットがダブルのようにも聞こえるので、一人はフェラ・クティだろうと思った。しかし、フェラ・クティがトランペットを演奏するようになったのは、1960年に Koola Lobitos を(再)結成してからとも言われているので、Melodisc 録音でのフェラの担当はヴォーカルだけだったと推測される。

(Koola Lobitos というバンド名は1950年代末にすでに使っていたようなので、ほぼ同じグループが、Koola Lobitos、Highlife Rakers、さらには Fela Ransome-Kuti Quintet といった様々な名前を冠していた可能性も考えられる。ちなみに Koola Lobitos は Cool Cats のヨルバ語読み。Victor Olaiya の率いたバンドが Cool Cats だったので、そんなところにもフェラ・クティのヴィクターへの憧れが感じられる。)

 フェラ・クティの生涯初録音、Melodisc への4トラックを今回リリースするのは、イギリスの Cadillac Jazz。Cadillac は 1973年に設立されたジャズ・レーベルだ。Mike Westbrook、Stan Tracey、Mike Osborne、David Murray、そして亡命先のロンドンでも活躍した南アのサッスク奏者 Dudu Pukwana などをリリースしている。David Murray の代表作のひとつ "The London Concert" も出しているので、長年のジャズ・ファンにはお馴染みのレーベルだろう。そんな Cadillac がフェラ・クティを発掘/復刻することになった経緯にも興味を覚える。

 これらの4トラックは、4/18 の Rerods Store Day にイギリス限定で、10インチ盤のフォーマットで発売されるとのこと。だが、しばらく待てば日本にいても容易に購入できるようになるのではないだろうか? 今から実際の音を聴くのが楽しみだ。

 ・ Facebook - Cadillac Jazz 
 ・ Bandcamp - Cadillac

 さて、Melodisc 録音の全貌まで明かされるとなると、次は RK の全容解明ですね。幻の RK1(フェラ・クティの最初の7インチ)は果たして存在するのか? (長年見つからなかった RK レーベルのうちの1枚は確かオランダの蚤の市で発見されたんでしたっけ? 記憶違いだったらごめんなさい。)



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 追記:コロナウイルス流行の影響で RSD 延期に伴い、このレコードの発売も6月10日に延期となりました。(2020/03/18)






# by desertjazz | 2020-03-09 15:00 | 音 - Africa

映画『ナガのドラム』


 今週土日に九州で計画していたフィールド・レコーディングが延期になったので(コロナの影響ではなく、天候不順のため)、昨日2月29日(土)の夕方、「ナガのドラム」上映会(hako gallery)へと予定変更。井口寛さんが制作された映画『ナガのドラム』をやっと観ることができた。

 ミャンマー(ビルマ)とインドの国境をまたぐ土地に暮らす民族ナガ、そのミャンマー側のある村で行われたドラムの制作過程を丁寧に追ったドキュメント。着眼点が良く、これは貴重な記録だと思う。

 特に予備知識もなく観に行ったのだが、まず驚かされたのはドラムの巨大さ。優に10mはあるだろうか。一種のスリット・ドラムと言って良いと思うが、似た系統のナイジェリアのジャイアント・コンガ(Femi Kuti や Seun Kuti のステージでもおなじみ)よりも遥かに大きい。バリ島の巨竹ガムラン、ジェゴグでも最大4m程度だ。これほどバカでかいドラムを必要とするには、何らかの理由や人々のこだわりがあるのかと思いながら映像を眺めていた。

 ノミを打ち込む時や運搬する時の労働歌のような唱和も印象的だった。ちょっとピグミーのコーラスなどを連想させるものがある。夜通し行われる「祭り」は、かつてのブッシュマンとの体験(トランス・ダンス)を想起させるものだったし、ドラムに木の棒を打ち付ける演奏法は、スペイン・バスクのチャラパルタとの共通点も感じさせた。世界の音は繋がっているのだなと改めて思う。

 作業の様子、人々の表情、森や集落の情景もとても良かった。カメラが的確に映像を捉えている証拠だろう。映像加工、編集にも制作者のこだわりが随所に感じられた。ナレーションの声もいいし(スーパーは極力排除した分だけ映像を味わえる。ただ時々キーワードが頭に入って来なかったのは残念)。条件の悪い中でこれだけの記録をなし、1本の作品にまとめ上げたのは(しかも一人で)見事だ。

 もちろん疑問点もある。ひとつは完成し小屋に納められたドラムの全貌と細部を見せ切っていないように思ったこと。時間的都合で撮影できなかったのか、大きすぎてレンズに収まらなかったのか、ドラムの周りに人が多すぎて望ましい撮影が不可能だったのか、制作・移動の過程で十分に見せたと判断したからなのか?

 いや、恐らく取材の過程で井口さんの興味の対象は、ドラムからそれを作る人々へ移って行ったのではないだろうか。この映像作品の主人公はドラムでありながら、真の主役はナガの人々なのだろう。その証拠に、自分もナガの人々の暮らしぶりを直に見てみたくなっている。そんなことも考えた。 


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# by desertjazz | 2020-03-01 17:00 | 音 - Music



 スタンディング・オベーションに応えるロキア・トラオレ。彼女の瞳に溢れんばかりに溜まった涙が全てを物語っていた。



 ロキア・トラオレが 2020年1月初頭にパリで特別なコンサートを行うことに気がついたのは昨年5月のことだった。斬新かつパリを代表するコンサート・ホール、フィルハーモニー Philharmonie de Paris での3日連続公演、しかも3日とも全く異なるプログラムが組まれている。直感で、これは彼女のキャリアを集大成するものになるのではないかと思った。ならばこの3日間は是が非でも観ておくべきだろう。都合の良いことに、例年だと新年1週目は仕事がない。すでに良席はなくなっていたが、急いでチケットを購入し、パリ往復のフライトとホテルまで手配してしまった。


 マリ出身のミュージシャン、ロキア・トラオレを知ったのは 1998年のファースト・アルバム "Mouneïssa" を聴いてのことだった。続くセカンド "Wanita" (2000) を聴いて彼女に夢中になった。その頃までは、声のか細いシンガーソングライターといった印象が強かった。

 それを変えたのは 2000年の初来日公演。代官山ポレポレ(渋谷の音楽バー、国境の南のマスター羽多野さんが経営されたいた店)でのショーケース・ライブに続いて行われた台場でのステージでは、意外と力強い喉や躍動的なダンスを披露し、ちょっと驚かされたのだった。



 そして 2004年。この年リリースされたライブDVD を観て遥かに驚かされた。ここで彼女の創作活動は一度完成を遂げており、この作品はアフリカ音楽のライブ・ビデオの最高傑作の一つと言えるまでのレベルに達している。繰り返し観て、こんなライブを生で観たいと思わせるものだった。

 しかし、その後巡り合わせが悪く、彼女のライブに触れる機会はずっとないままだった。その間ロキアは成長し変化を重ねる。中でも驚きはエレクトリック路線への転向だ。Nonesuch からの近作2枚 "Beautiful Africa" (2013) と "Né So" (2016) はエレキギターを中心にした力強いサウンドが特徴。またノーベル賞作家トニ・モリスン Toni Morrison の舞台(一人芝居)でギター伴奏したのも、彼女の活動領域が広がった一例として見逃せない。

 正直なところ、ライヴDVD 以降の4枚のアルバムには納得の行かないところがあって、あまり聴いていない。そのため、ここ15年ほどは彼女を熱心に追うことはなかった。それでも、サウンドを大胆に変化させ、表現方法を広げ続けるロキアのことは絶えず気になっていた。そんな彼女の現在形を直接確認する好機だと思ったことが、なおさら今回パリに行く気を後押ししたのだった。



◇第1夜◇ Mali Connexions 2020/01/04

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 フランスは大規模スト中で、地下鉄はほとんど動いておらず、バスも激混みで時間の予測が立たない。なので、北駅 Gare du Nord そばのホテルから4km弱を歩いてフィルハーモニーへ。

 初日のプログラムはマリをテーマにした2部構成。残念ながら1階後方しか席を取れなかったが、通路側の席でゆったり観られたので我慢(ただし位置のせいか音が幾分こもって聴こえ、それが以下の感想にも影響しているかもしれない)。

 まずバラケ・シソコ&ヴァンサン・セガール Ballake Sissoko et Vincent Segal が前座で登場し1時間演奏。フィルハーモニーの大ホールのチケットが約半年前に完売になったのは、彼らの人気も影響したことだろう。淡々とコラを爪弾くバラケに対して、ヴァンサンの芸達者ぶりが印象に残った(チェロを純クラシック調やバンバラ調に弾くばかりでなく、アラブ調にやったり、パーカッションを鳴らしながら歩き回ったりと、全ての曲でスタイルを変えていた。アンコールではアルコから毛を1本抜き取り、それを弦に挟んで、毛の一端を引くことでメロディーを奏でて場内の笑いを誘っていた)。

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 続いてロキア・トラオレのグループ。ロキアは白いドレス姿で登場。袖と裾が繋がったユニークなデザインのドレスだった。

 彼女は歌に専念。バンドは、エレキギター、エレキベース、ドラムス、バラフォン、ンゴニ、男性コーラス(+ダンス)といった編成。つまりは近年のエレクトリック・バンドにバラフォンと男性コーラスが加わったもの。ロキアによるマリ音楽の現代化解釈といった趣だったが、ロック的な要素とマリ伝統音楽の要素とが融合し切れていない感じだった。コーラスとのユニゾンも効果的でありながら、それでもロキアの独唱を聴きたくなってしまう。多分全曲新曲だったと思うが、彼女なりの新たな挑戦を感じさせる内容ではあった。

 ただ、音楽的にはスタンディングの方が良かったのではないだろうか(数年前にここでユッスー・ンドゥールを観た時は1階は席を取り払いスタンディングにしていた)。ハイヒール履いたロキアの姿にもちょっと違和感を覚えたのだった。

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(最後方からの撮影ではこれが限界)


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 実は今回の3公演に際して特段予習や下調べはしなかった。公式ページに掲載されたコンサート概要の解説すら読まず。昨秋のラオス旅行と年末のインドネシア、バリ島取材で疲れ果ててしまって、これ以上何かを調べる気力が失われてしまったこともある。しかしそれ以上に、今回のライブは自然体で聴いて、自分が感じた通りに受け止めれば良いと決めたのだった。なので、このリポートには思い違いしている点も含まれていることだろう。

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◇第2夜◇ Dream Mandé Djata 2020/01/05

 2日目からは大ホールより小さめの Cité de la Musique に会場を移動。

 この日は演奏楽器がコラとンゴニだけなので、基本、ロキアの一人語りなのだろうと予想して行ったが、実際ほぼその通りだった。

 今から半年前、チケットを買う際なぜか最前列のほぼ中央に1席だけ残っていたので、迷わずこれを購入。しかし、フランス語での一人語りだとすると寝ないで我慢するのが辛そうだ。3公演の中でこの日が一番退屈なものになるか、そこそこ良いものを観られるかのどちらかだろうと想像していた。がっかりしたくなかったので、ライブの中日(中休み)だと思って気楽に大して期待せず出向いた。

 しかし終わってみると、全く気の抜く瞬間のない、実に濃密な1時間15分だった。

 ロキアは語りで13世紀のマリ、スンジャータ・ケイタ Soundiata Keita の時代へと誘う。フランス語なので全く内容を聞き取れないのだが、表現の深さはしっかり伝わってくる。淡々と語ったり、声色を変えて様々な人を演じ分けたり。その合間に、マリ伝統音楽の有名曲をバンバラ語で歌っていく。さすがに聴き馴染んで知っている歌もある。その絶唱が素晴らしいこと。ロキアがこれほどに素晴らしい歌い手だったとは!

 衣装も良かったし、伴奏や照明も息が合っている。これまでどれだけの回数演じられてきたのだろう。

 全く滞ることなく、一語一音のミスもなく、その間観衆たちの間から咳払い一つ聞こえなかった。とても集中した空間。

 全てを終えて挨拶する時の3人の笑顔。ところがロキアは瞬く間に涙腺が緩み、眼には涙が溜まって、それが流れ落ちるのを堪え続ける。彼女の顔にはやり遂げたという充実感が満ち満ちていた。

 13世紀から連なるマンディングの歴史があるからこそ、今の自分、自身の芸術があるのだという、先人たちへの敬意がひしひしと伝わってきた。こんな至近距離でステージを観て感動したのは、2年前にニューヨークのブロードウェイで(実質最前列で)ブルース・スプリングスティーンの "Springsteen On Broadway" を観て以来だ。本当に凄いものを観てしまった。このステージを観られただけで、今回パリに来た価値があった。

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(英語圏での公演では英語で語るようだ。チャンスがあれば次回は英語での公演を観てみたい。)



◇第3夜◇ Né So 2020/01/06

 最終日は現在のロキアのバンドによるライブ。"Né So" と "Beautiful Africa" の楽曲をステージでプレイするものだったが、いやー、この日も凄かった! ロックなギター、ファンキーなベース、ワイルドなドラム、ロキアの緻密なギター、マリの伝統弦楽器ンゴニ。5者の紡ぐサウンドがぶつかり合う快感。まるで濃密なジャム・セッションかのようで、サウンドが炸裂する。特筆すべきは、バラードもミディアムもなしてで、ほぼ全く緩むことなく、高速ビートが延々絡み合うこと。ロキアがヴォーカルを取る間も音量が下がることはない。いや、その覚悟が良い。そんなサウンドが70分間走り続けた。

 現代最高のアフリカ音楽のライブはウム・サンガレだと思っている。最初から最後まで絶頂感が持続する彼女のライブ・サウンドは敵なしだろう。しかし、今夜のロキアのライブもそれに肉薄するものだった。

 一つ大きなポイントだと感じたのは、ンゴニだ。大小4本持ち替えていたが、そのハイトーンはギターと対照的、いやそれ以上に立っていて、サウンド全体の要にもなっていた。

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 ロキアの歌もとても良かった。彼女は本当にタフだ。70分に及ぶセッションの後、最後の1曲とアンコールで、ロキアはギターを置いて歌う。この2曲だけは、少々物足りなかった(メンバー紹介やダンスに重点を置いていたので、仕方ないが)。それだけに彼女のギターの重要さも認識できたのだった。

 彼女の足元を見ると、今日は裸足だ。やっぱりこの方がロキアらしい。

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 パリで3日連続公演を観て、彼女の成長ぶり、スケールの大きさ、表現力の幅広さを実感できた。今年夏にはミリアム・マケーバへのオマージュ公演を行うと最近発表があった。ますます充実した活動を期待できるロキア・トラオレ、できることならばまた日本でも彼女のステージを観たいものだ。



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(今回の公演の公式プログラム)







# by desertjazz | 2020-01-20 19:00 | 音 - Africa

BPM : Bali 2019

「Discover Japan」「アジアが足りない」「毎月旅行」をテーマに、日本各地と世界を飛び回った 2019年。

(それに費やした費用を計算してみたら、CD 500枚分以上。モノより体験と思っているので、それだけの自分への投資はできたと感じている。)


 そして、

 この冬のテーマは BPM。

 バリ - パリ - マリ

 Bali - Paris - Mali


 まずは今月、インドネシアのバリ島を3年10ヶ月ぶりに訪問(気がつけばバリは14回目)。一番の目的は、ドイツ人画家ヴァルター・シュピース Walter Spies の足跡を改めて辿ること。

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 以下、12/15 の Facebook から転記。

 1920年代にジャワ、そしてバリにやってきた彼は、バリ絵画に革新をもたらし、数多くのガムランを復興し、現在のケチャの原型を作り上げた。ウブドに構えた彼の住まいには、著名人や研究者ばかりではなく、多くの観光客さえ訪ねてきたという。こうした様々の理由により、シュピースはバリの文化とツーリズムの大立役者と言えるだろう。しかしそうした訪問者の多さにうんざりした彼は、ウブドから東へ、今なら車で1時間強の距離のイサ Iseh で絶景に出会い、ここに新たなアトリエを持つ。ドイツに暮らす母への便りに興奮気味に綴ったように、ここの景色に刺激を受けた彼は生涯を代表する傑作群を生み出すことになる。今滞在している Villa Iseh はそのアトリエを改築したもの。この夏、ここに宿泊できることを偶然知り、シュピースの残り香を何か探してみたくなって、またバリに戻ってきてしまった。シュピースが住んでいた1930年代後半のイサの人口はおよそ250。それから80年経った現在、彼のことを記憶している人はもういないだろう。周辺の様子もすっかり変わったはずだ。それでも、眼前に聳えるアグンの巨大な山容、陶然とさせられる美しい眺望、虫たちが奏でる濃密な音空間は、正にシュピースが体験・体感したものと違わないことだろう。その証拠に、ここから写真を撮影すると、まるでシュピースの絵画のような幻想的なものになるのだから。


 元旦挟んで次はパリへ。バリ取材記はパリから戻った後にじっくり書こうと思う。








# by desertjazz | 2019-12-31 20:00 | 旅 - Abroad